第268話トレント御神木計画

 

「それに、こちらとしても自領になったこの村を見捨てるつもりはありません」


 村長としては村が襲われるのが嫌だから俺たちの話を聞いて及び腰になったのかもしれないが、俺たちとしてももうすでにここは自分たちの領地、領土だ。おいそれと手を出させるつもりなんてサラサラない。


「こちら。今回ここにきた目的の一つなのですが、これを植えさせていただきたいんです」

「これは……?」

「トレントの種です」

「ト、トレント!? なんでそんなものを!?」


 差し出したのは、この旅に出てくる前にフローラが作ったトレントの種。

 普通なら見ることができないそれだが、村長にとってはそんな貴重品かどうかよりも、魔物の素であると言う事実の方が驚きだったようだ。


「恩恵があると言われたんでしょう? これはその一つです」


 まあ、最初の予定ではそんなつもりはなかったけど。今回はなんかちょっと良い感じにタイミングが良くトレントの種の栽培方法がわかったから、親父やエドワルドに話を通して計画させて用意しただけ。


「トレントは育つ過程で受けた魔力の影響を受けて大きくなった後の行動が変わります。みなさんがこの種を友や家族のように思い、御神木として育てていけばトレントはこの村を守ってくれます」

「そ、そう、なのですか……?」


 そうなんだよ。

 トレントは人だけではなく魔物を襲う凶暴な樹木の魔物、と言われているが、それは育った環境のせいだ。トレントは魔物で、自我を持っているんだから、周囲が敵だらけの状況で育てばそりゃあ凶暴になるに決まってる。

 人間がカラカスで育つか普通の街で育つかの違いだと思えば大体そんな感じだ。


「ええ。これは他の村にも同じようにすることです」


 まあ実際に育ったところを見たことがあるわけじゃないからどう育つのかはわからないけど、フローラとリリアがそう言ったんだからそうなんだろう。


 しかし、やはりそれでも不安が完全に消えることはないのか、村長は迷った様子を見せている。


 そう迷うのも理解できるんだが、さっさと頷いて欲しいもんだ。俺が『トレントの種』なんてもんを用意して差し出すって言ってること自体が友好の証、信頼してほしい証拠だと理解してほしい。


「トレントの危険性が心配なのはわかりますが、そもそもどこからこんなにトレントの種を集めてきたのか気になりませんか? トレントの種は希少なもの。それは金を出したからといって買えるものではありません。にもかかわらず、複数の村全てにトレントを植える、などということをするなど、栽培に成功して、トレントに協力してもらって種を作ってもらった以外にありますか?」


 ただ騙すだけだったらわざわざこんな物を用意しなくてももっと別のやり方があった。事実、最初はトレントの種なんて出す予定じゃなかったわけだしな。

 それでも俺がこれを持ってきたのは、ちょうど手に入ったってのもあるがその方がこの村のためになると思ったからだ。


「い、いえ、それは……ですが、本当に……?」

「ええ、本当です。——これからは我々の支配下に置かれること、それからこれを育てることに同意していただけますね?」

「……わ、わかりました」


 念を押すように問いかけると、村長はまだ戸惑った様子は見受けられたものの、最終的には俺たちのことを受け入れることにしたようで頷いた。


 よし、これでようやく話が進められる。


「とりあえず、村の方々を集めてください。この村の今後について、広く伝えておいた方が良いでしょう。あとから知らなかったと問題を起こされても困りますし。それに、これが大事なもので、みんなで一緒になって育ててもらう必要があることを言っておかなければならないので。もし傷つけたりしてからした場合、知らなかった、と逃げられるのは嫌ですから」


 俺たちに反感を持っているのはまあいいが、だからといってその感情のせいで好き勝手されてこっちに損害が出るようになっては困る。


 なので、反抗されたりしないように最初に全員に知っておいてもらう必要がある。それを聞いてなお俺たちに逆らうようなら、まあそう言うつもりなんだろうなと判断して加減なんてしない。

 従っているうちは優しくするが、調子に乗って害をもたらすようなら必要ない。当たり前だな。二度目のチャンスとか、いらないだろ。


 それに、このトレントの種についても教えておかないと、敵意や悪意なんかで変な感じに育つ可能性がある。ある程度はフローラからも干渉できるようだからそんなにおかしな感じにはならないと思うが、万が一にでも育てたトレントのせいで村が崩壊したとかになったら笑えない。


 そんなわけで俺は村の中にあった広場、と呼んで良いのかわからないがなんか開けた場所に村民たちを集めてもらうことにし、そこでカラカスの支配下に入ったことと、トレントの種について話をすることにした。


「——えー、この度この村はカラカスの所属となった。詳しいことは後で村長から聞いてもらおいてが、一つだけやってもらうことがある。それは、この種——これはトレントの種だが、これを育ててもらう」


 村長に言ったことと同じようなことを説明していく。だが、今回は先ほどよりも偉そうな感じで村の広場に集まった村民たちに接している。

 さっきの村長とのやつは話し合いだったから丁寧にいったが、今はただ決まったことを告げるだけなので、下手な優しさなんてない方が良い。

 丁寧に喋るよりも、決定事項として伝えられた方が自分たちのやることとして頭に入れやすいもんだ。

 それに、こういった村の者ってのは誰かから命令されることに慣れてるだろうし、やっぱり命令口調の方が良いだろうと考えた。そんなわけで丁寧な態度はやめることにしたのだ。


「というわけで、いいな?」

「ふざけんな! んなもん育てられっかよ!」


 だが、それでもやはりと言うべきか、俺の言葉が受け入れられないものはいるようで、青年……俺よりも少し年上くらいか? 多分二十前後男が叫びながらこちらを睨みつけている。


「……ん? 何か文句でも? ああ、手は出さなくていい。言いたいことがあるなら言ってもらわないとだからな」


 敵意をむき出しにしている男に対して、護衛であるカイルや親父の部下たちは俺の話を邪魔したことで手を出そうとしたが、動き出す前に制止してからあたらめて叫んだ男に話しかけてやった。


「そういうわけだ安心しろ。こいつらは俺の言ったことには逆らわない。何せ俺はカラカスのボスの息子だからな」


 本当は王様だが、そう言うよりもボスの息子って言ったほうが効果はあるだろう。俺が ただの伝令役ではなく、リーダーだってことが理解できると思う。


「なら、てめえをぶっ飛ばせば!」


 そう言いながら男はこちらに近づき、壇上へと上がってきた。多分言葉通りに俺のことを倒すつもりなんだろうな。

 うん。確かにその判断はある意味間違いではない。


「まあ、確かに俺を捕まえれば有利に話が進められるだろうな。けど——」


 まあ、そもそも戦いにならないって点で決定的に間違ってるんだけどな?


「ガッ!」

「せめてもうちっと強くなってから出直してこい。雑魚が」


 殴りかかってきた男だが、ちょっと体を動かして足を引っ掛けてやれば簡単に引っかかって転んだ。

 こんなの、カラカスでは五歳児でもできる初歩的なことだぞ?


 確かにこいつは体格がいいし、俺と比べてどっちが強いかって聞いたら、見た目だけならこいつの方を選ぶやつはたくさんいるだろう。

 だが、所詮は見た目だけだ。普段から村人相手に威張っているのか拳を振り慣れた動きをしているが、それだけ。こんなやつ、スキルを使うまでもない。


「なっ、めんなあ!」

「なめんなは、こっちのセリフだボケ」


 再度殴りかかってきた男。今度は足元を警戒しているのかちょっと小振りになった拳だが、根本的に戦い慣れていないって点は変わらない。


「ギャアアアア!」

「ボスの息子。ただそれだけで言うことを聞いてくれると思ってんのか? あ? あの街はそんなぬるかねえんだよ」


 殴りかかってきた腕を掴んで伸ばさせ、横から殴ればそれだけで簡単に腕は折れた。


 これ以上逆らわれても面倒だし、調子に乗らせればこいつに同調して騒ぐ奴もいることだろう。

 だから、そうなる前に腕を折らせてもらった。腕を折って、ついでに心も折る。


「俺たちはお前らを虐げるつもりはない。が、それはいうことを聞いてる間だけだ。気に入らない、成り上がりたい。そんなふうに思うのも、実行するのも別に構わねえさ。だが、だったら相応の力と覚悟をつけろよ。伊達でカッコつけてんじゃねえぞ」

「グッ……ギイイイイッ——!」


 腕を折った後に転ばせ、その腕に蹴りを入れてやるとなんかもう叫びすらまともに出せないようで、泡を吹き始めた。

 それを見ている村民たちは青い顔をしてこっちを見ているが、まあこれだけやれば逆らう奴はいないだろう。


「他の奴らも聞いてただろ。俺たちはお前らを虐げない。好きにしろ。だが、逆らうな。それだけは覚えておけ。言うことを聞いているうちは優しくしてやると約束しよう」


 今更そう言ったところでそれを信じる奴なんてそうそういないだろうが、今はこれでいい。しばらく生活させてみてから、後になって「やっぱりいいやつなんじゃね?」と思ってもらえればそれでいいだろう。


 ただまあ、このまま放置ってのもアレだし、今回はまだ初回だ。


「エミール。ひとりくらい治癒師いるだろ? 呼んでくれ」

「はいはい。治しとけばいいんで?」

「まあ状況が状況だし、素直に受け止めきれずにこう言った手合いが出てくるのはわかってたからな。初回くらいはいいだろ」

「ういっす。んじゃまあ、あれはこっちでやっときやす」

「ああ、頼んだ。俺はトレントの方をやるから」


 怪我を治してやれば、多少は村民たちの恐れも、うん。まあ消えるんじゃないかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る