第274話『黒剣』対『剣聖』
「——な、何をふざけたことを!」
「貴様ら気が狂ったのか!?」
直後、俺が宣言したことによって貴族や騎士たちは怒り心頭といった様子で声を荒げて俺たちのことを批難し始めた。
しかし、そんなのは予想していたことだし、今更そんなもので引くわけがない。
「殺せ」
だが、貴族たちが騒がしい中であっても国王だけは流石と言うべきか、不愉快そうに顔を顰めているものの冷静な様子でその場にいた騎士たちに命令を下した。
その命を受けて騎士たちは一斉に抜剣し、俺たちのことを囲うように動き出した。
そして俺たちの包囲が完成したのだが、そんな中にあっても俺たちは余裕を崩さない。だって、この程度なら問題ないし、それは俺だけじゃなくて他の三人もそうだ。若干カイルが危ない気もするが、まあこの程度なら問題ないし、最悪は逃げるくらいのことならできる。
「殺せるもんならいいな」
そんな親父の言葉を挑発だと受け取ったのか、俺たちの背後に位置していた数名が俺たちに向かって斬りかかってきた。だが……
「剣がないから戦えねえなんて誰が言った?」
背後から切り掛かってきた騎士たちだったが、次の瞬間には上下真っ二つになっていた。
それをやった犯人は、言わずもがな、親父である。
親父の手にはいつの間にか黒く禍々しい光を放つ剣が握られている。全身鎧を真っ二つってどんなだよ、と思うが、まあそれがスキルってもんだ。
「隠していた……いや《魔剣》か!?」
騎士たちは先程まで何も持っていなかった親父がいきなり剣を手にしていることに驚いた様子だったが、その中の一人がすぐにその正体がわかったようで声を荒げた。
「魔剣!? それは第六位階のスキルではありませんか!」
「まさかあれが第六位階にたどり着いていると!?」
何を第六ごときで、と思ったけど、そういえば世間一般では第六位階って結構上の方だったっけ。カラカスの常識がぶっ壊れているのと、俺自身の位階がおかしいだけで、第六位階はカラカスの外では強者、或いは英雄と呼ばれてもおかしくない位階だった。
「あの輝きはそうであろうよ。ふんっ。忌々しい」
周りの騎士たちが驚く中で冷静にそう口にしたのは、国王のそばに控えていた他の奴らとはちょっと装飾の違う鎧を着た騎士だった。
「ドーバン。やれるか?」
「陛下御命令とあらば、如何様にも」
国王は少し怯えの混じった様子でドーバンと呼んだその騎士に問いかけたが、ドーバンはなんの気負いもない様子で俺たちの方に——親父の方に向かって進み出した。
「ああん? こりゃあまたちっとは強そうなのが来たもんだな」
「黒剣の噂は以前に聞いたことがある。誰かに仕えることなく彷徨う剣士だと」
それはきっと親父が傭兵として活動していた頃の話なんだろう。
「その力は常人では図ることができず、その歩みは誰にも止めることができない剣の申し子だと」
「そこまで言われっと照れ臭えもんがあんな」
親父の冗談に取り合うこともなく、ドーバンはただ親父に向かって近づいていき……
「だが、それは事実か?」
そう口にした。
そして、親父からの返事を待つことなく自身の腰に下げていた剣を抜き放ち、親父に向かって突きつける。
「『剣聖』ドーバン・オルブラン。王国最強の剣士として、貴様を斬る」
ドーバンがそう宣言するなり突きつけた剣は、親父の持っている剣と同じように黒く禍々しい光を宿した。多分、ドーバンの方もスキルを使ったんだろう。
突きつけた剣が黒い光を宿すと、ドーバンはそれを一度振り払い、構えを取った。
「最強なんてもんに興味はねえが、まあ相手してやる」
そんなやる気満々な強者の雰囲気を出しているドーバンを前にしても、親父の態度は普段と変わることなく、いつものようにめんどくさそうに一歩前に出た。
そして、剣を構えたドーバンと剣を構えない親父が対峙してから数秒後、突然両者の姿が掻き消え、かと思ったら両者の中央で衝撃波を伴って現れた。
その際に普通のものが剣をぶつけ合ったならとても鳴らないような衝突音が発生していたが、それを聞けば親父のヤバさが改めて理解できる。
しかしだ、そんな親父と真っ向から斬り合いができるこのドーバンってやつもすごい。『剣聖』なんて名乗っていたが、どうやら伊達で名乗っているわけではないようだ。
親父の剣もドーバンの剣も、もはや俺には見ることができない。幸いというべきか、親父たちはその場から大きく動くことはなく斬り合っていることもあってその姿そのものは見える。
が、その腕は視認することができないし、相手の剣を避けるためか体勢も、ゲームとかで敵に銃を撃ってもスッ、残像だ、みたいに避ける感じの、コマ送りのように体勢が切り替わっていることが多々ある。なんだこれ。
キンッキンッ、ではなくガンッガンッ、って感じの音がして、やっぱこれ剣の斬り合いじゃねえだろ。
合間合間にスキルも使ってるみたいでもはや人外の戦いだ。
だが、そんな戦いもずっと続くってわけじゃない。
ドーバンの剣がドーバンの手から離れ、天井へと突き刺さった。
親父の体勢は足を上げているので、多分相手の剣を蹴り上げたんだろうと思うが、それまでの流れがよく見えなかっただけになんともいえない。
だがそれでも、この戦いには親父が勝ったんだってのはこれ以上ないくらいに理解できた。
「遅えし軽いし単純だしで話にならねえ。これは試合じゃねえぞ。お行儀のいい剣のお稽古がしてえんだったら一人でやってろ、雑魚」
いや、別に遅く単純でももなかったし、多分軽くもなかっただろ。だって踏み込みで床が割れてるぞ。多分、というか絶対にあいつは弱くなかった。ただ親父がそれを苦に思わないほど簡単に倒してしまっただけ。
俺も多少なりとも強くなりはしたが、近接戦闘系の天職とこの距離でまともに勝負をしたら一瞬で殺される自身がある。
それを親父は事もなげに倒した。
……このおっさん、前より強くなってねえか? 化け物かよ。
「んで、これでしまいか?」
「——こ、子供だ! 子供の方を狙え!」
親父はドーバンの首に持っていた剣を突き付けながら、挑発するかのように国王に向かって話しかけた。
そんな言葉にハッとしたのか、国王は慌てながら騎士たちに命令を出し、騎士たちは混乱しながらもすぐさま動き出して俺たちを狙って攻撃し始めた。
「助けてくれねえのかよ!」
「これくらいなんとかなんだろ」
どうやら親父は助けるつもりはないようだ。いやまあ、確かにこの程度なら助けが必要ってほどじゃないし、倒すことは普通にできるけどさ。
ここは屋内なので天地返しは使えない。使えないこともないけど、その場合は城を土台からひっくり返すことになるので、自分後と巻き添いにしなくちゃだし、もし範囲内に母さんやフィーリアがいたら迷惑をかけることになる。その程度で死にはしないだろうけど、迷惑なのは間違い無いだろう。
それに、できることならわかりづらい倒し方がいいよな。せっかく正体隠してるわけだし。
そうなると……やっぱ播種か。あれなら鎧の隙間から眼球に向かって打ち込めばそれだけでかなりの被害を出すことができるし、視認されづらいから何をされたのか一度ではバレないだろう。
そんなわけで——お目々とバイバイしな。
……なんかいまいちカッコよくないな。どっちかっていうと頭おかしいやつみたいなセリフっぽいか?
まあやることは変わらないし、どうでもいいか。
そう考えると手の中に《保存》から種を取り出し、即座に《播種》を使って騎士たちのヘルムの中を狙って放つ。
……あ、ついでにちょっと騎士達以外の他のところにも播いておこう。
「ぎゃあああああっ!」
なんて思ってスキルを使ったんだが、なんか知らないけど鎧まで貫通した。
眼球にも高速で射出された種を喰らったんだが、それ以外の金属で覆われている部分まで貫いている。んー、てっきり弾かれると思ったんだが、フローラが体に宿ってる状態だからとかか? その影響でスキルの威力が上がった?
……まあいいや。効果が落ちたわけでもないんだし、有効なのは変わらない。
眼球含め全身に攻撃を喰らったせいで、騎士たちは叫び声を上げた。その後の反応は剣を落として顔面を押さえたり、まともに見えなくて転んだりと色々だが、全身が痛いのかのたうちまわったりで、無事なものは誰一人としていない。
その後はカイルとエディがまともに動けなくなっている騎士たちに一撃入れて行って吹っ飛ばすか気絶させておしまいだ。
俺が《生長》スキルを使えば早かったのかもしれないけど、できることなら手の内は隠したいじゃん。
もうカラカス防衛の時の出来事でバレているかもしれないけど、あれはまだエルフたちがいたからだって思ってくれるかもしれないし、誰かがやったんだとしても俺がやったとバレてるわけでもないと思う。
「はあ、めんどくさい」
「おーし、お疲れさん」
親父はそう言うと、剣を突きつけた状態のまま残していたドーバンの腕を切り落とした。
切られた腕は血を撒き散らしながら宙を舞い、国王の方へと向かって飛んでいく。
「ぐっ、おおおおおお!」
剣を持っていた利き腕をなくしても戦意は衰えないようで……いや、違うか。戦意が衰えないんじゃなくて、このままじっとしていても死ぬだけだから破れかぶれで足掻いているのか。
ドーバンは残っていた片腕に黒い剣を生み出し、斬りかかる。
だが、その剣を振り下ろすよりも疾く、親父は肩から袈裟に切り下ろした。
そして、ドーバンは胴体こそ分かれなかったものの、その一撃によって倒れ、赤い水溜りを作ることになった。
今まで生かしていたのに今になって斬ったのは、国王の心を折るためか? 味方の騎士たちがやられた光景を見せられて、唯一残っていた——残されていた『剣聖』も抗うこともできずに倒されたとなったら、心を折る見世物としては十分効果があるだろう。腕を国王の方に飛ばしたのだって、演出の一つだろう。じゃないとあんな不自然な飛び方はしない。
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