第259話王様の呼び方
三人のボスによる会議で、俺は特に話に入っていくこともできず、提案を否定することもできなかった。否定できるだけの何かを持っているわけでもなかったから当然だ。
そんな初っ端からお飾り感満載だった会議だが、どうやら俺が王様としての役割に就くのは決定のようで、それを覆すことはできないまま俺は親父と共に東区の館へと帰っていった。
「そんなわけで、こいつがこの街の……じゃねえな。この国の王様になりましたー!」
そして、館に帰ってくるなり人を集めたかと思ったら会議の流れを説明し、そんなことを言い放った。
その言葉は妙に明るく、楽しげなもので、明らかにこっちをからかっているのが理解できる。
「うおおおお! 坊ちゃんすげえええ!」
「あの坊ちゃんがなぁ……時間ってもんはすげえな」
だが、親父の言葉に思うところがあったのは俺だけのようで、館で働いている他の奴らは歓声を上げて素直に喜んでいる。
俺の立場が上がったことをこんなに喜んでくれるのは嬉しいといえば嬉しいんだが、その流れや状況のせいで素直に喜べない。だって俺、王様なんてやりたくなかったし。
「おめでとうございます!」
会議の場にも一緒に来ていたはずのソフィアだが、先ほどまでは我慢していたのかここに来てすっごい喜んでる様子を見せた。なんか涙流しながら拍手してんだけど?
そんな感じでみんな喜んだ様子を見せての馬鹿騒ぎだけど、この状況でリリアがいなくてよかったと思う。あいつは花園に置いてきてるからな。
一応リリアはエルフ達のまとめ役として機能してないこともないし、置いておけばまあ多少の役に立つだろうと思っておいてくることにしたんだが、本当に連れて来なくてよかった。
「ナー、ナー! おめでとう!」
代わりにフローラがついてきてるけど、まあこいつの場合はいつものことだ。何せ俺の中に入り込んで——宿って? 生活しているわけだし。
「ナーが王様? 一番偉いの? フローラは遊んでていいの?」
フローラはある意味で俺の分身とも言える存在だ。だからだろう。そんなことを聞いてきたのは。
俺がこれから王様なんて地位について忙しくなるのに、自分だけが遊んでいてもいいのか、と思ったんだと思う。
だが、フローラはこうして意思を持って動くことができるようになってからはまだ数年どころか一年と経っていない。
精霊だからかなんなのかは知らないが、今でもこうしてまともに話すことはできているが、その内面としてはまだまだ子供だ。
時折手伝ってもらうことはあるかもしれないけど、仕事として何かをやらせるつもりはない。
周りの奴らを見てそれに習って、時には反面教師にして、そうして育っていけばいい。決定的に何か間違えそうになったら、その時は俺がちゃんと進む道を正してやるから。
「ああ。お前は普通に育ってくれればそれでいいよ。ソフィアやベルなんかの、お前の周りにいるやつを見習って楽しく育てばいい」
「んー、わかった! リリアを見習って頑張る!」
「それはやめろ」
どうして自分の周りのやつと言われてリリアが出てくるんだよ。
確かに存在としてはリリアが一番近いし親しみもあるかもしれないが、あんなのは見習ってはいけません。
「でも、ただの『王』じゃ少しばかし格好がつかないんじゃないっすか?」
と、そこでひとしきり喜んだところでエディがそんなことを口にした。
それはただの呟きのようなものだったんだろう。だが、その言葉の影響は思った以上に広がっていった。
「そうかあ?」
「……まあ、そうすね。わかりやすいくらいにかっこいい名前の方が目立つ上に士気にも関係してくる場合もありやす。自分たちの象徴ってのはみっともないよりかっこいい方がいいってのは誰だって同じなんで」
「……まあ、その辺はわからねえでもねえな。騎士団やってた時もやたらとかっこつけが多かったしよお」
「なら、皇帝とかか?」
「皇帝すか……。まあありと言えばありっすけど、ぶっちゃけこの場所ってそんな領土ないっすよね。それで皇帝ってのはちょっと合わねんじゃねっすか?」
「かっこよくだろ? ……全天滅殺悪虐大神王とかどうだ?」
「……なんすかそのセンスは?」
「まあ今のはねえと思うけど、方向性としては間違ってるとも言い難いな。確か東の国の片方は神法聖王とか名乗ってたはずですんで」
「あー、そういやそうだったな」
「だろ? やっぱあんな感じでいいんだって」
「じゃあどうすっかねぇ……」
エディの呟きを聞いた馬鹿どもは口々に俺の王様としての呼び方の案を出してきたのだが、そんなクソどうでもいい話はすぐに終わることなくしばらく続くことになった。
それから話し合いはそこそこ続いたのだが、最終的に決まったのは『死天覇道王』で、名乗り文句は『全世界を支配する覇者である。我が道を邪魔する全ての命を刈り取ってくれよう』だそうだ。——却下である。
ジート他数名は楽しげに自信満々で笑っているから真面目に考えた結果なのかもしれないが、エディとエミール、数名の仲間達、それから親父はおかしそうに笑っているので絶対に真面目に考えてねえだろとわかる。
いや、ある意味真面目に考えたのかもしれないが、絶対に却下だ。
「もうただの王でいいよ。ぜってえ今の案は却下だからな」
俺は人生でこれまでにないくらいの拒絶の意思を込めてそう口にする。
「まあ真面目な話、魔王でいいんじゃねえか? もうこいつそんな感じで呼ばれてっし、ただの王よりはカッコがつくだろ。実際話し合いでもその呼び方が出てたしな」
「なら最初っから決まってんじゃねっすか」
「正式な決定ってわけでもなかったからな。なんか聞けばなんかいい感じのなんかアレな名前が出てくるかもしれねえだろ」
だいぶ曖昧でふわふわした言葉だが、まあ言っていることは間違いではないんだろうな。俺としては呼び方なんてなんでもいいと思うけど。……いや、やっばなんでもはよくないな。さっきの滅殺とか覇道とかつけられても困るわ。そんな名前つけられても絶対に名乗らない。
そうしてなんだかんだと色々はしゃぎ、今夜はご馳走だ! とみんなが動き出してその場は解散となったのだが、俺は親父の執務室へとやってきていた。
「あいつらあんなはしゃぎやがってまったく……」
「いいじゃねえか。そんだけお前のことを大事にしてくれてるってことだろ?」
それはまあ理解しているし、血の繋がりがあるわけでもないのにあんなに喜んでくれるのは素直に嬉しい。
だが、あれだけ騒がれるとちょっとな、と思うところもないわけでもない。
……しかしまあそれはそれとして、今は他に話さないといけないことがある。そのために執務室なんてきたわけだし。
「——で、独立の使者の話。なんで俺もいくことになってるわけ? 親父、あんた何考えてんだ?」
あの会議の場では聞けなかったことを改めて聞くことにした。
だが、親父はなんでもないことかのようにあっけらかんと言い放つ。
「なんでって、王様が行けばわかりやすいだろ? それに……母親に会えんだろ?」
首を傾げながらそういった親父だが、こいつ、そんなことを考えてたのかよ。
確かに母さんとは再会できたがまた離れて暮らすようになったし、まだまだ一緒に暮らせるような状況どころか、迎えに行ける状況ですらない。
俺から会いに行くことができないわけではないが、それだって定期的に何度も何度もってわけにはいかないからどうしたって会う機会も限られる。
だから親父は、その『会いにいく機会』を作ったんだろう。お節介なことにな。
「安心しろ。話自体は俺がいくんだから任せておきゃあいい。お前は隙を見て母親と妹に会いに行けばいいんだよ。家族団欒ってのは、大事だろ?」
独立の使者という役目そのものは自分がやるから、お前は家族で団欒してろって? ……本当、お節介なやつだよ。この親父は。
「……いや、いいよ。下手に会おうとすれば色々と綻びができる。だったら無理して会う必要なんてないだろ」
「いいのかよ」
「まあ、一生会えないってわけじゃないし、もう一度は話がついてるんだ。ここで無理しなくても、会いたくなったら会えないわけじゃない。それに、俺は王様だ。王がやりたいことだけやって、やるべき仕事から逃げるのは違うだろ」
確かに母さんもフィーリアも俺の家族ではある。だが、この〝親父〟は自分が俺の家族だってことを忘れてんじゃないか? あんたにばっか役目を押し付けて自分だけぬくぬくと遊んでるわけにはいかないだろうが。
そんなことは絶対に言わないし、親父自身そんな言葉を求めちゃいないだろうけどな。
「そうかよ。なら、その場自体は作ってやるから宣言は任せんぞ」
「ああ」
「……にしても、こんな機会があるんだったらもっと早くきてくれりゃあよかったのにな。そうすりゃあ母親探しの旅、なんてのはしなくてもよかったんだがな」
「あれはあれでいいもんだったよ。少なくとも、何も見ずにここで暮らしてるよりはためになった」
「そうかよ。ならそれはそれでいいとして……詳しい日程は後で決めるが、準備だけはしておけよ」
「ああ、了解」
俺はお飾りではあるが、与えられた役割を捨てる気なんてない。
せっかく母さんに会う機会があるんだし、どうにか隙をついて少し話をするくらいはできればいいなとは思っているが、使者としての役割はしっかり果たすさ。
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