第325話制圧完了

「というわけで、《播種》《生長》」


 悲鳴はない。だって全員の喉に命中させたから。気道が根っこで詰まってりゃ息できないし声も出せないだろ。


「ぎゃあっ!」


 ……嘘だ。ちょっとだけ狙いがずれたようで、短いながら悲鳴を上げたやつがいた。流石にこれだけの距離があればそうなるか。全員がこっちに正面向けてるわけでもないし。

 敵が倒れたことでガタガタと倒れる音もするが、それは仕方がない。どのみちもう悲鳴を上げてるわけだし、今更そんなことを気にする必要はないだろう。


「相変わらず『農家』ではありませんね。もしかして天職を変えましたか?」


 フィーリアは今の一瞬の攻撃に驚きを見せたあと、呆れた様子を見せてきたが、まあ俺自身これが『農家』だと言われても首を傾げる。

 だが、天職は変えられない。そんなこと、俺がいうまでもなく世界の常識で、当然こいつも知っている。変えられるんだったら俺は捨てられてなかったはずだろうしな。まあ冗談なんだろうけど。


 ……天職、変えられたらよかったんだけどなぁ。いや今の『農家』が嫌いってわけでもないんだが、なんかもっと剣を振り回して魔法をぶっ放すことに憧れないでもないんだよ。『農家』は便利なんだけどさ。


 だがまあ変えられないものは仕方がない。便利なのは事実だし、役に立つのもちょっとは楽しいのも事実だ。


「変えられないって知ってんだろ。俺は今も昔も『農家』だよ。——そんなことより、さっさと行くぞ」


 そんなふうに俺たちは気軽に話していたのだが、ある意味でこれからが本番だ。

 外での音が聞こえてきたんだろう。いくつかの部屋のドアがガチャっと音を立てて開いた。


「あ? どうし——」


 ドアを開けて出てきた数人の兵に対して同じように播種と生長を使い、仕留めていく。

 やったこととしてはかなり単純なことなんだが、それだけで敵は何もできずに倒れるしかない。


「楽なもんだな」

「普通はそう簡単ではないのですけどね」


 俺の呟きにフィーリアが苦笑しているが、普通なら一人一人倒していかなくちゃならないんだからこいつの気持ちは理解できる。


「な、なんだあ!?」

「ど、どうしたんだ!?」


 部屋の中に残っていた兵は、外の様子を見ようとした仲間が突然倒れたことに驚きの声を上げたが、そうなることは予想済みだ。これで他の部屋の奴らも廊下に敵がいるって理解できただろう。


「そろそろ本格的な戦いになりそうかな?」

「では、私の出番ですね」

「出番……あるか?」


 フィーリアは俺が渡した曲がっている剣を構えていつでも対応できるようにしているが、こいつの助けが必要になるのは敵に近づかれた時だ。

 だが、そもそもここまで近づける奴がいるんだろうか? この直線を走ってくるんだったら、敵は単なる的にしかならないぞ。


「あ、あそこだ! 敵がいる!」


 廊下に出てきた兵の一人がこちらを指さしながら叫び、仲間に情報を共有していく。

 その叫びを聞いた他の兵たちもこちらを向き、武器を手にこっちに向かって走ってきた。


「ひ、卑怯者め! 奇襲を行うなど恥を知れ!」

「城に奇襲仕掛けて玉座を奪った奴らが何言ってんだよ」


 ちょっと見ただけだが、こいつらはならず者って感じではないな。だが、全くの素人ってわけでもない。

 言葉遣いが賊らしくないってのもそうだが、その動きがな。

 走る姿はピシッとしており、足音を消して歩くのが癖になっていたりしない。鎧を着て武器を手に走る姿は、誰が誰だかわからないくらいにそっくりだ。

 全員がそんな似た動きをしていることから、多分だがどこかで正式な訓練を受けた奴らだと思う。あり得るのはそれなりに大きな領地の私兵か?

 まあ反乱なんてする奴らだし、どこかの大きな貴族と繋がっていてもおかしくはないか。フィーリアも裏切り者がいる、的なことを話してたし。


 まあその辺はどうでもいいか。俺がやるべきは敵を倒すことだけだ。

 だが、このまま倒すだけってのも味気がないよな。今は救出作戦中なんだから味気なんて求めていないでさっさとやれって感じもするんだが、ちょっとくらい会話につきやってやってもいいかなとも思った。


「それに、恥を知れ? 知ってるよ。叶えたい願いに理由をつけて諦め、みっともなく命を消費——いや、浪費することを『恥』っていうんだろ? 俺はそれをよく知ってる」


 何せ、前世の俺がそうだった。

 やりたいことはあった。知りたいこともあった。叶えたい願いもあった。

 だが、今の状況や未来のことを考えてやるべきではない、なんて賢しらぶって諦め、ただただ目的も目標も何もなく命を繋いでいた。


 あの生き様こそが恥だ。恥を知れというのなら、俺はもうそれを知っている。


「だから、願いを叶えるためにやってる行動なら、それは恥なんかじゃない」


 たとえ誰かが悪と言い、世間が卑劣だと貶めたとしても、願いを叶えるために全力で当たることは恥ずかしいことではない。


 なんて、俺が自身の経験をもとに有難いお話をしていたわけだが、その間にも敵はこっちに向かって走ってきている。廊下の奥と手前側でこっちに来るまでの時間は違うが、一番前にいるやつはあと数秒程度で俺たちに剣を届かせることができるだろう。


 そんなわけで、普通ならこれから接近戦が始まるわけだが——始まらない。


 残念ながら、こいつらの足は俺の認識を振り切れるほどに速くはないので、こっちに突っ込んできても特に問題となることはなく、種を相手の顔面にシュートして超エキサイティングな結果になった。相手からしてみればエキサイティングどころの話ではないだろうけど。だって顔面に鋭い痛みが走ったかと思えばそこから植物が生えてくるわけだし。まあ、ある意味では『興奮してる』でも間違いではないんだろうけど。


「こ、このおおおっ!」


 仲間がやられたのを見たからか、そのやられ方が受け入れられなかったからなのか、短槍を手にした一人の兵士が、その恐怖を振り払うように悲痛にも思える叫び声を上げた。


 かと思ったら突然速度を上げて突っ込んできた。おや速い。

 多分だが、槍を手にしているところを見ると『槍士』かなんかの天職なんだろうな。で、《身体強化》とか《突進》とかのスキルを使って加速した。そんな感じだろう。


 だが、そんなのは想定の範囲内だ。まだまだ対応できる程度の速さでしかない


 叫び声を上げながら接近してくる敵の相手をしてやろうと——


「少しは出番をいただけませんか?」


 ——したところで、俺と敵の間にフィーリアが割り込んで攻撃を弾いた。


「な、にっ!?」

「隙だらけですよ」


 攻撃に割り込まれ、弾かれたのが想定外だったのか、敵兵は一瞬だけ呆然と動きを止め、そこにフィーリアが剣を振って首を切り飛ばした。

 一応首の部分にも鎧はあったんだが、それでも容易に切り飛ばせたのは武器が俺が第八位階のスキルで作ったものだったのと、フィーリア自身がスキルを使ったからだろうな。


 でも、あれだけ抵抗なさそうに綺麗に切れるとなると、もしかして俺がスキルで作った剣、というか鎌は首に対して特攻でもついてるんだろうか? 本来の使い方をして《収穫》した時も何故か首を回収してくるし。……なんか嫌な特攻だなあ。

 副職に盗賊があるからそのうち隠密行動できるようになるし、神様は俺に暗殺者にでもなれって言ってんのか?


「うぎっ、ぎゃあああああ!」


 その後も敵に種を放ちながら、それでも気合で進んでくる敵はフィーリアが倒していき、今のでこの場にいる敵は最後——


「な、なんだこれはっ!?」


 ——のはずだったのだが、まああれだけ騒げば当然というべきか、敵の増援が来た。戦闘を始めてからまだ五分と経っていないはずなんだが、思ったよりも早いな。近くの巡回でもしてたか?


「お前は捕まってる奴らの回収に行け」

「よろしいのですか?」

「ああ。さっき相手した程度なら、護衛なんていなくてもどうとでもできる」


 このままここで敵と戦っていても仕方がないので、さっさと助けてもらうことにした。


「………………う、うわああああああ!?」


 廊下で人が倒れている惨状を見て、それをやったのが俺だとわかっているんだろう。やってきた増援の兵は、叫びながらも武器を手にして突っ込んできた。


「ビビりながらでもかかってくる気概は良し」


 その叫び声は震えており、走り方もさっきまでの奴らとは違ってどこか引け腰というか、ふらついた感じがする。

 だがそれでも兵としての覚悟や想いがあるのか、こっちに向かってくるのは素直にすごいと思う。

 ちょっと上から目線になるんだが、その心意気は誉めてやろう。


 だが……


「だが、決定的に力が足りないな」


 近寄ってきた兵の覚悟を評して、それまでのようにただ種で無造作に殺すんじゃなく、鎌を作り出してフィーリアがやったように首を刈る。

 できることなら殺したくなかったと思えるくらいに『良い兵』だったが、敵対した以上は仕方がない。


 あとは他の者達も同じように首を刈っておしまいだ。


「ぜ、全員かかれえええ! あの、あの化け物を殺せえええ!」


 それまでの流れが鮮やかすぎて、後ろに控えていた兵士達はこのあとどうするか悩んだみたいだったが結局は俺たちを倒すべく突撃してくることにしたようだ。


「化け物とは酷いな。ま、今更ではあるけど」


 化け物だなんて今までも言われたことがある。そんなの言われたところで今更だ。


 そうして俺に向かって突っ込んできた兵達だが、まあ特筆することもなく叫びながら突撃してきて死んだ。


 敵を倒したあとは次の奴らが来ないか植物達に聞いてみたのだが、どうやら親父の方にも人を割いているようで今すぐにここに向かってくる者はいないようだ。

 いないと言っても、あと数分もすれば普通に人がやってくるだろうから、その時にはまた対処が必要になるんだろうけど。


 なんて考えていると、フィーリアが入っていった部屋から何人ものくたびれた様子の人が出てきた。

 どうやら無事に解放できたようだ。まあ、敵はいないんだから当然だろうけど。


「ご無事で何よりです。助ける必要はなかったようですね」


 その様子を見ていた俺に、捕虜達を助けたフィーリアがそう声をかけながらこちらにやってきた。

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