第294話王太子の忠告

「ま、待ってください。そんな話は……あなたが、弟?」

「聞いたことなかったか? 本来第二王子として生まれるはずだったリエータ・アルドノフの息子は死産したって」


 そんな話くらいは聞いたことがあるはずだ。俺よりも年下の弟妹たちなら知らない可能性もあるが、当時すでに生まれていた王太子なら知っているに決まってる。

 王妃の懐妊なんて一大事が知られないわけがないし、国王自身その子供が流産したんだってことを広めさせようとしているようなことを言っていた。

 あまり外に出ることのなかった貴族の娘であるソフィアでさえ知っていたんだし、知らないわけがない。


「それはっ……確かに、聞いたことはあります。しかし、それが本当ならばなぜそんなことを父上は……」


 なぜそんなことを、か……。そんなの俺が知るわけがない。

 あの時のあいつが何を思って息子を捨てることに——殺すことにしたのかは知らない。

 知りたくもないってわけでもないし、機会があるんだったらどうしてだって聞いてみたいことではあるが、それはただの興味本位だから聞けなかったとしてもどうでもいいことだ。


「さあ。あの時のあいつがどんなことを考え、どんなことを思ったのかなんて正確なところは知らない。本人じゃないからな。だが、『農家』が気に入らなかったとは聞いたな。王族に農家なんて職をもった者は生まれてはならないんだと」


 それはあの時生まれたばかりでまだ視界もまともではなかった俺の耳に聞こえてきた本人の言葉だ。誰かからの又聞きでも、噂話でもない。だから、それは間違いなくあいつの意思だ。


「まさか……そんなことで? いや、でもあの父上ならばありえないわけじゃ……」

「なんだ。王太子からも〝そんな奴〟だと思われてるのか、あの王様は」


 普通なら「そんなことするわけがない!」みたいな感じで否定されるであろうもんだが、どうやらあの国王のダメっぷりやクズさってのは王太子にもバレているらしい。


 だが、それでも俺の話をまだ信じ切れないのか、悩んだように口元に手を当て手、チラチラと俺のことを盗み見ている。

 普通なら失礼だと言われてもおかしくない態度ではあるがその気持ちも理解できるので、特に何もいうことはない。

 王太子自身、俺の話を聞いてその可能性はあると頭では理解しているんだろうが、気持ちが追いつかないんだろうな。

 俺だって、お前には実は弟、妹がいたんだ、そしてそいつと今殺し合っている、なんて聞かされたら驚くなんて話じゃ済まないだろう。驚きのあまり相手に怒鳴りかかってしまうかもしれない。

 混乱しながらも大人しくしていられるだけこの王太子は冷静な部類だろう。


「——と言ってもだ、いきなり弟の存在を信じろなんて言っても無駄だろうし、なんだったら母親であるアルドノフの実家に直接聞きに行っても構わないぞ」


 俺の話が信じられなくても、実際に母さんの実家に行って祖父のイルヴァとかそこらへんから話を聞けばそれが本当なんだとわかるだろう。


 だが、王太子としてはそのことよりも別のことが気になったようで、わずかばかり驚いた様子を見せてきた。


「それは、このまま解放していただけると言うことでしょうか?」


 あー、まあ「直接行け」なんて言ったら、そう思っても無理はないか。だって、解放してもらわないことには自分で直接聞きに行くことなんてできやしないんだから。


 けど……弟だとわかってもまだ言葉を崩さないか。もうある程度は冷静になれただろうし、俺のことを弟かもしれないとは認識しているだろうに、それでもまだちゃんと俺のことを王として扱っている。やっぱりちゃんとしてるな。

 もっとも、俺が本当の弟なのか確かめたわけじゃないから信じきれないって部分もあるだろうけどな。


 まあでも、俺としては別に馴れ合いたいってわけでもないし、特にこいつのことを兄だと認識しているわけでもないんだから、いきなりタメ口とか砕けた態度で接されるよりはいい。

 これで「なんだお前弟だったのか〜。なら色々とよろしく!」とか言われたら多分この後はまともに接することないだろうし。エドワルドを呼んでそっちにぶん投げて全部任せて、駒として使って終わりだ。


「まあ、そうだな。本来ならここで賠償金とか身代金とかをもらってから人質の受け渡しなんかをするんだろうけど……」


 でもこいつはまだ態度を変えることなく礼儀正しくしている。頭の出来がどうなのかわからないが、多分最低でも俺と同程度はあるだろうし、馴れ合うつもりはなくても仲良くしておくに越したことはないだろう。

 そのためにも、賠償金とかは取らずにこのまま放り出して国に帰した方がいい。……と思う。


 それに、特にそういった思いはないとはいえ、一応血縁上には兄弟になるわけだし、兄から金を取るのもなんかなー、って感じがしないでもない。多分こいつが『いい人』オーラ出してるから尚更そんな感じがするんだろうな。

 まあでも、別にいいだろ。


「あんたは俺たちと敵対するつもりはないだろ? 俺としても一応兄だって相手を殺したいってわけでもないしな」


 こいつを帰すか帰さないかでちょっと迷ったんだが、別に帰してもいいかなってことで決定した。

 本当ならこいつを留めておいて協力の話し合いをした方がいいんだろうが、あいにくとまだこいつのことを完全に信じ切れているわけでもない。協力するにしても、こいつが帰ったあとにどう動くか、その様子を見てからまた話し合いの機会を作ればいいだろう。


 そう考えた俺の言葉を聞き、王太子はわずかに悩んだ様子を見せた後に頷いた。


「……ええ、私としても、あなた方とは戦いたいとは思えませんし、弟であると言うのなら、尚のことです。それに、できる限り早く戻らなければ最悪の場合殺されてしまうでしょうから」

「殺される? 国王にか? 王太子なのに?」

「はい。今回のことは父としては知られたくないことでしょう。ですからこんな軍を差し向けたわけですし。帰るのが遅れれば、余計なことを知ったとして処理される可能性もありえます。今ならばまだ敵に捕まることはなく、命からがら逃げ出すことができた、と言い張って城に戻ることもできますが」

「……あいつは、そうまでして俺のことを隠したいわけだ」

「そうでなければ、今回のように急いで戦争を起こしたりはしません」

「ああ。そりゃあそうだな」


そうだよな。知られてもどうでもいい理由だったら、そもそもこんな戦いなんて起こしちゃいないか。

カラカスが独立したってだけなら、もっと時間をかけて周辺の国に手を回してからだったり、カラカスへの道を封鎖したり、或いは裏で人を送り込んで細工をしたりと、ゆっくり慎重に動いてもよかったはずだ。

だが、今回はそんな過程をすっ飛ばしてかなり早くに動き出した。そんな行動自体が俺のことを早く消したい、秘密にしておきたいって意思の現れだろうよ。


「加えて、これ以上無駄に戦って戦の規模が拡大するのは、王太子としても個人的にも避けたいところですから」

「規模の拡大か……。まあそうなったとしても返り討ちにするけどな」


 今回のことであの国王の戦力はかなり減っただろうし、また何かしてきたとしても今回以下の戦力しか出せないんだからどうとでもなる。

 それはあっちとしても理解してるだろうから、むしろ直接的な戦いじゃなくて間接的な戦いを挑んでくるかもな。経済とか流通とか。

 でも、もしそうなったとしても問題なはい。流通を止められたとしても食料は俺がどうとでもできるし、よっぽどどうしようもなくなったら今度はこちらから攻め込めばいい。

 だいぶ脳筋な考え方だが、それができるだけの力があるのが俺たちだ。


 だが、そんな俺の言葉に王太子は首を横に振った。


「いえ、あなた方ならできるかもしれませんが、避けるべきでしょう。今の我が国は今回の戦で八天の半数以上を失いました。それはすなわち国力の低下を意味します。それをどうにかするためにもっとも簡単なのがどこかの国と手を組むことですが、現状この国が手を組むことができる国など隣国の中には一つしかありません」


 まあ、自国を守るための力を用意する簡単な方法って言ったらそうなるよな。どこかと手を組めば、その分の力が使えるようになるんだから。

 もちろん本当の自分の国の力のように自由に好き勝手使えるわけではないが、勘定に入れて考えることはできるし、相手もそのことを警戒せざるをえない。


 だから、自分たちを守るためにどこかと手を組むってのは十分にあり得ることだろう。

 そしてその相手がどこかと言ったら……


「聖国。あなた方は『魔王』を名乗っているわけですし、それを倒すためとなれば今度はあの国と手を組んで勇者を送り込んでくる可能性があります」


 ま、そこになるよな。西は普通に戦争してる国だし、この間も戦いがあった。


 北は山脈のせいでろくに繋がりがないし、南は魔王騒ぎで戦争中。一応南はすでに同盟を結んでいるんだが、俺たちとの戦いに助けとして呼べるほどの力がある国ではないので論外。

 むしろ、下手に協力を求めたら、今の同盟関係が崩れることになるかもしれない。何せ、戦いの協力を求めるってことは自国の戦力が低下したってことで、南との同盟はザヴィートに戦力がある前提での同盟なんだから。その肝心の戦力が無くなったってんなら、同盟に価値はなくなる。

 全く価値がなくなるってことはないだろうが、それでもできることならば頼りたくない相手だろう。


 残るは東になるんだが、東にある二つの国のうちどっちと手を組むかって言ったら、潜在敵国の国よりも『魔王』を敵視してることになってる国の方がいいよな。何せ、対魔王のための戦力である『勇者』なんてもんがいるんだから。


「そうなれば『勇者が動く』ことになるため、手を組んだ聖国以外からも手を出される可能性があります。『魔王討伐』の名目のために」


 今だって魔王討伐のために南では小国同士が手を取り合って魔王と戦っている。実際に手を取り合ってると言えるかは謎だが、少なくとも一部ではあったとしてもそれまで敵対していたものたちが協力関係を結んでいることは確かだ。


 今はまだ勇者は南の魔王との戦い中だからそんなにすぐにやってくるってこともないだろうが、あと数年もすれば絶対に終わっているだろう。そうなれば、今度の狙いは俺たちになる。


 俺は『魔王』で、その相手に『勇者』が出てくるとなれば、同じようなことが起こる可能性は十分にあり得る、か。


 そうなれば、ザヴィートはなんの損害もなく戦力を用意することができてしまい、俺たちを倒しにくるだろう。何せ、『魔王は世界の敵』なんだから。魔王が現れたら協力し合うことが条約で決まってるわけだし、周辺の国だって協力しないわけにはいかない。


「……ま、忠告感謝するよ。それが役に立つかはわからないけどな」


 まあ、だからといって俺たちが進む道を曲げるつもりはないけどな。


 ここは世間的には犯罪者たちも集まるヤバい場所で、無くなった方が嬉しいところだろう。

 でも、この街は俺の故郷で、はぐれものたちの拠り所だ。犯罪者もいるがそれだけじゃない。事情があってここに逃げた奴らや、ここ以外では生きていけないような奴らもいるし、そいつら全員がどうしようもないクズってわけでもない。もちろんクズもいるし、そんな奴らが大半なのは間違いないが、だとしても

 そんな俺たちの居場所を壊させるつもりはない。


 勇者が来るかもしれないし、他の奴らがちょっかいをかけてくるかもしれない。

 だがそれでも、攻め込んでくるようならば俺たちはそれをぶっ潰す。

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