第264話トレントの種
「それよりも! 実際問題としてトレントの件はどうすんだよ。フローラのことはすげーけど、栽培できないとなると問題じゃないか?」
妹に追い詰められたカイルは逃げるためにそう叫んだが、言っていることは間違いではない。
「まあ、それは確かにな。トレントの素材が欲しいから育てるってわけだったし、できることなら国境や街の周りに使えたらとも思ってたんだよな」
「国境や街の周り? トレントをですか?」
ソフィアがそう問いかけてきたが、問いかけながらも自身のエプロンをフローラにかけた。
そういや、まだ裸だったな。慣れすぎてなんか自然と受け入れてたわ。
でも、ソフィアからエプロンをもらったって言っても、それだけで隠しきれているわけではない。今のフローラは裸エプロン状態だ。そんな格好を見られ、俺がそうさせていると思われたら嫌なので上着を脱いでソフィアに渡してやれば、ソフィアはそれを受け取ってフローラに着せてくれた。
「ああ。フローラがいるから一応世界中の植物から情報を集められるし、それが元々意思のある存在ならよりはっきり情報を集めることができる。それに、侵入しようと考えたやつがいた場合、トレントの森があったとしたら入りたいと思うか?」
この街、あるいはこれから国になるカラカスの領地に入ろうとする奴はかなりいることだろう。
それらを防ぐためには国境に警備をおかないとだが、そんなことをまともにやってくれる人材は少ない。いないこともないし、ただの戦力ってだけならこの街にいっぱいいるだろうけど、国境の警備となると話が変わる。
だが、俺がトレントをばら撒いて国境線を作れば、それだけで警備はおしまいだ。あとはトレントたちが報告してくれる。
まあ今でも植物なんてそこらへんにあるが、そこらに生えている雑草たちだとこっちが聞かない限り教えてくれない。
だが、それがトレントになると監視だけではなく警備までしてくれるのだ。
森だと思って入り込んだ者たちがいたとして、油断しきってるところに突如トレントの襲撃。それまではただの森だったのに意思を持って襲ってくる危険地帯に早変わりだ。
その噂が広まれば誰も入ってこないだろうが、それならそれで国境の守りとしての役割は十分に果たせる。
「ないですね。通常のトレントは森の中に一体だけだから倒せる魔物です。それが集まっているとなると、厄介では済まないでしょう」
「後は領土内の村にトレントを配置しておけばすぐに異変がわかるし、なんかあった場合の守り神的な存在になってくれるだろうなって思ってたんだ」
普通の植物たちはこっちから聞かないと教えてくれないが、トレントはスキルを使わなくても感じ取れるくらい明確な意思を持ってるっぽいから自分から報告してもらうことができるかもしれない。
それに、村に植えておけばちょっとした外敵くらいなら倒してくれるだろう。金はかからないし手間もかからない。ただちょっと手入れしてやる必要はあるかもしれないけど、人を雇うよりは安上がりだし裏切る心配もないし、良い護衛だと思う。
「エルフにとっての聖樹のようなものですか。ですが、確かに人に協力的なトレントが生まれた場合、それを配置されていれば安全性は格段に上がりますね」
「ですが、すでにトレントはフローラになってしまいましたし、種の確保はそう簡単ではありません」
そうなんだよなぁ。フローラが自由に動くことのできる体を手に入れたってのは良いことだとは思うが、トレントの種はもうなくなってしまった。育てるには当たり前だが種が必要なんだが、どうやって手に入れよう?
……どうでもいいけどトレントがフローラになったってよく聞くとすごい言葉だよな。
「トレントの種なんて、フローラができるんじゃないの?」
だがそこで、リリアが話には入れなかったからかつまらなそうにしながらだったが、そう口にした。
「え?」
「できるよー」
「できるって、種がか?」
「たねがー」
リリアの言葉に乗っかるように「できる」と言ったフローラだが、改めて聞き返してみても種を作ることができるのだとフローラは頷いた。
それができるなら大助かりなんだけど、本当にできるのか? 今の人の形をした姿を見るとどうにも信じきれないんだよな。見た目はまるっきり人間と同じだし。
「フローラをおっきくしてー」
「……また生長を使うのか? お前に?」
「そうー」
人の形である状態のフローラに《生長》を使うのはなんだかすごい違和感があるが、元がトレントなんだからまあそんなもんなんだろうと言い聞かせて、フローラの手を取ってスキルを使う。
するとフローラの髪が伸びていき、かと思ったら途中からは徐々に縮んでいった……いや、丸まっていった?
「もーいいよー!」
と言われたので俺はスキルを止めて手を離した。
「えいっ!」
すると、丸まって小さな塊になった髪がぷつりと切れて、塊は地面に落ちた。
「果実?」
だが、先ほどまでは髪だった塊が、どういうわけか果物に変化していた。
まあ今のフローラの全身は植物なので、生長を促進させるスキルを使えば果実を作ることができてもおかしくないんだけど……なんかすごい不思議な光景を見たような気がする。
「あげるー」
「……食えるのか?」
「うんー」
見た目としてはリンゴのようだが、色合いとしては赤ではなくオレンジだ。
とりあえず割ってみようと思ってナイフを入れてみたのだがそれは途中で止まってしまった。
「種があるな」
桃や梅のように果実の中心に種があるんだろう。くるりと果実を回しながら切ってみると、やっぱり中には大きめの種が一つだけ入っていた。エドワルドから受け取った種と同じような形だが、これはトレントの種なんだろうか?
「でもこれは本当にトレントのものなのか? 普通に果物の種って可能性があるんじゃないか?」
トレントの種はかなり低確率でしか採れないって聞いている。それがこんな簡単に撮れるものなんだろうか?
「だいじょぶでしょ。トレントの種っていうのはね、魔力の塊なのよ。元々植物がたくさんの魔力を得たことで魔物化したのがトレントなんだけど、でもそれって元々が植物なだけに不自然な状態なのよね。だからたまに歪に魔力が溜まっちゃうことがあるの。で、それをそのまま放置しておくと自分が傷ついちゃうから、異常に発生した魔力を一箇所に集めて切り捨てるのよ。そっから育ったのがトレントになるの。トレントの種っていうのは、そんなトレントに発生した魔力を押し込められた種のことってわけね」
なるほどな。異常に発生した魔力が原因でトレントの種ができるんだったら、意図的に以上に魔力を注ぎ込んでやれば好きなタイミングでトレントの種を作ることができるってわけか。
そして俺の生長スキルならそれができると。
……うん、なるほどな。トレントの種って、いくらで売れるんだろう?
まあ、売るのは冗談にしても、トレントのタネをいつでも好きに手に入れる算段がついたってのはでかいな。
それも俺たちだけではわからなかっただろうから、植物に詳しかったリリアのおかげなんだが……
「……なあリリア」
「なあに?」
「……お前、実はすごいやつだったのか?」
「実はってなにっ!? いつもすごいでしょ!?」
「植物関係だけは強いよなあ」
「だけっ!? この間だって頑張ったじゃない!」
確かに戦争の時にも頑張ってたけど、俺の中ではこいつはダメダメな存在なんだよな。手のかかる妹……よりもひどいな。やっぱりペット枠だな。猫の真似とかしたら一緒に真似してくれるんじゃないだろうか?
「……」
「ん? どったの?」
無言のまま自分の頃を見ている俺を不思議に思ったんだろう。リリアは首を傾げて問いかけてきた。
そんなリリアに対して俺は……
「……にゃーにゃー」
そんなふうに猫の鳴き真似をした。
「え? なになに? 急になんなの? 頭がおかしくなっちゃった?」
おかしくなってないし、おかしくなってもお前よりはマシだよ。多分。
俺としても恥ずかしいが、こんなことをしているのはちょっと試したいことがあるからだ。
「にゃーにゃー」
「にゃ、にゃーにゃー?」
訝しげにこっちを見てきたリリアの視線に負けずに猫の鳴き真似を続けていると、俺の行動に気圧されたのかリリアも泣き真似を始めた。そうだ、それでいい。
「にゃーにゃー」
「にゃーにゃー!」
そして、一度真似をすれば楽しくなったのか、一度目よりもテンション高めに真似をし始めた。
「にゃんにゃん♪」
それから何度か鳴き真似を続け、ついには手を振り上げたりして踊りながら一人で叫び始めた。
「にゃー」
そんなリリアを見て、俺は《保存》の中に入っていた大きめな種を取り出すと、それをリリアの前に突き出し、再び猫の鳴き真似をしながらリリアにもわかるように軽く放り投げてやった。
「にゃっ! にゃにゃーっ!」
追っていった。
「……」
放り投げられ、転がった種に飛びついたリリアだが、そのまま種と一緒に転がっていった。
あいつ、ペット枠で間違いなかったな。
「……さて、ならば種はフローラに作って貰えば解決ですね」
「そうだな」
そんなリリアを無視して話を再開することにした。
……ん? ……そういえば、さっきは「種が欲しい」とか言ったことでカイルが批難されていたが、あの騒ぎは一体なんだったんだろう? ……まあ、いいか。
「まあこれで一応トレントを枯らすかもしれないって心配は無くなったわけだし、心置きなく育てることができるな」
「そうですね。ですが、その前にまずは周辺の村の視察をする必要がありますね」
「ああ、そうだった。なんかフローラのことが衝撃的ですっかり抜け落ちてたわ」
まさかトレントがあんな風に形を変えるとは思わなかったし、それがフローラの肉体になるとも思ってなかった。まあ結果としては大満足なものだから問題ない。
「出発はいつにされますか?」
「あー、早い方がいいし、明日……は早すぎか。明後日はどうだ?」
「かしこまりました。ではそのように準備いたします」
そうして俺たちは新たに領地としてぶん奪った村々を回ることになった。
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