第292話王太子が残った理由

 確かにこいつが残れば兵を生かすための助けにはなるだろう。

 自分が残ることで時間稼ぎができるし、交渉の場を設ければさらに逃げやすくすることもできるだろう。


 ここで王太子の言うことを聞いてお願いを叶えておけば、こいつを国に返した後でこちらにとって都合の良い何か約束を取り付ける事ができるかもしれない。

 なんて、そんな交渉が行われる可能性は確かにあっただろう。「兵を助けてくれるのなら、国に帰った後でそちらの願いも叶えましょう」ってね。


「一人でも多くの人を救えるのなら、それに越したことはないと思いましたので。それに、民を守るのは王族の勤めです」

「ふーん。まあ、さすがは将来の王様か。民を大事にしてらっしゃるようで」


 ただの見せかけや上っ面での言葉ではないだろうな。もしそうだったら、そもそもここに残る理由なんてないんだから。国のためには王族の威厳が云々とか言って実の息子を殺そうと捨てた国王とは大違いだ。

 こいつが王様になるんだったら、まあ仲良くしてもいいかもな。

 仲良く、なんて言っても仲良くしすぎることにはならないだろうけど。何せここは犯罪者の街があり、俺はそいつらを切り捨てるつもりはないんだから。どうしたって〝らしい〟関係になるだろうな。


 ……ま、それも仲良くすることになったら、の話だし、そのためには今の国王が消えてこいつが王様にならないと始まらない。何年後、あるいは何十年後の話だな。


 と、王太子の様子に感心していると、当の王太子本人は一度息を飲み込んでから真っ直ぐ俺を見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「……私からの要求……いえ、願いは一つだけです。今回従軍した兵達を見逃していただきたく願います。彼らは一般兵であり、中には強引に連れてこられたもの達もいます。あなた方の領土に侵入しましたが、直接的な被害は何も成していないはずです。どうか寛大な御心を」


 そうして聞いた言葉は、おおよそ予想通りだった。

 自分の兵を助けて欲しい。そんな願いだ。


 だが、強引にだと? ……確か今回のは全部兵士で構成された軍だったはずだけど?

 国が数万の兵を出して、周辺の貴族達がそれぞれ追加で合流させた混成軍。だから強引に連れてこられた、なんてことはないはずだ。本人は嫌がっていたんだとしても、兵士としての仕事についていたから連れてこられたわけだし、それならそれで強引に、って話が通るもんでもないと思うし、俺はそう判断する。


 ……ああいや、でも貴族達からも兵を出したんだってんなら、そん中に徴兵された一般人が混じっていてもおかしくはないか? カッコつけるため、自身の見栄を張るために兵の数をカサ増ししようとして徴兵し、それを自分の兵団だ、すごいだろって数を自慢する輩も、まあいたかもしれない。

 そうなると強引に連れて来られた者もいるってのはその通りだろう。


 そうなると、情状酌量がないわけでもない気もする。徴収されるような平民は貴族の命令には逆らえないだろうからな。

 まあ、だとしてもこいつが言ってる通り攻めてきたのは事実なんだから、なんのお咎めもなしってわけにはいかないけど。


「……確かに何も被害はないといえなば、ないな。だが、攻めてきた事実は変わらない。流石に何もなしとはいかないな」

「……」


 俺の言葉に王太子は僅かに眉を顰め、顔を俯かせる。

 そんな様子で、こいつが本当に民のことを考えているんだというのがわかる。こいつはきっと『いい奴』なんだろうな。

 ……でも、なんでこんな『いい奴』があの国王から生まれたんだろうな? 反面教師?


 まあそんなことよりも、延ばすことでもないしさっさと〝続き〟を話すことにしよう。


「だが、士官なんかを中心に何割かの兵は捕まえて使うつもりだけど、全滅はさせるつもりはない。ある程度普通に逃がされて終わりになるはずだ」


 士官は頭脳担当として使えるし、一般兵は労働力として使える。まあ士官優先でとは言ってあるから一般兵は逃げやすいだろうな。

 回収した中には怪我をしている奴らもいるだろうが、そういった奴ら用に治癒系のスキルが使える者達を用意して治療部隊を用意してあるので、捕まえた後に死ぬ、なんてことは少ないと思う。捕まっても捕まらなくても、死ぬやつはこいつが思っているよりも減るだろうな。

 尚、その中にはリリアもいるので活躍の場がないと後になって騒ぐことはないだろう。……『活躍』しすぎて頭が痛くなることはあるかもしれないが。


「そうでしたか……」


 そう答えた王太子の表情は若干柔らかいものへと戻ったが、声の質はまだまだ硬い物だった。

 本当は全員見過ごせとでも言いたいのかもしれないが、流石にこの状況でそれは欲張り過ぎだと思ったのかもしれないな。だが、多少顔を歪めてはいるもののそれ以上何かを言うことはなかった。


「それで、残った理由はそれだけか? 他に何かあったりするんだったら話せ」


 こいつは最初に「いくつか理由がある」と言っていた。〝いくつか〟だ。と言うことはまだ他に言いたいこと、聞きたい事があるんだろう。俺としてはそれが聞きたい。


「兵のため、というものが一番ではありましたが、後は……知りたいことがありましたので」

「知りたいこと?」

「はい。今回の出征ですが、攻めておきながら何を言っているんだと思われるかもしれませんが、私には国王から知らされていない事があり、色々と不明な点がございました。ですので、それを知ることができるのであれば、と」


 不明な点、ねえ。それは多分俺に関することじゃないかと思う。俺の出自や、どうしてこんなところにいるのかとか、そういった事。その辺の事情が隠されているんだと思う。


 まあそうだよな、って感じはする。だって俺の存在は、それは知られれば王の汚点になるだろうから。

 自身の立場を守るために『平民のような天職を持った息子』を捨てたってのに、それがバレちゃあ意味がないどころかもっとでかいマイナスだ。


 流石に誰も知らないってことはないだろうし、事情を知っている奴は何人かは居るだろう。宰相とか国王付きの隠密とかな。だが、それもごく限られた人数だけで、それ以外には知られていないはず。

 そしてその知られていない奴……知らされていない奴にはこの王太子もはいっていたってわけだ。


 しかしだ。確かにここに来れば情報集めって意味だけ見るならいい手だろう。城にいるだけじゃあ知れない事を知る事ができるんだから。

 だが、だからといって自身の命をかけてまですることかとも思う。

 さっき言った兵の救助の件があり、それと合わせて考えたとしても、とてもではないが王太子が選ぶような選択肢じゃないはずだ。


「……その結果死ぬかもしれなかっただろ? そうなるとまずいんじゃないか?」

「先程も申しました通り、私はすぐには殺されないと考えたからと言うのもありますが、死んだら死んだで仕方ない事でしょう。すでに私は先程の戦でで一度死んだようなものでしたので、ここで命を失おうとさしたる違いはありません」


 確かに、俺は指揮官とか立場ある奴は殺さないでいようかと思っていたが、それはこいつらにはわからなかったことだ。

 それに俺の匙加減次第では全滅していたんだし、一度死んだ、と言う表現もあながち間違いではないだろう。


 だが、だ。だが、だとしても、こうも堂々と残る選択をするか? 一度運良く生き延びた。ならそれが二度三度と続くものとは考えず、そもそも二度目三度目がないようにと逃げ出すものじゃないか?


 運良く生き残った。でもこれ以上ここにいたらやばい。逃げろ! そうなるのが普通じゃないか?


 だが、そんな俺の疑問とは裏腹に、王太子は迷うことなくまっすぐ俺のことを見つめながら口を開いた。


「そして……私は知らなければならないと思ったのです」

「知らなければならない、か……」

「はい。私は王太子です。このまま何事もなく時間が進んでいけば、私が王となるでしょう。ですが、その時に今回の事が不明なままではならない。父やその周囲にいる者達に聞いたとしても、今の時点で教えられていないのであれば今後も教えられない可能性が高い。ならば、多少の危険があったとしても自身で秘密を暴き、掴み取るしかない。そう考えた次第です」


 王になるのだからこそ、全てを知らなければならない。全てを知り、その上で国にとって最善の判断するのが王の勤め。

 そのために命をかけられないのなら、そんな奴は王になるべきではない。


 王太子の言葉にはそんな覚悟が込められているかのようだった。

 そして、その覚悟に偽りはない事を証明するかのように、この王太子は実際に命をかけてこの場所に残った。


「……そのために自分の命をベットするって……はあ。立派な王太子様だな」


 こんな状況でも臆す事なく堂々と言い放つ姿は俺とは違い、まさに王族らしいもの。将来の王様なんだってことを理解させられる。

 今王様をやってる俺と、将来王様をやるこいつ。格の違いを見せつけられているような気がして思わずため息が溢れてしまう。

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