第260話魔王様へのお願い
それから二週間後。俺は再び以前と同じ場所にて親父を含めたボスの三人と向かい合って座っていた。
なぜか俺の座る椅子だけ無駄に豪華なのは気のせいではないだろうが、これはあれか。王様用ってか。
誰がやったのかと見回してみても全員が笑っていることから、これはこの三人の悪ふざけだろうと思う。
「で、今回の会議はなんだい、王様」
訂正だ。思う、ではなく確実に悪ふざけだ。
主犯は婆さんではないと思うが、絶対に関わっている。少なくとも面白がって止めなかったはずだ。
「おい婆さん、何言ってんだよ。王様なんて呼ぶのは悪いだろ」
「親父……?」
だが、俺のことを「王様」と呼んでからかっている婆さんに向かって、親父が言葉を挟んだ。
そのことに俺は驚き眉を顰めるが、まさか揶揄うのはやめたのか? 俺の中ではこの椅子の悪ふざけも合わせて親父が主犯だと思ってたんだが、まさか違ったのか?
だとしたら、誰がやったのか気になるところではあるが、勝手に決めつけたりして悪い——
「今のこいつは『王様』じゃねえ、『魔王様』だ! こいつはそう呼んでくれって言ってたぞ」
言ってない。
……揶揄うのを止めるのかと期待したんだが、期待した俺がバカだった。こいつがそんなことをするわけがなかった。
「な!」
何が「な!」だ。ぶん殴ってやろうか?
「おや、そうなのかい? それじゃあ魔王様と呼ばないと失礼だね。すまなかったね、魔王様」
「いや、別に俺はただの王様でいいんだけど……というかそもそも王様じゃなくてもいいんだけ——」
「そんなことよりも魔王様。今回の話し合いといきましょう」
「あんたまで……いや、もういいや」
楽しげに笑って話す婆さんに対する俺の言葉は、エドワルドの淡々とした言葉によって遮られてしまい、俺は抵抗するのを諦めた。
でも、淡々としてるっつってもこいつも揶揄ってるわ。だって俺の呼び方が「魔王様」になってるし。
「で、今回の議題だが……」
「では私から説明致しましょう。この街は国として舵を切ったわけですが、対外的にはまだ犯罪者の街というイメージです。まあこれは広めていないわけですし当然ですが、いずれ国として名乗りを上げる際のことを考えて色々と設備を整えました。それに伴い、周辺の情報も集めたのですが、最近になって東の二国のうちの片方——バストークに動きがありました」
この国……カラカスじゃなくてザヴィートな。この国は周囲を国に囲まれている。
西は前に攻め込んできて母さんと再会した国境がある国で、南は魔王……俺じゃなくて本物の魔物の王の方の魔王が現れて騒ぎになっている小国家群。
で、北は山脈を挟んで国があるんだが、これとはあまり関わりがない。たまに人やものが流れてくるが、大規模な国交と呼べるようなものはない。
そして東だが、東には南東と北東にそれぞれ一つづつ国がある。南東は勇者やら神様やらに関係している宗教国家で、北東はこの国とあまり仲のよろしくない国である『バストーク』が存在している。
あまり仲が良くないと言っても、西のザフトと同じように年がら年中戦いをしているというわけではない。ここ最近では小競り合いもないっぽいし、大規模な戦争なんてそれこそ俺が生まれるよりも前にあったきりだそうだ。
もっとも、公式では、なので小競り合い云々もどこまで信じていいかわからないけど、少なくとも人の行き来が割と簡単にできる程度の関係には収まっている。
尚、その最後にあった戦争ってのはこの場所を奪うための戦争だったらしい。
もともとこの街は通商拠点として作られていたが、街ができる前は戦争のために使われていた平原だったそうだ。
段々と戦線を押してって完全にこの場所を取り込んで落ち着いたところで街を作ったらしいんだが、それを取り返すために攻めてきたんだとか。
その戦争の混乱に乗じて犯罪者たちに街を奪われて今のカラカスが出来上がったのでなんともいえないが、まあその戦争がザヴィートとバストークの一番最後の戦争だ。
エドワルド曰くそのバストークに動きがあったというのだから、聞き逃すことはできない。
「あー、動きってのは具体的にはどんなもんだ?」
「簡単に言えば戦争のための動きですね。どうやらこの街で戦いがあったらしい、五帝のうち二人が死んだらしい、街は荒れているらしい、なら攻め込もう。そんな感じです」
ここ最近は戦争がなかったと言っても、それは攻める機会がなかったから攻め込んでこなかったってだけで、機会があるんだったら欲しいだろうな。
「ってことはだよ? もしかしたら東のバストークとこの国……っと、もうあたしらは国から外れたんだったね。ザヴィートの両方を相手にする必要があるってことかい?」
「まだ自称ですし宣言もしてませんけどね。まあ最悪の場合はですが。しかしながら、その点に関しては問題ないでしょう。仮に両国が同時に攻めてきたとしても、二人で二手に分かれてもらえればそれで解決ですから」
普通なら二つの国から同時に攻撃される時に二人にそれぞれの国の対処を任せるとかありえないが、その二人ってのが 俺と親父ならばできてしまう。
「それに加えて、実際に攻め込んでくるかどうかも怪しいところです。カラカスでは五帝が二人死にましたが、ザヴィート国の戦力である『八天』は健在なのですから。カラカスを落としたところで、その後が続かなければ意味がありません。戦争の準備をしているのは、上っ面だけのことでしょう。『俺たちは戦うつもりがあるんだぞ』と、そう周囲に思わせるための策ではないかと思っています」
カラカスで何か起きようとも、ザヴィート国としてはそんなのは所詮一つの街とその周辺で起こった出来事ってだけ。国の保有している力に影響はなく、この街が他国に奪われたところで取り返すことができる程度でしかない。
だから他国がここに攻め込んで街を奪ったところで大した意味はない。
だが、好戦的な奴らもいるだろうし、今回の侵略を匂わせているのはそういう奴らからの支持集めとか、なんかそんな感じだろう。
「ですので、私の危惧しているのはそれに伴う様々な制限です。物品や人の移動、それらを制限される可能性は十分にあり得ます」
その辺はもうこいつにどうにかしてもらうしかないだろう。こいつの担当だし、こいつならどうにかできるだろう。
最悪食料は俺がいるからどうとでもなる。
「当面の目標はまずは国としての安定化させることですね。元々が犯罪者の集まりなだけあって『普通の街』のような運営などできませんから。奪った領地のこともありますし、すぐに安定とはいきません」
まあ、そうだよな。今更普通の街みたいに法律を作っていい子にしましょうなんて言ったところで、暴動が起こるに決まってる。流石にそれは対処しきれない。全部殺すってんならどうにかなるけど、それをするわけにはいかないし。
「ですので、今一番大事なのが生産性。これです。これがなければもし何処かと戦うことになった時に食料を止められてしまえばおしまいです」
食料? そんなの俺がいれば一人で十分じゃないか? 今だって毎月収穫を行ってる状態だし、それを使って商売してるくらいだし。
なのになんで食料が一番大事なんだ?
「そのためにも、王様——ああいえ、魔王様にお願いしたいことがございます」
「言い直さなくていいんだが?」
「それでお願いですが……ここの線の書いてあるあたりを作物を作れる土地に改良していただけませんか?」
わざわざ俺の呼び方を訂正してきたエドワルドだが、そんなことはしなくていい。別に魔王と呼ぶことを求めているわけでもないどころか、王様呼びでさえしなくていいとすら思っているんだ。普通に呼んでくれ。
だが、そんな俺の言葉は無視され、テーブルの上には地図が広げられた。
そしてエドワルドは話しながらその地図の上に指を這わせて、或いは小さな宝石を置いて場所を示した。
……場所を示すのに駒とか意思じゃなくて宝石を使うあたりがこいつらしいよな。成金ってわけじゃないけど金目のモノ大好き野郎だし。
「これはさっき言ってた生産性か? 街の周辺だけじゃなくて近くの村まで行くのか?」
「ええ。領地として奪った以上は彼らにも旨みを与えないとですから」
近くの村を回って土を改良し、作物を育てやすくする環境を作る、か。
まあ確かに農民たちからしてみれば、変にあーだこーだと利益を並べたり税金がどうしたとかって言い連ねるよりも、そっちの方が身近でわかりやすいだろうな。
今の俺の位階は第九位階。第五位階で覚えた肥料生成も、最初はただ出来損ないというか作りかけの肥料のように臭いのするドロドロとした微妙なものしかできなかったが、今ではそんなに臭いのしないまともな肥料を作ることができるようになっている。
まあ敵に使う時はそのビジュアルと臭いで精神的にも結構なダメージになるから意図的に効果を落としてそっちを使うけど。
でもまあ、まともな肥料を作ることもできるようになっている。どれくらいまともかっていうと、聖樹が喜ぶくらいまともだ。そんな肥料を作って水も一緒にばら撒いて、使えなかった土地を開墾してやれば、新たに支配された村としては旨味は十分だろう。なんならついでに《防除》スキルで温室のようなものを作ってやってもいいかもな。
だが……
「でも正直俺一人いれば栽培から収穫まで全部できるぞ?」
確かに支配地域の村に旨みは必要かもしれないが、だからといって今以上に食料の生産拠点を増やす必要はないように思う。
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