第293話〝元〟王子の暴露

「それで……私の知りたいことは、お教えいただけるのでしょうか?」


 せっかく命をかけてここに残ることにしたんだ。教えてやるくらいは構わないだろう。


 それに、俺はこうして覚悟を決めた奴ってのは結構好きだ。俺自身が覚悟を決められない奴だってのもあるが、なんていうか、強い意志を宿した瞳ってのは綺麗だと思う。


 後はまあ、打算的な部分もある。

 もしこいつに俺の存在を教えれば、この王太子はまず間違いなく動くだろう。

 何をどうするのか、って細かいところまでは読めないが、この王太子が民のためなんて理由で命をかけるくらい義理人情がある奴なんだってことは確かだ。そんなやつが『いなかったことにされた弟』の存在を知れば、怒りを抱くだろう。

 怒りとまで行かなくても、少なくとも国王に疑心や、うまくいけば敵意の類を抱くかもしれない。

 そうなれば王を追い落とすために動くかもしれない。

 王を退位させて自分が王になり、弟の存在を発表する。もしくは俺が自由に行き来することを認めることだってあるだろうし、母さんやフィーリアの行き来も自由にさせるかもしれない。


 〝かもしれない〟ばかりだが、あくまでも想像の範疇だし、実際どうなるかわからないので仕方がない。


 だが、何かしらの動きがあるってのは確かだろうし、それが俺に有利に働くのもまず間違いないだろう。

 というか不利に働くことなんてないし。……ないはずだ。

 まあ不利になってもなんとかすることはできるだろう。


「……まあ、何が知りたいのか、何が隠されているのか正確にわかるわけじゃないが、俺の知っていることなら教えてもいいよ」

「ありがたく存じます。魔王陛下」

「あー……まあ……いいや」


 その呼び方はやめて欲しいと訂正しようと思ったが、一応対外的には王様やってんだし、それらしい呼ばれ方をする必要がある。

 本来は態度なんかもそれらしいものに変える必要があるんだろうが、まあそこは今更だ。子供だからって侮るようならそれはそれで構わないしな。

 だが、態度が王様らしくないのは自覚してるんだから、せめて呼ばれ方くらいはそれらしいものでないとダメだろう。


「とはいえ……さて、何から話すべきかな」


 隠されていること、裏の事情、伝えられていなかった事。そんな感じのことについて、多少は話せるし予想や憶測は立てられるが、それをどうやって話していったものかな。

 いきなり「俺はお前の弟だ」、なんて話しても混乱するだろうし、順序立てて話すべきか?


 王の考えてる『裏』ってのは、多分カラカスを滅ぼして奪い取るってことの他に、俺という自身の汚点になり得る存在の処理だろうな。

 王の子供が、王族に相応しくない職を持った子供として生まれたってのも、その子供をいなかったことにしたのも、欠点、とまでは言わないが、自身の国王としての経歴に疵はつく。

 それだけのことと言ってしまえばそれだけのことなんだが、あいつは傲慢な性格をしてたからな。〝それだけのこと〟でも認められなかったんだろう。


 それに、そんな捨てた王子がカラカスのボスになって王国を攻めたとなれば、復讐と捉えられてもおかしくない。

 そして、俺が復讐をしようとしているのは王が軽率な行動をしたからだ、なんて話にもなるだろう。

 だからそれを防ぐって意味でも、俺のことを消しておきたかったんだろうな。


 多分だが、カラカスを攻めるなんてのは、仮に失敗したとしても俺がいなくなれば国王としては問題なかったんじゃないだろうか?

 失敗したとしたらそのことを責められるだろうが、過去にも先代の王が失敗した事実はあるわけだしそこまでの問題にはならないが、俺の存在は自身にとっての爆弾だ。多少の害を被ったとしても処理しておきたいもんだろう。実際、俺は俺であいつをやり込めることができるんだったらそのために動くだろうしな。


 しかし、そう予想を立てることはできるが、そもそも俺が話していいのか? なんかこう、一旦親父たちを呼んで話し合いをしてから説明するべきじゃないだろうか? この王太子が動くんなら、その動き方に合わせてこっちでも色々やる必要があるかもしれないし、その点は俺じゃなくてエドワルドや婆さんの担当だ。あの二人がいない状態で話をして、好き勝手に進めてもいいものか……ちょっと迷うな。


 まあ、ここで俺が話をしたところでよほどの下手を打たない限りは問題ないだろうし、これくらいの話ならしても問題ない、とは思うけど。


「……一つ、先にお聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」


 なんて、俺がどうしたもんかと悩んでいると、王太子は何か優先して聞きたいことがあるようで、そんなことを聞いてきた。


「ん? ああ、まあ別に、いいぞ」


 何からどう話すべきか迷っていた俺としては、そう聞いてくれるのであれば話しやすいからいいので、そんな言葉に頷くことにした。


「ではお聞きしますが……どこかでお会いしたことがありますか?」


 と、そんな問いかけが来て僅かな間だけ目を瞬かせてしまう。


 ……まさか、そんなナンパみたいなことを言われるとは思わなかった。


 実際にはナンパなんてしてるわけじゃないんだろうけど、言葉だけでいえばまさにその通りなんだから仕方がない。


 だが、俺はこの王子とは会ったことはなかったはずだ。


「どこかで? ……いや、別にそんなことはないはずだが……」

「それは本当に?」


 尚も王太子は真剣な表情で問いかけてくるが、やっぱり俺たちがどこかで会ったなんてことはなかったはずだ。これが初対面、だと思う。

 あるとしたらこいつが身分を隠してどこぞをふらついて俺と遭遇したとか、そんなことがあれば会ったことはあったかもしれないが、そうでもない限りはこいつと会ったことなんてない。


 ああでも、会話をしたことはなくても王の謁見の時には居たからそれか?


「一応会話はしていないが、前の独立宣言の時に顔を合わせているはずだからそれくらいだな」

「そう、ですか……。ありがとうございました」


 だが、そんな俺の答えは望んでいたものではなかったようで、少し訝しげなまま感謝の言葉を口にした。


「なんだってそんなことを聞いたんだ?」


 なんで突然そんなナンパのようなことを口にしたのかわからなかったので、今度は俺の方から問いかけてみることにした。


「……おかしなことを、不敬なことをと思われるかもしれませんが、懐かしい感じがしましたので」

「懐かしい?」

「はい。家族と会った時のような、繋がりのようなもの、といえば良いのでしょうか。自分でもよくわからないことで申し訳ないのですが、そんな不思議な感覚です」


 ……頭が良くて見た目も良くて人情があって、その上勘もいい、か。……完璧超人かな?


 実際、俺とこいつは血の『繋がり』があるわけだし、こいつの思いも間違いではない、と言うか普通に正しい。


 ……ん〜。なんかもう考えるのめんどくさくなってきたし、普通に俺が弟だって暴露するか。結局伝えるのは変わらないわけだし。


「その『繋がり』を感じたってのは、間違いじゃない」

「え?」

「何せ俺は、お前の弟なんだから」

「——————え?」


 俺が事実を伝えるなり、王太子はそのことを予想していたなったんだろう。驚きのあまり動きを止め、徐々に目を見開きながら俺を見つめてきた。


「改めまして挨拶をしましょう、兄上。俺の名前はヴェスナー。『今の』家名はないが、本来の名前としてはヴェスナー・アルドノフ・ザヴィート。になるはずだった〝元〟第二王子だ」


 まだ最初の言葉だけでは意味がわからないだろう。ってか、自分でもそれだけじゃ言葉足らずだなと思ったので、後付けでそう説明を追加してやる。

 最初の「俺は弟だ」なんて言葉だけじゃ、国王が遊びで外に作った子供と思われる可能性があるだろうし、王子を捨てた、なんて話よりはそっちの方が想像しやすいだろう。

 それでも王の血を引いているってことは間違いないではあるんだが、血を引いてるだけなのと王子として生まれながらも捨てられたってのとはまるっきり話が違う。

 だが、ここまではっきりと言ってしまえば間違えることはないだろう。


「ザヴィートとは……それにアルドノフ……」


 王太子は難しい顔をしながら呟くが、まだ俺の言った言葉の正確なところは理解しきれていないんだろう。迷った様子が見られる。


「まあ早い話が、父親である国王にいらない子として捨てられて、拾われて今に至る、だな。俺が生き残ってここで魔王を名乗ってると困るから、犯罪者たちの街を潰す、なんてお題目を掲げて俺を殺しに来た。それがあんたの言うところの『国王の隠し事』で『今回の戦の裏』だろうな」


 そんな迷いを潰し、解釈違いなんて出ないようにはっきりと事情を説明してやることにしたんだが……こうして改めて口にするとちょっと怒りが出てきたな。いや、怒りというか……復讐心? でも復讐ってほど大袈裟なもんでもなく、殺されかけた分はやり返してやらないとな、って程度のもの。

 まあ、その辺はどうでもいい。実際にやることや、どう思っているかなんて変わらないんだから。


 俺自身は捨てられたことを気にしていないが、気にしていないのは『親に捨てられた』ことを気にしていないだけであって、『俺を捨てた』という事実に対しての怒りはある。

 ちょっとわかりづらいかもしれないが、親に対する思いと他人に対する思い、みたいな?

 なんか余計にわからなくなって気がするが……捨てられたことを気にはしていないが、怒りはある。そんな感じだ。


 だが、そんなふうにあっさりと話を片付けられるのは俺だけで、それを聞いた王太子の方は混乱してるだろうけど。

 実際、目の前にいる王太子の様子は、もう俺みたいな人の様子を伺うことに慣れたやつでなくても理解できるだろうくらいには動揺している。

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