第249話西のボス・アイザック

 

 さっきのやつの犯人は親父。そう思いつけばどんどん考えは進んでいく。

 よく思い出してみればさっきの光の柱だって上から徐々に消えていったし、上から降り注いでいた光という下から発生していて、それが消失やら収束やらしていったとも考えられる。

 そして、下から上へと発生していたのであれば、あれは巨大な剣だったんじゃないだろうか?

 というか、一度そうだと思いついてしまえばそれ以外にもう思いつけない。


 だが、親父は第八位階だったはずだが、あれは第八なんかで収まるようなもんじゃない。第九どころか第十。いや、それ以上にすら思えた。第十の上なんてあるのか知らないけど。

 なんで第八位階のはずの親父がそんなもんを使えるのかわからないが、まああの親父のことだ。位階が上がった、なんてことは聞いてなかったが、わざわざ言うわけでもないし、俺が知らないうちに上げたんだろうな。


「ボスか。なら納得だな。というかそれ以外に考えられないか。相変わらずメチャクチャだな」

「あれに比べれば俺なんてまだまだだよな」

「いえ、あの、それとこれとは別な気もしますが……」


 ベルがなんか言ってるが、俺がまださっきのアレには及ばないってのは事実だ。


 だがまあ、あれが親父の仕業だと確定したわけでもないが、多分親父だろうとみなしていいと思う。


「でもまあ、あっちで起こる分には何の問題もないだろ。それよりも……こっちをどうするかって感じだな」


 街の外に目を向けると、そこには敵の死体と、そこから金目のものを剥ぎ取っている住民達の姿が見えた。

 そしてその奥には馬鹿みたいに荒れた地面と、この戦いが始まる前にはなかった木々が乱立している。

 この光景だけ切り取ったら、数時間前と比べると別の場所のように思えることだろう。


「これは、片付けが面倒ですね」

「その辺はカラカスの奴らがどうにかするだろ。死体から金属の類は全部根こそぎ奪われると思うぞ」


 カイルの言ったように死体の装備している鎧とか剣とか槍とか、そういった武具類や装飾品、後は単純に財布なんかは住民達の手によって剥ぎ取られ、数時間も知れば今転がっている死体は全て裸になるし、数日後にはそれらのものの何割かは店先に並ぶことだろう。


 戦場での死体漁りは普通の軍なら忌避されるようなことだが、ここではそんなことはない。というか、そもそもほとんどの住民は誰もそんなことを気にしたりしない。

 金になるものがある。だから回収する。それだけだ。道端に落ちてる硬貨を拾うのと何ら変わりない、とまではいかないかもしれないが、森で狩った獲物の死体を剥ぐのと同じようなもんだ。動物や魔物から剥ぐのは良くて人間からはダメ、なんてのはここじゃ通らない。


 まあ中には元騎士だったやつとかもいるから、そういう奴はあまりいい顔はしないが、まあ少数派だな。嫌な顔はしても、そういう場所だと理解してるから何も言わないし。


「でも、死体の方はどうするんですか? 放っておけば疫病の元になりますが」

「適当に集めさせて燃やせばいいんじゃないか? 最悪俺が肥料に変えれば問題ないだろ」


 第九位階にあがったことで、今の俺は直接触らなくても、腐らせたいものに接触しているものであれば一緒に腐らせることができるようになっていた。効果範囲はあるが、その範囲内なら全部を腐らせて肥料に変えることができる。

 まあ、正確には肥料は腐るんじゃなくて発酵するらしいけど。でも発酵も腐敗もやろうと思えばどっちもできるし、専門じゃない俺からしてみればどっちの表現だろうとどうでもいい。

 それに、表現的に『腐る』の方がなんと言うかそれっぽいだろ? いかにも戦いに使えますよ的な雰囲気がある気がする。


 たとえば、そうだな……人と握手をしてスキルを発動させれば、手から徐々に体全体を肥料に変えていくことができる。

 まあ実際にやったことはないけどな? あくまでもそんなことができるんだよ、って例だ。今までもこれからも使う機会もないし……いや、これからは使う機会もあるか? ……機会はあるかもしれないけど、進んで使おうと思ってるわけじゃないから問題ない!


 それよりも、だ。目の前の惨状をどうにかしないとって話の途中だったな。


「……ま、その辺はなんとかなるってことで、とりあえず今は親父んところに、それから一応エドワルドに報告でもしておくか」


 なんか考えるのがめんどくさくなったので丸投げすることにした。このまま放置しておいてもエドワルドなら勝手に修復するだろうけど、だからって頼まなくていいわけでもないしな。その辺の義理はしっかり通さないと。


 そんな感じで面倒な後始末だとか手続きだとかはあるけど、まあ大きな問題は片付いたわけだし、いい感じではないだろうか?


 ──◆◇◆◇──

 西のボス


「——向こうは始まったみてえだな」


 今回俺はヴォルクのやつとどっちが上なのかを決めるために武器を取ることにした。どっちが上か、なんつっても、俺は負ける気はねえがな。

 今までもうざってえあいつをぶっ殺す機会をうかがっちゃあ、その隙がなかった。


 少し前に、あいつがこの街に来た時から持ってたどこぞで拾ったらしいガキ。あいつの周りでの問題で中央のブタが色々と動いちゃあいたからそん時にあわよくば、なんてことも思ってたが、まあ見事に失敗しやがったなあいつは。使えないことこの上ねえ。


 が、あれは元からもし使えるようだったら、程度のもんだった。元からそんな期待しちゃいなかった。


 だが、今回は違う。今回はあいつを潰すためにわざわざこの俺が外からの協力者なんてのを招いて動くんだ。失敗なんぞするはずがねえ。


 きっかけはどっかのバカな貴族からの使いだった。

 どうやら奴らは例の街——花園なんて名乗ってる新たな街が欲しいらしい。まあ金がねえんだろうな。街が欲しいっつーよりは、金が欲しいんだろう。調べさせた限りじゃあ奴らの街はクソみてえな……それこそカラカスよりもクソみてえ場所になってるそうだ。まあ、クソっつっても、カラカスとは別の方向に、だろうがな。

 貴族から搾取され尽くした家畜共の寂れた牧場。それが奴らの領地だ。贅沢をしたくてもすることもできない。

 そんなだから今回金を手に入れるために俺たちに話を持ってきた。


 正直あいつらが死んだところでどうでもいいが、話そのものは悪かねえ。


 だが、それはあくまでも表面上のもんでしかなかった。

 提案してきたのは木端貴族。だが、実際に策を練り、バカを操ってるのは別にいた。

 そいつは俺が前々から手を結んでいたそこそこでけえ貴族で、今回は俺が西だけじゃなくカラカスそのものを支配できるように手を貸してくれるんだとよ。

 ハッ! 随分と上から目線でありがたくて、思わずぶっ殺したくなるぜ。


 だが、提案そのものは渡に船ってもんだ。俺がカラカスを支配した暁にはそれなりのリターンをよこせっつってるが、それでも俺がこの街を支配できんだったら悪くねえ。


 作戦としてはあいつらの手駒がヴォルクの息子の作った街を壊すために襲い、その間に俺がこっちで暴れる。それだけのもんだ。


 問題としちゃあ、あいつらの駒がまともに戦えんのかって話だな。

 あの花園って街にはこのカラカスで暮らしていたが、逃げ出した奴らが集まっている。

 だが、ここから逃げ出したっつっても腐ってもこのカラカスの住人どもだ。正規の軍、それもたかが雑魚貴族程度の軍じゃいくつか集まったところで話にならねえだろうな。


 だがそれでいい。あいつの目を向こうに向けられて、そんで時間さえ稼げりゃあそれで十分だ。

 貴族の軍が囮になっている間に、俺はヴォルクの野郎の館に攻め込んで、潰す。

 ヴォルクのやつは血の繋がってねえ息子がそんなに大事なのか、向こうへと様子見に行ったらしいからな。この街にいねえ間に全部終わらせちまえばいい。


 もし奴がこっちに帰ってきた場合は本人を殺せるかどうかはわからねえが、周りの奴らを潰して再起不能に追い詰めるこたあできる。仮にどうにか立て直そうとしたところで、数年かかるようならその間に俺がカラカスの全てを支配すりゃあいい。ババアもメガネも、所詮は女を使うことと金を稼ぐことしかできねえ雑魚。力で脅せばすぐに尻尾を振るに決まってる。


「……もうてめえにでかい面はさせねえぜ。今日で東のボスはしめえだ。ぶっ壊してやんぜ」


 改めてそう口にしてから、俺は俺の武器である大斧を手に取って担ぐ。

 そのまま止まることなく部屋を出ていくが、足がいつもよりもうまく動かねえ気がしやがる。

 そりゃあそうだろうな。これからこの街を支配するための大一番が待ってんだ。いつも通りに行くわけがねえ。

 だがそれでも俺は足を止めない。俺は、今日こそ奴を潰すって決めたんだ。止まるわけにゃあ行かねえし、もう止まれねえ。

 そうして屋敷の外へと出ると、そこにはすでに何人どころか何百、いや千を超える数の部下どもが待機していた。こいつらはこれからヴォルクの領域に攻め込むために集めた駒だ。

 流石に、俺一人で奴らを全員倒せるなんざ思わねえし、屋敷に常駐している部下を使ったところでそれは同じだ。だから俺の領域である西区からかき集めた。

 つっても所詮数合わせにしかならねえ雑魚どもだが、まあ囮くらいにはなる。


 そんな外で待機していた駒どもの前に立つと、その場にいた全員が姿を見せた俺へと注目した。

 ……はっ。悪くねえ。やっぱこうして姿を見せただけで恐れのこもった視線を集められるってのはいいもんだ。

 西区なんつー小さな場所だけでこうなんだ。カラカス全体からその視線を受けられると思うと堪らねえぜ。

 そのためにも、ヴォルクの野郎を潰さねえとだな。

 そして俺は、この街の王になる。

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