第315話本当にそれでいいのだろうか?

「は? ……特攻ってあれっすよね。あの、前に騎士団時にやってたあの、クソみたいな方法の……」


 突然親父の声をかけられたエディはなんだか訝しげな表情だが、なんだ? 特攻って、親父は一体何をしようとしてんだ?


「そうだ。今回は二人になるがな」

「……マジっすか?」

「大マジだ。つか、じゃねえとこいつ一人で向かうぞ」

「まあそうなんすけど……まじっすか〜。……うす。了解っす」


 エディは盛大に顔を顰め、両手で顔を覆いながら天を見上げたが、少しすると正面を向き直り、そのまま部屋を出ていった。


「何するつもりだ?」

「何って、息子のことを手伝ってやろうと思ってな。父親らしく」


 手伝うって……。

 親父が俺を止める気がないってのも、協力する気になってくれたってのはわかるが、一対何をするつもりなんだ? 一緒に行って戦ってくれるのか?


「具体的には、足を用意してやる」


 足? それってリリアのところの移動用の魔物か? 確かに普段使ってるブラストボアは馬よりもかなり速いし、乗り心地を考えずに速さだけで言うならもっと速いやつだっているだろう。

 ここから王都までは馬で急いで一週間ちょっとくらいだが、魔物を借りれば二、三日で着くことができるかもしれない。

 ……いや、でも騎士団時代の方法って言ってたな。なら違うか。騎士団に魔物を使う部隊なんてもんがあるって話は聞いた事なかったし。

 だがじゃあ、何を用意するんだってなる。さっきのエディの変な顔が関係していると思うが……


 なんて考えている俺を放置して、親父はエドワルドへと顔を向けた。


「ってことだ。エドワルド。ちょっくら反乱軍退治してくらあ」

「……私の予定としては、反乱軍を倒すつもりはなかったのですが? 適度に暴れてもらったほうが都合がいいので」

「だがうちの魔王様がお決めになられたぞ。そんで俺はそれに協力するつもりだ」

「なら、もう止めようがないじゃないですか」

「そうだな。だからその上で要望があるなら今のうちに言っておけ。叶えられるかは知らねえが、まあ頭の片隅に残ってて余裕がありゃあ叶うかも知んねえぞ?」

「……。はあ〜〜〜〜。……目的は家族の救出、でいいのですか? それとも、他の王族もですか?」


 親父と話し終えたエドワルドは、大きくため息を吐き出すと親父ではなく俺の方へと視線を向けた。

 その視線は先ほどまでの話し合いとは少し違い、何かを考えているような鋭さがあった。


「母親と妹だけのつもりだ」


 そんなエドワルドの視線だが、俺は臆する事なくそう口にした。

 俺が助けたいのは母親と妹だけだ。他の奴らはどうでもいい。助けられるようなら助けてもいいが、所詮は〝ついで〟だ。まずは二人の救出を最優先。他の王族の救助も、貴族の救助も、敵の討伐も、全部後回しだ。なんなら後回しどころか見捨てたって構わない。

 大事なものがあるのなら、それを全力で守らなければならない。人は全部を救うことなんてできないんだし、他のも、と手を伸ばした結果大事なものが間に合わなくなったら笑い話にもならないんだから。


「妹と言ってもあなたには色々といるようですが、まあ同母の妹のことでしょうね。それでしたら問題ありません。私の要望ですが、できることならば反乱軍は程よく残しておいてくださると助かります」


 確かに俺は妹と言ってもただ血が繋がってるだけならばそれなりに数がいるだろう。

 だが、それらは血が繋がっていると言うだけで、俺の『妹』ではない。

 反乱軍だって、母さんとフィーリアさえ助けられればどうでもいいと思ってるから倒すつもりもない


 だが、なんだってエドワルドはそんなことを言ったんだ? わざわざ反乱軍の残りなんて気にすることか?


「なんだってそんなことを?」

「我々は建国したばかりです。今回我々は軍を迎撃しましたが、またいつちょっかいをかけてくるかわかったものではありません。ですので、そのために手を打つつもりでした。まずは近いうちに反乱軍には王国と遊んでいてもらおうかと。そうなれば他の国も動かないわけにはいかないでしょう。何せ今まで周囲の国々よりも頭一つ出ていて目の上のたんこぶだったザヴィートが混乱しているのですから。脆くなっているところを突くのは当然でしょう」


 まあ、そうだろうな。西は戦争で負けて弱体化してるし、東はカラカスがあることで直接的な戦いは仕掛けてこない。

 だが、だからといって何もしないと言うわけではないだろう。

 秘密裏にでも支援するだろうし、なんなら新たな反乱軍を国内に生み出すことだってやったかもしれない。

 八天が死んだんだから、その領地にいて支配されていた者達は立ち上がらせることができるかもしれないし、新たな庇護を求めて動かすことができるかもしれない。


 そのほかにも、国が混乱していればできることは色々とあるだろう。


「そして人が動けば必ず隙ができる。その隙をついて手駒を潜り込ませるなり引き抜くなり色々と工作ができるのです。意図的に情報を流してみたりですね。まあ、そんな状況になれば国は荒れるでしょうけれど、それはこの国の話ではないので問題ありませんね。——と、他にも色々と考えてはいましたが、大筋としてはそのようなことが私の考えでした」


 この国の安定化と拡充が目的か。

 この国はできたばかりで人手が足りない。支配でも統治でもどっちでもいいが、まともに国として運営していこうと思ったらもっとまともに動くことのできる人が欲しい。

 だが育てるのには数年単位で時間がかかるわけで、エドワルドはそれを他所から持って来ようとしたのだ。

 庇護の代わりに労働力を提供するって感じの話なら乗っかる奴もいるだろうし、金払いが良ければ手足として動いてくれる奴もいるだろうからな。


 こいつはこいつで国のこと……まあ自分の金に関わるからだろうけど、国のことを考えていたんだなと理解できる。

 けど……


「そうか。だが、悪いが状況によっては反乱軍は潰れるぞ」


 俺は母さんとフィーリアを助けるだけの目的で向かうが、その過程で必要となったら反乱軍を潰す事になるだろう。


「ええ、わかっています。まあもっとも、もはや反乱軍などいなくても問題ない状況ではありますから」


 エドワルドもそんなことは理解できているのか、呆れたように息を吐き出すと肩をすくめながらそう言った。


「元々の計画では、あなた方が王国軍を迎撃するところまでは同じでした。ですが、倒し切ることはできずに八天は半数程度になりながらも撤退すると思っていました。それが常識ですから。むしろ半数も減らしたら上出来だと考えていました」


 まあ、普通に考えたら俺一人で第十位階三人倒した上に残り二人も重傷を負わせるとか考えないよな。

 親父が三人相手できるっていってたし三人倒したとしても、俺はせいぜいが残りの二人を相手して撃退する程度だろう。

 エドワルドは多分そんな感じで考えていたんだと思う。そしてそれは俺も同じだ。相手をするつもりだったし、倒してやるとは意気込んでいたが、五人全員を倒し切れるとは考えていなかった。

 だが俺は一人で八天を倒せた。まあそのうち一人はこっちに寝返ったんだけど、結果としては変わらない。


「しかしながら、実際には八天はろくに撤退することもできずに死亡。ですので、他国に情報を流したり裏で糸を引いたりしなくてもザヴィートから攻め込まれることは無くなったと言えるでしょう。軍にそんな余裕はありませんし、奥の手とも言える第十位階を五……いえ、六人も失ってさらに残っている者を送り込んでくるとは思いませんから。加えて、まだ確定情報ではありませんが残っていた第十位階も死んだ恐れがあり、それが事実ならばどこかに攻め入る余裕などあるはずがありません」


 国の最高戦力であった八天は文字通り壊滅。一人は裏切り、残りは死亡。そうなればエドワルドの言った通りどこかへ攻め込む余裕なんてないだろう。そもそも自分たちを守ることすら難しいかもしれない。


「ですので反乱軍に関しては、残っていればそれはそれで使い道はあるけれど、ないならないで構わない、といったところです。好きに暴れてください。それならそれでやりようはあるので」


 エドワルドがそう言ったことで、俺が母さん達を助けるための障害が消えた事になる。


 だが、こいつは国のことを考えているのに、名ばかりとはいえ王様やってる俺が国のためを考えないで行動してもいいのか?


 そう考えてしまい、俺は眉を顰めて考え込んでしまった。


 助けに行きたいことは間違いない。止められたって助けに行くつもりだ。そのために最善の行動なら誰が相手でも倒す覚悟だってある。


 前の時もそうだった。西の国境の時。あの時だって母さんを助けるために戦った。誰かに止められてもそのまま突き進んだ。

 想いの強さ、覚悟の強さで言ったらあの時となんら変わっていない。


 ——でも、あの時と今では状況が違う。立場が違う。

 あの時の俺はただの旅人、或いは王女の知り合いや客人扱いだったが、今はザヴィート王国と敵対している犯罪者都市カラカスの王様だ。


 王様である以上は行動に制限がつくのは当たり前のことで、助けに行くにしても本当にそれでいいのだろうかと、そう思わなくもない。

 俺の行動は間違ってるんじゃないか。もう少し考えて行動した方がいいんじゃないか。

 母さんを助けたいという想いは変わらなくても、そう思ってしまう。

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