第278話八天、進軍開始

 

「でも、その八人の中の一人は死んだ、と」

「『剣聖』は〝貸し〟を使わずとも動いてくれる貴重な戦力だったので、潰していただけたのなら今後は幾分か楽になりますね。正直言ってそんな簡単にいくものだとは思っていなかったのですけど……流石、というべきでしょうか」

「あの程度なら、まあ三人くれえなら余裕だな。それ以上はちっとめんどくせえかもしれねえが……まあなんとかなんだろ。こいつもいることだしな。な?」


 あれと同格を計三人同時に相手できるとか、こいつは俺より人間辞めてるんじゃないか?


「……まあ、自分から攻めるってなると不安はあるけど、あらかじめ準備を整えて待ち構えるってんだったらなんとかできる。……とは思う」


 あの戦いを見たあとだと絶対にできるとは自信が持てないが、まあ準備期間があって距離が空いた状態から始まるんだったら数人が相手でもなんとかできる……んじゃないかと思う。


「お、そうか? なら俺の分も頼むわ」


 八天を複数相手どる際にどう対処すべきか、なんて考えていると、親父はそんなことを言ってきた。

 ……何言ってんだこいつ?


「は? ざけんな。そこはあんたも戦えよ。王様に戦わせようとすんじゃねえ。なんのための騎士だよ」

「楽できんならそれに越したことはねえだろ?」

「俺は楽できねえんだが?」

「ま、近寄ってきたら斬ってやるさ」


 それ、近寄ってこなければ全部俺に任せるってことじゃね?




 そんなこんなで対王国戦に向けて動き出してから四ヶ月が経過した今日、俺たちは再び集まっていた。


「——というわけで、王都ではカラカス奪還のために式が行われたようです」


 どうやらそういうことらしい。最短で二ヶ月でやってくるって聞いてたからそれに合わせようと思ってたんだが、予定の倍の時間がかかったようだ。こっちとしては準備にも修行にも時間が取れたので特にいうことはないけど。

 ただ、その修行をしてて問題、というか不満があった。

 俺は今回の時間を使って第十位階になった。それはいい。効果も確認したし、なかなかに使えそうなスキルだったからそこに不満はない。

 だから不満があるのは別のところだ。


 今回の戦いで第十位階と戦うことになったわけだが、基本的に遠距離からハメ殺すつもりだ。だって近寄られたら多分負けるし。

 だが、ただやられるつもりもないので近寄られた場合に対処するために親父に稽古をつけてもらったのだが、まあ見事に一本もとることができなかった。

 スキルあり、反則なしの実戦に限りなく近い形での稽古だったんだが、一本取れないどころかまともに攻撃を当てることすらできなかった。

 稽古の最大の成果は、親父の服を破いたくらいか? 一メートル切った状態からの播種ってどうやって防いだんだよあの野郎。

『盗賊』の方の紐切りもなんか知らないけど避けられるし、あろうことか剣で迎撃された。あれって不可視の斬撃だったと思うんだけど、まじでどうやってんの?


 途中何度か追い詰めたと感じたことはあったんだが、あの白い剣——聖剣を出されたらもうダメだ。

 剣ってのは近すぎるとまともに戦えなくなるんだが、それはなんでかっていうとその長さのせいで自分や自分の意図しないものに当たるからだ。

 だがあの聖剣は自身の望んだモノ以外を切らないなんて効果がある。つまり、自分の体や他人を巻き込むような攻撃をしても、自分は切らずに敵だけを切る、なんてことができるわけだ。懐に潜り込んだところで、親父は聖剣を使って自分ごと俺や俺の攻撃を斬ればそれでおしまいだ。


 しかも、だ。しかもあの聖剣、伸びるんだよ。そんなんだから、距離を取っても死ぬ。


 案山子を作って気を逸らすことはできるけど、あのクソ親父は気を逸らされた瞬間に聖剣を伸ばして辺りを薙ぎ払うからタチが悪い。


 防御貫通、距離無限とか、あのスキル作ったやつは馬鹿じゃねえの? 普通に死ぬわ!

 実際何度か死にかけた。というかほとんど死んだ。胴体真っ二つとか、経験したくなかったよ。


 そんな大怪我を通り越した状態になったら普通なら死ぬが、切られただけなら傷口をくっつけて高位の治癒魔法をかければ元通りだ。これが傷口が潰れてたり炭になってたりすると治せない場合もあるが、腹が立つことに親父の切り口はとても綺麗なので普通に治せた。


 ただまあ治すには当然ながら治癒魔法師が必要になるわけで、カラカスで一番腕のいい治癒魔法の使い手と言ったらリリアになるのだ。位階だけで言ったら他のエルフとかカラカスの住人とかもいたんだが、聖樹の加護が加わるとリリアが一番の使い手になる。

 近くで待機させていたリリアの治癒に何回世話になったことか……。

 そのせいで治療のたびに笑われ、でも治してもらったんだから何もやり返せないということになり、ストレスが溜まっていった。

 ストレス発散のために、溜め込んでいた種が尽きるまで親父に向けてできる限り同時に、連続で放ち続けたのだが、全部迎撃された。あれ、もはや弾幕っていうか壁だったと思うんだけど……。

 播種からの生長が俺のコンボだったんだけど、そもそもコンボに繋げられないのでどうしようもない。


 ……俺、これでも第十位階になったし結構強くなったはずなんだけどなぁ。全然勝てるビジョンが浮かばない。


「予想よりも少し遅かったが、ようやく来たか」

「来ちまったねぇ」

「というわけで、それらの対処は任せます」


 かなり重要な状況だというのにも関わらず、エドワルドは随分と人任せな感じで今後のことをこちらに放り投げてきた。


「かーっ! 随分と人任せだなあおい」

「武力はあなた方の担当でしょう? 私は情報収集と金稼ぎが仕事であって、野蛮なことは担当外です」


 親父の言葉に対して答えを返したエドワルドは、本当にこちらに任せるつもりのようで、やる気が全く感じられない。

 いやまあ、確かに担当云々でいえば間違っちゃいないんだが、普通こういうのって国が一丸となって対処するもんじゃね? 絶対に「俺の担当じゃないから」なんて人任せにするようなもんではないと思う。


「さて、これからが本題です」

「これまでは本題じゃなかったのかい?」

「本題ではありましたけど、半分ですね」

「半分……」


 割と大事なことを話してた気が済んだけど、これで半分かよ。


「ええ。残りの半分はというと、今回の敵の編成についてですね」

「編成? ……八天か」


 そういえば俺が話を聞いた時には八天が出てくることはわかっても、まだどれくらいが参加するのかはっきりしていないんだったな。


「はい。どうやら今回は五人連れてくるようです」

「五人も?」

「ええ、五人も、です。むしろ五人だけ、と言った方が正しいかもしれませんが。今回の戦で勝ったら、その貢献度に応じてここカラカスの土地を分けることを条件に出したようです」


 新たな土地か。そうなればまあ、多少は出てくる気にもなるのか? いやでも、ここを自分の土地にするにしても問題があるだろ。


「分けるって言っても、この周辺には八天の誰も土地を持ってないだろ?」


 もらったところで、この周辺に八天はいないんだから今持っている領地の拡大とはいかない。


「そうですね。ですので飛び地になります。普通なら管理がめんどくさい飛び地ですが、ここがカラカスだということを考えると飛び地だろうと支配する価値があります」

「まあ、この街は金儲けやモノ集めには役に立つだろうから、持っといて損はしないだろうねえ」


 あー、なるほど。普通の土地なら管理がめんどくさいだけだが、価値があれば話は別ってことか。まあ当然っちゃあ当然の話だな。

 そしてこの場所は普通の場所にはない価値がある。


 ただ、国としてはそれでいいのかって思わなくもない。

 だって国にとってはこの街はせっかく金を出して作った街なんだ。今は賊に占領されているとはいえ、取り返せるもんなら取り返したいと思うんじゃないんだろうか? それを八天になんて与えたら、自国のモノになるとはいえ完全に自国の領土として扱うことができないんじゃ?


「でも、それだとここを奪う意味が薄くなるだろ。国としてはここを取り戻して交易拠点として再利用したいんじゃないか?」

「したいかしたくないかで言えば、利用したいでしょうね。ですが、ここはカラカスとして既に噂が広まっています。そんな場所を使おうとすれば、何年どころか何十年単位で時間がかかります。長期的な目標としては間違っていないでしょうけれど、他の利益と秤にかけると微妙なところでしょう」


 確かにもうここはすでに『犯罪者の街』として話が広がっている。それを、「賊は倒したから安全ですよ」なんて言ったところで、じゃあすぐに行こうってなるかは別だ。

 国軍が俺たちを倒してカラカスを攻略することができたとしても、賊達を全滅させることはできないだろうから辺りに散ることになるだろうし、第二第三のボスを目指しているやつがやってこないとも限らない。

 それに、街の美化を行なうだけでもかなりの時間と金がかかるだろう。だってこの街そこらへんにトラップとか本来は設置されていないはずの地下通路とかあるもん。それらのせいで何をするにしても絶対に時間がかかる。


 だから、国がこの場所を取り返してもまともに使えるようにするには金と人手と時間がかかる。その数字を考えれば諦めることもわからないでもない。


 とはいえ、時間をかければ利益が出ることも確かなわけで、そんな利益を捨ててでも欲しい他の利益ってなんだろう?


「他の利益?」

「国として問題なのは、カラカスの場所を失っていることよりも、カラカスが国の管理下にない状態で存在していることです。そのせいで好き放題荒れ放題となり、賊があぶれて治安が悪くなる。それよりは、交易の拠点候補を失い八天の手に渡ったとしても、この場所を国の手が届く内で管理できるようになった方が嬉しい。簡単にいえばそんな感じですね」


 あー、まあ、確かに賊は多いだろうな。それは何もカラカス周辺だけって話じゃなくて、カラカスがあることで活発になってる周りの奴らのこともだ。

 カラカスという犯罪者たちの街が存在していることで、「じゃあ俺たちも」なんて賊に流れる奴はいるだろう。


「っつかそもそもの話、国は俺らを潰さねえと独立されてまずいことになんだ。だったら将来の利益云々を語って俺たちを倒すのを先延ばしにして独立させるよりも、いつかくるかもしれねえ利益を潰して確実にくる損も潰した方がいいだろ」


 まあそうか。元々ここを潰して独立を阻むのは決定事項なわけだし、国は俺たちのことをどうしたって倒さなくちゃならない。

 独立されて今まで以上に好き勝手暴れられるよりは、自分のものにならなくても潰してしまったほうがいいってか。

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