第323話妹の仲間を助けに

 

 考えてみれば当然の話だが、こいつは城にいる時に襲われた。なら、その時に一人きりでいるはずもなく、周りには側仕えやらなんやらがいたはずだ。


「そういやそんな話だったな。……でもレーネだけでいいのか?」

「できることならば他の者たちも助けていただきたいのですが、よろしいのですか? 最低限彼女だけ助けられればそれで十分だと思っていたのですが」

「他のやつは見捨ててでもあいつだけは、ってか?」

「……ええまあ、彼女が一番親しい者ですので」


 親しい者、か。

 こいつはそんなふうに少し言葉を濁して言ったが、多分レーネはこいつにとっての友人なんだろうな。王族なんてもんは、信頼できる相手が限られているだろうし、今まで母さん以外で親しい間柄のものなんて作れなかったかもしれない。

 そんなこいつにとっては、裏表のないレーネは接していて楽しい存在だったんだろう。

 ……なんて、そんなことを思ったりもする。


 だが、俺の目的は母さんとフィーリアだ。それ以外の余計な荷物は、正直なところ増やしたくない。

 余計な者を助けた結果、敵に余計な動きが出て親父が母さんを助ける邪魔になったらまずいからな。


 ——と、そう考えた瞬間に植物たちから一つの報告が上がってきた。

 どうやら親父が母さんの捕えられていた場所に辿り着いたらしい。まだ助け出してないし逃げ出したわけでもないが、そこまでたどりついたんなら、あの親父のことだし後はどうにでもなるだろう。

 なら、後はこっちの問題だ。


「はあ……。仕方ないか。できる限り全員助けてやる。どうせ同じところに捕まってるだろうしな」


 ここにくる前に植物たちが集めた情報からすると、使用人たちはいくつかの部屋にひとまとめに入れられていた。多分その中にいるんだろうが、なら一人を助けるのも全員を助けるのもたいして変わらない。

 普通に仕事をしている使用人たちもいたけど、そいつらと捕まっている者の違いは王族付きかどうか、って感じだろう。全員捕まえていると城内の整備とか食事の準備とかできないしな。


 まあ、助けるのはいいにしても、全員を絶対に、なんて約束はできないけど。

 だって人数が多くなればなるほど移動が面倒になるし見つかりやすくなるし、ぶっちゃけ逃げづらくなるから、何割かは逃げる時に死ぬかもしれない。


 でも、それはフィーリアだってわかっていることだろう。俺に対して全幅の信頼を置いて頼っている、ってわけでもないはずだ。こいつはその辺しっかりしているからな。頼りきりでいるつもりはないと思う。


「ありがとうございます」

「ちなみに、この周りにいる奴らはどうするんだ?」


 一応この塔にはフィーリア以外にも人が捕まっている。

 レーネを助けてその際に他の奴らも助けるっていうんだったら、こいつらも助けた方がいいんじゃないだろうか?


「ああ、そちらはどうでもいいです。私の配下ではありませんし、大した権力を持っているわけでもないので」

「そうなのか?」

「はい。おそらくは変に協力されないようにするためなのでしょう。主人とその配下は別々の場所に離されて囚われているようなのです。ここにいるのは第二お兄様の配下ですので、助ける必要はありません。……ああいえ、やはり開けて差し上げてください」

「一瞬で意見が真逆に変わったんだが、なにを企んでる?」

「企むとは酷いですね。騎士とは主人を守るための存在であり、守ることにプライドを持っている方々です。開放すれば主人の元へと向かっていくでしょうし、そうして主人の助けになって戦っていただければ、と思っただけです」


 そうは言うが、言葉のままの意味なわけがない。だが求めている行動は間違いではないだろう。そうなると……


「陽動か。第二王子のところに行ってもらえれば、こっちが楽になるから」

「いえいえ、そんなことは考えてもいませんでしたよ。ですが、そうなっていただけるとこちらは動きやすくなるかも知れませんね」


 惚けたような答えを返してくる妹に、俺はなにも言わずに肩をすくめることで返事とした。


 そんなわけで、レーネをメインとして捕まっている者たちを助けるために動くことになったのだが、さてどうしようか。まずは場所の確認だよな。

 でもそれは植物に確認すればなんとかなのだが、とりあえずどこにいるのか聞いてみるか。もしかしたら植物たちに調べて貰う手間が省けるかもしれない。


「場所はわかってるのか?」


 そう思って尋ねてみたのだが、フィーリアからの答えは首を横に振られながら返ってきた。


「いえ。ですが、お兄さまでしたら問題ないでしょう? まだ襲撃があってからそれほど時間がたっていないので、騎士ではない王族付きの使用人たちはおそらくはどこかにひとまとめにされていると思います。レーネの場合は微妙ですが、やはり個室ではなく複数人でいるでしょう。文官ですし、下手なことをしなければ殺されることもないはずです。制圧したと言っても、その後に国を運営して行くのでしたら、これまでの状態を知っている文官はどうしたって必要になりますから」


 まあ、そうだよな。軟禁されていたやつがそれ以外のやつの場所を知ってるわけがない。


 だが、フィーリアの言ったように俺は捕まっている者達がどこにいるのか分かることができる。

 流石に生けていた花が枯れたとかもあるだろうから全部はわからないかもしれないけど、使用人たちまで離して閉じ込めて管理はしていないはずだし、フィーリアの考えも同じだ。

 なら、多少小分けにされていたとしてもいくつかでも分かればその中にいるだろう。


「そういうわけだ。なんか人が集まってるところで、女の子のいるところってあるか?」


 そう植物に問いかけてみる。

 植物たちからの返事を待っている間にこの後の流れについて軽くおさらいしていたのだが、ふとすぐそばから感じた視線へと顔を向ける。

 そこにはフィーリアが興味深そうにこちらのことを見ていた。俺が植物と話せるってのは前に説明した気もするが、改めて見ても珍しいもんだろうな。


 ……今更だけどこれ、側から見れば独り言を言ってる危ないやつだよな。

 まあ普段は人前じゃ使わないけど、これからはもっと気をつけようかな?


「……いたな。なんか高そうな服着た奴らと一緒にいる」


 なんて考えていると、植物たちから報せが入った。どうやら見つけることができたらしい。


「共にいるのは他の文官でしょう。場所はどこですか?」

「場所……っつっても、どっかの部屋ってくらいだな。説明が難しいな」


 俺は城の構造を把握していないし、どこどこの近くだ、とは説明することができない。


「でしたら説明は要りませんので、そちらまで連れて行ってください」

「お前も来るのか?」

「むしろどうしろと? 私を助けに来たのにここにおいていくつもりですか?」

「いや、助けたんだから自力で出て行くこともできるんじゃないのか?」


 こいつなら自力でこの塔を抜け出した後は逃げることができると思っている。この後は使用人や文官たちを助けて逃げるわけだが、そんなことをすれば当然騒ぎになるし、その混乱に乗じて逃げるくらい容易いことだろう。

 なんなら、ここからだって自力で抜け出すことはできたんじゃないだろうか?

 ついてきても敵の標的にされるだけだし、ついてくる理由がない。


「ええまあ、できますが、その後が続きません。街中にも監視の目はありますし、街の外に逃げようにも街壁の上からではすぐに発見されるでしょう」

「あー、そうか。城から抜け出すだけじゃダメか」


 言われてみれば確かにそうだな。城の外、街の中には魔物が放たれているんだし、匂いやなんかで見つかることもあるだろう。

 俺たちはこの街に入る時植物による情報網で監視の届かないところからこっそりと侵入することができたが、そんなことができないフィーリアでは、この街そのものから逃げ出そうとしても平原を進んでるやつがいたら見つかることだろう。


「それ以外にも色々とありますが、私も行ったほうがいいと思いますよ。少なくとも足手まといにはならないつもりです」

「それはわかるけどさ」


 足手まといにならないってのはわかる。むしろ、近接戦闘に限ればこいつの方が俺よりも強いだろう。だって副職が中位の『騎士』様だし。


「まあいい。どのみち何言ったところで止まらないだろうし、勝手に行動されるよりは一緒にいた方がいいだろ」

「さすがお兄さま。妹のことを守ってくださるのですね」

「……まあ、そうなんだが……。なんかお前に言われると微妙な気分になるな」


 こいつも俺も、お互いのことを妹、兄と扱っているが、心の底からそうだとは思っていない。

 家族であり、血の繋がった兄弟だってのは理解しているし、そう思おうともしている。今回みたいに必要ならば助けもしよう。


 だが、一緒に兄弟として過ごした時間があまりにも短すぎる。俺なんて妹の存在を知ったのは割と最近のことだ。私は妹です、なんて名乗られたところで、そうなんですね、なんてすぐに心の底から納得できるわけがない。


 まあ、こいつの場合は俺とは違って小さい頃から俺の存在を聞かされていたみたいだし、兄は家族! って考えも教え込まされていただろうから俺がこいつに対して抱いている思いよりは『相手は近しい存在だ』と思っていることだろう。その在り方は歪だと思うけどな。

 まあ歪であろうと兄妹として接しようと思い、それができているんだったらどうでもいいか。兄として扱われることに違和感を感じないでもないけど。


「ともかく、行くとするか」

「ええ」


 そうして俺たちはフィーリアが閉じ込められていた部屋から抜け出し、レーネが囚われている場所へと向かって動き出す。


 だがその前に、先ほど話した通り捕まっていた第二王子陣営の騎士や貴族達の囚われていた部屋の鍵を開けていく。

 そうしていくつかの鍵を開け終わった後、後は勝手に鍵を探すなりしろと言い残して俺たちは今度こそ走り出した。流石に部屋を全部解錠なんてしてられない。


「向かう途中でどこかで武器の調達をしていただけると助かります」


 ああ、そういえばそうか。戦うにしても、こいつは騎士なんだから拳で、ってわけにはいかないか。できないことはないだろうけど、やっぱり槍か剣……室内で戦うことを考えると剣が欲しいところではあるな。

 しかし、剣か……。


「武器って……これでいいか?」


 そう言って俺は《収穫》スキルで作った小さな鎌のような剣を……違うか。逆だな。剣のような鎌、だな。一応鎌を作るスキルだし。まあそれをフィーリアに差し出した。


「直剣ではありませんね」

「一応分類は『鎌』だからな」


 俺がさし出した弧を描いた刃物を受け取ったフィーリアは、それを眺めたり握り直したりしてから軽く振って様子を確認していく。

 ほんの1分にも満たない数秒程度の確認を終えると、フィーリアは一つ頷いてこちらを向いた。


「ふむ。まあ使えないこともありませんし、スキルの範囲内のようですので問題ありません」


 今の様子を見た感じは問題なさそうだったし、これでこいつも敵に出会っても戦うことができるだろう。

 それでもやっぱりどっかでまともな直剣を探して手に入れた方がいいんだろうな。後は盾も。どっかに騎士でも転がってるといいんだけどな。


 そうし俺たちは準備を終えると改めてレーネたちが囚われている場所へと向かって進んでいった。

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