第295話会話ばかりが長いが、次回は動きがあるはず
「それで、他に聞きたいことはあるか?」
王太子は困ったように、そして心配そうに少しだけ眉を顰めて俺を見ていたが、俺がそう問いかけるとそんな表情を消して口を開いた。
「いえ、特にはありませ——ああいえ、最後に一つだけ。あの戦の前に配られていた飲み物。あれはあなた方の〝手〟ですね?」
最後に一つだけ、と聞いてきた王太子だったが、その後の言葉を聞いて俺はぴくりと顔を顰める。
戦の前の飲み物。それは確かに俺たちが手配して配らせたものだ。果物を雑に絞って果肉と種が混じった飲み物を事前に飲ませることさえできれば、後はいつでも楽に倒すことができるだろうと考えて仕込んでいた。
報告では特に問題なくことが運んだと来ていたし、実際にちゃんと種は敵の兵達の腹の中にあって思った通りの効果がでた。
だが、あの仕掛けは気づくものではなかったはずだ。
《危機感知》なんかのスキルを持っていたとしても、あの時点ではあれはただの種。いざ俺がスキルを使おうとしたら危険を感じ取れるかもしれないが、飲み物を飲む時点では気づけないはずだ。それなのになんで……。
「……気づいてたのか?」
「一応はですが。何せ、明らかにタイミングがおかしかったものですから。まるで私が居ない時に全て終わらせようとでも考えない限り、あれほどスムーズに配り終えることはないでしょう」
王太子や他の士官たちに邪魔されないように気をつけろって言ったし、実際に作戦を実行した隠密からの報告では、こいつが神兵と話をしているタイミングを狙ったとは聞いていた。
確かに話なんてそんな何十分としているものではないだろうし、席をはずしたのなんて数分程度だっただろう。その間に予定になかったものが自分の預かり知らぬ間に全部準備を終えていれば、怪しむのも無理はないかもしれない。
だが、俺はこうして説明されたからそう思えるだけで、実際に気付けるかって言われたらまず無理だ。
「でも、それでも止めなかったんだろ?」
だが、気付いたんだったらどうして兵達はあんなに簡単に死んだんだ?
前日に飲ませて溶けなかった分があるから問題はなかったかもしれないが、その場合はもしかしたら兵達の被害はもっと減っていたかもしれない。
あるいは、腹から植物が突き出しても、生き延びることができる者もいたかもしれない。
それに、八天だって死ななかったかもしれない。
もしこの王太子がみんなが飲むことを止めていれば、たとえそれが途中からだったとしてももっと違った結果になっていた可能性は十分にあり得る。
「何かあるとは思いましたが、確証がありませんでしたから。浄化を使って解毒をした以上、他に疑うことができませんでしたし、できることと言ったら自分だけ飲んだふりをして回避する程度でした。……もっとも、それがあんなことになるとは思わなかったけど」
最後に少しだけ言葉が乱れたのは、それだけあの時の記憶が鮮烈というか強烈だったんだろう。だが、飲んだふりか……。
そんな王太子の姿を見つつ、その体内にあるはずの種の反応を確認してみるが……かなり弱かった。
多分今感じ取れているのは、前日にも飲ませていたからその反応だろう。この反応の弱さは、胃液とかで種が溶けたからだと思う。まあ何時間も前のことだし、そんなこともあるだろうとは思ったから何度もしつこいぐらいに仕掛けをしたんだし。
しかし、前日の分は確認できても、戦の前に配った方は感じ取ることができなかった。
つまり、こいつは自分で言った通り仕掛けに気がついて飲まなかったんだろう。
スキルでも感知できないような細工に気がつくとか……。
俺はこいつのことを多分俺と同程度以上の頭の良さはあるだろう、とか考えていたが、とんでもないな。俺なんかよりももっとずっと頭がいい。
「あれは、多分ですが種を飲み込ませたのではありませんか?」
普通ならそんな答えにたどりつけないもんだが、よくわかったな。
だが、その後の答えは違う。
「そして『樹木魔法士』に操らせてあんなことが起こった。普通ならあれだけの距離、あれだけの規模での操作なんてできないものですが、ここにはエルフがたくさん暮らしているようですし、決して不可能だ、とは言い切れないでしょう」
一応『農家』だってことは教えたんだが、まあ農家があんな光景を作り出したとは普通思わないよな。
確かにエルフの中には植物を扱う樹木魔法師が多いし、この場所に来るまでに街中でエルフたちがここで暮らしてるのもみてるんだから、そんな考えに至ってもおかしくはないか。
しかし、あえて間違いを正しておく必要もないし、勘違いしてるんだったらそのままでもいいだろう。
そう考えて俺は肩を竦めて軽く話を流すことにした。
「よく、そこまで想像できたな」
「落ち着いて考えてみれば、攻撃に植物が使われた時点で答えなんて出ているようなものですから。……流石にあの直後には思い付きませんでしたが」
言葉の最後の方はなんだか苦々しい表情をしていたが、それは多分実際に見た時の光景を思い出しているんだろう。
実際、あんな人の体から植物が生えてくるのを見たら植物使いが関係していると思うのはおかしなことではないが、それがすぐに思い出せるのかというと話は別だ。
それに、そんな光景はすぐには忘れることなんてできないだろうし、それを思い出して顔を顰めてしまうのも無理はない。
「まあ、だろうな。すぐにあんな方法を思いついたんだとしたら、頭のどっかがイカれてるよ」
思いついた本人である俺がいうことでもないかもしれないが、まあ俺も頭がイカれてる部類に入るだろうってのは自覚してる。じゃないとこの歳で第十位階になんてなってない。
「とりあえず、こっちの用は終わったし、そっちももう話もないだろ? 人はつけてやるから自分の家までは問題なく帰れるだろうよ」
こいつをここまで呼んだのは、混乱していて誰もが逃げ惑う戦場だったはずなのに逃げずにこっちを見てたからだ。
その理由は分かったし、こいつがどんな人物かもわかったしで、後は特に引き止めておく理由もない。
ちょっと色々と話しもしたから俺の事情を知ることとなったが、こいつなら事情を知ってもへんなことはしないだろうし、むしろこっちの得になるだろうと思って俺から暴露したんだから帰してしまっても問題ないだろ。
「護衛をつけてくださるのですか?」
「ああ。せっかく役に立ってもらおうと開放するのに、死なれたら意味がないだろ?」
こいつを国に帰せば、後は勝手に動いて何かしらやってくれるだろうし死んでもらっては困る。
俺としても『いい人』には死んで欲しいとは思わないし、ましてや兄弟なら尚更だ。
「ありがとうございます。……ですが、そのようなことをお一人で決めてしまってもよろしいのですか?」
「ん? いやだって俺、王様だし。何か問題あるか?」
よっぽどのことなら流石に文句を言われるだろうが、基本的には俺が決めて構わないはずだ。
「……いえ、我が国では敵国の王太子などというものを捕えた際には、その扱いをどうするのか主要な官僚を集めて会議を開くものですので」
「ああ。まあ普通はそうだろうな。でも、親父も婆さんも文句なんて言わないだろうし、大丈夫だろ」
王太子なんて存在はそれだけで色々と使えるんだから、それを勝手に放せば損だと言えるだろう。
エドワルドはもっとこうしたほうが良かった、みたいな文句を言ってきそうだが、まあそれだけだ。へんに仲がこじれることもないだろうし、敵対することもない。
「親父……とは、『黒剣』のことですか。……仲が良いのですね」
父親に捨てられた俺が別の誰かを『父』として仰いでいるのがおかしかったのか、そんなことを聞いてきた。
言いたいことはわかる。父親に捨てられたんだから、『父』というものに拒否感を持ってもいいんじゃないか、とかそんな感じのことを思ったんだろう。
だが、この町では生みの親に捨てられるのも、育ての親に拾われるのも普通のことだ。
それに、『父親』と一括りにする意味もないしな。同じ『父親』であっても、人が違えばそこに抱く感情も別物なのは当然だ。だって、俺のことを捨てたのは親父ではないんだから。
「んー……あー、まあそうだな。命の恩人でもあるし、少なくとも実の父親よりは比べ物にならないくらい好ましいな」
しかしまあ、そのことを口にして話すのは恥ずかしい気もするし、それが対して関わりがないとはいえ兄にとなれば尚更だ。なんか気恥ずかしい感じがすごいする。
「そうですか……」
王太子は俺のそんな答えに少し考え込んだ様子ものを見せるが、そもそもなんだってこいつはそんなことを聞いてきたんだろうか?
「それがどうかしたか?」
「……いえ、不幸にならずに済んでよかった、と」
柔らかく笑いながら答えられた王太子の言葉に、俺は一瞬どんな反応をしていいのか分からずに動きを止めてしまった。
「帰る準備をさせる。部屋を用意させるから少し待ってろ」
結局俺はその言葉には答えず、王太子が帰るために必要なものや人なんかの準備を進めさせることにした。
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