第261話三人からの贈り物

「確かに効率で言ったらできるのでしょうしそちらの方がいいのでしょう。ですが、それは健全ではありません。一人で全てを賄うことができるのはすごいですが、それでは他の者達が働く場所を奪うことになります。加えて、もしあなた一人に任せていた場合、あなたが死んだり倒れたりすればその時点で生産が止まってしまいます。これから国としてやっていくのですから、最初の土地作りや災害時等の非常時における応急処置などであれば構いませんが、常日頃から、となるとそれは頷けません」

「そもそも王様が直々に出張ってくるなんてのはない方がいいわけだしね。一人に任せるべきじゃないってのはあたしも同意だよ」


 俺がいなかったら、か。

 確かにそれは考えてなかったな。でも、エドワルドと婆さんの言うことは間違いではない。

 俺だってもしかしたら明日いなくなるかもしれないし、その時になってからカラカスの食料はどうするんだ、とか考えても遅い。


「む、そうか。じゃあ花園の方も誰かの手に任せたほうがいいのか……」


 なら今俺がやっている食料の生産はやらないほうが、或いは別の誰かに任せたほうがいいのかと思ってそう口にしたのだが……


「あ、いえ、それはそのまま続けていただいて構いません。今のはあくまでも自分達の管理下の供給に関しての話ですので、それさえ賄えているのであれば後の金稼ぎ用のものは思う存分力を使って栽培してください。そうすれば私が金に変えますので」

「……なんか、いいように使われてる気がするな」

「気のせいでは? 元々花園に関してはあなたからの協力要請だったでしょう?」

「まあそうなんだけどな?」


 言っていることは理解できなくもないんだが、俺のやっている畑は続けろなんて笑顔で言われると、いいように使われている気がしてならない。


「それに、ここは国といっても犯罪者の街ですよ? 国のために外貨獲得などする必要も、何かをする必要もありません。食料を確保するだけで十分です。誰も飢えない国。いいじゃないですか」


 飢えることがないってのは良いことだってのはわかるし、外国との関係だとかを考えて外貨を求める必要もないのもわかる。でも、飢えないってだけで『良い国』になるんだろうか? 飢えないだけで他はクソみたいな街だぞ?


「ただし飢えないだけで、贅沢したけりゃ自力で頑張れって?」

「元々ここはそんなところではありませんか? 我々だって自身の力のみで成り上がったのですから、飢えないで命をつなぐことさえできれば後は勝手に成り上がりますよ。できなければ死ねばいい」


 エドワルドの言っていることは間違いではないのだろう。この街の住民の在り方としては酷く正しいのかもしれない。


「ま、あたしも立ち上がる気力すらない赤ん坊の面倒まで見る気はないねぇ」


 ボスの中じゃ優しさを見せるカルメナ婆さんでさえ、こともなげにそう言った。

 だがそうだな。俺だって、ただ縋り付いてくるような、助けを求めるだけで手を伸ばすことも立ち上がることもないような奴を救おうとは思わない。


「国民のための環境整備など馬鹿馬鹿しい。この国は特段暑い寒いなどの環境異常があるわけでもないのですから、飢えないだけで十分です。むしろ、こんな世界で飢えない。それがどれだけ恵まれているのかわからないのであれば、〝それ〟には生きる価値などないでしょう。飢えないことが最高の政策ですよ」


 エドワルドはどこか冷めた瞳でそう言い捨てた。


 この世界で——いや、以前の世界でも飢えたことのない俺はその言葉がどれだけ正しいのか判断できず、何も言うことができなかった。


 だが、それはきっと正しいのだろう。

 弱肉強食。そんな世界で飢えないだけの食べ物を確保してもらえるってのは、きっとすごいことなんだろう。


「と言うわけですので、その地図に記された場所の土壌改良をお願いいたします」

「ああ、わかった」


 まだ俺は飢えない国ってのがどう言うものなのか本当の意味で理解はできていないんだろうが、それでも国民が飢えないように土を改良するくらいならなんともないのでエドワルドの言葉に頷いた。


「で、最後の話だが……プレゼントだ」

「プレゼントぉ〜?」

「んなあからさまにいやそうな顔すんなよ。別にお前を嵌めようとしてるわけじゃねえんだからよ」


 突然親父がプレゼントだなんて言い出したので思わず眉を顰めて親父を見るが、親父は苦笑しながらそう言って一つの小さな袋を取り出してこっちに投げ渡してきた。


 小袋の中を開けてみると、その中には小さな種が入っていた。一つ取り出してみると、その種は表面に小さなトゲトゲのついた粒のようなフォルムをしている。大きさはだいぶ違うが、オナモミソウの種のようなものか。あっちに比べてこの種は直径一・二ミリの小さなものだけど。


「なんだこれ?」

「寄生樹の種だ。入手すんのは疲れたぜ」


 その種がなんのものなのかわからず親父に問いかけてみたのだが、帰ってきた答えは予想外すぎた。


 寄生樹。それはこの国では……いや、この国どころかこの周辺の国でも取り扱いが禁止されているものだ。それは花や苗だけではなく、種を持ち込んだだけでも捕まることになるくらいの代物。

 なんでそんなに危険視してるのかって言ったら、その効果がやばいからだ。効果と言っても薬やなんかにした際の効果ではなく、植物自体の効果だけど。


 寄生樹は寒い地域に生息する植物で、この辺だとちょうど北の山脈あたりに行って探せば頑張れば見つけることができるかもしれないものだ。

 そしてその効果は、名前の通り〝寄生する植物〟だ。それも、ただ寄生するんじゃなく、寄生した対象を操った上に広範囲に種をばら撒くと言うもの。


 実際に見たことがあるのでどんなもんかはわからないが、過去には実際に寄生樹で滅んだ街があったらしいと言うのだからどれほどヤバい代物なのか理解してもらえると思う。


「……なんだってそんな危険なもんを贈り物なんかにしようと思ったんだ?」

「いや、お前にゃあこれ以上ない贈り物だろうがよ。それを敵に使ってみろ。うまくやりゃあそいつのことを監視し続けることもできるし、好きに操作することだってできるぜ。お前なら自爆することもないだろ?」


 まあ、確かに植物と意思疎通をすることのできる俺ならこんな種をもらっても誤って自分達に使う、なんてことはない。管理ミスで街が滅ぶなんてことはないだろう。


「私からはこちらを」


 そんな親父からのプレゼントを確認し終えた後、今度はエドワルドからそう言って物を渡された。


「これも種か?」


 今度のは親父とは違って結構大きめの種だ。見た目としては桃とか梅とか、多分そんな感じのやつか?


「トレントの種です」

「……トレント? それって魔物のあれだよな?」


 トレントは樹木の魔物だ。樹木の魔物といっても、最初っからそうとして生まれたわけではなく、植物だったものが魔力のバランスの影響で変異し、魔物化した存在。


「ええ。トレントは基本的に種を落としません。というのも、魔物の子供として生まれたわけではなく、植物から魔物として変質するタイプですので、トレントが種を落としてもそれは元となった植物の種であることが多いのです」


 なんて考えているとエドワルドによるトレントの説明が行われた。どうもありがとう、っと。


 だが、その説明はそれだけでは終わらない。


「新芽を育てるにしても根っこを育てるにしても、一定以上の大きさになる前に切り離すと枯れてしまいますし、一定以上の大きさになるとトレントとして凶暴になりますので管理できません。トレントの種というのは、極低確率でできる変異した実の中にのみできる希少なものなのです。その種からは純粋なトレントが育ち、その素材は他の樹木に比べてとても高価で取引されています。ですので、それを育てることができれば、そしてうまく栽培することができればそれはとても良い資金源となることでしょう。通常であれば種から育ったトレントも魔物ですので栽培などできませんが、それは周辺の魔力の影響を受けることによる変化ですので、魔物からの魔力を受けずにもっと別の魔力を受けて育てば害をなす魔物にはなりません。ですが親であるトレントの魔力が種に残っているのか多少の凶暴性は残ってしまい、やはり栽培してトレントを増やすと言うのは難しい。しかしここにはあなたと言う植物と会話をすることができ、植物を育てる能力があり、エルフの助けも借りることができる人物がいる。まさにトレントを育てるためにいるような人材ではありませんか! あなたが育てたトレントであれば凶暴になることもなく立派な素材を提供してくれることでしょう! ですから——」

「長い! うっせえ!」


 トレントについて説明をし始めたはいいが、エドワルドはこっちをキラキラとした目で見ながら止まることなく言葉を流し続けた。

 それがうざくて堪らず言葉を遮って止めてしまうが、これは仕方ないと思う。俺は悪くない。

 実際、王様になった、というかされた以上は俺の方が立場上になるんだし、文句を言っても問題ないと思う。


「ですがこれができれば私は、あ、いえ、我々はもっと金を——」

「おやエドワルド。今はあんたの商売の時間じゃないんじゃないかい?」


 俺の遮りを受けてもなお話し続けようとしたエドワルドだが、婆さんが止めてくれたことによって素直に引くことにしたようだ。

 不満そうな顔をしてるからまだ諦めたわけではないんだろうが、今はその時ではないと思ったんだろうな。

 っつーかこいつ、今私の金って言ってたよな。すっごい俺を利用する気満々じゃん。


「あんたらなってないねぇ。贈り物だってのになんだってそんなもんを渡してんだい」


 そして今度は婆さんからの贈り物とやらの番だが、婆さんは後ろに控えていた護衛だか侍従だかに視線を向けると、控えていた女が持っていた荷物を俺へと差し出してきた。


 受け取って中を確認してみると、そこには前の二人とは違って種ではなく植木鉢が入っていた。


「これは……?」


 この植木鉢だが、やけに大きな葉っぱがついてるんだけど……なんだろう?


「『マンドラゴラ』だよ」


 その言葉を聞いた瞬間鉢を放り投げそうになったが、我慢する。


 マンドラゴラ。それは引っこ抜くと奇妙な叫びをあげる植物で、その声を聞いたものは死ぬと言われているもの。

 ただ、それは少し違う。何が違うかってのは、声を聞いただけじゃ死なないってことだ。精々が気絶するだけ。

 死ぬ、と言われているのは、間接的な要因があるからだ。街の外、魔物がいるところで気絶なんてしてみろ。食われて死ぬ。


 だから街中で叫び声を聞いたところで死なないと言えば死なないのだが、それでも危険物であることに変わりはない。


「あんたも何贈りつけてんだよ!」


 あんたさっき親父達の危険物に対して文句言ってただろうが! なのになんでそんな危険物を人のお祝いとして贈ってきてんだ!


「何って……便利だろ? 色々と使い道はあるけど、まあ一番のおすすめな効果は精力剤だよ。後は妊娠誘発剤。調合次第じゃ逆に避妊剤にもなるけど、まあ色々と使えるもんだからがんばんな」


 やっぱりこの婆さんも親父たちの同類なだけあってまともとは言い切れない贈り物だった。


「何を頑張るんだよ!」

「何をって、そりゃあ子作りに決まってんだろ?」

「そもそもその婆さん娼館のまとめ役だぞ? まともなもんが来るわけねえだろ」

「おや、あんたらよりはまともに役に立つものを贈ったと思うんだけどねぇ?」

「私の贈り物だって役に立ちますよ。主に財源として」


 いや、そりゃあ贈り物そのものは役に立つんだけどな? でも、贈り物としては相応しくないだろと思うのは贅沢だろうか?


「金以外になんかないのかい?」

「金以外ですか? ……一応建材にもなりますよ。燃えづらく魔法を含めた全種類の攻撃に強い理想的な木材です。難点を言えば加工が面倒なので通常よりも遥かに金がかかることですかね」


 そうじゃねえよ。どのみち金じゃねえか!

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