第282話神兵:王太子の疑問

「全隊止まれ! 今夜はこの地点で野営とする!」


 そう指示を出した後は副官たちが私の代わりに動き出し、兵たちに指示を出していく。

 その様子を見ながら、私はこの後のことについて考え始めた。

 今夜はこの辺りで野営をし、翌日に我々五人で街を攻め落とす。その後に兵達がこの街、および周辺の掌握を行い始める。それが大まかな流れだ。

 街を壊しすぎないようにするために攻め落とすのに数日かかるかもしれないが、負けることはない。

 懸念があるとすれば『剣聖』を倒したという男。『黒剣』のヴォルクだ。他にも『城切り』などの異名があるが、ドーバン殿に勝ったと言うことはまず間違いなく第十位階に辿り着いているだろう。


「殿下。どうしてこのようなところに」


 陣の設営の指揮を行なっているが、問題なく終わるだろう。

 そう思ったところで殿下が姿を見せたので、僕はその場で膝をつき臣下の礼をとる。


「ご苦労。なに。これでも一応は今回の軍の総大将なんだ。状況の把握のために一度くらいは見回っておくことも良いかと思ってね。そんなに畏まらずとも構わないよ。ここはすでに戦場と言ってもいいのだから」


 そう声をかけられ、僕は一度改めて頭を下げてから立ち上がった。


「それに、実質的なトップはむしろ君の方だろう? 僕たちは君たちがいなければ何もできないのだから」


 ……確かに、事実だけ見ればその通りだ。

 僕たち八天の五人がいなければ今回の軍は碌な成果を出すことはできないだろうし、その五人をまとめているのは僕なんだから、そう思われてもおかしくはない。


 だが、そうだとしても僕は僕がトップだとは思わない。あくまでも僕は王国の騎士なのだから。


「ところでだが、エリオット。少し話をいいかい?」

「はっ。問題ありません」


 そんな殿下の誘いに乗って、僕は殿下のために用意されたテントへと入っていった。

 他のものよりも広いものとなっているが、中にいるのは僕たち二人だけだった。

 そんなテントの中で、僕は殿下と向かい合って席につくこととなった。


「さて、それじゃあ話だけど——君は今回の派兵に関して何か知っているかい?」

「……申し訳ありませんが、何か、とは……」


 何か、とはなんだろうか? 今回の派兵についてと言われても、僕が知っているのはカラカスを今度こそ滅ぼし、王国の安寧をもたらすことだ。そのために僕達八天が呼び出され、周辺の貴族達もこぞって兵を出してきた。

 だが、その程度のことは殿下も知っているだろう。だから、何が聞きたいのかわからない。


「ああすまない。言葉が足りなかったか。……今回の派兵、戦だが、僕にはどうにも裏があるように思えてならない」

「裏ですか……。ですが、カラカスが他領を攻めたのも、宣戦布告をしたのも城で我が師を殺したのも、全てが事実です。であれば、特段おかしいと思うようなことでもないかと思われますが」


 僕は実際にその場にいなかったので直接聞いたわけではないのだが、実際には宣戦布告ではなく独立宣言だったとも言われている。が、まあ内容としては同じだろう。戦う、と言う結果は変わらないのだから。


 そして、その事実と奴等の起こした行動は間違いではないのだ。ならば、王国が軍を出して潰そうとするのもおかしいことではないだろうと思う。


「まあ、事実だけを見ればそうなんだけど……父上の態度が、どうにもね」

「陛下の態度ですか?」

「ああ。何かを隠しているような、そんな気がしてならないんだ。僕たちの知らない事実があり、それを表に出さないために強引に話を進めているような、そんな感じだ」

「勘違い、と言うことは……」


 疑うにしては随分と曖昧な言葉ではある。

 だが、殿下は僕の言葉に対してはっきりと首を横に振った。


「おそらくだが、ない。父は王ではあるが、息子の僕から言っても凡庸だ。特別劣っているわけでもないが、優れているわけでもない。むしろ、『王』という立場を気にしすぎて悪手を選ぶことさえある。そんな凡庸さは、今まで他の貴族達でいやと言うほど見てきた。彼らが何かやましいことを隠すときと同じ空気を感じられたんだ」


 いくら王の息子とはいえ、不敬な発言ではある。

 だが、言葉にはしないしはっきりと心の中で考えたこともなかったが、その印象は僕も感じていたことなので咄嗟に否定する事ができなかった。


「……ですが、隠していると言っても何をでしょうか?」

「さてね。そこが問題だ。何があるのか全くわからなかった。軽く調べてみたが、裏でカラカスと取引をしていたわけでもなかったからね。むしろ、その関わりで言ったら妹の方が強いくらいだ」

「妹……フィーリア王女殿下ですか」


 王太子殿下の妹であるフィーリア王女殿下は、裏でカラカスと繋がっているという話は聞いた事があった。


 その姉であり、同じく王太子殿下の妹であるゾエディー王女殿下も裏では闇組織と繋がっているとのことだった。

 そちらはすでに組織は問題を起こして潰れたようだし、王女殿下自体がもうこの国にはいないので特に問題とすることはないだろう。


 だが、問題はフィーリア王女の方だ。カラカスと繋がっている、というのが本当であれば、自然と顔が強張ってしまう。


「ああ。確かに『裏』と繋がるのは使い方を間違いさえしなければ有用だ。だが、危険だと言うことに変わりはない」


 確かに有用かもしれないが、だとしても犯罪者、犯罪組織と王族が手を組んでいるというのは、なんというか、まずいのではないだろうか? 個人的な感想としては——気に入らない。

 もちろんそんなことは口にはしないが。


「……まあ、それは今は置いておくとしよう。今はフィーリアのことではなく父上のことだ。おそらくではあるがあのとき城に来た二人が関係しているのではないか、とは思っているよ」


 この話は今は本題ではないから、というのもあるだろうが、今話を変えたのは多分僕が不快感を見せてしまったから、というのもあるだろうな。

 王族を前に相手の妹を不快に思い、それを顔に出すなんて騎士失格だ。


 だが、反省はしてもそのことを悔いるのは後回しだ。今は殿下の話に意識を向けなければ。


「あの時の二人とおっしゃられると、宣戦布告をしてきた『黒剣』とその子供の自称魔王ですか」

「ああ。君はあの場にいなかったから見ていないだろうけど、いやに目を引かれる感じがしたんだ」

「……それほどの力を持っているということですか」


 強者はその力を見せていなくても、ただ立っているだけで相手に恐怖を感じさせることがある。それは僕だって同じだ。王族の前では不敬になってしまうから力を抑えているが、そんなことをせずに普通にしていたら自然と威圧することになってしまうだろう。

 だから、殿下がそんな意識を向けてしまうほどの相手だということは、相応の力を持っていることになる。

 もっとも、それは『剣聖』を倒した時点でわかっていたことではあるが。


「いや、そう言うのとは違う気がしたんだが……。まあ、とにかく何かがある。そんな気がしてならないんだ」


 だが、そんな僕の考えとは違って殿下はどうにも普段になくはっきりしない様子で言葉を返してきた。


 殿下は王子王女の中でも一番上ということもあってか、かなりしっかりとしている。普段は柔らかく笑っている人当たりのいい方だが、必要な時には自身の考えははっきりと言う方だ。

 それなのにこうも曖昧なことを言うなんて、一言で言ってしまえば、らしくない。


 いったい殿下は〝何〟に対してそんな『引かれる』ものを感じたんだろうか? ……わからない


「——すまない。こんな時にこんな話をしてしまって。ただ、少し気にかかったものでね」

「はっ。いえ、不安や懸念があるのでしたら、おっしゃっていただければ対処できることがあるかもしれませんので」

「そうか。まあ、今回に関しては君たちが五人もいるんだから問題ないとは思っているけどね」

「はっ。お任せください」

「他の四人の統制も任せたよ。僕じゃあ完全に御すことはできないからね」

「……はっ」


 そうして僕は殿下との話を終えてテントの外へと出て再び陣の設営指揮へと戻っていった。と言っても、すでにほとんど終わっていたのだから確認する程度ではあったが。

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