第288話神兵:武芸者と魔王
声の質としては若い男のもの。だが、どうにも違和感がある。
声の質が若いことではない。そこも疑問ではあるが、若くても力を持っている者というのは存在するからそこは良い。
だが、なんと言えばいいのだろうか。この声からは、街を代表しての言葉——いや、彼らからしてみれば国を代表しての言葉。つまりはこの声の主自身が名乗ったように王の言葉だ。
にもかかわらず、この声はいい加減というか、威厳が感じられない。緊張、しているのだろうか? こんな宣言をするようなものがか?
そこらの貴族でももっと堂々としているものだが、これでは一般人が話していると言われても頷けてしまう。
しかし、一般人がこんなところにいるわけがないし、代表として魔王を名乗るわけもない。
そうなるとこの声の威厳のなさは……こんな状況であっても真面目に取り組むに値しないと考えているか、だろうか?
「足を止めるな! 進むぞ」
なんにしても、止まれと言われて今更止まるわけにはいかない。交渉などという段階は、すでにすぎているのだから。
『これより先は——というかもうすでにそうなんだが、ここは俺の領土だ。今すぐ帰るんだったら見逃してもいいと思ってなくもないんだが……まあ皆さん帰るつもりはないようで』
やはり緊張していたのだろうか? 最初は少し戸惑ったような物言いだった声だが、徐々にはっきりとしてきた。相変わらず威厳はないが、その一般人のようなふざけたようにも聞こえる話し方が逆に不気味に聞こえてくる。
『なら、ちょっと本気でやらせてもらうぞ。自称とはいえ、魔王に仕掛けてきたことを悔いるんだな』
——何か来る!
その言葉を聞いた瞬間、不思議とそう感じた。
今まで威厳がないと感じた声。相変わらず威厳のなさは変わりないが、不気味さが増したのだ。
相手は何かしてくる。何かしなければ、と考え、僕はスキルを発動させることにした。
「《身体強化》!」
そうして使ったのは防御用のスキルではなく、身体能力を強化するためのスキル。
『武芸者』とは、これといった技がない。《斬撃》《刺突》《投射》など、戦闘における様々なスキルを覚えられるが、『剣士』や『槍士』のように一つのことを極めた先にある技というものが存在しないのだ。よく言えば万能。悪く言えば平凡。なんでもできるが何もできない。それが武芸者の評価だ。
加えて、たった今一つだけ発動させたが、スキルのうち身体強化系等のスキルが三つも入っているのだから、なんともバランスの悪い職だろう。
十のうち三の強化と七の基礎スキル。それが『武芸者』だ。
だが僕の場合は、第三位階にて覚える常時発動型スキルには恵まれた。
武芸者とは戦うものだ。そんな者を表す天職だからだろう。戦っている最中のスキルの使用に限り、スキルの使用回数を二倍として数えるという《戦功》というスキルを覚えた。つまり実質半分のスキルの使用で位階が上がるというわけだ。
そのおかげで僕は若くして第十位階にたどり着くという偉業をなすことができた。そんなズルとも呼べそうな力を持って成り上がったからこそ、バルバドスは僕のことを『偽物』と呼んでいるのだ。
しかし、だからといって天職そのものの強さが変わるわけでもない。他の天職と同じだけの力は持っているという自負があるし、事実その認識は正しい。
他の近接系天職の基礎スキルしか覚えない『武芸者』だが、第十位階にもなればその一振りは誰にも止めることができず、全てを貫き、切り裂く。
『剣士』でいうのなら基礎である《斬撃》しか覚えないが、その斬撃だけは極めているのだ。
剣も槍も斧も拳も槌も、僕の振るう武器は誰も止めることはできない。どんな武器も使いこなし、どんな敵をも打ち倒す。
加えて、副職が『治癒師』だったこともあり、多少の怪我は自分で治してしまうことができる。
もっとも、それほど大きな怪我は専門の者のように一瞬で治したりはできないから、じわじわと治していくことしかできない。
だが、それでも大抵の攻撃では倒れることがなく戦い続けられる。それこそ、腹部に大穴が空いたとしても、ギリギリ生き残ることができるし、時間さえあれば治るから、一時間もすれば多少動くことくらいならできるようになる。
だからこそ『神兵』。まるで神話に出てくるような不倒で万能の兵士。それが僕だ。
もっとも、広範囲を攻撃できるわけではないから対軍戦となると今ひとつなのだが、今回のように市街地戦や強者と戦うには最適とも言える。
とはいえ攻撃に偏っているため、防御のためのスキルはない。
大抵のことは自己強化や接近戦で対応できるので問題ないのだが、今のように防がなければまずいという状況では、技術によって捌くか、自身を強化して耐えるしかないのだ。
そして僕は強化する方を選んだ。なんとなくそんな気がしたからだ。そもそも敵が何をしてくるかもわからないのに避けようとしたところであまり意味はないだろう。もし怪我を負ったとしても、治してそのまま戦い続けることができるし問題はない。
だが、その強化も意味がなかった。
いや、まるっきり意味がなかったことはないだろう。だが、敵の攻撃を防ぐという意味ではまるで役に立たなかったのは事実だ。何せ敵は私自身を狙ったわけではなく、その下。地面を狙ったのだから。
足元がぐらついたかと思ったら、突如視界がズレ始めた。視界がズレた、というより、景色が動いた、の方が正しいだろうか?
即座に辺りを見回してみると、遠くでバルバドスの真下の地面が空中に浮かび上がっていた。今の状況と光景。二つを合わせて考えると、私の足元も空中に浮いているのだろう。
とはいえ、私ならこの程度は問題ない。高さは城の四階程度のものだが、飛び降りようと思えば軽く降りられる。
敵はアスバル殿と同じ土魔法師か? であれば、アスバル殿に対処してもらうべきだろうか? 同じ属性の魔法師同士が同じ場所に魔法を使った場合、より力の強い方がその物体の主導権を手に入れることになる。アスバル殿がこの辺り一体に干渉すれば、敵の土魔法師は何もできなくなることだろう。
だが、今更戻って協力を呼びかけに行くのもあまり好ましいとは言えない。そもそも協力してくれるだろうか? すでにアスバル殿は己の役割を終えている。その結果思い通りのことが起こらずに不機嫌になっているあの人を無理に動かしたところで、まともに協力してもらえるとは思えない。下手をすれば街の何割かは地面の下に消えることになるかもしれない。
それはならない。今のところ僕たちだけで何か問題があるというわけでもないんだ。だったらこのまま進むべきだろう。
「——っ!?」
そんなことを考えていると、空中にいる私の元へ突如、何かが飛んできた。
それは小さな粒程度のものだったが、一つでもまともに受けてはならないと感じて、防御を固めるためにスキルを使った。
「《身体強化・極み》!」
それまでのスキルに加え、さらに上の身体強化スキルを重ねて発動すると同時に、顔の前に腕を出して顔面を守る。強化していても眼球は流石に守る必要があるのだ。
スキルを重ねたのはなんだか嫌な予感がしたから。
飛んできた何かが体に当たるたびにバチバチと何かが弾けるような音がするが、それでもその攻撃で私が傷を負うことは——
「ぐっ!?」
ない。そう思った瞬間、それまでとは桁違いに強い衝撃が足に発生し、思わずバランスを崩してしゃがみ込んでしまった。
目を庇いながらも見下ろしてみると、つけている鎧の腿の部分に穴が空き、完全には埋まっていないが拳大の何かが突き刺さっていた。今のはこれがぶつかった衝撃か。
だが、これはなんだ? ……何かの種、か?
『俺からのプレゼント、気に入ってくれたかな?』
そんな言葉とともに城壁の上には一つの影が現れた。おそらくだが、あれが先ほどから聞こえていた声の主なのだろう。
強化した視力がとらえたのは茶色がかった黒髪をしている青年。顔立ちは良く、着ているものも質がいいものに見えるので、こんな場で名乗りを上げるような立場であることを合わせて考えると、『魔王』とまでは行かなくても『王族』程度には思えるかもしれない。
だが、その現れた人物はどこからともなく飛んできた矢によって額を撃ち抜かれた。多分今のはランシエだろう。それ以外にあれほどの矢を放つ者はいないはずだ。
昼間であるにもかかわらず宙に光の線を引いて飛んでいったそれは、地上から打ち上がった流れ星のようだとすら思う。
『なるほど、そこにいるのか。理解した。次の矢はいらないぞ。その前に終わらせるからな』
だが、どうやら今の攻撃でも倒しきれなかった……いや、元々偽物だったのだろう。魔王を名乗ったものの声はまだ聞こえてきた。
しかし、そうなると少しまずいか? ランシエはこの移動の間も隠密行動系のスキルを使っているはずだが、一度バレてしまえばそのスキルは効果を失う。そして彼女の位置がバレれば、その戦力は半減したようなものだ。
もちろん普通の住民達相手ならば問題なく戦うことができるだろうが、同格の強者が相手となると厳しいものがあるだろう。
ランシエには適当な場所に移動して隠れ潜んでいてほしいが、この魔王を名乗っている者は「終わらせる」と言った。何かを仕掛けてくるつもりだろうが、いったい何を……?
『——俺のプレゼント、存分に楽しんでくれ』
そんな魔王を名乗った者の声が聞こえてきた次の瞬間、私の胸から僅かな痛みがはしり、後方からは地獄に放り込まれたかのような叫びが聞こえてきた。
「いぎいいいいっ!?」
「ギアアアアアア!!」
「あががガガガガッ!?」
尋常ではない叫び声を聞き、私は自身の足と胸から感じた痛みを確認するのも忘れて思わず背後へと振り返った。
振り向いた先では、言葉にならない光景が広がっていた
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