第281話八天の到着

 


「来たー。来たー!」


 それからおよそ一月後。花園で『良い肥料』を使ったり植物達に指示を出しながら育てて植物を改良したりしながら過ごしていると、以前よりも発声のまともになったフローラの声が聞こえてきた。


「来たって何が——王国軍か?」

「多分そう! いっぱいの鎧と馬が並んでるー!」


 敵がやってくるって情報を集めてからやけに時間がかかったが、途中で他から来た軍と合流したりしながらやってきたせいで無駄に時間がかかったらしい。

 今か今かと待っていたのに全然来なくてヤキモキしたが、その間に弾の補充もできたしスキルの習熟もできたからよしとしよう。


「そうか。今どの辺だ?」

「ここ!」


 フローラは髪を操って地面に地図を書き、その地図を指差して敵の場所を教えてくれた。

 すっごい便利だよな。こんなふうに敵の場所がわかるなんて。一応警備も出してるけど、それよりも早く教えてくれるからとてもありがたい。

 だが、敵の存在を教えてくれるその機能も嬉しいんだが、それ以上にフローラがこんなまともに育ってくれたことが嬉しい。こんな地図なんて書いて教えることができるようになるなんて……。


 最初はリリアの真似をしようとしてたし、少し前は賊や娼婦の真似をしようとしてたフローラが、まさかこんなにまともに育つなんて、ものすごく嬉しい。


 まあそれはそれとして、今は敵について確認しないと。


「道中の村を襲ったりは?」

「してない! 真っ直ぐこっちに来てるー!」


 真っ直ぐって、本当に真っ直ぐ? なんか寄り道して途中の村や町を占領したりとかはしないもんなんだろうか?


「分かれたりはしてないのか?」

「んー、ちょっとだけ?」


 ちょっとだけってことは千とか? いや、村相手ならもっと少ないか。

 まあ元々が六万程度なんだから、数千とか数万とかを送り込んで何かをするってことはないだろう。じゃないと本隊が少なくなりすぎるからな。


 でも、少なかったとしても分かれて行動してるんだろ? それなのに何もしていないのか? 一応敵国だぞ? 王国としては俺たちの独立を認めてないから国ではなくて一領地としか見ていないかもしれないけど。


「王国は、この周辺にある村や町は俺たちの支配地域って言っても無理強いされてるとか思ってるのか? 普通なら道中で徴兵したり食料奪ってくもんだよな?」

「手が伸びていないと考えているのではないでしょうか? 一見しただけでは平和ですし」


 まあ、俺たちも無茶なあれこれをしてるわけじゃないしな。平和と言えば平和だろうよ。


「領土を取られはしたものの、俺たちの味方になってるとは思ってないわけか」


 そうなると自国民として扱わないと後々面倒なことになるし、襲撃を仕掛ければ兵の士気も落ちることになる。


「それに、そもそも戦闘のための兵じゃないですよね? もうすでに戦後の統治のために聞き取りとか手続きとか、そっちの作業を行なっているのかもしれないんじゃないですか?」

「あー、なるほど。その可能性もあるか」


 今回の兵は数はそれなりにあるが、その実態は荷運びだ。もしくはその後のための小間使い。元々が戦うための兵としては考えられていないらしいし、ベルの言った言葉も一理ある。

 取らぬ狸の皮算用って言うのか? 実際には計画を立てるだけじゃなくてもう動き出してるんだから少し違うかもしれないけど、まあその辺はどうでもいい。

 問題なのは〝うちの〟国民たちに手を出していないかだが、そこに関しては問題ないっぽいな。


「まあいい。お客さんが来たんだ。歓迎を喜んでもらえるように、準備の確認と行こうか」


 そうして俺たちは、敵がこの街に近づくまでの数日の間に準備を完璧なものにするために行動し始めた。


 それから数日後。ついに敵の軍が目視で確認できるところまでやってきた。


 ——◆◇◆◇——


「——見えてきたか。随分と時間がかかったものだ。これでも兵を減らしたはずなのだがな」


 僕はエリオット・グレイ。三十五歳という若さではあるが、今回の軍の総大将補佐をやることになった八天の一人だ。

 この国で最高の力を持つ者達の一人として国王陛下に八天の地位を賜った僕だが、分不相応にも『神兵』なんて二つ名をいただいた。普通なんらかの異名というのはそのものの特徴に則して付けられるもので、その名を聞けばどのような戦い方をするのかはおおよそ理解できる場合が多い。


 例えば、今回共に来ている『厄水の魔女』や『地割り』なんかは聞いただけでもどんなことをするのか理解できるだろう。

 にもかかわらず僕が付けられた名前は、聞いただけでは何をするのかわからない。それは僕の戦い方にあまり特徴がないからだ。


 僕の天職は『武芸者』。これは他の天職……『剣士』や『槍士』、『格闘家』や『戦士』などの戦闘職が割と初期に覚える基礎スキルをいくつも覚えるというものだ。

 普通の職は位階が上がるごとにその系統のさらに強い技を覚えるものだが、武芸者は他の職の基礎的なスキルを覚えるだけ。いろんなことができるし、状況に応じた戦い方ができるので便利と言えば便利ではある。が、これといった強みがないのも事実。

 それでも僕は『八天』という座につくことができた。


 今までもそれなりに与えられた命をこなしてきたが、『八天』としての活躍を求められたことはほとんどない。今回は初めてとも言える大舞台の場だ。

 上には今回の総大将である王太子殿下がおられるが、現場での実質的なトップは僕になるだろう。

 だからこそ、敵の拠点が見えてきたことで、失敗してはならないと自分に言い聞かせる。


 ……もっとも、戦力的な意味ではあまり心配する必要はないだろう。何せ今回は僕を含めて全部で五人もの八天——第十位階の者が来ているのだ。

 相手方にも強者がいるのは事前の情報で理解しているし、警戒もすべきだろう。だが、それでも大丈夫だという自信はある。心配する必要があるんだとしたら、それは敵よりも味方についてだ。


 今回僕と共に賊の討滅任務についた八天の者達は強いのだが、その強さに比例して我も強い。一応陛下の命を受けてやってきてはいるが、ここにいるのは陛下ではなく僕だ。簡単には人の言うことを聞かないだろう。

 自領に帰ればそこでは王がごとく暮らしをしているのだから、そのプライドの高さも理解できるが。


 しかしそんな者達をまとめなければならず、僕はひとまず敵の拠点としている街が見えてきたことを伝えるためにそれぞれの馬車をまわって声をかけることにした。

 まずはこの軍のトップである王太子殿下のところへ行こう。そのほかの八天のメンバー達はその後でいいだろう。

 王太子への連絡はともかくとしても、八天は今の立場的には部下という扱いなのだから本来はそんなことは部下にやらせるべきことなのだろうが、相手が相手だ。下手に伝令をさせて不興を買えば、殺される可能性だってある。

 それに、あまり気乗りはしないが作戦前に少しでも話をして友好を深めるのも目的だ。……正直、それが成功するとは思っていないが。


 まあ、何はともあれまずは殿下のところへ行こう。


「殿下、敵の拠点が見えて参りました」


 そうして僕は王太子殿下——ルキウス様の乗っている馬車へと向かっていき、馬を横付けしながら馬車の中にいる殿下へと声をかけた。


「……そうか。ようやくついてしまったんだね」


 馬車の窓越しに声をかけたのだが、殿下から返ってきたのは普段よりも固くなった声だったのがわかった。

 だが、その気持ちも理解できる。僕でさえも緊張しているんだ。戦闘の訓練も積んでいるとはいえ、殿下は戦士ではない。不安を感じないわけがないだろう。


「ご心配ありません。今回は我々が共にいるのですから、殿下に傷一つ付けさせることはありません」

「……ああ、頼りにしている」


 それだけ話をして僕は一礼してから他の八天達のところへと向かうことにした。


「あらぁ〜? どうかしたのかしらぁ〜?」


 まず初めに声をかけるのは一番近くにいた『厄水の魔女』アドリアナ。

 僕の言葉に反応して聞こえてきた声はどこか気怠げで、その声から感じ取れたものは間違いではないのだと言うように表情もやる気とは程遠いものになっている。


 見た目としては若く、薄着を着崩していることからともすれば娼婦にすら見えるが、実際には八十を超え第十位階にたどり着いた女傑だ。

 高位階になると肉体の強度が上がるから見た目は歳を取りづらいと言われているが、その見た目を保っているのはそれだけが理由ではないだろう。どういう術なのかわからないが、そこも彼女が魔女と呼ばれる所以だろう。


「敵の街が見えてきた。もうそろそろ野営の準備に入る」

「そぉ〜? まあその辺は任せるわぁ〜」


 声をかけて会話を試みようとしても、ろくに相手にされることなく馬車の中に顔を引っ込められてしまった。

 そんな彼女の様子にため息を吐き出してから他にも声をかけてみるが、全員ろくな返事が返ってこなかった


「……まともなものはいないのか?」


『八天』全員に声をかけてみたが、予想通り碌な返事が返ってこなかったことで改めてため息を吐きながら元の隊列に戻っていく。


 まあいい。それよりも今はこの後の指示を出さねば。

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