第319話街の状況とこの後

 

「戦った跡だよな。でもこれ、本当に巨人か? なんかもっとこう、乱暴な壊し方を想像してたんだが」


 しかし、そんな状態であってもまだマシだと思える。なにせ相手は巨人だ。暴れれば街なんてひとたまりもないだろうに、まだ街としての形は残っているし、人だって大勢生き残っている。外には出てこないけどな。


「使役されてんだからそんなもんだろ。占領しに来た街を壊すバカなんていねえって」

「それにしてはだいぶ壊れてると思うんだけどな」


 建物の合間を縫うように進みながら、俺たちは小声で会話をして城を目指して進んでいく。

 だが、その道中で見えるのは壊れた建物達。傷のないものなんてほとんどない。


「まあ、そうだな。だが、半端にやりゃあ敵対戦力が残る。やるなら一気に叩く。理解できなくもねえわな。下手に街の被害だなんだって考えて加減して厄介なのに残られるよりも、多少の損害を出してでも終わらせたい。そう思っても不思議じゃねえな」


 勝って終わった後のことを考えて加減して戦い、反抗勢力を残すくらいなら、最初っから損害が出るのを覚悟で一気に敵を叩き潰してしまった方がいい。

 そうすれば実際に反抗を考えて行動する者だけではなく、それに同調しようとする奴も減るだろうから。

 そんな考えも、理解はできる。


「まあ理屈は理解できるさ。でも、そうまでしてここが欲しいのか」

「そりゃあここは首都だぞ。国が欲しい奴なんてここを求めるもんだろ」


 親父はそう答えたが、そのこと自体は理解できる。国を奪るんだったら首都を押さえるべきだってな。

 でも国や土地が欲しいのって、どんなに言い繕っても結局は利益が出るからだろ? こんな乱暴で強引なやり方じゃあ利益なんて出ないと思うんだけどな。だってこれ、ほとんど廃墟じゃん。

 魔物が街を彷徨き、人は建物の中に閉じこもる。経済の発展も何も望めない。


「でも、こんなに壊してりゃあ市民の感情的には面倒なことになるだろ」


 それに、正面切って敵対する戦力がいなかったとしても、こんだけ被害を出したとなったら市民達はいい感情を持たないだろう。

 たとえ国が奪われ、土地が奪われたとしても、自分たちの暮らしがあまり変わらないのなら市民達にとってはどうでもいいことだ。

 敵が攻めてきた。自分たちの国の名前が変わる。支配者が変わる。それは国としては一大事で、国の運営をしている者達にとっては死活問題になるだろう。歴史に残る大事件だ。

 でも、それで自分たちの生活に変化がないのなら、市民達は新しい支配者を受け入れるもんだ。だって自分の生活に関係ないから。


 だから普通なら、敵の国を占領するにしても市民達にはあまり被害が出ない方法を取るものだ。勝って自分たちが治めるようになった後も従順でいて欲しいし、利益を出して欲しいから。


 だが、これだけ派手に暴れられるとなるとどうでもいいなんて言っていられない。

 今すぐに出なくても、将来的に面倒なことになるのは目に見えている。


「なったところで何ができる?」


 だが、そんな俺の考えは親父の何気ない一言によって否定された。


「え? 何がって、そりゃあ色々と困るんじゃないか?」


 俺は親父の言葉に困惑しながらも答えたが、親父はなんでもないことかのように話し始めた。


「魔物を使役して、逆らう奴は皆殺し。逆らったと思ったら皆殺し。そうすりゃあ残った戦う力のない奴らは従うしかねえ。ちょっとした小細工もできやしない。誰だって死にたかねえからな。支配した奴の言うことは絶対だし、なんなら自分のことを神と呼べって言うことだってできる。今生きてる奴の世代は無理でも、その子や孫の世代では本当に神の如く扱われる可能性だってある」

「そううまくいくか?」

「いかねえかもしれねえが、全くの無意味じゃねえ。少なくとも支配できりゃあ問題ねえだろうよ」


 でも神様って……いや、でもできるのか?

 ちょっとでも反抗的な態度だと思われたら死ぬような場所では、支配者への敵意を口にすることはできないだろう。

 今回の惨状を知っている今いる世代なら表面上は逆らわなくても内心では悪態をついているかもしれないが、これから新たに生まれた者達はこの惨状を知らないで育つ。そして、親や周りから聞く言葉の中に支配者達への悪意が聞こえなければ、そんなもんだと思って過ごすことになるだろう。

 逆らわないのが普通。王に敵意を持たないのが普通。王は王ではなく神と呼ぶのが普通。

 そんな状況になってもおかしくない。

 実際にそれができるのかって言ったらわからないが、情報伝達の手段が限られたこの世界ではやろうと思えばできるだろう。


 神様呼びができなかったとしても、そこまでやれば『王に逆らってはいけない』、なんて普通が罷り通る国にすることはできるかもしれない。


「巨人の件もある。戦力は十分で、まるっきり与太話と切り捨てるこたあできねえだろ」


 まあ、巨人を操れるような奴が敵になるってんだったら、逆らおうなんて考えないかもな。

 後は良い治世を行なっていれば、「逆らわなければ平和に暮らせるんだから」と市民達はその在り方を受け入れるだろう。

 最初にこれだけの力を見せたのもその一環かもな。最初に評価をマイナスまで叩き落として、後は少しづつ上げていく、みたいな。不良がちょっといいことをするとなんかいい感じに見えるあれと似たようなもんだ。


 にしても……


「使役系か……なんだか不思議と縁があるな。前にも二回遭遇してるし」


 本来なら珍しいはずの使役系の天職だが、どう言うわけか俺今回以外にも二回ほど遭遇している。一度目は旅の途中でそうとは気づかずに潰して、二度目は西の国境でのドラゴン退治だ。


「国境でのドラゴンと、道中の魔物の群れか。普通はそんなに出会うもんじゃねえんだがな」


 親父はこんな短期間で珍しい天職と戦ったことで呆れた様子を見せているが、流石に俺だっておかしいとは思ってる。


「使役系を効率的に育成する方法でも見つかったとか?」


 そもそも使役系の天職は珍しいってのもあるんだが、その育成方法がめんどくさいことこの上ない。手間も時間もかかるために、高位の……それこそ巨人やドラゴンなんて規格外を操れるような奴は育たないはずだ。

 あるいは、高位階がいなくても中位程度の複数の使役系天職持ちが協力して、とか? 高位でなくても何度も重ねがけすればできないこともないと思う。

 だが、なんにしても育成に難がある天職を効率的に育てる方法は必要になるだろう。


「だとしても分からねえこともあるが……まあいい。今はそんなことよりも目の前のことが優先だ」


 親父に言われて正面へと顔を向けるが、そこには少し離れた場所にこの街の中心である城が見えた。


「このまま止まることなく城まで行くぞ」

「わかった。……だが城まで行ったらどうする? 俺の目的は母さんとフィーリアだけど、別々の場所にいるぞ」

「二手に分かれりゃあいいだろ。巨人の相手をしない城の中なら、俺が別行動してもおめえならなんとかなんだろ」

「まあ、多分な。よっぽどの何かがない限りは」


 巨人の相手をする場合はものすごく厄介だから親父の助けが必要になるかもしれないが、一般兵の相手ならどうとでもなるし、小型の魔物程度でもどうにでもなる。

 巨人とドラゴン以外のもう一つの最強種である天魔族なんてもんもいるにはいるし、そいつらなら人間大の大きさだから場内でも活動できるだろうが、まあ今回は出てこないだろう。


 天魔族は同じ種族内で二つの性質に分かれているが、その性質が善と悪で極端だ。

 善性——天使寄りなら誰かを助けるのが大好きだからこんなことをしてないだろうし、悪性——悪魔寄りならもっと人を甚振るのが好きだから人間の悲鳴とか聞こえていてもいいだろう。王族の拷問なんて真っ先にやるはずだ。

 その様子が見られないってことは悪魔寄りのやつも天使寄りのやつもいないことになる。


 だから俺が相手するのは、あくまでも格下。なら警戒さえしていればなんの問題もない。


「それから、お前の目的じゃなくて、俺たちの目的だ。一人で背負ってんじゃねえって言ったろ。お前の目的は俺やうちの馬鹿どもの目的でもあんだよ」


 ……そうだったな。ここに来るまでにそんなことを話してたんだった。


「とりあえず、植物達に詳しい場所を聞くか。今のところは城にいるってのしか分かってないし」


 この街に入る前に植物達に話を聞いて状況を確認したが、あくまでも大雑把な状況だけで詳しく誰がどこにいるのかとかは聞いていない。

 ここらで改めて話を聞いて場所の再確認をした方がいいだろう。


「前払いだ。誰か母さんと妹が捕まってる場所を教えてくれ」


 そう言いながらその辺の植物たちに水を撒き、問いかける。


『お姫様が塔に捕まってるー!』

『王妃様は地下で倒れてるー!』


 答えはすぐに返ってきた。一度調べたからだろうが、これだけ早く返事が来てくれるとありがたい。


 母さん達の姿を見間違えたのか他にもいくつか女がいる場所の報告はきたが、その二つ以外は多分メイドとかだろう。


「どうする? お前はどっちに向かいたい?」


 その調査結果を親父に伝えると、親父はそう問いかけてきた。


「……母親のいる方に行きたい」


 正直なところを言うと、そうだ。

 妹と母親のどっちを選ぶのかって言われて母親を選ぶのはちょっとマザコン入ってるなと自分でも思うが、どっちがより大事なのかって言われたら母さんになる。

 当たり前だ。付き合いの長さで言ったらフィーリアの方だが、想っていた時間は母さんに対するものの方が長いんだから。


「そうか。なら……」

「だが、……親父はどっちがいいと思う? どうするのが最善だ?」


 だが、だ。確かに俺自身は母さんの方を助けにいきたいと思っている。しかしそれで本当にいいのか、とも思うんだ。

 今回の作戦は失敗するわけにはいかない。少しでも早く、少しでも確実に助けられなければ、余計にかかったその『少し』のせいで母さんかフィーリアが危険な目に遭う可能性だって、ないわけじゃないんだから。

 確実に助けるのなら、俺の感情を優先するのではなく、実践経験が豊富で城の構造にも一般的な軍の対応にも詳しい親父が考えた選択を取るべきだろう。

 俺はヒーローになりたいわけじゃなく、ただ助けたいだけなんだから。

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