第258話会議終了
「まあ細かい設定は後で考えるにしても、こいつを王様として建国するんだってんなら、ザヴィートの城に誰か送るか?」
こいつ、とうとう『設定』って言っちゃったよ。まともに役割果たすつもりねえじゃん。
頭を抱える俺を無視して親父はそう切り出して話を進めていく。
……正直、やっぱり王様なんてもんは思いっきり辞退をしたいが、この三人がそのつもりな以上はもうどうしようもないんだと頭では理解している。ただ心が受け入れないだけで。
だが、いくら俺が拒絶しようともうこの場はそのつもりで話が進んでしまっている。
なら心の整理をつけるのは後に回して今は話を聞かないと。と、頭の冷静な部分が表に出てきたことで、俺は親父達の話に耳を傾けることにした。
「城に? ああ、独立宣言をするための使者ですか? かまいませんが、ウチからは出しませんよ。どうせ殺されるでしょうし、人材を無駄に消費することはしたくありません」
「あたしからも嫌だねえ。あたしんところは武力なんてろくに持ってない娘たちしか集まってないんだから、それを死なせにいくなんて可哀想だろ?」
まあ、建国するんだってんならその事を周辺の奴らに宣言しないとだよな。
口頭か書面でかの違いはあるかもしれないが、どっちにしても使者を送らないわけにはいかないだろう。俺たちがそんなことをする必要があるのかって言ったら、まあないと思うけど。
しかしだ。建国——独立のための使者なんてもんを、すんなり認めるわけにはいかないだろう。
他国のことであれば自由だなんだと言い繕って無視したり支援したりもすることもあるかもしれないが、自国でやられると独立された分の土地は減るわけだし、離反者を出したってことで国の信用度が下がることになる。
他にも色々とあるが、まあ独立を認めないってのは間違いないだろう。特にこの国はな。何せ自分たちの不利になる可能性があるってだけで息子を捨てるような国だし。
それに加えてだ、この街は犯罪者の街。そんな場所が国として独立すると言ったところで、認めるわけがない。それは他の国もそうだろう。ここが独立して一つの国となってしまえば、それは犯罪者の街ではなく犯罪者の国になってしまうのだから。
街と国。実態は大して変わらないとはいえ、その聞こえだけで周りからの評価は変わる。
そして犯罪者の国なんてものが近くにあれば、周辺の国としては大層迷惑を被ることになるだろう。
だから俺たちが独立を叫んでもどこも認めない。使者に行く奴もカラカスの出身ってことで犯罪者扱いなわけだし、投獄で済めば運が良いが、まあ普通に死ぬんじゃないかな?
実態は変わらないわけだし、独立の宣言何てものはしてもしなくてもどっちでも良いものだ。
むしろ宣言なんてすれば、はっきりと対立することになって周辺の国からの攻勢が激しくなるだろう。
今までは『街』だったから目溢しされていても、『国』になれば見逃すことはできないだろうからな。
だから、する意味なんてないと思うんだが、親父は何を考えてんだろうか?
「あー、使者に関してはうちで用意する。っつーか俺が行く。ついでにこいつもな」
エドワルドと婆さんが使者の話を断ったところで、親父はそう言いながらだるそうに手をあげ、そのままその手で俺の事を指差した。……え、俺?
「……僕はかまいませんよ。どのみち成功しようと失敗しようと大した違いは出ないでしょうし。……ああ、ですが死なれると花園の運営に滞りができてしまうので死なないでは欲しいですね。それにせっかく王様も決めたわけですし。交渉そのものは……まあ好きにしてかまいません」
「あたしも正直なところはどうでもいいねえ。あたしのやることに手さえ出されなきゃなんの問題もないさね。まあ、あたしとしても坊には死んでほしかないから死ぬな、くらいは言うけど、それだって坊の選択だ。あたしが口出しすることじゃあない」
なんで俺が選ばれたのかまったくもってわからないんだが、二人に否はないみたいだし、これは親父と俺で行くことになるんだろうな。
まあその辺は後で親父と話していく理由を確認したりして決めないとだな。そもそもなんだって親父がこんな面倒くさそうな事を提案して立候補したのかもわかってないし。
「ただ、行くのでしたら今はやめてください」
と、エドワルドがそんな言葉を付け加えた。
「あ? まあ俺もすぐにいくつもりってわけじゃなかったが、なんかあんのか?」
「何か、というか色々とありすぎて羅列しきれないのですが、簡単に言えば戦後処理です。色々と変化が大きいために落ち着かせるにも時間がかかる。これは金ではどうしようもありません」
戦後処理か……そりゃあ確かに金じゃあどうにもならないな。金じゃなくて時間の問題だし。金で早めることはできてもすぐに終わらせることはできない。
それに、金があっても人の心はそう簡単には変えることができない。
今回俺たちは貴族から領地を奪ったり、奪わなかった場所からも人を引っ張ってきたりしたが、その人たちを新たな生活に慣れさせたりするのには時間がかかる。
それに、こっちだってその増えた土地と人の管理の体制を整えるにはまだ時間が足りない。
そんなだから、今何かをしようと動き出したとしても万全の状態で、というわけにはいかないだろうな。今はとにかく時間が必要だ。
「ですので、どうせ抗議文が来るんですからその時まで待っていていただきたいのです。もし抗議文や使者が来なければ、その時はこちらの好きなタイミングで出向けばいいだけですし。もっとも、我々が動き出すまでなんの動きもない、ということはあり得ないと思いますが」
エドワルドは確信している様子でそう言ったが、それはそうだろうなとは思う。領土を奪われた国が何もせずにこのまま大人しく終わるわけがない。
「だろうねぇ。ここは一応王国の領土ってことになってるんだから、召喚命令くらいなら送ってくるんじゃないかい?」
婆さんはそんなことを言ったが、確かにそれもあり得る話ではある。
この街はすでに国の管理から離れている状態ではあるが、一応国の所属ということになっているんだから、街のトップに対して城に来いって命令が来る可能性もないわけではない。
そして今回の出来事に関して、後は今までの行動や街の状態に関して説明しろとか責任を取れとかも言ってくるかもしれない。
「それで出向いてくれば儲けもの、出向かなかったとしてもそれは想定の範囲で状況が悪化することはない。むしろさらにこの街を攻め込む大義名分が重なるだけですので、あちら側に損はない。大義名分なんてのは積める時に積んでおけば便利に使えますからね」
「王国に所属している街なのに王の命令に逆らった。叛逆だー、ってか?」
「ええ。まあ叛逆については元々ですけど、あちらが歩み寄る姿勢を見せたのに我々がそれを突っぱねたとなったら攻める理由としては十分でしょう」
なるほど。大義名分か。国みたいなが軍隊っていう大きなものを動かすんだったらそういうのも必要になってくるか。
だが、エドワルドと親父の話していることも間違いではないだろうが、それは王国が抗議文だか召喚命令だかを出す前提での話しだ。その前提が崩れる可能性はないのか? たとえば俺たちが領地を奪って生かして逃がしてやった貴族から話を聞いて、もうすでに攻め込むことを決めて準備をしている最中だ、とかさ。
まあ、もう動いてるってのは流石に早すぎるかもしれないけど、抗議文とか召喚命令だとかする前に問答無用で攻め込んでくる可能性もないわけではないと思うんだが、どうだろうか?
カラカスは犯罪者の街——言うなれば賊のアジトなわけだし、そんな場所だから予告なしの突撃だって、ないわけではないと思う。
「いきなり攻め込んでくることはないのか? それこそ、生かされた貴族から話を聞いたすぐ後に攻め込んでくる可能性とか」
俺は軽く手を上げながらそう問いかける。
そんな手を上げて質問なんてことをする必要なんてないんだし、一応王様の席に座らされたんだから尚更遠慮なんてする必要もないんだが、なんだが気圧されたっつーか、対等にどっしりと構えるってのは難しかくてつい手を上げてしまった。
だが、そんな俺の言葉を親父が否定する。
「ねえな。これでも騎士なんてもんをしてたんから分かるが、戦争なんてやろうと思ってすぐにできるもんでもねえ。まず軍隊をここまで持ってくるためにはそれなりに時間がかかる。これは王都まで行ったことのあるおめえならわかんだろ?」
「まあ……。馬で急いで一週間ってところか?」
前に旅をしたときは二週間以上かかった。
あれは寄り道しながらだったしゆっくりだったからそれだけかかったけど、急ぐ必要があるんだったらまあ一週間くらいでいけると思う。
「ああ。だがそりゃあ少人数で、かつ武装をしてねえ場合だ。軍隊でってなるとここまで早くても一ヶ月くれえはかかるな。その間の食糧やらなんやら、まあ諸々集めるのにも急いでも二ヶ月はかかるわな」
「ここに辿り着くまで三ヶ月、か」
軍隊が移動するのには時間がかかるって聞いたことがあるし、まあそんなもんか。
この間の戦争事件から二週間くらいは経過してるから、最低でも後二ヶ月ちょっとは余裕があるわけだな。
「しかも、それは最低はそれくらいと言う話で、実際はもっとかかるでしょう。わたしの予想では抗議文そのものは最長でも二ヶ月以内に届くと思っていますが、実際に攻め込んでくるとなったら物資の補給や周辺の貴族達との調整など合わせて……まあ一年はかかると思っています。過去にこの街に攻め込んで負けているわけですし、急いだ結果準備に手抜きをしてやってくるなどということはないでしょう」
「一年か……」
確かに国主導で討伐隊を出すんだとしても、その指揮官や兵はどっから集めるんだって話になるし、軍を動かすんだったらそれに合わせた予定の調整が必要になるだろう。
急げばもっと早くに準備を整えてせめてくることもできるんだろうし、これがドラゴンや巨人なんかの襲撃だってんなら多少の無茶はあっても急いで準備を整えて出陣ってなるんだろう。
けど、俺たちは自分たちから侵略したりは今のところしていない。無理して急ぐ必要はないと判断する可能性は大いにある。
「まあ、よほど我々の想像を裏切るような頭の持ち主ならば抗議文など出さずに攻めてくるかもしれませんが、その場合でもどのみち準備は必要になり、その際には物と金の動きで攻め込んでくることがわかりますので返り討ちにすれば良いでしょう。その程度の情報集めは片手間でできますから、王国側の動きを察知し次第お知らせしますよ」
ああ、まあこんな街で『金』のトップを担当してるんだから、その程度は調べようと思えば簡単なものだろうな。
金の動きと物の動き……特に今は俺産の食料も出してるんだし、その流れを追えば軍の動きなんて簡単にわかるか。軍隊の動きと食糧の動きはどうしたって切り離せないし。
「ですので、すぐに敵の動きを警戒する必要はなく、敵が動くまでのその間に設備や防衛を整えて対策を練る必要が……あるかは微妙ですが、まあ変化した状況を安定させる必要はあると思うのですよ」
うん? まあ内政を整えるってのは理解できるしその通りだと思うが、それとは別に敵に対する対策も取る必要はあるだろうに。
「……いや、防衛はしっかりする必要があるだろ?」
「そうでしょうか? 基本的にあなた方親子がいれば大体の相手は死にますよね?」
「あー、まあそこらの雑魚に負ける気はしねえな」
親父は少しだけ考えてから本当になんでもなさそうにそう言ってのけた。
だが、まあその意見に関しては俺も同意できる。敵が数万の兵を用意したところで、俺一人で潰すことは可能だろう。そしてそれは親父も同じだ。
一騎当千、万夫不当、国士無双。まさにそれだろう。自分で自分のことをそう評するのはちょっとアレな感じがするけど、間違いではないと思う。
でもそうか。俺たちだけで万軍をどうにかできるんだったら、軍隊の整備とかに力入れる必要はないのか。
いや全くないってこともないけど、わざわざ金と時間をかけて育てる優先度は低い。いざとなったら一定年齢以上のカラカスの住民のほぼ全員が戦えるわけだし、なんとかしようと思えばなんとでもなるだろう。
「元々この街の金まわりに関しては私が、そして風俗関連に関してはカルメナさんがまとめていましたが、武力に関してはあなたとアイザックの二人の管轄でしたよね? それが今回アイザックが死に、あなた一人となったのですから防衛やら治安やらはあなた方の領分ではありませんか? それに、あなたの息子の方は王様になりましたし、守るために戦うべきではありませんか。騎士様?」
確かにその通りではあるんだが、ものすごく押し付けようとしている感がすごいするな。実際その通りではあると思うけど。
それに、さっき親父は自分で軍部を担当するとか騎士団長とか言ってたから、守りに関して親父が動くのは当たり前といえば当たり前のことだな。……ざまあみろ。人に王様なんてもんを押し付けるからだぞ。
「……ちっ。わあったよ。ただし、防衛を全くしねえってのはなしだ。おめえの金を使って監視網を広げておけ。この国だけじゃなくて周辺の奴らもバカやらねえか見張っとけ」
「防衛に関して完全に任せるつもりではありませんでしたから構いませんが、周辺の国も、となるとかなり金がかかるのであまり乗り気はしないのですが……」
「うっせえ、やれ」
この場所を守るためとはいえ金を使わなくてはならないからかあまり乗り気を見せないエドワルドではあったが、親父はそんなの知ったことかとばかりに吐き捨てて話をぶった斬った。
「武力を提供してくれるって言うんだからそこはあんたがやるべきだろう? 勝つか負けるかわからない戦争で無駄に人材を消費するより、勝ちが決まってる戦力を投入できる方が得じゃないかい?」
「……はあ。仕方ありません。これも金のためです。むしろ商売を広げるためにちょうど良いと思うことにしましょう」
自身の言葉を切られた上に「やれ」と命じられたことで不機嫌そうな面を見せたエドワルドだったが、その場にいたもう一人のボスからも言われてしまえば拒否はできないと判断したんだろう。仏頂面ではあったが渋々ながら同意した。
まあ、その後すぐに切り替えて金稼ぎのことを考え始めたようなので、最初に見せていた拒否感も演技の可能性があるけど。
その後も国としての体裁を整えていくために話し合いを始めたが、その会話のほとんどを俺は聞いているだけで終わった。
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