第321話フィーリア:塔の中での考え事
もちろん軍も抵抗をしたけれど、城は混乱しており、兄の率いるカラカスと戦った影響が残っていたために全力で、と言うわけにもいかなかった。
頼みの綱であった第十位階である八天の二人が対処に動いたけれど、結果は二体の巨人と相打ち。
今回城に残っていたのは第十位階と言っても戦闘経験の浅い者。一人は『錬金術士』で、もう一人は『格闘家』。
『錬金術士』はあくまでも後方支援であって直接戦えるわけではない。いくら強力な道具を作れるのだとしても、それを使う暇がないのなら役に立たない。
強力な武器を作っても本人がそれを使いこなせるわけではなく、兵に与えたとしても与えられて終わりだ。
あらかじめ備蓄しておけば問題なかったのだろうが、そうなると自身の価値が落ちると言うことで『錬金術師』は国が武器を必要とする直前にしか用意することはなかった。
そのため強力な武器の使い方に関してはロクな訓練もできず、強いだけの武器に振り回されるものも多い。
そして錬金術師本人は毒を投げたり薬で味方を回復したり、目眩しや動きの阻害など、全く役に立たなかったわけではないけれど、あくまでもサポート役であった。
『格闘家』は巨人と戦うことはできていたけれど、前衛一人で巨人二体を相手にしなければならなかったために、錬金術士や兵達のサポートがあってもその戦いは厳しいものだった。
元々巨人やドラゴンなどという最強種は、戦闘職の第十位階が後先考えずに一対一で全力で戦って互角といった相手。それが二体など、サポートがあっても厳しいに決まっている。
そうして八天の二人は負け、後は巨人の相手をできるものなどいない王都は陥落した。
負けと言っても錬金術士は死んだのか分からないので生きている可能性もあるけれど、まず戻ってくることはないでしょう。
こんな状況になってしまえば今の自分の境遇は決して幸せな『いい生活』とは呼べない。
むしろ国外に逃げ出すことのできた姉の方が良い待遇なのではないかとすら思えてしまう。
「反乱軍……調べてはいましたが、まさかこのタイミングでとは。予定ではもう少し後になるはずでしたが、おそらくは計画の前倒しをしたのでしょうね」
反乱軍の存在は察していたし、そろそろ動くだろうということも理解していた。
けれど敵の動きは私の予想よりも早く、しかもこうも大胆に街を破壊しながら攻め落としたとなれば、私が誤情報を掴まされていたというよりもどこかで計画を変えたのでしょう。
もっとも、そんなことを今更理解したところでなんになるんだ、という話だけれど。
「それはともかくとして……さて、この後はどうなることやら……。『草』の者たちは……まあここまでは来れないでしょうね」
一応護衛役として隠密部隊がついているものの、この塔の中に入ってくることはできないでしょう。
この塔は貴人を捕らえる施設なだけあって、その守りはかなりのもの。
たとえ入り口を強引に破壊してこようとしても無駄で、そもそも破壊することができないでしょう。
仮に破壊することができるのだとしても、塔だけではなくこの部屋も独立した守りがかけられているために、私をここから連れ出すのなら部屋の入り口も破壊しなければならない。
けれど、そうすると中にいる私までその破壊の衝撃に巻き添いになることになるので、実際に実行することはできない。
怪我を覚悟でやって生きて逃げ出せるのなら、私としては構わないと思わなくもないのですが、そもそも相談したり私の意を伝えることができない状況では彼らは私の危険になるようなことはやらないでしょう。
「御伽噺のように王子様が助けに来る、などということは……ふふっ。ないですね」
言っている途中で自分でも笑ってしまうほどに滑稽な考え。そんなことは絶対にあるわけがない。
そもそも自分たちが王族で、その王子様も捕まっているのだ。助けに来てくれるはずがないし、それ以前の問題として、残念ながら我が王家には他の王族を助けようなどという気概を持った者はいない。私を含めて。
唯一お母様は私のことを助けに来るかもしれませんが、私のせいで捕まってしまっている上に、この状況で動かないということは私と同じように魔法を封じられていることでしょう。でなければ城をひっくり返してでも私——自分の子供のことを助けて逃げるでしょうから。
「或いは勇者が来れば……ないですね」
勇者とは魔王と戦う存在だ。現在はこう着状態で落ち着いているが、それでもこの国の南に魔王が現れたのは事実であり、そちらに派遣されているはず。
それに、そもそも前提として今回の騒動は人間と人間の諍いが原因だ。なら、人類の敵に対処するための存在である勇者は来ないだろう、というのが私の考えで、それは間違っていないでしょう。
「いっそのこと、魔王がこちらまで攻めてきて城を破壊してくれれば逃げることもできるかもしれませんが……」
今回の魔王は水棲の魔物の進化なので、陸地にはあまり上がってこない。というよりも、上がることはできるし侵略もしてくるが、水中に比べて力が落ちるのであまり水辺から離れたところには攻め込んでこない、というのが今の状況です。
陸に上がって侵略しても勇者に押されて撤退し、けれど水の中、およびその付近では勇者の率いる軍ですら苦戦するほどの力を持っているためにお互いに状況が動かない。
そんな中で勇者を無視し、侵攻方向を突然変えてこの国にやってくるというのは、控えめに言って馬鹿げている妄想だと言えるでしょう。
「死ぬつもりなど微塵もない。ですが、私が逃げれば母がどうなるか……」
片方が逃げた場合にもう片方がどうなるか分からない。それを狙って別々の場所に捕らえているわけですし、逃げ出したとなれば何もないということはないでしょう。
正直なところ、私の母親に対する愛情というのは、世間一般的なものではないと理解しています。
ですが、それでも死んで欲しいと思っているわけではなく、しかと愛しているのです。
そうである以上、お母様を見捨てて自分だけ逃げることなどできない。
「さて、どうしたものでしょうか」
とはいえ、自分だけ逃げるのを良しとしなくとも、二人とも死んでしまえばそれはそれで意味がない。
最悪の場合はどちらか片方だけでも生き残るために動くべきでしょう。
けれど、私が一人で動いたところで無事に逃げ出せるかは分からない。絶対にできない、というわけではない。
この部屋は扉や壁は強固であるものの、窓が開いている以上そこはどうしても脆くなってしまう。なので、窓を起点に破壊して逃げることは可能でしょう。でも、その後が続くか分からない。
この場所から逃げ出したとしても、街中には敵が存在しているため見つからずにいられるか分からない。
運良く見つからなかったとしても、ならどこに行けばいいのかと言われると、行くあてなどない。
一応カラカスに逃げ込めば保護はしてもらえるでしょうし、そこまで行かずともどこかの街にたどり着くことができれば王族として保護してもらえる。
もっとも、貴族の中に裏切り者がいる可能性が高い以上は下手に頼ることもできないので、一番安全なのはやはりカラカスでしょう。そちらはそちらで辿り着くまでに犯罪に巻き込まれないかという心配はありますが、裏切り者かわからない状況に身を置くよりは安全と言える。
けれどそもそもの話、そこまで辿り着けるか分からない。
ここから抜け出し、運よく街中で見つからなかったとしても、この状況でこの街の周辺を歩いているものなど皆無であるために、街の外を移動していたら容易に見つかってしまうでしょう。
あるいは、私がここから逃げ出してもこちらに構っていられないような『何か』が起きてくれればいいのですが……
「可能性としては、こちらの状況に気がついた周辺諸侯が救援のために軍を出して助けてくれる、というものが一番現実的ですかね」
ですが、現実的と言ってもその可能性はかなり低いでしょう。
ふた月ほど前、突如独立を宣言したカラカスに対して国王は軍を送り込みました。
その影響で私も少しばかり苦しい立場になりました。当然ですね。カラカスのそばにはエルフの森があり、私はそこのエルフと懇意にしていたのですから。幸い、お兄さまのことは気付かれていなかったようですが、それでも疑いをかけられるには十分でした。
もっとも、それらもこの状況になってしまうとどうでもよくなりましたが。
その軍ですが、国からはもちろんですが 周辺諸侯からも討伐隊に参加させていました。
ですが、結果は惨敗。兵達に対する被害そのものはなかったけれど、圧倒的な負けを経験して心が折れたものも少なくはなかった。それほど時間をおいていない今再び戦えと言っても、厳しいものがあるでしょう。たとえ戦う相手がカラカスではなかったとしてもです。
加えて、兵たちだけではなく諸侯もあまり進んで動きたいとは思わないでしょう。
勝ち戦だと思って兵を出したけれど、負けてしまい、残ったのは負債だけ。
更に、と言いますか、そもそもの話ですが、単純に『八天』すら負けた相手に立ち向かいたいと思うようなものがいるのか、という問題があります。
敵戦力の要であった巨人は『八天』が相打ちで倒しましたが、それ以外に数千の魔物の群れ。通常の軍では勝ち目があるのかと言われると厳しい。
それに、もし助け出すことを選択したとしても、私たちを助け出すには自分たちだけの兵では足りないことなど理解できているでしょうから他の貴族たちと協力し、足並みを揃えて助けに来なくてはならない。
そんなことをすれば、戦いの矢面に立つことになり、何かあった場合敵の狙いは自分たちに向かうことになる。
それにはどれだけの時間がかかることか。少なくとも、一週間や二週間程度ではまとまることはないでしょう。
その間に状況が変わらない、という保証はないわけですし、一秒であろうと早くどうにかするために動くべきでしょう。
しかし、できることは何もない。
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