第279話敵の軍について

 

「加えて、今回は国から兵が出るわけですが、国が出す兵は二万だけです」


 二万? 二万って兵隊二万ってことか? まあ確かに街の一つを落とすんだったらそれで十分なのかもしれないけど、その『街』ってのがカラカスになると話が違うだろ。二万〝程度〟じゃ潰されて終わりだ。実際、ちょっと前のだって十万近くの軍だったのにやられてるわけだし、カラカスが作られた時だってそれなりの数で攻めても撃退されてる。

 もう一度攻めるんだったらもっと数を用意するんじゃないだろうか?


「二万? だいぶ少ないな。まあ、八天の奴らが出んだったら有象無象はいらねえか」


 あ、そうか。今回は八天が出てくるんだった。なら、単純な数はいらないか。何せ八天の一人がいるだけで普通なら街を落とすのには過剰すぎる戦力なんだから。

 むしろ、多くの兵を用意したところで、行軍を遅くするだけ足手纏いか?


「それもそうですが、あくまでも〝国としては〟です」

「どっか他所から持ってくるってのかい?」

「ここから比較的に近いいくつかの貴族達からも数千規模で追加が」

「うへぇ……まじかよ」


 でもまあ、理解はできる。何せ八天を引っ張り出すほど本気の討伐隊だ。自分も参加して勝ち馬に乗ろうとするのは当たり前と言えるだろう。

 そんなに多くの兵を出すことはできなくても千二千程度なら出せるだろうし、多少なりとも兵を出して協力していれば、自分も参加しました、って言い張ってなんらかの恩恵は受けられるだろうしな。


「まじですよ。総数としては六万を超えることになると予想しています」

「六万? ……多いんだろうが、思ったほどじゃないな」


 それらが積もり積もって、国としては二万であっても、敵の総数として見れば六万に届くらしい。どうやらかなりの数の貴族達が参加したみたいだな。そんなにこの場所を潰したいのか。……潰したいだろうな。近場の貴族達からすると迷惑でしかないだろう。

 でも、これでも貴族の利用者もそれなりに数がいるんだけどなぁ。


 だが、前回地方の貴族達が気合入れて集めた数が十万近いことを思えば、六万なんて〝たった〟六万と言えるんじゃないだろうか?


「前回は十万近く……正確には十万に届いていませんでしたが、今回はそれよりも少ない。普通なら問題ないと判断するところでしょう。ですが、今回は前回と違って八天がいます。全く同じ結果、とはいかないでしょう」


 今更兵の数が数万変わったところで大した違いはないように感じるが、普通の戦争で言ったらそれだけの違いは致命的になり得る。

 それに、数が少なかったとしても八天——第十位階が複数いるんだったらその対処は簡単ではないだろうからエドワルドの言っている事も分かる。前回と同じように簡単に、とは思わない方がいいだろうな。


「もっとも、その軍のほとんどが荷運びと後詰めですけどね」

「荷運びと後詰め? どういうことだ? 戦いはしないのか?」

「戦いは八天に任せ、その後のこの辺りの統治に人を使う予定なんですよ。誰か、あるいはどこかを倒すことは八天だけでできたとしても、その後の面倒を見ることまではたった五人だけではできませんから」


 ああそうか。敵としては八天なんて使う回数の限られた戦力をまとめて使ってきたんだから、最初からこのあたり一帯を手に入れるつもりなんだ。いや、つもりというか、確定したものとして考えているんだろう。そうなるとその後についても考えなくてはいけないわけで、人や物資や何やらが必要になってくるわけか。

 で、戦いの結果なんて最初から決まってるんだから、倒した報告を受けてから運ぶよりも一緒に運んでしまったほうが手間も時間も省けるってわけだ。


 ああ、貴族達が兵を出したのもこれが理由かもな。勝ち馬に乗りたいからってだけじゃなくて、自分たちには危険がないから。

 普通なら割と最近に大規模な軍を倒したばかりの俺たちとの戦いに兵を出すなんて自分たちの損害が気になって二の足を踏むところだが、ちょっと兵を荷運び役に出すだけで手柄になるんだったら、出さない選択肢はないだろう。

 だって自分たちが戦わなくても八天がどうにかしてくれるんだから。


「それから、今回は皆殺しはやめていただければと思います。前回に引き続き今回も大量に人が減れば、統治に綻びが出てしまい、結果として流通が滞りかねないので」


 前回も何割かは逃したが、今回もか。当たり前と言えば当たり前の話だな。親父は殲滅でいいとかいうだろうけど、本当に一人も帰さないで殺すとなると、その後の治安がひどいことになるだろう。

 そんなことになれば戦争に関係ないところで大量の人死にが出るはずだ。

 敵の軍を倒せば実父である国王に対する嫌がらせになるだろうが、俺としては無関係のやつの死を望んでいるわけではなく、ここを狙っている奴らが下がってくれればそれでいいと思ってる。


 それに、人が大量に死んで国力が落ちれば外国との関係が崩れることになる。この国は東も西も敵だからな。国力が落ちたとなれば攻め込んでくるだろう。それはめんどくさい。


 というか、その場合防衛するのはザヴィートではなく俺たちなんだよな。だって東には俺たちが存在してるし、西は母さんの実家だし。西は潰したばっかりだから攻めて来ないかもしれないけど、来るかもしれない。

 どっちが攻めてくるにしても、俺たちが戦う必要があるんだから、あまり人の数は減らしすぎない方がいいだろう。できるなら半分くらいに留めておいた方がいいか? いや『できるなら』で言うならもっと残しておいたほうがいいのかもしれないけどさ。まあその辺は状況次第って感じだな。


 だが、エドワルドとしてはそんなことは考えていないだろう。人死にだとかその後の戦争だとかなんて考えておらず、別のことを理由に俺たちのことを止めているはずだ。

 その別のことってのがどんな理由なのかって言ったら……まあ、決まってるよな。


「金か」

「金ですよ。当然ではありませんか」

「当然じゃねえと思うけど……たとえば人はそんな簡単に殺してはいけません、とか」

「え? いえ、特にそんなことは思いませんが? 死にたければ死ねばいいし、誰かが誰かを殺したところで私には関係ありませんから。死にたくなければそもそも戦いに参加しなければいいのでは?」


 こいつのことだし金関係だろうなとは理解できていたが、こうもはっきり堂々と言い切るのか。取り繕ったりはしないんだな。今更したところで意味ないけど。


「まあそれはそれとして、参加が五人だけってのは本当か? 八人いて一人死んだんだからあと二人残ってるはずだろ?」

「国王の守りに回すのが必要でしょう。何せ相手が我々ですから、暗殺を警戒しているようです」

「ああ、なるほどな。騎士じゃないし国としての誇りも何もないから卑怯な手でもなんでも使ってくるとでも考えたのか」


 暗殺者なんて用意しようと思えばいくらでも用意できるからな。なんなら俺が行ってもいい。城を土台ごとひっくり返したり、城中に種をばら撒いて樹海を作ってもいい。食事に種を混ぜて、数時間後に生長させれば、胃を突き破って成長してくれるだろう。まあ実際にはいかなかったわけなんだが、暗殺者そのものは用意できる。


 そういった暗殺対策諸々は本来八天の……あー、名前は忘れたが、『剣聖』が防ぐはずだったんだろうが、あいつ親父と戦って殺されたからな。今なら楽に殺すことができると思う。

 だが、第十位階の強者を置いておけば、暗殺者が来たところで確実に守り切れるだろうな。


「或いはあんたが単騎で特攻してくるかも、なんてことも考えたのかもしれないねぇ。『剣聖』を倒すだけの実力があるってバレてるんだろ?」

「あー、言われてみりゃあそれはそれでありか。実際にやんのはちっとめんどくせえ気がすっけどな」


 婆さんの言葉に親父が言われてみればと言った様子を示したが、確かにそうだな。

『剣聖』を倒せるだけの実力があるってのはわかってるんだから、そいつがもう一度攻めてきたら、なんてことも考えていたかもしれない。


 そうなったら、流石に普通の兵じゃ無理だし、八天の一人を置いていても守りきれないかもしれない。何せ、すでに八天の一人が殺されてるんだから。だから二人残したんだろう。


「暗殺するのでしたらもっと早い段階で頼んでいましたよ。ですが今回は軍を倒すことに意味があるので却下しました」


 しかし、そんな暗殺者を使うって考えはエドワルドによって却下された。


「ちょいといいかい? 敵の軍を倒すってのは理解したよ。でも、援軍なんかはないのかい? 坊の母親やその実家あたりなんかはここが襲われるとなったら何かしらの助力を提案してきそうなもんだと思うんだけどねえ」

「ああ、それだったら俺んところに来たな。断ったが」

「親父んところに? なんでだ? 俺、そんなこと聞いてないんだけど?」

「教えてねえからな。本来なら王様であるお前に知らせた方が良かったんだろうが、断るってのに教えて変に期待させても問題だろ? どうせお前のことだ。教えたら断った後でも悩むだろ。やっぱり提案を受けておけばよかったんじゃないかってな」


 ……まあ確かに、あらかじめ援軍を出してくれるって言ってるのに断るって教えられてたら色々と考えて混乱したかもしれない。

 王様としてはそれじゃあいけないんだろうが、所詮俺は元々が一般人だからな。こんな状況で何か余計なことが加われば、変に色々と考えて気疲れしただろう。

 今後はその辺も変える努力をするつもりだが、こんな八天を相手しなくちゃいけない大事な時には落ち着いていたいのは事実だ。


「それに、援軍なんてなくても問題ねえだろ?」


 親父は自信満々にそう言っているが、俺としては今ひとつ自信があるかっていうと微妙なんだよな。

 策はあるしできるだろうとは思ってるけどさ……。

 まあ、親父が問題ないって言ってるんだったら大丈夫だろうとは思う。


 でも、教えなかったのはいいとしても、断るってのはなんでだ? 援軍を出してくれるって言うんだから受けとけばいいんじゃないかと思うんだが……。


 そんな俺の考えを察知したのかエドワルドが話し始めた。


「先程の『軍を倒すことに意味がある』という答えにもつながるのですが、今回は独立のための戦争です。そんな時に他所から戦力を借りていれば、自分たちだけではどうしようもないのだと周囲に喧伝するようなものです。今回は八天という第十位階が何人も来るのですから援軍を求めても仕方ない状況かもしれませんが、だからといって『助けを求めた』という事実は変わりません。ですので、誰からの助けも借りずに撃退する必要があるのです」


 なるほどな。まあ確かに俺たちは力を持って独立しようとしているのに、その力がありませんじゃ話にならないな。

 周囲が見ている状況の中、自分たちだけで戦って倒すことで本当に独立することができる、ってか。


「まあ、私としては負けるよりは安全策を取って援軍の提案を受けても良いとは思ったのですが、黒剣曰く問題ないとのことですので、我々は我々だけの力で敵の軍を撃退することになりました」

「援軍を蹴って俺たちだけでか……。ま、その辺は任せるよ。どうせ俺が考えてもあんたよりも劣った策しか出せないんだから」


 全く作戦を考えられないってわけでもないけど、所詮は経験の浅いガキの考えだ。エドワルドと政治的にとか、腹の探り合いとか裏の読み合いとかで勝負したところで勝てる気がしない。

 だったら無理に自分の考えを通そうとしないで任せてしまったほうがいい。適材適所ってな。


「だとしても、王が部下に全てを任せきりというのはいいんですかね? 裏切られたり乗っ取られたりする可能性は考えないのですか?」

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