第263話フローラの器

 


「なんっ……だ、これ?」


 その人の形になったトレントの樹は、喜んでいるのか両手を振って体全体で喜びを表している感じがするが、なんだこれ。状況的に考えると、あれはフローラなのか?


 俺のスキルで形が変わった?

 ああいや、俺のスキルじゃないか。俺にはあんなことはできない。今のはフローラが手を加えたから木の形が変わったんだ。

 ……でも、俺にスキルを使って、って頼んで形を変えたってことは形を変えるには俺の力が必要だった?


 俺には植物を生長させることはできても、その形を変えることはできない。でも、そう思ってるだけでできるのか?

 自分の意のままに生長させて、好きなように木を作る……いや、違う。意のままにっていうんだったら、もっと違うことが……ああそうだ。生長させるよりももっと前、或いは生長させたもっと後。植物そのものじゃなくて、その種の在り方まで変えることはできないだろうか?

 言うなれば、品種改良だ。


 俺は『農家』だが、普通の農家だって既存のものを改良して新種を作る人だっている。

 神のかけらなんて大層なものを体に宿してその力を使ってるんだったら、品種改良くらいできるんじゃないか?


 なんて、そんなことを思いついてしまった。


 ——ただ、そう思いついても今はどうすればいいのか全くわからない。

 種そのものをスキルでどうにかすればいいのか、植物を育てて何世代もかけて改良するのか、何もわからない。

 そもそも俺のそんな考えがあっているのかすら怪しい。


「トレントの種だったんですよね?」

「——っ! あ、ああ。そう言われたけど……これトレントか?」


 考え事をしているところに突然話しかけられたことで、俺は一瞬反応するのが遅れてしまった。

 思いついたことについては後で考えたほうがいいだろう。だが、それは今じゃない。今はとりあえず目の前のことについて話をしたほうがいいだろう。


 そう考えてベルの問いに答えてから一緒になって首を傾げていたのだが、そんな俺たちを見かねたのかリリアが呆れたように口を挟んできた。


「何言ってんのよ。これはトレントじゃなくてドライアド。そんな違いもわかんないの?」


 知っていて当然、とばかりにリリアは言ってきたが、いや、そんなの知らないし。

 一応ドライアドの名前は聞いたことがあるが、トレント自体が珍しいのにそれ以上に珍しいものを見ただけでわかるわけないだろ。


「ドライアドって精霊と植物の混じったものですよね?」

「確かそんなんだったはずだが……どう言うことだ? フローラは聖樹が本体のはずだろ?」


 フローラは精霊ではあるが、あくまでも聖樹の精霊だ。肉体がないそこら辺をふらついている……言うなれば野良精霊とは別物だろ。


「これで移動できるー!」


 移動? ……あー、なんとなくは理解できたな。

 正直なんの説明にもなってない気のするフローラの言葉だが、おおよそのところは理解できた。多分。


「それは器か」

「そうー」

「器、ですか?」


 俺は日本での記憶かがあるからかこういった不思議現象にも理解があるしそれなりに予想もつくが、ソフィアたちは全く理解ができないようで目を白黒させて元トレントのフローラのことを見ている。


 そんなソフィアたちに対して、リリアが自信満々に説明し始めた。


「元々トレントと聖樹って似たようなものなのよね。似てるって言っても、圧倒的に格は違うんだけど、意思を宿して力を持っている植物って点では同じなわけ。で、フローラは聖樹の精霊って言っても、今の状態だとその欠片程度でしかないから、そこらへんにいる子達と同じくらいの存在なのよ」

「意思を持って動くトレントと、その辺の精霊と同程度の力しか持っていないフローラとが合わされば、ドライアドに進化する、ってか」

「そうそう」


 リリアはみんなが知らないことを説明することができたからか、楽しそうにしながら腰に手を当てて胸を張っている。

 なんか調子に乗ってる気がするし、こいつが調子に乗ってる姿を見ると止めてやりたくなるが、役に立ったのは事実だし、まあいいか。


「……ってまった。これっていいのか? 元々トレントを育てるためにもらった種なんだろ? フローラが乗り移った? として、栽培はどうなるんだ? フローラは種を出せんのか?」


 あ、言われてみてば確かにそう——


「えっちー!」

「は? えっち?」


 カイルの言葉に同意しかけたところで、なぜか突然フローラが訳のわからないことを叫び出し、その言葉にカイルがわけがわからなそうに問い返した。


 しかし、なんでフローラがそんなことを行ったのか分からないのは俺も同じだ。

 さてなんでだ、と思って先程の会話を思い出しながらフローラの姿を見てみる。

 確かに今のフローラの姿は人間の姿を得たことで裸の少女と変わらないから、それが「えっち」という言葉に繋がったのだとしたら理解できる。だが、今までも肉体を持っていなかっただけで、裸の少女の姿ってのは変わらなかったし、その姿で俺たちの前にも姿を表していた。それを考えると、自身の裸を見たから言ったってわけでもないだろう。

 っつーかそもそも、フローラの意識としては植物なんだ。そんなフローラに裸だから恥ずかしいって感情があるもんか?


「あっ!」

「あ?」


 なんて考えていると、ソフィアが普段になく大きな声を漏らした。なんだろう?


「えー、まあフローラも女性……に分類していいのかわかりませんが、少なくとも見た目は女性なわけですし、種を出せというのは、その……そういうことではないでしょうか?」


 ……あー。うん。まあ、そうなる、のか?


「カイル、お前……」

「あまりそう言う発言はしないでいただきたいのですが……。あなたのことは構いませんが主人であるヴェスナー様の品性も疑われますので。それから妹である私も」

「いや待てよ! 今の俺悪いか!? んなのわかんねえだろ!?」


 俺とベルの言葉にカイルは慌てた様子で反論し、そんな慌てることになったそもそもの原因であるフローラへと視線を向けるが……


「えっちー!」

「ダメだってよ」


 まあ、楽しげにしていることから本気ではないんだろうけど。


「え? えっと、どういうこと? なんでカイル怒ったの?」


 性知識というものがないリリアは一連の話の流れについていけなかったようで首を傾げているが、フローラでもわかることがわからないって、お前大丈夫か?


 説明するのも嫌だから説明しないけどさ。

 んでまあそんな話は置いておいて……


「まあカイルがえっちなのはいいとして——」

「よくねえよ!」

「いいとして、その姿はなんか問題あったりしないのか?」

「んー? ないー!」

「聖樹本体の方はどうなっているのでしょうか? もう戻れない、なんてことはないのですか?」

「へーきー!」


 カイルの叫びを無視してフローラに問いかけてみるが、フローラから返ってくるのはいつものように元気で暢気な声だった。

 そしてそんな声と共にフローラは人型の器になった樹から抜け出し、いつものように半透明な姿でぷかぷかと宙に浮いた。


「っと。これはこのままなのか」


 フローラが抜けたことでただの木……というか木製の置物? に変わったのか、元トレントでフローラの体になっていった人形は地面へと倒れていったが、それをカイルが抱きとめた。


「……カイル。あまりジロジロ見ないでくださいね」


 だが、そんなカイルに対して妹のベルはなんだか冷たい視線を向けて言い放った。


「見てねえよ!」

「そんなだから変態と呼ばれるのですよ」

「だから見てねえって! ってか呼ばれてもいねえよ! 第一俺はこんなの見なくてももう娼館に行って——はっ!」


 娼館に行く。それは男であれば別におかしなことではないし、この世界なら十五を過ぎていれば問題なく入ることができ、十五になってなくてもこの街なら問題ない。

 だからカイルの言葉はそれほどおかしなことではなく、途中で止めるようなものではないんだろうが、それは言う相手次第というものだ。

 行為としては問題なくても、それを許容できるかは別だし、そもそもとしてそんな話を妹にするものでもない。


「……カイル」


 そんなわけで、カイルが娼館通いを暴露したことで、ベルがジリジリと距離を取っていくことになった。


「いや待ってくれよ! そんなにか!? そんなに引くほどじゃないだろ!? 男なら誰だっていってるって」

「……本当でしょうか?」

「いや、俺行ったことないけど?」


 旅の途中はソフィアがそばにいたから機会はあっても全部潰れてたし、フィーリアに会ってからはそんな機会すらなかった。

 こっちに戻ってきてからは今まで色々やることあったし、なんだかんだで結構忙しかったからそんな余裕はなかったな……。行ってみたくないわけでもないんだけど、どうしても行きたいってほどでもなかったし。


「って、言ってるんだけど?」

「いや、それはあいつがおかしいんだって! よく考えてみろよ。こんな街だぞ? 男も女も関係なしに店があるじゃねえか。だから俺が行くのはおかしなことじゃねえって! むしろお前ら、そんな潔癖だとモテねえぞ!」


 まあベルもソフィアもこんな街に住んでるにしては男女間の貞操観念とか硬いよな、とは思う。

 別にそれが悪いってわけでもないし、ソフィアに至っては元貴族の娘なんだから当然かもしれないけど。


 でも、そんなことは他人に言われることでもなく、思っていても口に出すようなことではないと思う。余計なことを口にすればどうなるかと言ったら……


「……余計なお世話って言葉、知ってる?」


 ベルは余計なことを言った兄に対し、そう言いながらとてもにこやかに笑いかけた。


「ヴェスナー様は行きたいと思ったことはありますか?」


 思ったことはあるが、それは言うことでもないだろうし、なんか言ったらまずいような気がするので誤魔化しておこう。


「……い、いやー、今んところはいいかな」

「今のところは、というと、将来的には行きたくなると?」

「ま、まあ将来はどうなるかわからないしな。でも、あー……お前らはそのままでいいと思うぞ? 無理してるより自然体のお前らの方が好きだからな」

「そ、そうですか……ありがとうございます」


 俺がそういえばソフィアは照れたようにはにかんでスッと視線を逸らした。


 その行動の意味も、先程の言葉に込められた想いも、一応こいつらの気持ちを理解しているだけに、どうしたもんかなとも思う。

 いずれは結婚とかするんだろうけど、今はまだそういったビジョンが浮かばないというかなんというか、まだ遊んでいたい、っていうのが俺の気持ちなんだよな。遊びたいってか好き勝手していたい、だけど、まあ内容としてはそう変わらない。


 ……まあ、そのうちなんとか解決するだろう。未来の俺はやればできる子だ、きっと。

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