第314話現状の把握

 逃げたって……まじか。だから『いなくなった』か。でも、王様が逃げるってよっぽどだろ。

 確かに、捕まれば殺されるだろうから生き残るためには仕方ないのかもしれないけど……。


 ……なんだろうな? 別にあいつのことを恨んでいなかったってわけじゃないんだが、どうしても殺したいとか復讐したいとか、それほど強く思っていたわけではない。

 けどそれでも一応は『俺の敵』だった。敵として認識していたし、いろいろと決着をつける必要もあるんだろうな、いろいろとやらないとなんだろうな。そんなふうに考えていた。


 そんな相手がこうも突然、自分とは全く関係ないところでパタリと消えてしまうと、なんとも言い表せないものがある。

 それもこれから追い落とそうと考えた直後で、だ。

 なんか虚しさっていうか、空虚さがあるようなないような……なんかわからないけど微妙な感じがする。


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、エドワルドはもう一度ため息を吐き出してから首を横に振ってから口を開いた。


「反乱軍に関しては以前から噂はありました。そろそろ動くだろうな、と思っていたのですが、やはり、と言う感じですね」

「ま、向こうさんからしてみれば、あたしらがいろいろやった今がちょうどいい機会だろうね」

「ええ。ですが、八天が死ぬなりすぐの行動。王都の占領にしても、あまりにも早すぎる。八天は事実上の壊滅といってもいい状態ではありますが、それでも残り二人いたはずです。それなのに一月と経たずに落とすと言うのは、疑問があります」


 確かにそうだ。王の守護のために八天が二人ほど城に残ってるって話を聞いた。そしてそれは八天の一人だったランシエからも聞いたことだ。

 第十位階二人が加わっている軍が籠城戦を行なって、それで一ヶ月どころか二、三週間程度すらも持ち堪えることができない? どう考えてもおかしいだろ。


 考えられるとしたら、第十位階の二人が国を見捨てた、あるいは裏切った可能性。八天全員が国に忠誠を誓っていたわけじゃないし、ランシエだって同じような立場なんだから他にそうするやつが出ないとも限らない。


 あとは……純粋に第十位階の二人を倒すことができるだけの力の持ち主がいるってことだ。

 こっちの可能性の方が低いとは思うが、もしそうだった場合はかなり厄介だ。


「反乱軍はそれだけの戦力を持ってるってことかい」

「ええ。それも、第十位階の強者が二人がかりでも勝てないようなものすごいものを」


 そんなどこか感心するような言葉を口にするエドワルドに対して、カルメナ婆さんは嘆息してからエドワルドのことを睨みつけるかのように見つめて口を開いた。


「あんたのことだ、その正体はわかってんだろう? 勿体ぶってないでさっさと教えな」


 ある意味当然ではあるが、これだけ詳細な情報を持っているエドワルドなら、どんな敵がいるのか、どんなふうに戦いが終わったのか、そう言った諸々を知っていてもおかしくはない。


「勿体ぶったつもりはありませんが、まあそうとられてもおかしくない話し方をするのが私の癖ですから仕方ありませんか。……簡単に言いますと、魔物です。それも、二体の巨人を含めた魔物の群れ」

「……使役系だね。でも巨人なんてもんをよくもまあ……」


 婆さんはそう呟くと背もたれに寄りかかって困ったように息を吐き出したが、その反応も当然だろう。


 魔物の群れを使役すると言うのは、珍しいがまあいい。魔物を軍隊として使うんだったら、八天の二人は別としても王都に残っている兵程度では勝てないだろうから、王都を占領することができたのも理解できる。

 魔物は基本的に人間よりも強いし、それを使役して戦わせようってのも理解できる。実際に西の国——ザフトは魔物を使役してこの国に攻め込んできたわけだしな。


 だが、その中に巨人が混じってるとなると少し……いや大分事情が変わる。


 この世界には最強種と呼ばれる三つの種族がいるが、巨人はそのうちの一つだ。ドラゴンにも並ぶほどの強さを誇る種族だ。その強さは、真っ向から戦えば第十位階の者でも勝つのが難しいと言われているほど。

 実際には俺が第六位階でドラゴンに勝てたように状況や条件次第でいくらでもやりようはあるんだろうが、『強い』と言うその一点は間違いない。


 そして、そんな最強種はそう簡単に使役できるものでもない。普通なら、国を攻めるために魔物を使役することを考えたとしても、最強種を支配しようだなんてことは考えない。

 その点では以前に戦ったザフトも頭おかしいが、あの国もドラゴンという最強種を二体使役していたが、あれは国が全力で事に当たっていた。それでようやく二体だ。


 だが今回のはただの反乱軍だ。一体で国を滅ぼす可能性もある化け物の中の化け物を二体も、となると敵のヤバさが窺い知れる。もはやただの反乱軍とは言うことができないだろう。


「はい。と言ってもその姿は確認されていないようなので、あくまでもいるだろう、という話程度ですが。もしかしたら巨人と交渉した可能性もあります」


 交渉? 使役じゃなくてか? ……確かに巨人は『人』って字がついてるだけあって人間の形をしてるし、ある程度は意志の疎通ができる。まあこれは巨人に限った話じゃなくて他の最強種も同じなんだが、それは置いておこう。

 で、意志の疎通ができるんだったら話もできるってことで、場合によっては交渉もできるかもしれない。


「交渉ね……あんたならできるかい?」

「そうですね……絶対に不可能だ、とは言いませんね。ご存知でしょうけれど、『商人』の天職には《賄賂》や《言語理解》といった相手に自分への好意を持たせたりするものがありますから」


『商人』の天職は戦闘系ではないし、使役系と違って相手にいうことを聞かせることができるわけでもない。農家ほどではないがありふれた職と言ってもいいだろう。

 そんな『商人』のスキルの中に贈り物をすることで相手の好感度を稼ぐスキルがある。それを使えば、友好関係を築くことができるだろう。

 魔物との言葉の壁も、スキルを使えば壊すことができる。

 そういった意味では魔物を使役したのではなく、魔物と交渉して協力してもらった、と言う話もありえなくはない。


 そのためにはかなりの手腕が必要になってくると思うんだが、それでも不可能だと言わないあたりエドワルドも大概だよな。流石は金のボスだな。


「——王妃は」


 だが、そんなふうにエドワルドと婆さんが王都に起こったことについて話していると、不意に親父が口を挟んだ。


「はい?」

「王妃は、第二王妃はどうなった。それからその娘もだ」


 ——っ! そうだ、母さんだ。それからフィーリアも。

 国王のことは自分でもいまだに整理できないくらいわからない感じだし、王都がどう落とされたのか、残っている戦力はどうなっているのか、いろいろ気になること、考えることはあるが、そんなことよりも心配するべき事柄があった。


「王妃、および王子王女らのほとんどは捕らえられて幽閉されているようです。王太子と高官の数名は殺されたようですが」


 エドワルドがチラリとこちらを見てから口にした言葉を聞いた瞬間、俺は自分で何かを考えるよりも早く体が反応し、立ち上がった。


「待て」


 だが、俺が部屋の出口に向けて足を動かそうとしたところで、親父から声がかかった。


「なんだよ。あんたは俺のことをわかってんだろ」


 俺はカラカスの住人で親父の息子のつもりではあるが、それでも母さんの——王妃の息子でもあるつもりだ。

 今占領されている城には、王妃である母親と王女である妹が捕らえられている。

 反乱軍がどういうつもりで戦っているのかなんて知らないが、間違いないのは王族に敵意を持ってるってことだ。じゃないと反乱なんて起こさない。

 そんな反乱軍に王族である二人が捕まったとなったら、どうなるかなんてわからない。


 さっきまで忘れていたくせに何を今更、と思うかもしれないが、だからって助けたいと思った気持ちがなくなるわけではない。

 マザコン、と言われるかもしれないが、俺は母さん達を助けたいんだ。


 以前のドラゴンと戦った時と同じような状況だ。襲われているやつを助けに行くってのも、その助ける対象が母さんだってのも同じ。あんな状況がもう一度来たことに巡り合わせの悪さを恨むしかない。


「ああ。わかってっさ。だが落ち着け。どうせてめえの事だ。これから王都に向かおうってんだろ?」


 そうだ。親父の言うように、俺はこれから王都に向かおうとしていた。一人で反乱軍の下に突っ込んでいくなんて無茶無謀もいいところだろう。だが、それでも何もしないでいるってのはできない。

 それに、俺は親父が認める程度には強いんだ。軍隊を相手に勝った経験だってある。

 だったらできる。必ず助け出してみせる。


「わかってんなら止めんなよ」

「だが今更走ってなんになる。エドワルドがそこまで詳しく知ってんだったら、ことが起こったのはもう何日も前になる。今更急いだところで、状況が変わるわけじゃねえだろ」


 親父は俺を諭すように静かにそう告げてきた。確かにその通りなのかもしれない。城が落とされてから、もう二、三日程度は経っているだろうし、場合によっては一週間やそれ以上かもしれない。

 急いだところで、遅いなんてのは、俺だって理解している。


「それでも! ……それでも俺は、助けに行く」


 そういって俺は親父のことを真っ直ぐに見つめ、親父はそんな俺を見つめ返してきた。


 そして……


「——エディ。特攻編成覚えてっか?」


 親父は仕方ないと言わんばかりに息を吐き出すと、椅子に座りながら首だけで背後へと振り返り、護衛としてついてきていたエディに声をかけた。

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