第322話助けに来た
「それか、どうにかしてお兄様に連絡を取れればどうにかしてくれるでしょうか?」
どうにかしてこちらの情報を知れば、戦争後の忙しいであろう中でも全てを放り出して駆けつけてくれるかもしれない。軍隊は行動が遅くとも、単独、或いは少人数であればかなり早く辿り着く事ができるでしょうし。
しかし、今回ここに攻め込んできた相手は八天をも倒す敵。
お兄様や『黒剣』、その仲間はカラカスに攻め込んできた八天を倒したのでしょうけれど、それは街という場所の有利と数の力があったからでしょう。でなければ第十位階を五人まとめてなど、倒せるはずがないのですから。
ですので、お兄様単独でここに来たとしても、果たしてどこまでのことができるのか、と疑問を持たざるを得ません。
巨人はすでに死んでいる以上、残っている相手にはそれなりに戦えるかもしれませんが、それでもなんの問題もなく安心して任せる、というのは難しいでしょう。
最悪の場合、助けに来た兄と助けられた妹が一緒に死ぬ、なんてことになりかねません。
「いざというときは、自殺をするべきなのでしょうか……」
王族は使い道はあるかもしれないが、何も全員を残しておく必要はない。男も女も関係なく、殺されるか慰み者になるか、或いは元王族だとして売りに出されるか。
死にたくはない。けれど、生き延びたところでどれにしてもろくな結果だとは思えません。
ですので、そうなるくらいであれば死んだほうが楽だな、と考えてしまったのです。
しかし……
「助けに来たんだが、自殺されたら困るぞ」
考えていたところで聞こえるはずのない声が聞こえてきたために、一瞬だけ体をビクリと反応させ、慌てて周囲へと視線を巡らせると……
「……お兄様? ……どうしてこちらに?」
「助けに来た」
唯一部屋と外界を繋いでいるといえなくもない扉を開けて、お兄様が姿を見せていました。
──◆◇◆◇──
「助けにって……どうやって……どうしてこんなところに?」
フィーリアは誰もいない空間に突然声が聞こえたことに驚いたんだろう、一瞬だけ体を跳ねさせた後、唯一の出入り口である扉へと視線を向け、俺と目が合うと困惑したように問いかけてきた。
「どうしても何も、だから助けに、だって。どうやってってのは、まあ……走って?」
実際に走ったのは俺ではなく、俺はただ荷物として担がれてきただけだが、まあ『走った』で間違いではないだろう。
あるいはその「どうして」は、どうして扉を開けることができたのか、かもしれないな。まあ普通に開けただけだが。
俺は副職が『盗賊』だが、その中には《鍵開け》のスキルがある。それを使えば、まあ天職ではないから少し時間がかかったけど、扉その物は開けることができた。
それはこの扉だけではなく、ここに来るまでの扉もそうだ。全部鍵を開けて突破してきた。
いや、嘘ついた。中には開けないで壊したのもあったから。でも大体はちゃんと鍵を開けて来たぞ。
できることなら《変装》とか《隠密》も欲しかったけど、まだ盗賊が第四位階止まりな俺じゃあそこまでは覚えていなかった。
なので、ここに来るまではちょこちょこ隠れつつ、見かけた敵は種を撃ち込んで生長させて暗殺してやってきたため、少し時間を取られた。
加えて、時々こいつの捕まっている場所や警備状況なんかを尋ねるためにそこら辺にいた兵を捕まえて尋問をしていたから余計に時間を取られもしたが、まあ結果的にここまで来ることができたんだからなんの問題もないな。
尚、尋問した兵士は肥料として土塊に変わったので証拠はなにもない。
「それじゃあ逃げるぞ」
そう言いながらフィーリアの格好へと視線を向けるが、捕まった時の格好のままなようで、薄汚れたドレスを着ている。
「……あまり見ないでいただけるとありがたいのですが」
流石に兄妹と言っても、ずっと一緒に暮らしてきた気心のしれた、って間柄じゃないんだし今の格好を見続けられるのはこいつにとってあまりいい事ではないのだろう。
あとは臭いとかも気になるだろうし、あまり近づかない方がいいかもしれない。
「ああ、悪い。ソフィアとかいれば《浄化》できたんだけどなぁ」
「連れてきていないので?」
「普段の生活ではいないと困るけど、今回みたいな場所に連れてくるには戦力としては不安だからな」
それに、俺たちの移動方法ではそんなに多くの人を運ぶことなんてできなかったってのもある。
実際、たった一日でここまで来れたのは俺と親父の二人だけで、他の仲間たちは途中で脱落していった。
「そうでしたか。思っていたよりもはるかに早くこちらに来られたわけですし、急いで来てくださったのでしょう? ありがとうございます」
「まあ、妹だしな」
「ですが、お母様はどうされるのですか?」
「そっちはそっちで親父が動いてる」
あっちは今どうなってるかわからないけど、任せておけばどうにかなるだろ。
「『黒剣』がですか。でしたら問題ありませんか」
「ああ。……親父はそんなに有名なのか?」
俺としては親父の信頼度はかなり高いから任せられるんだが、フィーリアとしては接点はなかったはずだ。多少の伝聞やなんかはあるだろうが、そんな信頼してもいいものなんだろうか?
「ご存知なかったのですか?」
だが、そんな俺の言葉が不思議だったのかフィーリアは一瞬だけキョトンとした顔を見せると、訝しげに首を傾げた。
「親父自身が話さなかったからな。知らなくても問題なかったし、わざわざ調べるほどでもないかと思ってな」
カラカスの中での評判は知っていたし、俺はあそこでしか生きてこなかったからあの街での評判だけを知っていればいいだろうと考えていた。
それに、父親のことを本人がいないところで調べるのって、なんかなって感じがしたんで調べなかった。別に、知らなくてもいいことだったし、調べたところで嘘か本当かわからない噂話よりも本人を見ていればいいだろう、って思ったしな。
多少漏れ聞いた噂話も知っているけど、実物を知っている者からしてみれば、なんかなぁって微妙な気分になった。歴史に名を刻むような偉人だろうと、目の前にいて自分と親しい間柄だとすごいとはあまり思えないもんだ。
そんなわけで、親父がすごいことは身をもって知っているし、誰よりも信頼できる人であるのは間違いないが、だが親父が外でどんな扱いなのかは理解していなかった。
「『黒剣』とは元々、主人を持たない騎士という意味を表す黒騎士という言葉から来ています。主人を持たず、ただ無軌道に戦場を渡り歩き、気まぐれで人助けをする彷徨い続ける剣。故に黒剣と、そう呼ばれたそうです。その功績は素晴らしく、本物の騎士以上に騎士らしい。傭兵の間では敵対したら逃げろとまで言われていたようですね」
「そんな理由があったのか」
黒騎士、か。ただ黒い剣を使うからとか、そんな理由じゃないんだな。
でも、あの親父が騎士以上に騎士らしい、ねえ。まあ、俺もあの親父に命を救われたわけだから、まるっきりおかしいってわけでもないとは思う。口では色々言いながらも、結局はいろんなところで人助けしてるしな。
「ええ。ですので、任せてしまって問題ないと判断しました」
「ま、そうだな。名前なんて関係なしに、あいつの強さはよく知ってるし。それこそ、嫌ってほどにな。だからまあ、さっさと逃げるぞ」
親父の話には色々と興味が出てきたから聞いてみたいかも、とは思ったけど、それはこんなところでするような話じゃない。話をするんだったらさっさとここを抜け出して、落ち着いてからにするべきだろう。
「はい……ああ、ですが私以外にも助けて欲しい方々がいるのですが」
そうして俺たちはこの場所から逃げ出そうとしたのだが、フィーリアは頷きかけたところでそんなことを口にしてきた。
なんだ? こいつがこの状況で誰かを助けて欲しいなんて言うとは思わなかった。こいつは基本的に自分最優先で考えるからな。そこはまあ俺も似たような者なので理解はできる。
だが、そんなこいつが助けたいなんて言うような相手……誰だろう?
他の王族——兄弟姉妹を助けたい、ってわけじゃないだろうな。だって、こいつそんなものに価値なんて見出してないだろうし。
ああでも、助け出して後で恩を着せるとか、適当に逃して囮にするとかはするかもしれない。
……割といい考えか? 王族が逃げ出したってなったら多少は目を欺くこともできるんじゃないだろうか?
でも、その場合はまだバレていない潜入がバレることになるんだよな。
どっちの方が俺たちの益になるのかって言ったら、どっちもどっちって感じがする。
まあ、まずは誰を助けたいのか聞いてからか。他の王族を助けたい、なんて言われたらその時は悩まずに助ければいいわけだし。
「……お前以外に? 別にいいけど、誰をだ? 一応ここはまだ敵陣真っ只中ってことになるわけだが、この状況でお前がそんなことを言うなんて珍しいというかなんというか。正気か?」
「誰かを助けたいと言って正気を疑われるのは些か不満ではありますが、まあいいです。……実は、と言うよりも当たり前の話ですが、レーネ先輩も捕まってしまっているのです」
レーネと言われて一瞬だけ悩んだが、すぐに思い出すことができた。
以前旅に出た時に偶然ちょっと関わって、その後にこれまた偶然にも関わることになった。そしてその後は一緒にチーム組んでなんか大会に出たり、最終的にはフィーリアの侍女だか女官だかになった、んだったと思う。多分なんかそんな感じだ。
「レーネ? ちっ。あいつも捕まってんのかよ」
「私の側付きとして召し抱えましたので」
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