第272話十五年ぶりの父子

 

 翌日。俺たちは城へと向かうことにしたのだが、そのメンバーは俺と親父。それからエディとカイルだけ。ソフィアとベルは宿でお留守番だ。もし戦闘になったら守り切れないからな。

 ああ、あと一応フローラもいるが、フローラは依代から離れて俺の中に入っている。普通に城に連れてっても落ち着いていられないだろうしな。

 聖樹本体から離れてるからそれほど長時間は依代から抜け出すことはできないが、まあ半日程度ならなんとかなるとのことだ。


 そんな俺たち四人だが、周りの者たちが馬車を使って移動している場所だと言うのに、俺たちだけ徒歩だ。理由としてはいざ逃げるって時に馬車なんてあったら荷物になるからなんだが、場違い感が半端ない。


「止まれ! これより先は許可なき者は立ち入り禁止だ!」


 どこから調達したのか、貴族専用区画に入る許可証は親父が持っていたために道中は割と順調に進んでいたのだが、流石に城の前に来ると止められてしまった。


「許可あ? あるある。あるよ。昨日のうちにここに来るって連絡はついてっと思うけど、どうだ?」


 しかし、止められたというのにも関わらず、親父は堂々とした様子を見せながらふざけているように答えた。


「連絡だと? ……聞いているか?」


 その様子を見て訝しげな様子を見せた門番の男だったが、許可があると言っている以上は確認する必要があるためか隣にいたもう一人の男へと問いかけた。


「いや、こんな奴らが来るなんてのは……ああ、でもカラカスからなんか使者が来るって申し送りが……待て。まさか本当に?」


 どうやら昨日の今日、それもちゃんと予約を取ったのではなく一方的に手紙を送りつけただけだってのに、本当にちゃんと話は通っていたようだ。


「なんだ、来てんじゃねえか。じゃあ通らせてもらうぞ」

「い、いや、待て! お前たちが本当に使者だという証はあるのか!」


 だが、流石に許可があると言っても言葉の上だけだし、門番としてはそのまま通すことができなかったんだろうな。止められてしまった。

 確かに俺たちが使者だって証拠なんてないわけだし、これで全く関係なかったら大変だから止めるのもわかる。


 でも、俺たちそんなカラカス出身者だって示すような証なんてなにもないぞ? あの街の出身だって証明する必要なんて今までなかったし、証明が必要なら力を見せつければよかったからな。


「証? あ〜、証はねえが手紙はあるぞ。ほれ」

「これは……確かに王城からの手紙だが、日付が違う。……違法入手したものか。通すわけにはいかん!」


 あー、まあそうなるか。確かに手紙は本物だが、俺たちが招かれた日付は一週間近く前のものだ。それが今更になってここにくるんだから、流れたものを俺たちが回収して使ってる、って考えるのが当たり前か。普通は王城からの呼び出しを一週間もオーバーするなんてあり得ないし。


「これは本物なんだが、まあしゃあねえ。んじゃあ帰るか」

「いいのか?」


 あっさりと引くような姿勢を見せるオヤジを見て、思わずそう問いかけてしまった。

 だってここで帰ったらこんなところまで来た意味ないし、俺たちの目的も果たせないんだ。そりゃあ不思議にも思うだろ。


「いいも何も、通してくれねえんだから仕方ねえだろ。まあ? 今日は大事な大事なお話があってきたわけだが……それも国王直々に呼び出されてきたわけだが、それでも門番に帰れって言われちゃあ仕方ねえよな。ああ、仕方ねえよ。だって帰れって言われたんだから」

「え、ちょ——」


 門番に聞こえるように親父はわざとらしくそう言って背中を向けるが、そう言われた門番としては慌てざるを得ないようで戸惑ったような声を上げた。


 しかし親父はそんな門番を無視して足を踏み出す。


 ……なるほど。ここまでくれば流石に親父が何をしたいのかわかった。

 簡単に言えば、こういう話をすることですんなりと通してもらおうとしているのだ。

 それに加え、通してもらえなかったとしてもこのまま門番程度に話をしたところで埒があかないから、話が通じるやつを呼び出そうとしているんだと思う。

 実際、門番だってもし本当に俺たちが今日予定していた客だったら帰られたら困るだろうしな。


「んじゃあ俺らは帰るが、なんか文句言われたらそっちで対応してくれや。首がはねられるかもしれねえがまあ頑張れ。行くとこなくなったらカラカスにでも来たら歓迎すっぞー。まあ、物理的に首が刎ねられたら歓迎できねえけどな」


 それって死んでんじゃん。死体なんて送られたところで、俺だってそんなもん歓迎したくないよ。


「ま、待て! 今聞きに行く! だから帰るな!」


 そんな慌てるような門番の言葉によって俺たちは引き止められ、門のそばに設置されていた待機所に案内されることになった。


 っていうか、こんな場所に待機所があるんだったら最初っから案内しておけよ。怪しかったとしても、なんかあるんだと分かったらその時に捕まえればいいじゃん。


 そう思うが、状況的に悪いのは時間を守らず、勝手に今日の訪問を押し付けた俺たちなのでなんとも言えない。


 待機所の中で兵士たちに監視されながら休んでいると、身なりのいい四十くらいの男性がやってきた。服装からして貴族じゃないかとは思うが、こいつが迎えだろうか?


「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ヴォルクだ。んでこっちは息子だな。それから護衛二人だ」


 親父は椅子に寝転がりながらというありえないくらいに寛いでいる様子のまま、男性の問いかけに答えた。あんた、よくそんな感じで対応できるな。素直にすげえと思うよ。真似したいかって言うと真似したくないけど。


「……五帝の一画である『黒剣』のヴォルク様で間違いありませんか?」


 どうやらこの男性は親父のことを知っているようで、わずかに眉を動かして驚いた様子を見せた後にそう問いかけてきた。


「あー、まあ半分正解だな。もう五帝なんてのはなくなった。……まあ新しい肩書きはあるっちゃあるんだが、それについては後で教えてやる。今はただのヴォルクとでも呼んでくれや」

「でしたら何か身分証のようなものはございませんか?」

「傭兵ギルドのカードでいいか?」

「はい」

「ほれ。どうだ?」

「……確かに確認いたしました。お返しいたします」


 そうしてカードのやりとりを終えたことで、親父はようやく体を起こしてコリをほぐすかのように体を伸ばした。


「どうぞこちらへ。すでに時間を過ぎておりますのでお急ぎください」

「遅れて悪いな。門で止められなきゃもうちっと早く来れたんだがな」


 親父はそんなふうにすっとぼけて見せたが、そもそも予定してた日より遅れてるんだから門で止められた云々はそこまで関係ないと思う。


「武器をお預かりします」

「おう。たけえもんだから傷つけんなよ」


 そうして俺たちはその貴族の男に案内されて城へと進んでいったのだが、城に入るや否や武器を預けることになった。

 俺たちはからカスの住人で、世間一般からすれば犯罪者だ。そんな奴らが城に入るってんだから武器を預かるのは当然だろう。


 あらかじめ準備していたのか、剣を預けた親父とエディに続き、俺とカイルも腰に付けていた金具を外して剣を預ける。


 でも、ぶっちゃけ俺も親父も装備関係ないよな。俺は《保存》があるから武器(種)はいつでも取り出せるし、そもそも手のひらで触れれば溶かせるんだから武器とか飾りでしかない。

 親父はその辺の奴らから勝手に奪えるだろうし、エディだって武器なしでもなんとかなる。カイルは一応『剣士』だが、それはあくまでも副職であって天職は『格闘家』だ。正直全員武器を持っていても持っていなくても変わらない気がする。


 だがまあ、そう言う規則なんだろう。目に見えて武器を持ってるよりは『話の場』としての体裁を整えられるだろうし。


「こちらになります。すでに他の方々はおまちですので、どうぞ」


 そうして案内されたのは、無駄に豪奢な両開きの大扉。いわゆる謁見の間とか玉座の間ってやつじゃないだろうか?


「おう。開けろ」


 見た目だけで気圧されそうなその扉だが、親父はなんの気負いもなく堂々と言い放つ。


「……。カラカスより、『黒剣』のヴォルフ、以下三名がご到着されました!」


 それによってそばに控えていた騎士たちからは不機嫌そうな気配を感じられたが、仕事はちゃんとこなすつもりなのだろう。俺たちの到着を知らせてから扉を開けた。


 親父はその扉の奥へとなんの気負いもなしに進んでいったが、俺としてはまだ緊張がある。というか、ここに近づくに連れて緊張が高まっていた。

 だが、置いていかれるわけにはいかないので、軽く呼吸を整えると顔を上げて親父の後をついていった。


 入った先の部屋は、部屋というよりも広間という言葉が相応しいほど広い空間だった。


 そこでは部屋の左右に着飾った者達——貴族が並んでこちらのことを見ており、その中央にはまっすぐに長いカーペットが敷かれている。

 そして、いるのは貴族だけではない。貴族たちの間、等間隔で武装した全身鎧の騎士たちが待機している。あれは今回のためなのか普段からああいう並びをしているのかわからないが、俺たちが何かしよう者ならすぐさま動き出すつもりだろうな。


 そして騎士も貴族も越えた更にその奥、他の者たちがいる場所から何段か高くなった場所に、豪華に飾り付けられた椅子に座っている男がいた。あれが、この国の王、なんだろう。

 そして、俺の実の父親。


 だが、なんだろうな。正直なところ、ここに来るまで母さんの時と同じくらいとは言わないが、会うことに多少の迷いや悩みがあったんだが、実際に会ってみたら特に何も感じない。

 よくよく胸の内を探ってみると全く何も感じないってわけではないし、嫌悪感や怒りも、まあ多少はある。

 だがそれは、「ああこんなもんか」くらいの、どうでもいいものでしかなかった。


 いやもちろん捨てられた恨みはあるし、捨てたっていう事実もあるんだから仕返しはするけどさ。

 自分が産んだ子供とはいえ、俺を殺そうとしたんだ。復讐くらいしてもいいだろうし、される覚悟もあるだろう。

 復讐ってほど恨んでいないからなんと呼んだものかわからないが、事実と状況だけ見れば復讐で間違ってないからもうそれでいいか。

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