第280話『力』の強さ

 

「いや別に、王様なんて立場が欲しいなら今すぐにでも渡すけど?」


 それに相応しくなろうと努力するべきだとは思ってるけど、元々押し付けられたもんだし、欲しいやつがいるならくれてやってもいい。


「要りませんね」

「だろ? それに、俺はあんたにとって有益だ。なら、使い潰すことも裏切ることもしないさ。だって、『金にならない』からな」

「……そうですね」


 こいつは俺に忠誠心なんてないだろうが、俺と言う存在はこいつにとって金になる。だからこいつが俺を切り捨てることはないだろう。

 とはいえ、それは絶対でもない。もし俺以上に金になるものが見つかれば、こいつは俺を裏切る。その点に関してはこれ以上ないくらい信用している。


「ただ……もし本当に俺を裏切って仲間を傷つけようとしたら、損得なんて考えずに潰すぞ」


 俺を裏切ることは構わない。俺を切り捨てて新たな王を用意するんでも構わない。


 でも、その結果仲間が傷つくようなことになったら、俺は全部をひっくり返してこいつを潰す。


 すでに聖樹のある花園とこのカラカスは俺の領域だ。直接戦闘をすれば負けるかもしれないが、暗殺するだけならこの街の全員が束になっても殺し切る自信がある。街中の水源や食料に種を仕込めば、あとは数時間後に一斉に生長させればそれで殺せるんだから。


 だから、裏切ってくれるなよ? 俺としても、できることならあんたは殺したくないんだ。


「……黒剣。これはまさしくあなたの息子ですね。力で全てを持っていく感じがよく似ています」


 そんな俺を見てエドワルドは眉を顰めると、不満がありありとわかる様子で盛大にため息を吐き出して親父にそう声をかけた。


「そうかあ?」

「そうですよ。……僕が最も苦手とする手合いです」

「俺からしてみれば、あんたが一番苦手な手合いだけどな」


 エドワルドは俺のことを苦手と言っているが、俺からしてみてもエドワルドのことが苦手だ。

 何せこいつがその気になったら裏で何をされるか分かったもんじゃない。腹の探り合いで勝てる気がしないし、好きに暴れられたら物凄く面倒なことになる。


「それはあなたがそういう性格だから、というだけですよ。アイザックのようなものであればもっと事情が違います」


 だが、エドワルドは俺の言葉に首を振って答えた。アイザックって、西のボスだったやつの名前だよな? どうしてやつの名前が出てくる? あいつみたいだったら、って力を振りかざして暴れるバカだったらってことか?


 そんな俺の疑問を感じ取ったのか、エドワルドはこっちをじっと見た後に先ほどの言葉の意味を説明をし始めた。


「一定までの力であれば金が一番容易に手に入り、最も効果を表してくれます。次に権力、最後に暴力といった順ですね。ですが、これがある一定のラインを超えてしまうと逆転するんです。金が一番使い物にならなくなり、次いで権力が、そして最も強いのが暴力です。あなた方二人はその『一定』を越えていますので、金の力が及ばない」


 それは理解できる話ではある。でも、金だってその力がなくなるってことはないだろ。いつだってどんな時だって、金の力ってのは強いもんだ。


「……いや、そうでもないだろ? 俺もだが、親父だって金は欲しいだろ」

「それはそうでしょう。ですが、本当に必要ですか? 欲しければ全てを力で奪っていける。それがあなた方のもつ『力』の強さでしょう?」


 ……まあ、できるかできないかって言われれば、できる。欲しくなった時に欲しい分だけ奪って行こうと思えば実行するだけの力は持っているつもりだ。少なくともその辺の一般人や兵士や騎士、冒険者に傭兵なんて奴らには負けない自信はある。これが親父みたいな規格外が相手になると無理だと答えるけど。


「一定以下の暴力しか持たない普通の人間であれば、欲しいものを奪うなどという好き勝手をしていればそのうち金か権力で動かされる。もしくはそれらで動いた誰かに殺されることでしょう。ですが、誰だって命は惜しいものです。一生かかっても使いきれないほどの金を報酬に出された。国一番の勇士という名誉や素晴らしい地位を与えられる。そうであれば大抵の者は殺しを引き受けるでしょう。ですが、金も権力も、命の対価としては見合わないと思われるほどの暴力を身につけてしまえば、誰も何をしても逆らいません。何せ戦ったら確実に死んでしまうから」


 そりゃあまあ、俺だって死ぬかもしれない相手には金をもらったところで戦いに行きたくはない。

 いくら金をもらったところで、一般人にドラゴンに挑めって言っても誰も挑まない。だって死ぬから。

 金を積んでもドラゴンに殺されるだけだし、権力を振りかざしても同じ。

 なるほど。そう考えると暴力が一番強いってのも頷けるな。俺の考えていた暴力が無意味ってのは、地球が基準だからか。だってどんなに鍛えても銃弾は防げないし。


 でもこっちの世界は違う。どこまでも頑張れば、銃弾どころかミサイルすら防げる。もしかしたら核も防げる奴もいるんじゃないか?

 俺の場合は無理そうだが、核を撃たせないことはできるし、迎撃することもできると思う。その後の放射線とかは無理そうだからどのみち死ぬかも——あ、いや《防除》スキルを使えばなんとかなるか。一生使い続けることになるけど。


 まあそんな個人の努力だけでどんな相手でも圧倒できるだけの力が手に入る世界なんだから、暴力の価値ってのも変わるわけだ。


「一生かかっても使いきれないほどの金をもらったところで、死後の世界には持っていけません。どんなに素晴らしい地位や名誉をもらったところで、死んでしまっては意味がありません。全てただのゴミになります。だからこそ、圧倒的な暴力の前には、金も権力も役に立たないのです。金を支払って敵を倒せるわけでもありませんし、これから殺される時に自身の地位や名誉が守ってくれるわけでもないのですから。金は力ではありますが、武力ではありません」


 しかし、そんなエドワルドの言葉は理解できるが、その考えには一つ欠点がある。

 それは、『圧倒的な暴力』とやらを持っていないといけないってことだ。

 俺にそれだけの力があるのかって言ったら、謎だ。多分ないと思う。


「でも、俺ってそんなに強いか? そりゃあまあ普通じゃないってのは理解してるし、それなりにやるだろうとは思ってる。だが、好き勝手やっても問題ないくらい強いかってーと、微妙じゃないか?」


 だって親父と稽古をしても一撃も入れられないんだぞ? 親父ほどの強さ、とまでは言わないが、第十位階の戦闘職と戦うことを考えると、我を通すのは難しいんじゃないかと思う。

 今回の戦争だって、親父という絶対的に安心できる保険があるからこその行動だ。じゃないと第十位階を複数所有してる国の相手とかしたくない。


「……たかが一地方のものとはいえ軍をほぼ単独で片付け、更に近いうちには今度は国の軍隊を相手にしようなどと馬鹿げたことを予定しているたあなたが『自分は強くない』などと言いますか」


 エドワルドは眉を顰めてそう言ったが、つってもあれは所詮は木端どもだ。アリが十万匹いたところで、火炎放射器を用意すれば倒せるだろ? それと似たようなもんだ。炎を無効化したり、そもそも当てられない相手には意味がない。


 しかし、エドワルドに続いて婆さんも似たように呆れた様子を見せ、親父に向かって口を開いた。


「あんた、自分の息子にどんな教育したんだい? よくここまで勘違いしたままでいられたもんだね」

「あー、こいつの場合は俺がいたからだろうよ。勝てない相手がいる。じゃあ自分はまだまだ弱いんだ、ってな具合にでも考えてんじゃねえのか?」

「教える側が強いのも良し悪しってことかい」


 婆さんの言葉に親父は普段のだらけた様子とは違ってどこか困ったように話しているが、それはつまり、俺は親父が認める程度には強いってことでいいんだろうか? いや、でもなあ……。


「……なんか流れで理解はできたんだが、俺ってそんなに強いか? ここ数ヶ月親父と稽古しても一本も取れなかったんだけど」


 あそこまでやってもまともに攻撃を当てられないってのは自信を無くしもするだろう。


「そりゃあ適性の違いだろ。お前はそもそも近接戦闘が得意なわけじゃねえどころか、適性は裏方だろ?何せ『農家』なんだからよ。戦う者じゃねえんだ。それに、お前の本来の間合いで戦えば十分に強えよ。それこそ、本当に魔王を名乗っても問題ないくらいにはな」


 ……えー? 魔王を名乗ってもいいって言われても、そんな俺の攻撃を全部切るような化け物が目の前にいるといまいち信じきれないよなぁ。


「少なくとも、状況さえ整えれば今回の八天程度は数人まとめて相手できるから安心しろ」


 そう言われても今ひとつ実感はないが、親父がそう言うならそうなのかもしれない。

 一応これでも多少は力があるって自覚はあるんだ。それが圧倒的かって言われると悩むところだが、状況を整えればって言ってたし、近づかれる前に全力で潰しにかかろう。そうすれば第十位階が相手でもいい線はいくだろう。


「まあそれはともかくとして、話を戻そうじゃないか。えーっと、なんだったかねぇ……」

「国王の暗殺は却下。やってくる敵を倒しましょう、と言う話です。敵の相手は任せてしまって大丈夫ですよね?」

「俺は平気だ。と思う。多分な」

「俺も、まあ前もっていつ来るのか分かってれば対処はできるだろ。敵兵そのものは十万なら前にも同じ数を相手したことがあったし、最低でも三分の一程度までは減らせると思う」


 兵そのものはどれだけ数がいても問題ないんだよな。強いて言うならスキルの回数を減らされるくらいだが、まあ数千分の百くらい回数を削られたところで大した問題にはならないだろう。一般的には百回も削られればその後の戦闘継続ができないくらいの大問題だけど、俺の場合は大丈夫だ。


「そこまでできれば上出来ですね。基本的に問題はないでしょう」

「基本的にってのは、やっぱり問題は第十位階の五人のことだよな」


 結局のところそこなんだよな。でもまあ、親父もいるし大丈夫だろう。


「ええ。そればかりは私ではどうなるのかわかりません。実際に見たこともないわけですし」

「出たとこ勝負ってか」

「噂話やある程度の能力は分かっていますが、奥の手などは残念ながら」

「ま、できる限りの準備を整えて迎撃するしかないか」


 とりあえず俺は俺で準備をしておこう。

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