第265話村巡り開始

 2日後。俺たちは準備を整えて馬車に乗っていた。


「それじゃあ出発だ」


 俺がそう言うと、いくつかの馬車が列をなして進み出した。


 昨日のうちにフローラにはいくつかトレントの種を作ってもらったし、あとはこれを預けて育てて貰えば村の守りとしては十分だろ。


「街の外は行ったことあるけど、こうして離れてみることはなかったよな」

「そうだね。エルフの森とか隣の街とかはいったことあるけど、こうして外を旅することなんてなかったね」

「フローラも楽しみー」


 カイルとベルの会話に肉体を得たフローラが同意するが、言われてみればそうか。こいつらは旅らしい旅をしたことがないのか。


「ふふん! あんたたち、なってないわね〜! わたしなんかもうとっくに旅に出て貴重な体験を積んだんだからね!」

「そうだな。お前みたいに奴隷にされるなんて貴重な体験は俺もしたことがねえよ」


 威張ってるけどリリア、お前勝手に俺たちについて来ようとしてミスって捕まったじゃん。

『貴重な体験』に間違いではないけど、それを経験したいかっていうとしたくないぞ。万が一俺がこいつを見つけなかったら普通に奴隷になってただろうし。


「けど、お前らはそういやそうか。まあ旅って言っても二週間程度だし、村なんて回ってもそう面白いもんがあるわけでもないけどな。ってかフローラは行ったことはなくても知ってはいるんじゃないのか?」


 今回は旅といっても、ちょこっと周囲の村を回るだけだ。大したことはしないから、そう楽しいもんでもないだろう。


 しかし、そんな俺の言葉にカイルは首を振った。


「ヴェスナー。そりゃあ回ったことのあるやつの言葉だろ。俺たちはそもそも村ってもんを見たことがないんだし、どんだけつまんねえって言われても少しは楽しみって奴らあるさ」

「フローラも知ってるだけー」

「そんなもんか。まあ俺も最初はそんなんだったっけ」

「……本当はお前と一緒に旅に出られりゃあよかったんだけどな」


 それを言われると自分の不手際というか至らなさを責められているようで、ちょっと心の刺さる。

 だがこいつにそんな意図はないだろうな。むしろ、こいつの場合は自分自身のことを責めてるんじゃないかと思う。あの程度に対処できなくてどうする、って。


「それは……仕方なかっただろ、あれは。護衛としての仕事を果たした結果なんだからさ」

「まあな。でも、今思い出してもムカつくぜあいつら」

「それだってもう潰れたんだから気にすんなよ」


 確かに俺だって中央の奴らは頭に来たし、あんなのに情けをかけたせいで仲間が傷ついたことで自分を恨んだ。だからこそわざわざ自分の尻を拭うために、ついでに怒りを発散させるために俺みずから出張って行ったんだ。

 今はもう中央なんて区分もないし、そこを収めるボスもいない。ついでにボスの住居だった館もない。

 だから今更あんな奴らのことなんて考えなくてもいい。というか、そんなことを考えるだけ時間の無駄だ。


「あれな〜。お前が潰しに行ったって聞いた時は恨んだぜ」


 しかし、そんな俺の言葉に対してカイルは不満そうな顔つきでそう言うと、ため息をこぼした。


「恨んだって、俺をか?」

「ああ。俺があいつらにリベンジする機会がなくなっちまったじゃねえかってな」

「ああ……まああの時は俺も結構頭に来てたからな。後先考えずに突っ走った感はある。若気の至りってやつだよ」

「今も若いだろ」


 そんなことを言って笑いあうが、精神年齢……は、あんまり変わってない気がするから、魂の年齢? 的な者であれば俺はカイルよりも二十年近く年上だ。


「まあまあ、わたしに比べればみんな若いんだから」


 確かに、こいつは百歳近くあった気がするから、生きた年数だけで言えば俺の前世を足してもこいつの方が上だ。


「中身が伴ってなきゃ意味ねえだろ」


 だが、それは長く生きてきたってだけの話だ。年齢に相応しい知識や経験、貫禄がなければそれは無駄に時間を浪費してきたってだけだ。


「そうね。わたしみたいに立派な淑女としての中身がないと歳を重ねても意味ないもんね!」


 しかし、そんな俺の言葉が自分に向けられたとは思っていないのか、リリアはうんうんと頷きながら答えた。こいつ、よくこの流れで気づかないよな。ある意味すげえよ。


「……お前にそんなご立派な中身があるのかよ」

「え? あるでしょ?」


 ねえよ。

 ……と、言いたいところだけど、実際に立派に活躍する時があるだけに全く中身が詰まってないとも言えない。


 しかし、こいつに何かを言っても意味がないのは今更のことだ。ここで無駄に何か言っても俺が疲れるだけだ。そう考えて俺はため息を吐いた。




「村に着いたな」


 それからしばらく馬車に揺られていると、目的としていた村にたどり着いた。実際にはまだついたってわけでもないんだが、まあ窓からその様子を見ることはできた。

 だが……


「なんか、陰鬱っていえばいいのか? 暗い感じがするな」


 そう。カイルの言ったように、馬車を降りてみると村全体の雰囲気が落ち込んでいるように感じられた。

 こんな雰囲気は以前にも感じたことがあるが、その時と似ている。なんか盗賊が近くに出現したような、そんな感じだ。


「なになに? なんかあんの?」

「みんな家元気がないー?」

「だよな。それともこれが普通なのか?」


 フローラの言葉を聞いて頷いたカイルがこっちを向いて問いかけてくるが、俺が知っているものとは違うので普通ではないと思う。


「いやそんなことはないと思うが……」

「状況から考えれば普通って言ってもいいのではないでしょうか?」

「ソフィア? 状況って、この村なんか異常でもあるのか?」

「ここは元々は余所の領地でした。それがカラカス——犯罪者の街を治めてる者の支配下になってこれまで通りってわけにはいきません」


 あー、うん。なるほど。さっき盗賊が近くに現れた村と似ているって感じたが、この場合の盗賊は俺たちか。


 確かに今までは普通の……多少圧政はあっても普通に生きていくことができた場所だったってのに、突然ここは犯罪者の街に支配されました、なんて言われても喜べるわけがないし、それまでと変わらずに普通に生活することができるわけもないか。


「あー、そういえばそうか。あそこで暮らしてるからすっかり感覚がずれてたな」

「一応ここは元々重税で苦しんでいる村でしたし、場所柄カラカスとも関わりがあるのでそれほどではないでしょうけれど、それでも不安や不満というものはあるでしょう」


 主要な街道から外れているだけあって今までこの辺を襲ったって話は聞いてないし、それまでの生活も酷かったっぽいからあまり騒いでいないのかもしれない。

 だが、全くの影響がないわけでもないし、多少の変化はどうしたって出てくるもんだろうな。

 それに、こうして俺たちみたいなカラカスからの集団がくれば嫌でも雰囲気は悪くなるか。


「そういったあれこれを解決するのも今回の目的の一つだな。まあ、解決とまではいかないだろうけど、最低限言うことを聞かせられればそれでいい感じだな」


 すぐに俺たちに従順になれってのは無理だろうけど、普通に話を通すことができるようになればそれでひとまずは十分だろう。

 最低でも怯えて逃げ出すようなことがなければそれでいいと思う。カラカスの支配下になったってのにこんなところにいられるか! 俺はこの村を出ていくぞ! なんて村人たちが逃げ出さなければどうとでもなるんだから。




「見事なまでにみんな逃げてくんだな……」


 だが、俺たちが実際に村の中に入っていくと、俺たちの姿を見た村人たちはそれが遠目であったとしてもすぐに蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出していった。


「なんでー?」

「そりゃあこんだけ人を連れてればそうなるだろ。こうなるのはわかってただろうに、なんだってこんなに連れてきたんだ?」


 俺たちの周囲には、俺の従者たちいつものメンバー以外にも、親父の部下が何十人と集まっている。しかも、その全員が武装をしているし、今のこの村の状況を理解しているのであれば、まああの反応も当然だろう。

 逃げるって言ってもどこにってなるし、家に隠れるって言っても意味ないような気もするが、気持ち的には理解できる。

 一応今回は比較的にまともな見た目をした奴らを連れてきたんだが、それでもカラカスの住民ってだけで恐れられるよな。


「流石に二週間も遠出をするのに私たちだけというわけには参りません」


 でも、見た目を気にしたのは褒めてやってもいいけど、なら数も気にして欲しかった。なんだってこんなに何十人も引き連れて行動しなくちゃならないんだよ。


「っていっても、前回の旅は俺たち二人だけだったじゃん」

「あれは個人的なものでしたから。ですが、今回は街——いえ、国としてのものです。少人数での視察というのは格好がつきません」

「そんなもんかねぇ」


 いやまあ、俺だってお飾りとはいえ立場上は王様になったわけだし、こうして引き連れて行動するのが普通なのかもしれない、ってのは理解できる。

 でも、正直必要ないと思う。


「そんなものです。見た目でわかる凄さというのは、存外バカにできないものですよ。それに、少しでもいい印象を植え付けられるように、人選はマシな人を選んだと聞いていますよ」

「そうでさあ。ボスや坊ちゃんだけじゃなくて、俺たちも仕事をしねえとですからね」

「エミールか。まあわかってるんだけどさ。やっぱこうもあからさまに避けられるのを見ると、もっと少なくても良かったんじゃねえかとは思うんだよ」


 ソフィアと無駄にしか思えない同行者たちについて話していると、親父の部下であるエミールが姿を見せた。


「ま、最初は仕方ねえでしょうね。今後も似たようなもんでしょうから、なれるしかねえですぜ。それに、人では必要でしょう?」

「まあやること考えれば人はいたほうがいいな。……でも、大丈夫か?」


 そう言いながら周囲に視線を巡らせるが、俺からしてみれば普通の奴らも、こんな村の者たちからしてみれば野蛮人にしか見えないんだろうな。

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