第266話村長宅前でのグダグダ

 

「まあ、まともなの連れてきたんでおそらくは。ここに滞在中に挨拶でもして多少なりとも接触してみて『あれ、思ったよりも話せる奴らじゃん』と少しでも思ってもらえればラッキーって感じでさ」

「思ってもらえると思うか?」

「さて、そのへんはなんとも言えやせんね。ただ、やらないよりは何かしらの反応があるんでマシ、くらいにはなると思いやすぜ」

「ま、やってみて考えるしかないってことか」


 いかんせん『カラカス』という場所についての前評判が悪すぎる。事実ではあるんだが、こうしていざ交流を持ちましょうって時には厄介なことこの上ない。

 それでも自領として扱う以上はどうしたって関わらざるを得ないんだから上手く取り持つしかないんだけどさ。


「とりあえず村長の家に行っとけばいいよな?」

「あ、とりあえず俺はバカどものまとめ役と万が一の補佐で来てるんで、基本的な方針はそっちで決めて動いてくだせえ」

「補佐ね……。まあわかった」


 そう言ったエミールと別れ、俺はいつものメンバーに加えて数名の護衛たちとともになんか話が通じそうな村長の家を目指すことにした。実際に話が通じるかは知らんけど。


「じゃあこういうときは……どうすればいいと思う?」

「堂々と呼び出せばいいんじゃないの? わたしが来てやったんだからさっさと出てこい、って」

「そんなんで友好的になれると思うなよ?」


 リリア、このアホめ。こいつは話を聞いてなかったのか? そんな上から目線で命令したら、仲良くなれるわけないだろうが。


「フローラが挨拶するー!」

「それはまた今度な」


 フローラが挨拶しに行けば警戒はされづらいかもしれないけど、相手からしてみればわけわからないだろうな。

 話もまともに進むかどうか怪しいし、フローラに話をさせるにしてもまずは別のやつがある程度話を通してからだな。


「一般的な貴族としては前ぶれとして兵や手紙を出し、到着したらまずは配下のものが尋ねるか相手から迎えを出すかのどちらかなのですが……」

「素直に出てくるか? 恐慌状態になって暴れる可能性もあるんじゃねえの?」


 一応前もって手紙は出してあるし、使者も送って事情の説明と俺たちの来訪は伝えてあるんだが、だとしてもカラカスの住民を相手にしたいかと言われると、したくないだろうな。

 そんな状態のところにカラカスの住民が向かっていったら、場合によっては錯乱して破れかぶれに暴れ出す可能性は否定しきれない。


 日本で言うなら、家に連続殺人犯がやってきてドアを叩いて「危なくないから出てこい」って呼ぶようなもんだぞ。しかも田舎だから警察は期待できない。

 おとなしく出て行っても殺されるかもしれず、家に篭っていても状況がよくなる希望はない。もしかしたらこのままドアを破って入ってくるかもしれないとさえ思える。

 そんな状況で、今まで平和に暮らしていた者が落ち着いて対応できるか、と言われると自信を持って頷くことはできない。

 カイルの言ったように、暴れる可能性は十分すぎるほどあるだろう。


「……ですね。でしたらヴェスナー様本人が向かわれればよろしいのではないでしょうか? 貴族の常識からは多少外れますが、ここは辺境の村ですのでそんなマナーやルールなど知らないでしょうし、今の怯えている状況で他の誰かが行くよりはヴェスナー様やベル、もしくは私が行った方が警戒心は薄れるでしょう。そしてヴェスナー様本人が向かえば、威圧感——いわゆる『偉そうな感じ』というものは感じづらくなるのではないかと」

「偉そうな感じねぇ……。まあ部下に行かせるよりは本人が行ったほうが印象はいいよな」


 それに、俺みたいに見た目も声も普通の青年っぽい感じのやつがいけば、多少は話を聞いてもらえる確率が上がると思う。チンピラみたいなのがいくよりマシだろう。


「ただ、優しくしすぎるというのもいけません。カラカスから使者がやってくるという話を聞いて、今この村の者たちは恐れていることでしょう。『どんな奴が来るんだ』と。そこでヴェスナー様のような見た目が恐ろしくないものが来たとなれば、それは相手の気の緩みとなり、ともすれば増長を誘います。そうなってしまえば舐められる可能性がありますので、その辺の対応は考えなければなりません」

「まあ平凡な見た目だしな。わかった。基本スタンスとしては優しくて構わないが、必要とあらば力技をためらわなければいいってことだな」

「はい、まあ言ってしまえばいつものこと、とも言えますね」


 いつものこと、と言われると俺が乱暴者みたいでちょっと不満があるが、まあ方針としては理解した。大丈夫だ。俺ならできる!


 と言うわけで、俺たちは村長宅へと向かい、そんなふうに声をかけることにした。

 その際、護衛たちは少し離れたところで待機だ。怖からな。近くにいられたら俺が声をかける意味がなくなる。


「さて、それじゃあ声をかけるか」


 そう口にしてからノックをしようと手を持ち上げたのだが、そこで動きは止まった。

 これからの俺の行動で今後の動き方に影響があるとなると、多少なりとも緊張する。

 影響があるって言っても、それは後でどうとでもできるような小さなものだが、それでも影響があるという事実そのものは変わりないのだ。


 これは俺の初めてのまともな仕事とも言えるわけだし、この最初の話し合いは失敗するわけには行かない。

 そう考えて一度深呼吸をして気持ちを落ち着けた。


「こんにちはー。カラカスからきましたー!」

「きましたー!」


 のだが、なぜか俺が声をかけるよりも前にリリアとフローラが元気いっぱいに玄関をノックしながら叫んだ。

 お前ら、仲がいいのはいいけど、時と場合を選んでくんねえかなあ?


「……お前ら、なんで勝手に声をかけたとか言いたいことはあるんだが……流石にそれはないんじゃないか?」


 このアホがその辺何を思ったのか知らないが、頭くるくるぱーなリリアのことだ。多分特に何も考えてなかったと思う。なんか声かけられそうだったからかけたとか、俺がノックするのを戸惑ったせいで声をかけるのを譲られたとか、そんな感じのことを思ったんじゃないだろうか?


「え? でも挨拶って大事よね? ちゃんと話せば警戒なんて消えるわよ!」

「警戒と一緒に威厳も消えちゃいますね」


 リリアの言葉にベルが苦笑しているが、威厳が消えるどころの話じゃねえと思うんだが?


「威厳なんて、会ってから理解してもらえればいいのよ。まずは会って話を聞いてもらわないと始まらないんだから。それをわたしは街で仲間を集めてるときに知ったわ!」


 街で仲間って……そりゃあいつもの『悪の手下』集めか? 確かに最初にあった時、こいつの演説っぽい何かはみんなに無視されてたな。


 あれは内容も酷かったが、場所や状況が悪かったってのもある。他の街やタイミング次第では話を聞いてもらえた可能性は全くないわけではない。

 話は聞いてもらえなければ意味がない、か。まあ確かにその考え自体は間違ってないんだろうな。どれだけ崇高な願いを持っていたとしても、聞いてもらえなければ理解もクソもない。いやまあ、こいつの目的は崇高でもなんでもないけど。


 でも、理屈だけで言ったらこいつの言葉も一理あるな。


「まあ、それは間違いではないかもしれませんが……」


 だが、一理あるのかもしれないが、最初の予定と大幅にずれたし、何かが決定的に間違ってる気がする。

 ソフィアもどうするべきか迷っているようで、眉を顰めてしまっている。


「こんにちはー。カラカスからきましたー」


 しかし、そんな俺たちの悩みを無視してリリアは再びバカみたいに明るい声でドアの向こうに呼びかけた。

 だが出てこない。まあ、当然だろうな。だって何が起こってるかわけわからないもん。俺だったら外の様子を確認はしても、素直に出ていくようなことはしない。


 ……いや、こいつはそれを狙ってるのか? こんな馬鹿みたいに騒げば、流石におかしいと思って家の中のやつも外の状態を確認したくなるだろう。そこで俺たちの姿を見てもらえれば、多少なりとも話を聞く気が起こるかもしれない。


 ……ないな。うん、ない。

 起こる現象としては、ありえるだろう。この声を聞いて住人が俺たちのことを確認しようとするかもしれない。

 だが、こいつがそんなことを考えるわけがない。


 と、リリアの行動理由について考えるのをやめたところでリリアは何かを考え込むかのように口元に手を当てて首を傾げ出した。なんだ? 何を考え始めたんだ?


 しかし考えても答えは出なかったのか、リリアは口元に手を当てたままのポーズでこちらに振り返ってきた。そして……


「……ってゆーか、威厳ってどうしたら出るものなわけ?」


 こいつ、そんなことを考えてたのかよ。

 なんというか、完全に場違いってわけでもないが、今話すことでも考えることでもない。

 タイミングを逃しすぎているその言葉には呆れるしかない。


「……知らん。なんか適当にお前が見た偉そうな奴らを参考にすればいいんじゃないか?」

「偉そうなやつを参考に? ……うん、よし! わかったわ!」


 俺の方をじっと見た後に元気に頷いたリリアは、再びドアの方へと向き直った。

 そんなにすぐに偉そうな奴が思い浮かんだんだろうか? こいつの知ってる奴なら俺も知ってるだろうが、誰だろう?


「ドアを開けてくれないと蹴破るわよー!」

「よー! ……フローラが壊していいー?」

「それはちょっと待って。やるならもっとかっこよくやるから!」


 さっきと変わってないんだが、これが威厳あるやつの真似か?

 フローラは仕方ないにしても、リリアはたださっきよりも頭おかしくなった感じがする。


「……威厳はねえけど、頭のおかしい感じはあるな」

「そう?」

「笑顔のまま子供づれでドアを蹴破るなんていう奴がおかしくないとでもいうのか?」

「んー。でも、そういう人もいるでしょ」

「いねえよ」


 どこの世の中に子連れでドアを蹴破って話し合いにくる奴がいるんだよ。

 百歩譲って子供連れってのはいい。だが、ドアを蹴破ってくるやつと話し合いなんて成立するわけないだろ。


「ん」


 だが、そんな呆れる俺に向かって、リリアはなぜか自信満々に指を突きつけてきた。なんだ?


「あ? ……なんだその指は。俺のことを指してんのか?」

「うん。だってあんた、頭おかしいでしょ?」

「……ほほう? どの口がそんなことを言うんだ?」


 こいつは、俺に喧嘩売ってるんだろうか? 今なら俺はこいつに一発叩き込んでも悪くないと思う。いややらないけどさ。こんなグダグダだけど一応はこの村のトップと話し合いにきたわけだし。いやまあ、なんかもうグダグダすぎて何やりにきたっけって感じがしないでもないんだけどさ。


「だ、だって普通なら種を使って戦おうとはしないでしょ! わたしだってそれがおかしいことくらいわかるんだからね!」

「うぐ……」


 痛いところを突かれた。確かに、『農家』が戦うってだけでもアレなのに、植物の種を弾丸のように打ち出して使うとか、誰も考えない。

 それを考えれば頭おかしいって言われても仕方ない気もするんだが、こいつに言われるのはなんか癪だ。お前も頭おかしい枠だろうが。


「お」


 なんて思っていると、ギッ……、という小さく控えめな音とが鳴り、それに反応したカイルが声を上げた。


 そちらを見ると、どうやら玄関のドアが空いたようで中から五十歳くらいで腰が引けた様子の男性が姿を見せていた。

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