第286話神兵:いよいよ……

「落ち着け! 確かに想定外のことではある。だが、我々は元々戦うためにここに来たのだ! いくら数を揃えようとも、所詮はならず者どもの集まり! 見た目だけは整えたようだが、それは所詮見た目だけでしかない! 自分勝手に動き回ることしかできない賊どもに、集団戦などまともにできるわけがないのだ! 怯える必要はない。ここにいるのは我が国の最高戦力である我々『八天』だ! 我々が負けることはありえない!」


 とりあえず想定外のことで不安になっていた兵を鎮め、鼓舞するために叫ぶ。

 そうすることで兵たちは段々と騒ぐのをやめ、一部では警戒のために残っていたりしているが、次第に普通に行動し始めていった。


「朝っぱらからうっせえなあ。なんの騒ぎだクソッタレが」

「眠いわぁ〜」


 確かに今は早朝と言っていい時間帯であり先程の僕の言葉は寝ているものにとってはうるさいと感じるものだったかもしれない。

 だが、今日はこの後戦争が始まるのだ。だと言うのに、この態度。

 しかし今更言ったところで何があるわけでもないので無視するしかない。

 僕は新しく現れたバルバドスとアドリアナの二人に状況の説明していく。


「へー、夜中に突然兵がねー。そりゃあ大変だな」


 だが、バルバドスは口ではそう言っているものの、大変だとはとても思っていないような、正直言ってどうでもいいと感じているような様子だ。

 それは僕が思ったように脅威ではないと感じたからではなく、本当に『どうでもいい』と考えているからだろう。脅威だろうと脅威でなかろうと、自分が負けるわけがない、ただ暴れるだけだ。そう考えているのだろう。


「実際問題として、どうすんだよ? 想定では相手がこもってるところに魔女がぶちかまして壁を崩して俺達が突っ込んでく、って感じだったろ」


 昨夜の作戦会議の時点では、敵は籠城戦を行うだろうから街の外で戦うことはない。そう考えていたために、まずは壁を壊すところから始まる予定だったのだが、ああして塀が外に出ているとなると話が変わる。

 僕たちの脅威ではないが、邪魔にはなり得る。だから何かをする前に最初に潰してしまった方が得策だろう。


「それはあくまでも第一案だ。敵が待ち構えていることも想定していた。……昨日話したはずだが?」

「ああ悪りい。聞いてなかった」

「……ちっ。これだからお前達みたいなのに頼るのは……」


 度重なるバルバドスの横柄な態度に、僕の口からつい口にするつもりのなかった言葉が漏れてしまった。


 それは小さな呟きだったが、それでもバルバドスには聞こえたようで、ぴくりと眉を反応させた後、不機嫌そうに眉を寄せてこちらを見つめてきた。


「頼らないとやってけねえのが現状だろ? 文句があるんならいいんだぜ? 俺は今からあっちについても。居心地は悪くなさそうだしよお」

「なんだと? 裏切る気か?」


 バルバドスの態度は悪いが、それでも今のは悪意を口にしてしまった僕が悪いのだと理解はしている。謝れというのなら素直に謝ろう。

 だが、裏切りを仄めかしたバルバドスを放っておくことはできない。


「ほれ、やめよ。ここでどうこう言ったところでなんになるというんじゃ。さっさと作戦を決めて行動してしまおうではないか。それがお互いに面倒なことを終わらせるための一番の近道であろう? のう?」


 と、そこでアスバル殿がパンッと手を叩いて僕たちを止めた。


 ……っ。そうだ。僕が熱くなってどうする。僕は今回のまとめ役だ。裏切りは許せないし、それを仄めかしたことも許せることではないが、熱くなって戦いを起こすことにでもなればまずいことになる。

 落ち着け。もっと冷静に対処できるようになるんだ。


「……そうだな。すまなかった」

「早く終わらせましょぅ〜。私はぁ〜、早く帰りたいのぉ〜。ここにくるだけでも疲れたんだからぁ〜」

「ババアにゃあ長旅は辛えってか? 『魔女』さんよお」


 しかし、僕が冷静になったとしてもバルバドスも大人しくしようと思ってくれたわけではなく、標的を僕から愚痴をこぼしたアドリアナに変えたようで、いつものように人を見下しているような笑みを浮かべながら揶揄した。


「……死んでー」


 そんなバルバドスの言葉が気に入らなかったのだろう。アドリアナは間延びしているがいつもと違って艶やかさを感じさせることのない、冷たく平坦な声音でそう言い放ち、それと同時に一瞬にして現れた水の槍をバルバドスに向けて放った。


 普通なら避けるどころか反応することも難しいそれだが……バルバドスは飛んできた水の『槍』をなんでもないかのように掴み取り、後続の槍を迎撃した。

 そして、全てに槍を壊し終えると、自身の持っていた槍をアドリアナの足元に投擲した。

 本来魔法師の生み出した魔法を掴むなんてことをすればタダでは済まないのだが、あれだけの速度で一連の動作を終わらされてしまえば如何にアドリアナといえど対処できなかったようだ。

 この辺りは近接戦闘系と魔法師系の反射速度や運動神経の差があるから仕方ない。


「チッ! 歳とると短気になって仕方ねえなあ! もしくはボケか? 喧嘩すんなってそこのニセモンが言ってたろ?」


 そして、全ての攻撃を防ぎおえてもかすり傷も疲れた様子も見せないバルバドスは、なおも挑発するように言葉をかけた。


 自身の攻撃をなんでもないものとして扱われ、なおもバカにされたとあっては、プライドの高い猛者が黙っているはずもなく……


「大丈夫―。これは喧嘩じゃなくてお説教だからー」


 アドリアナはそう言うと今度は槍ではなく、小さな捩れた円錐形のものを生み出した。それも、今度は十や二十どころではなく、千を超えるのではないかというほどに。


「はっ! 説教とか、ますます年寄り臭えなあおい!」


 そんな物に囲まれている状況だというのに、それでもバルバドスは戦うつもりなのか、挑発を止めようとはしない。『槍士』である彼が槍のない状態でどこまでできるのかわからないが、どんな結果にせよろくなことにはならないだろう。


「そこまでだ!」


 今にも戦いが始まりそうだというところで、殿下が普段にない大声を出しながら現れ、争っている二人の間に割り込み戦いを止めた。


「二人とも、そこまでだよ。お互い力を持つ者同士、気に入らないこともあるだろう。だが、今は作戦行動中だ。今は僕に免じて止まってくれ。暴れたいのであれば、その機会はもうすぐ用意できるあちらに向けるといい。それならば僕みたいなのから余計な文句を聞かずに済むよ」


 殿下が割り込んだことでアドリアナはめんどくささが勝ったのか、じとっとした目で殿下や僕たちを見た後に魔法を消した。

 バルバドスも、ここまでのことになって止められればもうこれ以上騒ごうとは思わないのか、肩を竦めて引いた。


「話はついた?」

「ああ、待たせてしまってすまない」


 これでようやく話に入ることができる。ことの発端が僕にもあるために強くいうことはできないが、無駄な時間を食ってしまったのは確かだ。


「それで? 今後の方針についてはどうするつもりかのぉ? わしに任せてもらう、でよいか?」

「ええ、お願いします。あなたの大規模範囲魔法で大地を割り、あの兵達を一掃する。その後、他の四名が二手に分かれて仕掛けましょう」

「承知したぞ。だが、わしは大規模範囲魔法を使用すれば、その後はまともな戦力として動けなくなるぞ? 街中で使おうとすれば街ごと壊してしまうからのお。それでよいか?」

「はい。それは承知の上です。魔法を放ち、街の外の敵を一掃し次第休んでいてくださって構いません。もとよりそのためのあなたですから」

「ほっほっほ。ならば楽をさせてもらうとしようかの」


『地割り』のアスバル。どんな戦い方をするのかは、名前通りだ。この人以上にわかりやすい異名を持つ者もいないだろう。

 第八位階の土魔法によって大規模な地割れを起こし強者も弱者もまとめて地の底に落とす。それがアスバル殿の戦い方だ。

 最近では土魔法師の天職を持つ王妃の一人が第八位階になって西の国境で活躍したと話を聞いたが、アスバル殿はそれとは比べ物にならない力を持っている。

 西の戦いでは大地を割ってもなお敵の侵攻が行なわれたと聞いたが、アスバル殿がいけば一度目の攻撃の後に侵攻など起こらなかっただろう。何せ、その後の侵攻など考えられるだけの敵が残らないだろうから。

 本気で行なえば街一つを飲み込むことができるのだというのだから、その力がどれほどのものか理解できるだろう。


 今回の作戦では街の破壊ではなく確保が目的なので街を直接攻撃することはできないが、街の外なら問題ない。あの程度の兵、多少不気味ではあるが問題なく倒すことができるはずだ。


「そもそもだがよお。俺らがこんなに集まる必要あったのかよ? 爺さんに雑魚の処理を任せて残りは後ろにぞろぞろ引き連れてきた軍になんとかさせりゃあいいんじゃねえのか?」

「何度も言っただろうが、ドーバン殿がやられたんだぞ。相手方には我々と同格の者がいるんだ」


 これは昨日もだが、今回の作戦に出発する前から言っていることだ。

 それでもバルバドスは何度目かの問いを投げかけてきた。

 気持ちは、わからないでもないが、結論は変わらない。警戒しないわけにはいかないのだ。


「つっても、それも一人だろ? 五人も揃える必要なかったと思うがな。過剰戦力すぎねえか? まあ、うち二人はニセモンと半端モンだから使い物にならねえ心配要素だってのは理解できっけどな」

「過剰ではなく万全を期しているんだよ。一人減ってしまったのは事実であり、万が一にもこれ以上の被害は出すわけにはいかないからね」


 バルバドスは僕たちを挑発したかったのだろうが、殿下はそんな挑発にも乗ることなくいつものようににこやかに笑いながら答えた。


「——さて、『狂槍』バルバドス。『厄水の魔女』アドリアナ。『魔弾』ランシエ。『地割り』アスバル。『神兵』エリオット。この五人が揃っていれば、万が一にも失敗はないだろう。だが、失敗はせずとも損害は出るかもしれない。故に、最大限の注意を払ってことを運んでほしい。国のため、これ以上は一人でも欠けてはならない」


 今回の作戦は、失敗することはない。成功は約束されたようなものだ。だが、その過程で被害が出ないとも限らない。すでに八天の一人がやられてしまい、周辺国の動きにも怪しいものが混じり始めている。ここで新たな被害を出すわけにはいかないのだ。


「まあ死ぬ気はねえよ。国のために働く気もねえがな」

「わしも死にはしないから安心してよいぞ。ただし、終わったらすぐに帰らせてもらうがの。ああ、報酬もしっかり用意してもらうぞ?」


 バルバドスは予想通りだが、アスバル殿は釘を刺すように殿下へと視線を送りながらそう言ってきた。


「わかっているよ。陛下は約束してくださったことを違えたりしないお方だ。そして、僕もね」

「ならばよい。わしも陛下の願いを無碍にはしたくはないのでの」


 この人の言う『報酬』がなんなのか、おそらく単純な金ではないだろうが、あまりいいものでもないだろう。気になるが、気にしない方がいい。


「ん〜。まぁ〜ほどほどにぃ〜?」


 アドリアナはやる気を見せないのが、最初に出した指示くらいはこなしてくれることだろう。


「……」


 ランシエは無言だが、これはいつものことだ。彼女なら自身の仕事はしっかりとこなしてくれることだろう。


「殿下の御心のままに。国のため、この身を賭して戦いましょう」


 そして最後に僕は殿下へと跪きながらそう宣言した。


「ありがとう。なら、これから細かい打ち合わせを行い、一時間後に攻めるとする。各自準備を怠らないように」


 ……力は強いが、我も強い。バルバドスやアドリアナは言うまでもなくだが、アスバル殿もまともに見えて歪んでいる。人が大量に死ぬ際の悲鳴の重なりと、死に際の顔が好きだから戦争に参加するなど、理解できない。


 ランシエはあまり話さないが、話した感じはまともだ。だが、その忠誠は国には向いていない。仲間のエルフ達の居場所として森が必要だから八天の一人として国に所属し、そのエルフの森を領土としているだけだ。そんな彼女が一番まともだと言うのだから問題だ。


「……だが、これならば負けることはないだろう」


 そう呟いてから僕は立ち上がり、兵に指示を出したり、改めて作戦を話したりしてし始めた。

 そうこうしていると時間などすぐに過ぎていき、ついには敵拠点を攻める時間となった。

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