第320話二手に分かれて

 

「……最善、ね。まあこの状況で手分けして探す、なんてのは間違ってる、ってのは先に言っておくぞ」


 俺の言葉に対して親父はそう忠告してきたが、それは俺も理解している。


「そりゃあ俺だってわかってるさ。人手も情報も足りない。敵がどこにいるのかもどんな体制で構えているのかも、逃げる時のルートだって定まってない。でも、一人づつ順番に、なんてやってる余裕もないだろ」

「まあ、だろうな。どっちかを先に助けりゃあ、残りの捕まってる奴らの警備は厳重になるだろうよ」


 今のところは二人とも差し迫った危険はない様子だけど、どっちかを助け出すことになれば騒ぎが起こるし、それに伴って警備も厳重になるはずだ。


 多少警備が強化されたところ、俺と親父なら問題なく突破できるだろう。

 だが、現状では敵の手の内が全くといっていいほどわかっていない状態だ。巨人がなんで死んだのかもわからず、敵の手札の残りがある可能性は十分に考えられる。

 そう考えると、いくら俺たちでもまともに構えられたら、ちゃんとそれを突破して残っていた片方を救出した後に逃げ出せるのかと言われると疑問が出てくる。


「母親の方を助けりゃあ戦力としては増えるが、結局もう片方を助けるための時間がねえって問題は解決しねえ。俺たちの狙いが掴まってる奴らだとバレりゃあ、人質にとるなり対策してくるだろうよ。もっとも、その人質がお前の妹になるかどうかはわからねえが、危険な状況になる可能性は十分に考えられる」


 俺たちが捕まっている奴らを助けにきたんだと気付かれれば、捕まっている者達に命の危険が出てくるかもしれない。


「そうだ。だから二手に分かれて同時にやるんだよ。そうすれば、時間の問題も多少は軽減されるだろ」


 だからこそ二手に分かれるんだ。同時に事を進めれば、母さんかフィーリアのどっちかを助けるときにバレたとしても、もう片方の救出も途中までは進めているわけだから、警備が厳重になる前に助け出せる率は高くなる。逃げるのだって、多少なりとも逃げやすくなるだろう。

 うまくやることができれば、俺たちのことがバレた時にはお互いに逃げ出せる状態になっているかもしれない。


「だが、危険だぞ?」

「わかってるさ。でも、危険だからってどっちかを諦めるようなことをすれば、ここまで無茶してきた意味がないだろ」


 どちらかでも助け出すことができれば全くの意味がない、とは言わないが、それでも急いでここまできた意味はかなり薄くなる。

 だったら、最初っからしっかりと計画を練って時間をかけて助け出したほうがよかったってなる。

 俺たちをここまで連れてきてくれた仲間達の覚悟に応えるためにも、ここで二人とも助け出さなくちゃいけない。


「それに、俺もあんたも、こんなちょっとした危険程度で死ぬようなたまじゃないだろ?」


 俺がそう言うと、親父は仕方がないとでも言うかのようにため息を吐き出してから口を開いた。


「……どっちがどっちに行ったほうが良いのかっつったら、俺が地下に行った方がいいだろうな。城の中には植物なんて生えてねえ。苔だなんだが生えてたら使用人たちの首が飛ぶからな。花は生けてあるだろうが、通路全体を網羅するほどでもねえから見落とすことがあるだろうし、内部での戦闘で花瓶が割れて花が使い物になんない場合だってあるだろうよ。その場合は道がわからねえなんてことにもなるかもしれねえ。そうすっともしかしたら突発的な戦闘になるかもしれねえが、そうなったらお前よりも俺の方が上手く対処できる。元は騎士だったから城の構造も大体わかるしな」


 そんな親父の言葉を聞いてから、植物達に改めて城の中を確認してもらったんだが、植物達から受け取った情報を頭の中でまとめてみるとどうにも色々とめんどくさい感じだ。

 ここからフィーリアの幽閉されている塔までたどり着く道はわかるのだが、地下に閉じ込められているらしい母さんの方は道がわからない。

 大体の方角はわかるんだが、そこに辿り着くまでの経路もよくわからないし、所々で植物達の目が届かない空白の場所が存在している。


「そうか。ならそれで行こう。俺は塔のほうに行く。母さんの方は……任せた」


 だったら答えなんて決まったようなもんだ。植物達の道案内を受けながら進むことができないのなら、道のわからない俺が言ったところで無駄に時間をかけるだけだからな。


「お前はそれでいいのかよ。自分の手で助けってえんじゃねえのか?」


 親父は俺が母さんを助けにいかないことに驚いた様子を見せたが、仕方がない。


「そりゃあ自分で助けたいさ。だが、助けられなきゃ意味がねえ。あいつらが無茶してまで運んでくれたんだ。絶対にミスるわけにもいかねえだろ。だから、少しでも勝率の高い方を取る」


 道が分からなくても、これが他のやつだったら任せなかったかもしれない。だが、ここにいるのは親父だ。俺が俺の人生の中で一番信頼できる相手がここにいて、手を貸してくれるんだ。

 だったら、こんな状況だとしてもなんの問題もなく母さんを助け出してくれるだろう。

 親父がやってダメだったのなら、それは他の誰がやったところで……俺がやったところでうまくいかなかったってことだろう。

 だから、俺は親父に母さんの救出を任せることにした。

 それに、こっちは母さんではないが、まあそれなりに親愛を感じている妹を助けるんだ。助ける相手として物足りないってこともない。


「そうかよ。……なら、お前が後悔しないよう、せいぜい全力で助け出してやるとすっかね」


 親父が全力を出すんだったら、それはもう助けたも同然だ。俺はなんの心配もなく自分の役割を果たすとしよう。


「ここでお別れだ。幽閉用の塔はそっちにあるはずだ」

「わかった。そっちは頼んだぞ」

「わかってっさ。お前こそヘマすんじゃねえぞ」


 そうして俺たちは別れて城へと潜り込んでいった。


 ——◆◇◆◇——


 ・フィーリア



 私の身長よりも随分と高い位置にある窓から見えるのは、憎らしいくらいに晴れやかな色をした青空。

 そこから視線を下ろせば石造りの壁があり、周囲に視線を向ければ同じく石造りの壁。

 その壁の一面には一つの扉があるけれど、そこを私の意思で開けることはできない。


 魔法封じの枷をつけられているために扉を破ることもできず、おとなしくしているしかない。

 一応位階が上がった恩恵である身体能力は強化されたままではあるけれど、だから何ができると言うわけでもない。

 仮にこの部屋から出ることができたとしても、塔の外に出るまでにはいくつかの仕掛けがあり、それを掻い潜って抜けることはできない上、仕掛け以外にも普通に兵がいる。


 この部屋以外にもいくつも部屋が存在しており、私以外の王族もこの塔に捕らえられてことを考えればこの悪い状況も自分だけではないと安堵できなくもないけれど、そんなものは現状の打開にはならない全く意味のないものでしかない。


 父である国王はいつの間にかどこぞへと逃げ、王位継承者であった兄の第一王子は見せしめのために殺された。それ以外の他の王族は私のように捕まり、捕らえられている。

 この塔以外にも何箇所かに分けて捕らえているようだが、それは何かが起こってもまとめて逃げられる状況を防ぐためだろうと考えている。


「せっかく姉を蹴落としてまでしがみついた地位だと言うのに、無駄になりましたね」


 私はこの国でいい生活を送るために、自身の姉を蹴落として弱小国へと向かわせた。

 その甲斐あって最近では悠々自適に暮らすことが出来ていた。

 生き別れの兄が好き勝手暴れたようで、国としては色々と問題が起こったようだけれど、王族といっても女であり次期後継者でもない私には大した意味のないことだった。それに、兄と全面戦争をしたとして、仮にこの国が負けるようなことになっても私の身の安全は保障されていた。

 だから話を聞いて「そんなことになっているのか」と対岸の火事を見ながら、自分は他のことをして楽しんでいるだけでよかった。


 けれど、兄とは関係のないところで反乱軍が事を起こしてしまった。

 いえ、直接の関係はなくても、全くの無関係とは言えないかもしれない。何せ反乱軍は、兄の相手をしたことで軍の統制が乱れたところを襲ってきたのだから。


 まず城内で騒ぎが起こり、王族全員のところへ襲撃者が現れた。

 一応私も高位とは言わないが、中位程度の位階であり、それなりに戦えるだけの実力は持っている。

 けれど、レーネを含めた私の側付きはそんなわけにはいかない。一応そばにいた『草』達も護衛として戦いはしたけれど、庇いながら戦っていれば当然隙が生まれてしまい、そこを突かれて私はあっけなく捕まった。


 その後はお母様の元に連れて行かれ、抵抗しないようにと言い含めるために利用された。

 息子である兄のことが最優先であるお母様だけれど、兄のことを除けばその次は娘である私のことを優先する。

 そのため、私が捕まっている姿を見れば特に抵抗することもなく自分から枷をつけて捕まった。

 自分のせいで起こってしまった状況を見ているのが惨めで、自分に苛立った。けれど、もうどうしようもなかった。


 おそらくそれなりに高位の貴族に裏切り者がいることだろうと予想はつくけれど、それが誰かまでは分からない。


 そうこうしている間に今度は外からの襲撃。数千もの魔物を操り、巨人なんてものを持ち出してきた反乱軍の前になす術もなく蹂躙された。

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