第246話魔王降臨
「っと着いたな。敵の動きは……なしか」
そんなふうに話しながら歩き続けていたのだが、しばらくして俺たちは壁の上へと辿り着いた。
壁の上から敵軍の姿を見下ろすが、敵に大きな動きはない。強いていうなら混乱してまとまりなく個人個人で動き回ってるくらいか?
「どうすんだ?」
「んー、相手待ちかな? 逃げるなら、それはそれで構わないし」
そもそも俺は倒したいから倒してるわけでもない。向かって来るから殺してるだけだ。
普段なら敵対したのは後腐れをなくすために全滅させるんだけど、今回に限っては逃げてもらっても構わないと思ってる。
……まあ、逃げないだろうなとは思ってるけど。だって、ここで逃げるようならあんだけの数を集めてないだろ?
「いいのか? 敵対したってことで話が広まると思うぞ?」
「どのみち敵対ってんなら今の時点でしてんだろ。それよりも、敵対しても自分たちの身を守るだけで、無茶をしなければ生かしてくれる、って認識が広まった方が嬉しいだろ」
「ああ、それもそうか。皆殺しの魔王がいるってなったらまずいか」
「おい待て、誰が魔王だ」
皆殺しって方にも文句はつけたいが、状況次第ではそうなるのでそっちは良いとしよう。
だが、俺は魔王ではない。
「お前だよ。そう名乗ったんだろ?」
「いや、それは……まあそうだけど、その場のノリっていうかさ、ほら。わかるだろ?」
違うんだよ。何度も言うが、あれは名乗りはしたけどその時の流れとか気分とかそんな感じでただ口にしただけで、実際に自分で名乗るつもりなんてないんだ。……今更そんなことを言っても誰も信じてくれないし、目の前の光景を見れば過去の自分も信じてくれないだろうな。
だって俺、一人で一万の軍隊を壊滅させたんだぜ? 仮に魔王ではなかったとしても、もう一般枠ではねえよな。
「——っと。んなこと話してる場合じゃないっぽいな」
「どうした?」
「植物達からの伝言だ。『敵はやる気だ』って」
「なら潰すのか」
「ああ。逃げるんだったらそれでよかったんだが……じゃあまあ、魔王らしく派手に仕掛けるか。もう問答も済ませたし、問題ないよな」
リリアにはカッコつけて欲しいと言ったし、実際これ以上ないくらいに目立ってくれたんだが、そのせいでと言うべきか、俺の存在感が薄れてしまっている。
今回の戦いは、味方に『俺』という存在を見せつけると言う目的が含まれている。本来なら最初の敵軍処理を見せつけるだけで終わったんだが、あいにくとリリアのあれがあったから俺の活躍が薄れてる気がする。
だから、できることならもう少し活躍しておきたい。
魔王と名乗ったのはその場のノリだったし、その名前で呼ばれるのも不本意だが、まあ今くらいは魔王としてはっちゃけてもいいだろう。
「でも敵さん、やっぱり突っ込んで攻めてくるみたいだな」
「んー、まあ街攻めなんてそんなもんだろ。結局は俺が潰せばおしまいだ」
でも確かに、敵は何を考えてるんだろう? さっきの攻撃ですでに力の差は理解できたと思うんだが?
それでもまだ突っ込んでくるってことは、理解していない……いや、違うか理解してないんじゃなくて、期待してるんだな。
『あれだけの大技を使ったんだから二度目はないはずだ』みたいな感じで。じゃないとああも思い切りよく突っ込んでこないだろ。
そしてその突っ込んでくる兵士たちだが、その後方には、土でできた人型の化け物が誕生していた。あれは、いわゆるゴーレム的なアレだろうか?
それが数百。確かに、アレならば兵数の補填としては多少は役に立つだろう。一般兵十人くらいの価値がある、みたいな話をどっかで見たことがあるような気がするし。
でも、その程度の数じゃあ俺たち相手には大して意味があるとは思えないけど。
「大丈夫か?」
「誰に言ってんだ。俺はこれでも第九位階に上がってんだぞ?」
「……あー、そうだったな。化け物め」
「まだ人間だよ。第十位階に行ってないしな」
まあそれも後少しな気がするけど。
最近はスキルの修行を少しサボりがちだったからな。何せもう数千回って使えるんだ。無理して限界を伸ばさなくても良いんじゃないかって思ったんだよ。
ただ、今回みたいなことがあるとなると、さっさと第十位階まで上げといた方がいいよな。たった一つとはいえ、第九位階と第十位階じゃ強さの格が違うし。
それはともかくとして、今は目の前の敵を倒すことを考えよう。
「《天地返し》」
まずは、突っ込んでくる敵の先頭を叩くとしようか。これ以上この街の周囲の地面を荒らしたくないんだが、まあ仕方ない。
今度は戦闘だけじゃなくて敵軍のど真ん中に適当な感覚で使ったのだが、スキルの発動に合わせて地面が宙に持ち上がりひっくり返るが、他はそのままスルーしてこっちに突っ込んでくる。どうやら無視することにしたようだ。
でも敵の数は減ったし、正直あとはこの街の奴らだけでなんとかなるんじゃないかとも思うが、何もしないわけにはいかないので次の対応へと移る。
この後はどうするのかと言うと、俺の手にはいつの間にか種が握られていた。
これは数時間ほど前にあった襲撃者、リットと戦った時にも使った空間系のスキルを使った結果。
《保存》スキル。自分で作った農作物に限るが、好きなだけ異空間に保存することができるスキルだ。これのおかげで俺の残弾は実質無限。弾を補充する時間もかからずに速攻で取り出すことができるぶっ壊れスキルだ。まあ、普通は種を弾として考えないんだろうけど、そう使えるんだから仕方がない。
後、《保存》の中に入れておくと乾燥なんかの簡単な加工もできるのですっごい便利。最近のおやつはドライフルーツだ。
「《播種》《生長》」
手を前に突き出し、手のひらからこぼれ落ちるように落下し、宙を舞う種たちだが、俺が呟くのに合わせて突如弾かれたかのように敵へと向かって飛んでいく。
アレが自発的に光を放つ種とかだったら流星のようで綺麗だっただろうなと思うが、使ってるのはただの種だ。光らないし大きくもないから飛んで言っても目に見えない。何とも地味な光景である。
だが、起こる結果は地味とは程遠い。
位階が上がったことで今までのスキルも強化されていき、今では視界内なら大抵の場所には種をまけるし、生長した植物だって一度の発動で樹木と呼べるくらいまで大きくすることができるようになった。
人から植物が生え出し、種物が生えた人間の方は栄養を吸われて干からびていく。運よく耐えた人間もいるが……それが幸せとは限らない。
植物の生長に栄養を吸われたことでふらつき、栄養を吸ったことで生長した植物は蔓を伸ばし、花を咲かせ、実をつけた。
何もなかった平原に突如果物の樹ができたそれは、食料が貴重な土地によっては神の奇跡にも等しいだろう。
だが……ああどうしたことだろうか。本来なら地面にしか生えない植物が、あろうことか人間の体、それも全身にわたって生えてしまっている。
ドウシテコンナコトガー……。
……なんて、まあやったのは俺なんだが、流石にこれだけの樹が突然できたなら少し距離があっても目立つだろ。
樹が揺れているところを見ると、まだあんな状態でも生きてる奴がいるんだろう。
だが、それも次の攻撃で終わる。
「それから——《収穫》」
俺がそう口にした瞬間、俺の手には農作業に使うための大きな鎌が現れた。
農作業用ってだけあって、その見た目は別にカッコよくも何ともない素朴で無骨なもの。だが、その無骨さが逆に不気味に見えるんだから不思議だ。
そんな鎌を何度か手で握って確認してから大きく引いて構える。
そして、それをあまり力を込めずに、軽く薙ぎ払うかのように振るい、虚空を切る。
使ったのが普通の鎌だったら何も起こらないだろう。何カッコつけてんだと言われておしまいかもしれない。
だが、これは俺がスキルで生み出した鎌だ。ただの農具であるはずがない。
そして、そんな行動をした結果はすぐに現れた。
生長した植物たちになっていた実が、まるで何かに切り落とされたかのように一人でに樹から離れ、俺の元へと飛んでくる。
これがこの鎌の効果だ。自身の手元に鎌を生み出し、それを振るうことで特殊能力が発動する。
ちなみに、今回は規模がでかいので大鎌を使ったが、普通に小さな鎌を出すこともできる。むしろ多分そっちが本物というかスキルの本来の形だろう。最初に使った時にその形で出てきたし。
まあ、鎌といってもみんなが想像するような鎌ではなく、なんか曲がってる剣のような感じの、それ本当に鎌? と言いたくなるようなフォルムのやつだけど。そこからある程度形も変えられるし、短剣の代わりに使えて便利です。
で、まあ肝心の特殊効果だが、使う意思を込めて鎌を振るえば、近くにある植物から収穫できるものを一斉に刈り取り、その収穫物を自身の元へと呼び寄せるというものだ。
しかし、俺の元へと飛んできた『収穫物』は実だけではない。素材として使えそうな葉っぱも全て回収——《収穫》することができる。まあ葉っぱは茶葉になるし、収穫物として考えられるな。
だが、そしてそれと同時に、樹の苗床となった〝人間の首〟も、俺の元へと集まってきた。
このスキル、どういうわけか植物だけではなくその苗床となった生き物までスキルの対象となっているために、回収して持ってくるのだ。ただし、頭だけ。
なんで頭だけなのかわからないし、収穫スキルを使って首が落ちるとか、何を『収穫』してんだ? 命の収穫か? ……それ、農家ってよりも死神じゃね? 使ってるのもちょうど鎌だし。
大地がひっくり返り、突然仲間が苦しみ出して体を突き破って植物が生え、それに伴って干からびたと思ったら首が落ちる。
……控えめに言って地獄かな?
そのおかげ、というか成果というか、敵の足並みは乱れ戦場は阿鼻叫喚。それまで威勢よく叫びながら進んでいた敵兵だが、今でもこっちに突っ込んでくるのは変わらないけどその声に悲痛さが混じっているように聞こえる。中には敵前逃亡だというのにもかかわらず、逃げ出している奴もいる。
うん。当たり前だ。俺だって敵側にいたら泣いて逃げ出す自身がある。
随分とあっけないが、まあこんなもんか。戦闘にすらならなかったな。
あとは住民たちの鬱憤を晴らすための犠牲になって貰えばそれでしまいだ。
「魔王に攻め込むには、お前らは弱すぎだ。勇者でも連れて出直してこい」
……あ、やっぱり勇者はいらないから来んなよ?
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