第273話独立宣言

 ……にしても、母さんはいないんだな。まあ王妃と言っても第二だか第三だかだった気がするのでいなくて当然かもしれない。

 それに、いても何するってわけでもないし、むしろいない方がボロが出づらいからいいんだが、ちょっとがっかりだ。


 国王の他にいるとしたら、俺から見て国王の左隣に三人の青年。あれは……俺の兄弟か? 


 あとはそれとは逆の右側になんか貴族が数名。あっちはなんだろう? 宰相とか大臣とかこの場の司会とか、そんなんか?


「あなた方からの申し出によって会議の日取りをずらしたというのにもかかわらず、遅れてくるとは何事ですか」


 なんて国王の姿を見て自分の心の在り方に驚いた俺は状況の確認をしていたのだが、国王の右に控えていた貴族の一人から、広間の中に入って早々に正面から責めるような言葉が俺たちにかけられた。

 ような、というか、事実責めているのだろう。実際向こうが本来想定していた日取りよりもはるかに遅れてるわけだし。


「いやあ、俺としても早く来ようとはしたんだがな。門番に怪しいからってんで止められちまったんだ。そんなにおかしな見た目してっかねぇ?」


 しかしこの場であっても親父の態度は変わらない。堂々と、好き勝手に言い放つ。

 なんて野蛮な言葉使い、なんて風な言葉が周りから聞こえてくるがそんなのは俺も親父も無視だ。


「日取りに関しては……あー、なにぶん辺境なもんで、手紙が届くのにもこちらに向かうんでも時間がかかっちまってな。わりいわりい」

「よい。さっさと話を進めよ。これ以上無駄に時間を使うな」

「はっ」


 親父の言葉に周囲にいた貴族や騎士たちからの圧が増したが、それは国王からの一言によって収まることとなった。

 収まったと言っても、それは今すぐにでも斬りかかりそうな殺意が、ってだけで攻撃的な意思そのものは消えていないけど。

 でもまあ、俺たちの関係を考えるとそんなもんだろう。これで友好的な感じだったら逆にビビる。


「まず、貴様らの名前だ」


 そうして王の横に控えていた貴族らしき男がそう言ったが……


「……」


 親父は素知らぬ顔で何も答えない。ただボケッと突っ立ってるだけだ。


 そんな親父の様子に苛立ったようで、先程の貴族の男は先ほどよりも声に敵意をのせて怒鳴りつけてきた。


「おい、名前を答えろと言っているのだ!」

「んあ? ああ、今のは名前を言えって意味だったのか。なら最後までちゃんとはっきり言ってくれよ。てっきりそっちから紹介してくれるのかと思ってたぜ」


 うーん、まあ確かに「まず、貴様らの名前だ」だけじゃあこれから紹介するように聞こえないこともない。

 だが、状況を考えれば名乗れって言ってるのは理解できるだろう。

 それでもあえてすっとぼけて見せたのは、挑発か?

 でも、正直そんなことする必要なんてないんだよな。俺たちは別に交渉に来たわけでもないんだから有利な条件を引き出す必要があるわけでもないし、挑発なんてしたところで何があるってわけでもない。


 そうなると、あとはただの嫌がらせでしかないんだが、親父がそんな子供っぽいことするか? 確かに親父もガキっぽいところはあるが、こんな場面で嫌がらせなんてしないような気がするんだけど……んー、わからん。


「俺はヴォルクだ。五帝、黒剣、城切り……まあ色々と呼ばれてるが、カラカスのトップの一人だったな。んでこっちは俺の息子だ」


 護衛であるエディたちの紹介は省かれたが、まあそんなもんだろう。


 紹介を受けたと言っても、俺の名前は口にされていないのは、口にすることで俺の立場、正体が気づかれるのを防ぐためだよな。

 もう今更だし気づかれてもいいんじゃないかと思わなくもないが、あえて教える必要もないしどうでもいいか。


「それでは本日行われる裁判について、詳細を知らぬ者もいると思われるため説明を行う」


 そんな親父からの紹介を聞いて司会がこの場にいる者たちに言い聞かせるように説明をしたが、裁判って……んな話は聞いちゃいないんだが?


 しかしそんな俺の疑問は無視して司会は話し始めた。


「今からおよそ一月ほど前、そこにいるヴォルク、およびカラカスを占領している賊が隣接している領地を襲撃し、当主を殺害後にその土地を奪った。殺されなかった者達も民を殺され領地を奪われている者もいる。これまでカラカスは賊に占領されながらも陛下の温情により見逃されてきたわけだが、それはカラカスのみで完結していたからだ。だが今回、この者らは自ら他領を襲いに出た。これは国を転覆させようとしている疑いがある」


 温情お〜? 温情ねぇ……。何言ってんだか、って感じだな。実際には取り返す手間や損害と、カラカスが存在することによる不利益を秤にかけた結果、カラカスを取り戻すのを諦めたんだろうに。


 それに、今回の件だって俺たちから攻め込んだわけじゃない。土地を奪ったのは確かだが、最初に襲ってきたのはそっちのアホどもだ。


「その際の人を弄ぶかのような悪虐な行ないは到底許すことができず、厳罰に処することとする」


 悪虐な行ないって、随分な言われようだな。そんなことした覚えは……あったわ。

 俺、というよりもエドワルドが主導でやってたことだが、貴族達を鉢植えにして贈ってたな。多分もう枯れてるだろうけど、色んな人が見たんだろうなあ。


 ……って、よく見るとなんか前の方の隅っこに恨めしそうな顔をしていたり、どうだと言わんばかりに自信満々な笑みを浮かべているおっさんどもがいる。あれは、もしかして〝元〟領主様方……は、ないな。だって領主は全員鉢植えに変わったし。もし元通りになれたんだとしても、この場に来るような勇気はないだろ。そうなると、領主達の取り巻きかなんかかな?


「だがもしカラカス側に国への叛意がないのであれば、直ちに土地の返還、および賠償金を支払え。支払うのであれば、貴様らの罪を減じ、今後もあの街は陛下の温情により存続することを認めよう」


 叛意が無ければ金を支払え、か。国としてはカラカスが存在していたとしても、その分の利益が出るんだったらそれでいいって感じか。


 にしても、言葉をそれっぽく飾ってるだけで、実際の内容としては「ショバ代寄越せ」「慰謝料寄越せ」ってのと同じだよな。もっと単純にいえば「金を寄越せ」だ。賊と同じじゃね?

 まあ貴族も賊も面子が大事なところがあるし、案外お互いの違いなんて金や物を奪う際に合法的かそうでないかくらいの違いかもな。


 親父はそんな言葉を腕組みをしながら聞いている。

 この状況でも腕組みして聞いてられるってすごいよな。ってかあんた元々この王様に仕える騎士だったんじゃねえのかよ。よくそんなんで騎士やってられたな。


「あー……ちっといいか?」


 だが、その言葉に何か言いたいことがあるのか、親父は腕組みしていた格好を解いて手を挙げるが……


「逆らうつもりか!」


 それを聞いた騎士の一人がそう叫びながらガシャッと音を立てながら一歩踏み出した。

 えっ……突然のことでわけわかんないんだが、なんでこんなに急に怒ったんだ?


「質問しただけでなんでそうなんだよ。話しする頭があるんだから人の言葉くれえちゃんと聞いて理解しろや。ああ、人の言葉が理解できねえんだったら、わりいな。そんなバカだとは知らなかったんだ。許せや」

「貴様っ!」


 そんな親父の言葉に対して、一歩踏み出した騎士は剣に手をかけて俺たちに対して殺意を向けてきた。

 それは今にも俺たちに切り掛かってきそうにも思えるほど。


 ……だが、どこか偽物くさい。

 カラカスで生活してきた俺にとっては、殺意や敵意悪意なんて常日頃から感じてきたものだ。その経験から言わせてもらうと、殺意にも種類がある。本気か伊達かの違いだ。

 心の底から本気で殺そうとしている殺意と、その場の流れでなんとなく殺そうと思っている殺意。簡単にいえばその二つがある。

 今怒鳴ってきた騎士の殺意は、どっちかっていうと後者。つまりは本気ではない伊達の殺意だ。しかも、伊達よりももっと程度の低い見せかけだけの……言うなればファッション殺意って感じがする。


 そんなカッコつけともとれるような殺意を向けてくる騎士と親父が睨み合って——いないなぁ。騎士としては睨んでいるつもりなのかもしれないが、親父としては随分と冷めた反応をしている。なんならすでに騎士から意識から外して正面を向いている。


 ……あ、殺意が強まった? 眼中にないことが気に入らなかったっぽい。止まっていた足をこっちに向けて動かし始めた。


「よせ」


 だが、そんな騎士だったが、国王からそう言われるなりすぐに落ち着いて戻っていった。


 普通あんなに体が動いてしまうほど怒ってる状況だと、誰かに何か言われたくらいじゃ落ち着けないと思うんだが……やっぱり芝居か。


 多分だが、予めああすることは決まっていたんだろう。それで俺たちが何か手を出すようなら儲けもの、みたいな感じで。結局は手を出すどころか相手にすらされなかったけどな。


 そして状況が落ち着いたことで、親父は軽く鼻を鳴らしてからさっきの話の続きを話し始めた。


「あの時俺らは何人か貴族を殺したが、そりゃああっちから攻めてきたからだ。カラカスの金が欲しかったのか土地が欲しかったのか栄誉が欲しかったのか。まあなんにしても攻め込んできて、んで返り討ちにあったってだけだ。俺らから襲撃した事実なんてひとっつもねえよ。その辺しっかり調べとけ無能ども。のこのことやってきた俺らを罠に嵌めるにしても、うちのバカどもでももうちっとマシな罠に嵌めんぞ」


 国王相手に随分と不遜な言い様。普通だったらそんなことは許されないし、周りにいる奴らも騒ぐことだろう。

 だが、親父から放たれる殺意がそれを許さない。こんなことをしているのはさっきの騎士を出してきたことに対する意趣返しだろう。あんなお遊びじゃなくて例え素人であっても本気で、本当に殺そうとしているとわかるだけの圧がある。


 だからこそ誰も何も言えない。今なにか言おうとすれば、その瞬間に殺されてしまうのではないかと思えてしまうから。


「だがまあ、一部は間違っちゃいねえな。国への叛意。そこについちゃあ正しいよ。大正解だ。褒めてやろうか?」


 しかし、そんな圧は次の瞬間にはふっと消え去り、親父は冗談を言うかのように軽い調子でそう言ってのけた。


 親父からの殺意がなくなったことでドサリとその場で崩れ落ちるような音も聞こえたが、軽く周囲の様子を確認すると実際に何人かの貴族たちが腰を抜かしている。


 騎士たちの中には腰を抜かすなんて無様を晒すような者はいないが、さっきまでは背筋を伸ばしてしっかり並んでいたにもかかわらず、今は自身の剣に手をかけ、途中まで抜いていたのが見えた。


「ほれ、こっからはおめえの仕事だ」


 親父はそう言うなり俺へと振り返り、俺の背中に手を当てて押し出した。


 ……そう、だったな。こんな場面で俺が前に出るってのは戦いとは違った緊張感があるが、それでもここでこうして前に出るって決めたのは俺だ。親父に任せてるだけじゃなく、俺が役目を果たすって決めたのは俺自身なんだ。だから、覚悟を決めろ。


 自分の中で覚悟を決め直した俺は、周りからは気付かれないように小さく深呼吸をしたあと、一歩前に踏み出してザヴィート王国国王と対峙した。


 そして——


「我々カラカスはザヴィート王国を捨て、一つの国として独立することを宣言する」


 何にも臆することなくそう言い放った。

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