第284話神兵:夕食時の話し合い

 

 しかし、その場で解散しておしまい、というわけにもいかず僕達は王太子殿下を加えた六人で夕食を兼ねて明日について話をするために集まっていた。


 今日はしっかりと陣をしいたからだろうか? これまでの夕食とは少し違って豪華になっていた。

 豪華、と言っても出された料理の味自体は大して変わっていないのだが、その後にデザートとして果物と飲み物が追加されたのだ。

 何かの果物を絞ったものか? しっかりと漉していないのか種や粒が入っているが、それは戦場だから仕方がない。だが、その代わりというべきか、味の方は随分と上等なものだ。

 今までの道程では味わうことのなかった甘味に、ほうっと思わず息を漏らしてしまった。

 ここはもう戦場なのだから、こんなに気を緩めてはいけないのだが、それでも今の少しくらいは構わないだろう。


「——ふむ。これは王城でもあまり出てこないくらい上質のものだね」

「これおいしいわねぇ〜」

「この辺りの特産ではないかの? 方々に放ったものたちからは、この辺りの土はよくできていて果物を育てていると報告が上がっていたはずじゃ」

「犯罪者どもが支配してるにしては、随分と平和なこったな」

「……」


 その味に驚き、息を漏らしたのは僕だけではなく、皆それぞれ感想を口にしている。ここに到着して顔を合わせた時には乱暴な様子を見せていたバルバドスでさえ満足げな様子を見せているのだから、よほど気に入ったのだろう。


「支配、と言ってもまともに統治する気はないんじゃないかな? 街一つをまとめたところで、周辺も統治できるものでもないだろうからね」


 殿下が皆の言葉にそう答えを返したが、誰も聞いていない。

 まあこの者達ならそんなものだろうと思うが、殿下のお言葉を無視しているのはいただけない。


 だが、僕がそのことについて諌めようとしたところで、殿下は僕を止めるように手で制してきた。


「——さて、それじゃあ明日の流れについての話し合いを行う」


 殿下がそう切り出してもその場の空気が変わることはなかったが、他の四人の視線が殿下へと集まったので聞くつもりはあるのだろう。


 殿下の視線を受けた僕は、殿下の代わりに今回の戦の概要と明日の作戦について話していく。

 途中、話している最中にも関わらず果物の追加を頼まれた時は声を荒げそうになったが、なんとか最後まで話を終わらせることができた。


「——そういうわけだ。明日は敵の出方次第だが、基本的には我々だけで攻め落とす。だが、敵には第十位階がいると思われるため、無理な攻めは行わなくてもいい。時間をかけて潰すことも視野に入れておくように」

「たった一人の第十を相手に警戒しすぎだろ。パッとせめてドカンッと終わらせちまおうぜ。そんであの街にあるもんを手に入れて凱旋だ」

「私もぉ〜、早く帰りたいわねぇ〜」

「わしはやることさえやれればそれで構わんのぉ」

「……」


 皆の言いたいことも理解はできる。ランシエは何も喋らないが、言いたいことは他の者達と同じだろう。

 第十位階というのは、単独で街を……ともすれば国を落とすことができるほどの戦力だ。そんな者達が五人も集まって一つの街を落とそうというのは、はっきり言って異常である。

 だが、そうするだけの理由がこの街にはあるのだ。


「確かに君たちの気持ちもわかるが、『剣聖』が殺されているんだ。万全の備えでかかるべきだろう」


 不平不満を口にしている他の者達に対して、殿下はそんなふうに語りかけた。


 そう。その言葉は真実だ。

 僕の剣の師でもあった『剣聖』ドーバン。そんな彼がカラカスの住人によって殺されたのだ。それも、不意打ちや暗殺ではなく、堂々と正面から戦って。

 警戒するな、という方が無理な話だ。


「そりゃああいつが油断してたってだけだろ? 周りに足手纏いがいて、後ろの王を守んなきゃならねえんだ。そりゃあ隙の一つ二つくれえできんだろ。同格が相手なら死んだっておかしかねえんじゃねえのか? だが今回俺たちはんな隙なんてねえ! まとめて攻めにかかりゃあ負けることなんざねえってもんだ。な?」


 バルバドスの言い分もわかる。僕だって、あの人がそう簡単に負けたとは思っていない。背後にいる王を守りながらでは、ろくに本気を出すこともできずに戦うしかなかっただろう。全力を出そうと思えば、周囲の被害はひどいことになってしまうから。

 だとしても、いくら本気を出せなかったとしても、そもそも第十位階に食らいつくことのできるだけの力を備えていないとできないことだ。

 そんな相手がいるのなら、相手は第九位階、ともすれば第十位階の同格の相手がいる可能性だってあり得る。

 ふいをつかれれば、いくら僕たちだって危ういだろう。

 それに、倒せたとして軍が壊滅的な被害を受けてしまえばそれはそれで失敗だ。


「だとしても、多少なりとも被害が出る可能性は消しきれない」

「……チッ。融通効かねえ坊ちゃんだ」

「すまないね。でも、これでも王子なんだ。万が一を考えないわけにはいかないし、多少であったとしても被害が出るよりマシだと考えた結果なんだ。君たちには面倒をかけることになってしまうが、どうか頼むよ。君たち五人がいれば考えうる最善の結果が出せるんだ」


 王太子殿下がそう言って頼めば、流石にそれ以上言うことはないのかバルバドスは舌打ちをしてから視線を逸らし、乱暴に果実をとって齧った。


 僕のように喧嘩腰になられることもなく大人しく話を終わらせる事ができたのは流石だと思う。

 でも確かに、僕たちだけが生き残ったところで、その後の街の占領ができなければ今回の戦の意味がなくなってしまうのだから、殿下の言葉は正しい。


「質問」


 バルバドスの言葉に殿下が答えた後、その次は珍しいことにランシエが軽く手をあげて問いかけてきた。


「なんだ?」

「あの街にはエルフがいるってほんと?」

「エルフ? ああ、街中で活動していると言う情報はある。全員が同じところに帰るようだから、そこで生活しているのだろうと思われている。おそらくは近くにある森から隷属させられているのだろうが……」

「……そう? ……そう」

「やっぱり、君はそこが気になるかい?」


 ランシエはハーフではあるが、エルフだ。彼女の所有している領地もエルフ達の森のある場所だし、そもそも彼女が八天としての地位を得たのも自身の故郷を守るためだと聞いている。

 故郷のこと以外には基本的に無関心を貫く彼女だが、この近くにもエルフ達の住んでいる森がある。だから気になるのだろう。


「……こんなところに来た目的だから」


 ランシエは殿下の問いかけに少しだけ視線を動かしながら答えたが……あの方向は確か花園と呼ばれるカラカスの衛星都市のある方角か?

 本人が認めている通り、気になるのだろう。


 だが、そんなランシエの言葉に突っかかる者がいた。いうまでもないだろうが、バルバドスだ。


「お仲間を助けようってか? 泣けてくる優しさだなあ。向こうはお前のことを仲間と思ってっかしらねえけどよ。何せ半分だけの出来損ないだろ?」


 その言葉は彼女が『ハーフ』であることを指しているのだろう。基本的に人間もエルフも、ハーフだからと差別をするようなことはないが、中にはそのことに関して揶揄する者や虐げる者もいる。

 バルバドスの場合は挑発するいい口実、程度にしか考えていないのだろうが、聞いていてもあまり気持ちの良いものではない。


「……」

「やめろ、バルバドス。昼にも言っただろう」


 バルバドスの言葉にランシエは反応を見せなかったが、だからと言って放っておくわけにはいかない。放っておけば、どうせまた言い争いになり、その後は戦いに発展することになるかもしれないから。


「わあってる。だからそれ以上言うなや。うざってえんだよ、俺たちと違って偽物のくせしてよお」


『偽物』。その言葉は僕に向けられたものだ。

 その意味するところは、僕の天職である『武芸者』が一つのものを極めないでいろんな天職のスキルを覚えるから、という理由だろう。

 だが、もう一つ理由がある。僕は他の天職の者達からすれば〝ズル〟だと言いたくなる方法で第十位階になった。バルバドスはそれが気に入らないのだろう。自分は真面目に鍛えてきたのにお前は、と。


 確かに僕は他人からすればズルいと感じられるかもしれない。だが、僕は僕自身のことを卑下するつもりなんてない。


「チッ。……明日は暴れさせてもらうぞ。街の被害は気にしなくていいんだろ?」


 自分の言葉になんの反応も示さなかった僕のことが気に入らないのか、バルバドスは舌打ちをしてから席を立ち上がった。

 自身のテントに戻るつもりなのだろうが、話は終わっているのだから構わない。


「あくまでも街の機能を維持できる範囲で、だ。意図的に壊していいと言うわけではない」

「はいはい。覚えてたらな」

「解散でいいようじゃな。他に話すこともなかろう?」

「……ああ」


 最後にそう念押しをするとバルバドスはその場を去っていき、それを皮切りに会議は終了となり他の者達もそれぞれ戻っていった。


「ご苦労だったね。大変な役を押し付けてすまない」

「いえ、王国のお役に立てるのであれば、この程度は」

「……そう言ってもらえると助かるよ。他の八天は、あまり国について考えてくれないからね」

「さて、次は先程決まった話を他の士官達にも伝えなければね」

「殿下はお休みください。その程度であれば僕だけでも……」

「いや、君に頼ることは大きいが、それでも僕がこの軍の総大将なんだ。こんな時くらい顔を見せなければ、僕の存在なんて忘れられてしまうよ」

「そ、そのようなことは決してっ……!」

「まあ、明日には作戦開始なんだ。改めての顔合わせをしておく必要もある。ちょうどいいさ」


 そんなわけで会議の後は敵の状況や集まっている味方の情報を整理し、士官達と話し合いを行なっていった僕だが、会議が終わった時にはいい時間だった。そろそろ休もう。

 多少の寝不足になったところで大抵の敵は倒すことができるのだが、今回ばかりは全力で当たらなければならない。

 夜更かしをして実力が出せない、なんてことになるわけにはいかないのだ。

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