第267話村長とのお話

 

「……お、お待たせいたしました」


 出てきた男性はなんだか落ち着かない様子に思えるが、その心情の割合としては恐れ四割困惑六割くらいか?

 まあ、うん。玄関前であんなはしゃがれたらそうだろうな。カラカスのヤバい奴らがくるぞ、って警戒して怖がってたら、なんか玄関前で馬鹿みたいな会話が始まったんだもんな。そりゃあ恐怖よりも困惑の方が強くなるだろうよ。


「ああどうも。話はすでにきていると思いますが、今回あなた方の所属していた領地がカラカスに攻め込んできて、それを撃退した結果この辺りの土地はカラカスがもらうことにしました。つきましてはその説明のために私たちが来たのですが、家に上がっても?」

「え、あ、ああ、はい。どうぞ」


 おっかなびっくりだった様子の村長ではあったが、先程の玄関前での騒ぎに加えて俺の丁寧な対応が予想外だったのだろう。

 吃りながらではあるし、まだ気を許してるってわけでもないが、話を聞く気にはなったようで俺たちを家の中に招き入れてくれた。


「さて、詳しいお話ですが、まず聞きたいことがあります。初めにここがカラカスの所属になることを了承したときに人が来たと思いますが、その人はなんて言っていましたか?」


 そうして入っていった家の中だが、招き入れたのは罠で俺たちが入った瞬間に物陰から襲撃! とかは特に無いようで、普通に向かい合って座り、話をすることになった。普通に話ができるって素晴らしい。


「え、ああ、確か必要な時に必要な人手を貸してくれてるのなら税は四割で構わない、と。あとは何か恩恵があるとか……」

「それで了承したわけですか」

「は、はい。今までの税は八割でしたので、それではほとんど領主に奪われる状態でした。特にこの辺りは整備もされていませんし、魔物による被害もあって本当になんとか生きているという状態だったんです」

「そんな状態が続くのであれば、カラカスの所属になったとしても四割の税になる方が魅力的だったと」「はい」


 税率を四割に、ってのは俺もあらかじめ話を聞いていた。


 なんで俺たちはカラカスという犯罪者の集まり——悪者なのにこんな優しい感じになっているのかと言ったら、すでにここら辺は限界まで搾り取られていたからだ。前の領主様がどうにもバカだったらしくて餓死者が出るくらいのヤバさだったらしい。


 税金と言われてわかりやすいのは収穫時にかかる税だろうが、『税』と一口に言っても他にも色々とある。人頭税や地税や相続税って感じで色々あるし、結婚時や死んだ時にも税金がかかるもんだ。場所や時代によってはもっと色々とかかる。

 金が必要になったら税を増やせば良いとか考えてたんだろうと思うが、それらが色々とひどいことになっていた。

 実際に俺も資料を見せられたが、日本で例えるなら常時所得税八十パーセントみたいなもんだ。バカじゃ無いだろうか?


 このままじゃ搾り取るにしても全然収入にならないってことで、後々厳しくするかもしれないが今は一旦緩くして栄えさせる方が良い。と言う結論になったらしい。その辺の計算とかはエドワルドが笑顔で引き受けてくれたから俺は特に関わってないけど。

 でも、住民たちとしては今までの税が一気に四割まで減るんだったら嬉しいんじゃないだろうか?


「そ、それで……その話は本当なのでしょうか?」

「ええ、税は四割で構いません」


 村長はカラカスの所属になったのに税率が上がるどころか、むしろ下がることがよほど信じられないのだろう。

 それは俺としても理解できるが、やっぱり今のままじゃ話にならないんだ。このまま税を納めてもらうのも別の何かに使うんだとしても、どっちにしてもろくな戦力になるとは思えない。

 無いよりはマシかもしれないが、それはマシってだけで意味があるとは思えない。無いやつから吸い上げて悦に浸るよりも、しっかりと管理して肥えさせたほうがこっちの利益になる。


 それに、今までは貴族の管轄下だったから、と言う理由で逆らわなかったかもしれないが、これからは犯罪者たちの下につくことになるのだ。その変化によって、今までの不満を爆発させた村人たちが反乱を起こすかもしれない。

 そんなことになるくらいならば、最初に税率を下げて優しくし、友好的に行ったほうが良いに決まってる。


 だから税金はそれで良いんだが、カラカスの支配下となったことで変わるのは何も税率だけではない。


「税以外に変わることと言えば、法ですね」

「法?」

「ええ。所属する国が変わるのですから、法も変わるのは当然でしょう? 法についてはこちらに書かれているんで見といてください」


 俺がそう言うとそばに控えていたソフィアが数枚の紙を取り出し、それを村長の前に差し出した。

 そこには俺たちが国を作る際に決めた法律が載っている。

 法律、と言ってもそれほど大したことが書かれているわけではない。


 基本的にカラカスと花園以外はそれなりにまともな法律を作って有効にするつもりだし、まともに統治するつもりだ。じゃないと、無軌道なまま進ませても国としての発展性が死ぬからな。

 だが、それは周辺にだけ適用されるもので、カラカスの街本体と花園では別のルールが存在する。

 ……いや、存在しない、って言った方が正しいのか?


 そんなおかしな言い方になったのは、カラカスには法律なんて何も適用されないからだ。

 カラカスの街ではどんな悪事も罪にはならない。どんな悪人でも、どんな狂人でも、あの街の中とその周辺の一定範囲では罪に問われることはない。


 これは国を作るにあたってどうなんだって感じもしないでもないが、あそこにいるのは犯罪者。そんな奴らがいる街なのに犯罪をとやかく言うようになっては反対されるに決まってる。


 それに、エドワルドも婆さんも認めなかった。曰く、金が稼げなくなるから、生きられなくなるから、と。


 生きられなくなる、と言った婆さんの意図はわからなかったが、確かに変な決まりを作れば金稼ぎも難しくなるかもしれないなとは思った。

 だがそれでも、エドワルドなら法を作って管理することで別の方向から金を吸い上げることはできるんじゃないか? そう思って聞いてみたのだが、それは否定された。


「確かに私は金を稼げますが、それでは他の者が稼げない。ここは身分も立場も犯罪歴も関係なく、力と才能があれば誰でも成り上がることのできる場所です。私自身そうしてきましたし、それは他の者たちも同じです。私はそれを否定するつもりはありません」


 とのことだ。つまり、金を稼げなくなる、と言うのは自分だけを指した言葉ではなく、『みんな』が金を稼ぐ機会がなくなるから、と言う意味らしい。


 そして、その言葉は婆さんの言った『生きられなくなる』と言う言葉にもつながった。

 どういう意味なのかというと、カラカスでは犯罪者が集まるが、中には今花園で雇っているような比較的罪の軽いやつもいる。

 だが、この世界は犯罪者には厳しい。たとえそれがどれほど小さな罪だとしても、罪人だとバレれば虐げられる可能性がある。それはどの世界であってもそうかもしれないが、この世界では本当に言葉通りの意味で命にかかわりかねない。


 それに、罪をなすりつけられた奴らだっている。そこにはいろんな理由があるだろうが、罪に問われたことで普通の場所では暮らせなくなった奴らが流れ着く場合だってある。そんな奴らを再び罪に問えば、そいつらは行く場所がなくなってしまう。


 だからこそ、下手に法律なんて作らない方がいい、と。

 それに、法律がなければなんの制限もないと言うことで、エドワルドが言ったように成り上がることができるってことだ。

 成り上がることができるとなれば、どんな掃き溜めで生まれたやつでも人生に希望を持って懸命に生きることができる。それこそ、路地裏で生まれたような奴も、奴隷として売られたような奴も、人生に絶望したような奴も。誰も彼もが努力次第で希望を持つことができる。

 事実、婆さんは元々娼館でちょっとしたまとめ役をやっていただけの娼婦の一人だったが、ボスの座にまで成り上がることができた。

 その人生はいろんなことがあっただろう。その言葉の重みは、俺が否定できるようなものではなかった。


 その分安全面は最悪なことになるんだが、それは仕方ない。嫌なら来るな、強くなれ、だそうだ。

 まあカラカスの街から離れれば普通に法律が有効になる普通の世界なんだから、嫌なら来なければいいし、カラカスで生まれた奴だって出ていけばいいだけだ。


 それからもう一つ、花園では問題を起こしてはいけないってこと。まあこれは当然だけどな。あの街は安全を売りにしてるんだし、王様役の俺が作った場所だ。ある意味王宮と同じと考えることもできるだろう。そんな場所で問題を起こすとか、認めるわけがない。なんかあったら法律になくても俺が潰す。


 大きな条項としてはそれくらい。あとはなんか良い感じに適当に作ってあるが、全部変えるより慣れている物を流用した方が馴染みやすいだろうってことで、基本はザヴィート王国の法律をパクってある。


「ま、待ってください。国が変わるって……あ、あの街はどこかの国に所属しているのですか!?」


 だが、そんな法律の書かれた紙を読むよりも先に、村長はそう叫びながら立ち上がった。

 どうやらカラカスが支配した、と言うのは聞いていたようだが、カラカスが国として独立した、と言うのは聞いていなかったようだ。


「所属している、というよりも、新たに国として独立した、が正しいですね」


 いや、まだ周辺に宣言はしていないから、独立する、が正しいかな? まあどっちでもいいか。


「新たに……?」

「ええ。この間の戦争で——まあカラカスの圧勝だったわけですが、その戦争で土地をもらったのでいっそのこと国を作ってしまおうということになりまして。今はまだ宣言をしていませんが、そのうち宣言をすれば晴れてあの街は国として独立することになります。それに伴って他からのやっかみやちょっかいも増えるでしょうけれど、まあそれは仕方ありませんね」

「そ、それは……」

「今更後には引けませんよ」


 国を作り、周辺からちょっかいがあると聞いて村長は及び腰になった様子をみせた。

 だが、今更逃すつもりはない。これは俺たちの話に同意するしないの話じゃあないんだよ。

 同意することはそもそもの前提として、その後について話しましょうって場だ。嫌だと言ったところでどうにもならない。もし言うようなら、首をすげ替えておしまいだ。


 もしかしたら、この村長はカラカスに支配されたとしても、もしものことがあったら自分たちは言うことを聞かされていただけでした、と言い張るつもりだったのかもしれないが、国として参加する以上はそんな言い訳は通用しない。

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