第248話光の柱

 

「でもそれなら、俺たちはいいのか? ぶっちゃけあの森を侵略しようとしたのは俺たちもじゃね? 俺はしてないけど、親父の前のボスは何度か攻め込もうとしただろ?」

「でも、それってたった二十年くらいのことでしょ? その時とはボスも変わってるし、あっちは数百年間ずーっと狙ってたんだからどっちが嫌いかなんて決まってんじゃない。それに、今ではあんたたちとはつう……つー……つうしょー条約? 的なあれを結んで仲良くしてるんだから、こっちに付くのは当然でしょ?」

「一応統治者が変わったってことは理解してんのか」


 まあ、世界中の植物と繋がって情報を集められるんだったら知っていてもおかしくないか。


「それに、こっちにはフローラもいるし、トップがあんたとあたしだもん」

「お前んところの聖樹が問題視してないのは理解したが、さりげなくお前をトップの名前に連ねるなよ」


 だが、あながち間違いとも言えなくなっているのも確かだ。こいつはこの街のエルフ代表として名前が出てきてもおかしくない。というか、実際にエルフから一人選べって言われたらこいつが出てくるだろう。すでにその立場だけなら幹部級だ。

 だがしかし、それを認めるかと言ったら話は別だ。俺は絶対にこいつが幹部だって認めない。だって調子に乗るから。断言できるぞ。


「それにしても、凄まじい熱気ですね」


 そんなふうに話していると、不意にベルがそう呟いたのが聞こえた。

 視線を向けると、ベルは胸壁から体を覗かせて下の様子を眺めていたが、それは敵軍のある街の外ではなく街の中へと向けられているものだった。


 ベルの言葉に釣られて俺も壁の上から下を見下ろすが、そこには武器の手入れをしながら談笑していたり、楽しげ(強面)な笑みを浮かべていたり、無駄にポーズをとって体を見せつけていたりと、さまざまな奴がいたが、それらの光景は普段のこの街では見ることができないものだった。

 これは戦いに勝ったから、ってのもあるだろうが、リリアの演説の影響もあるだろうな。リリアの言葉を聞いて、引っ込んでられるかって出てきて戦い、そして勝ったからだと思う。

 ただ守られたんじゃなく、自分たちで自分たちの街を守ったんだ。騒ぎもするだろう。


「まあ実際のところは好きで犯罪者になった奴だけじゃないからな。誰かに嵌められたり、貴族に逆らって居場所を無くしたり、駆け落ちしたり、他に訳ありだったり……。まあそんな感じでいく場所がなくてここにきたやつって結構いる。かくいう俺だってそうだ。なんかしたわけじゃないけど行く場所なかったからここにきたわけだし、そういう奴らはこの町が出来てからこっちに移り住んできたりもしてる。カラカスよりもこっちの方が安全で平和で普通だからな。そんな奴らからすると、この場所が奪われるのは『ふざけんな』って感じだっただろうな」


 この『花園』は基本的にはカラカスにいた浮浪者や大人しい性格の人物を選んでこちらに移住させたが、その全員が犯罪者というわけでもない。

 どこぞの貴族や商人から嵌められたり、貴族の横暴に逆らって罪に問われたり、或いは貴族と平民の駆け落ち先としてここにくることもある。

 一応罪を犯したことにはなっているが、『犯罪者』であるのかと言われると違うような奴ら。そんな奴らもいる。


 そんな好き好んで犯罪者になったわけじゃないが居場所がない奴らからしてみれば、どんな立場、どんな関係であっても誰にも文句を言われることのないこの街は、安住の地と言えることだろう。

 そんな場所が攻められているとなったら、そして自分たちは屈しないのだという演説を聞いてしまったら怒るだろう。

 そうして戦い、勝って守ることができたんだから、まあこうなるのも無理はないと思う。


「ですが、あの光はやりすぎだったのではないでしょうか?」


 ソフィアは先程の光景を思い出しているのか困ったように少し眉を顰めているが……うん。それは俺も思う。

 まずいかまずくないかで言ったらまずくはないんだが、やりすぎではあったように思う。


「そう? あれすごく目だったと思うんだけど?」

「いえ、目立つことは目だったと思いますが……」

「じゃあ良いじゃない。これでわたしも立派な『悪』の代表になれるわよね! わたしはやってやるわ!」


 これからの未来に想いをはせているのかリリアは無駄にやる気に溢れているが、俺としてはもう少し落ち着いて欲しいと思っている。

 こいつ、あとどれくらいしたら落ち着くようになるんだろう? 数十年くらい先か? できることならもっと早く大人になって落ち着いた生活を送ってくれると嬉しいんだけど……無理か。


「……あれ、『悪』というよりも正義だったのではないですか?」

「口上も、どちらかというと正義よりのものだったように聞こえましたね」

「本人が気にしてないから良いんじゃないか?」


 ベルとソフィアの言葉にはまるっきり同意だが、あれがリリア自身の言葉ではなく聖樹の意思が混じってたものだってんなら、それも仕方がないだろう。

 何にしても、本人は満足そうだし、俺たちに害があるわけでもないからいいと思う。


 そんなこんなで色々と終わった後、俺たちは壁の上から動かずに戦場だった場所を眺めながらダラダラ話をしていた。


「——カイルが戻ってきました」

「ん? おー、お疲れさん。どうだった? なんか指揮官っぽいの捕まえてたみたいだけど」


 話していると、エドワルドの部下のところに今回の『獲物』を届けてきたカイルが戻ってきた。

 カイルは狩りから花園に戻ってくる時、両手になんか偉そうな服を着た男を持って戻ってきていた。まあ指揮官っぽいってだけでどれがどれだかよくわからなかったけど、結果はどうだったんだろう?


「わりい。敵の大将は仕留め損ねた。俺じゃなくて他の奴が持ってった。俺はその周りにいた貴族って名乗ってた偉そうなのを二体捕まえて向こうに引き渡してきただけだ」

「いや、戦果としては十分だろ。少なくともなんの働きもしてない雑魚、とは呼べないと思うぞ」


 むしろ多少の先行はあったとはいえ、カラカスの猛者どもが放たれた場所で獲物をとることができたんだから十分だと思う。


「かもしれねえけど、次はもっと上手くやってやる」

「……ま、なんにしても、敵の軍は倒して何人か偉いのも捕まえたんだったら、後はどうとでもできるだろ」


 これで一件落着、かね。後はなんか残ってることってあったか?


「……ああ、そうだ。そういえば援軍がいるかもって話したが、いると思うか?」

「あー。でも、あくまでも可能性の話だったんだろ?」

「そうですね。それに、仮にいたとしてもこの状況ではもはやどうしようもないのではないでしょうか?」

「この街にすでに入り込んでいる、という可能性はないですか?」

「……ないだろうな。カラカスならともかくとして、こっちはエルフ以外で知らない奴がいたら警戒対象になる」


 何せお客様の安全第一だからな。だが、今の時点でそんな変な奴がいる、なんて連絡は入ってきていない。


「これがカラカスだったらベルが言ったように潜り込んでる不審者の百や二百いたところで問題にならずに済む可能性はあるけど、まあこっちじゃ無理だな」

「なら、案外向こうで何か騒ぎが起きてるのかもしれねえぞ?」

「あっちでか? ……まあ、その可能性はあるな。こっちで騒ぎを起こして目を引きつけ、その後にあっちで騒ぎを起こす。もしくはその逆かもしれないけど、ないわけじゃないな」


 ただ、そうなると心配する必要なんて全くなくなる。

 何せあっちは俺たちみたいな非戦闘派の奴らじゃなくて、本気で殺し合い歓迎してるような武闘派がいる。そして、その頂点にいるのが化け物剣士だ。

 ゲリラ戦をやられたら多少の被害は出るだろうけど、最終的にはどうにかするだろ。


「——っ!?」


 そう思った瞬間、視界の端には映るものの遠くに離れているカラカスの街から異変を感じた。

 その異変が何か、なんて考えるよりも早く振り向き、カラカスの様子を注視する。


 俺たちが振り向いた時には、すでにカラカスの街から天を貫くような光の柱が現れていた。

 それがなんなのかわからないが、それを見た瞬間に、俺の頭が最大級の警報を鳴らす。

 あれはやばい。なんなのかわからないが、とにかくやばい。敵対していいようなもんじゃない。


 やばいやばいと、それしか頭の中に浮かんでこないが、あれはそれくらいの代物だ。少なくとも、人間の振るうような力ではない。


 だが、そんな光の柱も徐々に消えていき、少しすれば完全に見えなくなった。


「……なんだ、今のは」


 光の柱が見えなくなってから少ししてから、俺はようやくの思い出それだけの言葉を口にすることができた。


 そうして俺が話し始めたからか、カイルは大きく息を吐き出してから話しかけてきた。


「おいヴェスナー。なんかやばい感じがしたんだが、そっちもか?」

「ああ。敵意悪意の類はなかったと思うが、出くわしたらヤバそうな感じがやばいくらいにな。三人はどうだ?」


 カイル以外にその場にいたソフィア達三人にも聞いてみるが、多分結果は変わらないだろうな。


「武威は感じましたが、特にこれと言っては何も」

「私もです。敵対する意思は……少なくともヴェスナー様を害する意思は感じられなかったです」


 ソフィアは非戦闘職だしわからなくても仕方がないが、ベルは俺に対する悪意の類を感知することのできるスキルがある。それが反応しないってことは、俺を攻撃する意思がないのか、もしくは考えたくないけどスキルでも感知できないようなぶっ飛んだ力が働いていると考えられる。

 さっきの光を見ればぶっ飛んだ力ってのも納得できるからなんとも言えないが、できることなら攻撃する意思がないもんだと嬉しい。じゃないと死ぬ。


「なんか光っててカッコよかったわね!」


 ……お前はそういうやつだったよな。知ってた。


 だが、俺たちがやばいと感じるほどの力を放つとなると何が起きたんだ?

 さっきの光を発するような何か、あるいは誰かがいたのか? 誰だ?

 俺たちに敵意がないことを考えると……


「……親父か?」

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