第283話神兵:『八天』五人

 

 指示を出して陣の設営も終わりに差し掛かったところで、ようやく今回ともに活動することになった『八天』のメンバーが集まってきた。


「くあ〜。ようやっとゆっくり休めるわい。やはり長旅はこの体には堪えるでのぉ。わしも城で待っておればよかったかの?」


 一人目は杖をついて歩く、いかにも魔法使いといった様子の老人。『地割り』のアスバル殿だ。

 その異名から分かる通り、得意とするのは大地を割って敵をまとめて殲滅する対軍、対城魔法。防衛戦や『個』を倒すのには向いていない戦いをする方だが、今回のような戦争となればその力は存分に発揮されることだろう。

 ……もっとも、今回のような共同での命が下されなければあまり一緒に行動したいと思える方ではないが。


「何言ってんだよ爺さん。あんたが出てこねえでどうすんだ? っつーか城なんかであんたが戦ったら城が崩れんだろ」


 そんなアスバル殿の背後からやってきたのは、僕よりも五つほど年上の槍使いの男。『狂槍』バルバドス。

 この男は見た目の粗雑さも性格の粗暴さも、軍人というよりはむしろ僕たちがこれから倒さなくてはならない敵側の人間のように思えるが、これでも『八天』の一人で僕と同じ王国の所属だ。


 元々は傭兵をやっていたらしいが、その実態は半ば賊のようなものだったそうだ。

 それもあって、僕はこの男のことをカラカスの者達の同類だと思っているし、どうしても警戒してしまう。


「かかっ! まあそうじゃの。わしの技は此度のような戦争で最大の効果を発揮するものじゃからな。じゃが、それはそれとして休んでいたいという思いが出るのは仕方あるまい? お主はどうじゃ?」

「俺か? 俺は別に構いやしねえよ。まあ移動が退屈だってのはわかるがな。自分の足で移動した方が速えしよお。だが、城で待ってろってよりは、こっちの方が性に合ってらあな。だって、好きなだけ暴れて良いんだぜ? 今回の事が終わりゃあ特別に報酬を出すって話だしよ。いい事づくめってやつだろ」

「私はぁ〜、休んでいたかったわねぇ〜」


 アスバル殿とバルバドスが話していたところに、馬車にいた時と同じように気怠げな女性——アドリアナが美丈夫に車椅子を押させてやってきた。

 これは別に怪我をしているわけではなく、歩くのがめんどくさいというふざけた理由だ。

 その車椅子を押している男も我が軍の兵士ではなくアドリアナ直属の使用人だというのもふざけていると言えるだろう。しかもそれが愛妾の類ともなれば尚更……。


「あ? ああ、おめえはそうだろうよ。『魔女』」

「その呼び方きら〜いぃ」


 今までまともに働いていないことも、その態度も気に入らないことはあるが、今回彼らに求められているのは戦闘だ。カラカスの者達を倒し、あの街を陛下の手に取り戻すことができるのであればこれくらいの些細なことは気にせずにいるべきだろう。


 と、そう考えたところで今回やってきた五人のうち、最後の一人がまだ姿を見せていないことに気がついた。

 普通なら『八天』のメンバーを忘れるようなことなんてないんだが、これだけ印象の強いメンツの中にあって彼女は影が薄いから、どうしても忘れてしまう。


「……ランシエはどうした?」

「ここにいる」


 僕が声を出した瞬間、背後から抑揚のない声が聞こえてきた。

 咄嗟に振り返ると、そこには椅子に座りながらコップと果物を手に休んでいる少女の姿があった。


「っ! 気配を消して行動するのはやめてくれないか?」

「いや。人は嫌い」


『人』は嫌いとの言葉が意味するのは、彼女が純粋な『人』ではないということだ。

 彼女はザヴィート王国内にある二つのエルフの森のうち、王都の北西にある森の出身だ。

 だが彼女が、純粋な人ではないが、純粋なエルフでもない。人間とエルフの間に生まれたハーフエルフ。

 ハーフだからといってエルフたちから虐げられることはないが、人間達からは別だ。

 ただでさえ少ないエルフではあるが、ハーフともなればさらに少ない。そんな希少種族を人間が見つけたらどうなるかといったら、捕まえられ、奴隷として扱われる。


 普段あまり自領であるエルフの森から出てこない彼女だが、今回陛下の命を受けたのはここがそんな犯罪者どもの巣窟であるカラカスだからではないだろうか?

 それに、近くには彼女の故郷とは違うがエルフの森が存在しており、カラカス、及び花園と呼ばれる街内部ではエルフの姿も確認されている。

 彼女はそんなエルフ達を助けたいとも思っているのかもしれない。


 今回のメンバーの中で最も関わりの薄い人物ではあるが、もっとも関わりたいと思えるよう人物だ。……僕がそう思うのも、他がひどすぎるだけかもしれないが。


「出たな、半人。いつもは集まりに出ねえのに、よく今回はこんな人の多いところに来たじゃねえか? てっきりいつもみてえに自領にこもってんのかと思ったぜ」


 ランシエの存在に気づいたバルバドスは、ランシエがハーフであることを揶揄してニヤリと人を小馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「……」


 そんなバルバドスを一瞥すらすることなくコップを口へと持っていき、ほうっと一息ついた。


「けっ! まともにしゃべりやがれってんだ。ぶっ殺してやろうか? ああ?」

「その前に殺す」

「ほお〜? それができるってか? 弓使い風情がよく吠えるもんだ。この距離なら簡単に潰せんだぞ? それを理解してんのか?」

「この距離でも簡単に避けられる。理解できてる?」


 ランシエは第十位階ではあるが、弓を使う職だ。そのため、純粋な近接戦闘となったらバルバドスの方に分があるだろう。それに加え、『槍士』というのは速度に優れている。その点も加われば、この距離ではランシエがだいぶ不利だ。

 だがそれでも彼女は臆することなく、というかそもそも気にかけることもなく、感情の乗っていない瞳でバルバドスを見つめた。


 そして空気が張り詰め始め、このままでは本当に戦闘が始まってしまうというところで、僕は二人の間に立ちはだかった。


「やめろ! こんなところで戦って何になるんだ!」

「半端モンを調子に乗らせねえための躾になるだろ」

「未熟者の躾」


 僕の言葉に二人は全く同じタイミングでそう答えたが、その内容はほとんど同じ。実は仲がいいんじゃないかとさえ思えるが、先程の戦意、殺意は本物だったので間違っても仲がいいということはない。


「未熟だあ? はっ、良いよなあエルフなんて人外の血が混じってるお前は。俺たちと違って努力なんてしなくてもただ適当にスキルを使ってるだけでいつの間にか位階が上がってるんだからよお」


 エルフは人間よりも寿命が長いため、毎日同じ回数を使っていたとしても、結果的にエルフの方が強くなることになる。それはハーフであろうと同じだ。千年の寿命が数百年に変わったところで、人間と比べればあまりにも長い人生だ。実際、ランシエも僕なんかよりもはるかに年上だ。

 バルバドスはそれを指して言っているのだろう。


「努力はしている。訂正して」


 しかし、生きた年数だけで判断されるのが気に入らなかったのだろう。ランシエはそれまでとは様子を一変させ、持っていたコップを置いて立ち上がった。


 そんなランシエに対してニヤリと好戦的な笑みを浮かべたバルバドスはさらに口を開いた。


「あーあー、そうかよ。エルフにしては努力してんだろうなあ」

「そこまでだと言っている!」


 だが、これ以上はダメだ。これ以上好きにさせていたら、本当に戦闘になってしまうだろう。

 そう考えた僕は、改めて二人のことを止めることにした。

 まったく……敵を目の前にして、明日には大きな戦いがあるって言うのにこんな状態になるなんて。普通の騎士や兵士では考えられない。

 それでも許されるのが第十位階というものだが、やはりその扱いは面倒なことこの上ない。


「明日には街の襲撃を行うんだ。戦意があるのはいいが、それは明日にぶつけろ」

「あー、はいはい。今回の軍の総大将様にそう言われちゃあ引くしかねえなあ」

「総大将〝補佐〟だ。間違えるな」

「あー、はいはい。王子様がいらっしゃるんでしたねー、っと。……雑魚は引っ込んでろってんだ」


 僕の言葉を受けてバルバドスはつまらなそうに僕のことを睨んだ後、そう言ってから舌打ちをして離れていった。おそらくは自分のテントに向かったのだろう。


「……ごめんなさい」


 不満がありありとわかったバルバドスとは違って、ランシエは余計なことを何も言わずにこちらに頭を下げてきた。あまり表情の変わらない彼女だが、その様子ははっきりと申し訳ないと思っているのが見てとれた。

 彼女も先程の挑発に乗りはしたが、基本的には大人しい性格をしている。争いや厄介ごとを好まず、そもそも人前に出てこない。そんな彼女だからこうもあっさり謝ったんだろう。

 コミュニケーションという点では問題があるが、言ってしまえばそれだけのこと。今回の八天の中ではまともな部類だ。


「なんじゃ終わってしまうのか。つまらんのぉ」

「……話は終わったかしらぁ〜?」


 バルバドスとランシエのやりとりを、まるで劇でも観るかのような反応を示したアスバル殿と、心の底から興味ないとばかりに目を閉じていたアドリアナの二人。

 この二人が一緒になって止めてくれればバルバドスもあそこまで乱暴な態度は取らないだろうが……それは考えても意味のないことか。手は貸してくれなくても、問題を起こさないでいてくれるだけで十分だ。


「二人もそれぞれの場所に向かって待機してくれ。夕食後に改めて会議の場を設けるから忘れるな」

「うむうむ。承知しておる」

「めんどぉねぇ〜」


 そう言って二人もそれぞれのテントのある方向へと進んでいった。

 戦力と考えれば申し分ないのだが、前途多難過ぎてため息が出てしまう。

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