第245話おや? リリアの様子が……
そうして動くと決めた俺たちは、すぐさま馬を用意して街の外に出て行き戦場となるだろうところまで辿り着いたわけだ。
だが、俺たちが出てきたことで敵の軍からは何やらざわつきが聞こえてきた。多分、こんな子供が出てくるのか、って感じだと思う。これでも年相応に成長しているんだが、戦の代表として、街の代表として出てくるには若すぎるよな。
「任せたぞ。失敗してもフォローはするが、真剣にな? 真面目にな? この街の代表だってこと忘れんなよ? 大丈夫か?」
ここまでやってきたわけだが、いざこいつに任せるんだと思うとどうしても不安しか出てこない。
「大丈夫よ。任せなさいって。わたしがすごいんだってところを見せてあげるんだから」
しかし、リリアは俺の言葉を軽く流してしまう。
そんな様子を見て本当に大丈夫だろうかなんて思ってんだが、直後、リリアの雰囲気が一変した。
なんだろうか、普段のゆるさというか適当さが消えて、代わりに凛とした……それこそ王女と言われても納得できるような、そんな空気を纏っている。
いや、それどころか、なんだ。なんか神々しさというか、神聖さ、のようなものすら感じられる。
「リリア……?」
そんな普段と違う様子のリリアは、馬から降りるたのだが、どうにも違和感がある。
その違和感が何かと思ってよく見てみると、馬から降りたはずのリリアだが、その視線の高さが俺とほとんど変わっていなかったのだ。
俺は馬に乗ったままだってのに視線の高さが変わらないってのはどう考えてもおかしい。
そう思ってリリアの足元を見てみると、その足は地面にはついておらず、リリアの体は宙に浮いていた。
その事実に俺は目を剥くが、リリアは当然だとばかりに気にすることもなく敵陣へと体を向けると、そのまま歩き出し、そして階段を登るかのように空中を歩き始めた。
あれは、結界の類か? 透明な結界を横にして配置し、それを踏んで歩く。よくある方法といえばそうなんだが実際にリリアにはそれができる。
だが、リリアの行動はそれだけでは終わらなかった。
宙を歩いていくリリアは一歩進むごとにその体から光を放ち、敵も味方も含め全体からリリアのことがはっきり見える高さになった頃にはリリアの頭上からも光が降り注ぎ辺りを照らした。
……こいつ、なんでこんなことになってるわけ?
そんなことになっているから、当然だがその場にいる誰も彼もが黙り、先ほどまで聞こえていたざわめきすらも消えた。
戦場であるにもかかわらず無音と言っていいほどの静寂が訪れ、そんな中でリリアが話し始めた。
「私はこの地を束ねる東のボスの同盟者、エルフの王女リーリーア・エルドラシル! 貴様らは自分たちのことを正義だと言ったが——ふざけるな」
その声は大きな声を上げたわけではない。出発前に事前に拡声の道具を渡してはいたが、それだけの理由ではなくその声は全体に——それこそ世界中に響くんじゃないかと思えるような威厳が感じられた。
「自らのことを正義と言うか。ならば言ってみよ! この数百年の間、貴様らが我らに何をしてきたのかを! 貴様らは我が故郷を侵略しようとしてきた害虫でしかないではないか! 自分勝手な理由をつけて我らを迫害し、仲間を拐い、侵略を続けてきた! それが正義を名乗る者のすることか! 貴様らが正義だというのなら、我らは悪で良い! 我らは犯罪者であり、我らは『悪』だ。だが、それがどうした! 我らが気に入らない。この地を奪いたい。良いだろう。ならば力づくで奪ってみせるがいい! 我らは我らの守りたいものを守るために奪い、殺そう。お前達の願いを踏み躙り、そして、我らが求める全てを手に入れよう。力こそがこの地の流儀であり、唯一の法なのだから。ここは我らの地! 我らはこの地を守るために戦う! かかってこい『正義』ども! この場所は誰にも渡さない!」
はっきりとそう言い切ったリリアは、くるりと優雅に反転し敵軍に背を向けるとそのままゆったりとした足取りで見えない階段を降りてきた。
そんなゆっくりした動きでは背後から攻撃を受ける可能性もあるが、堂々としたその姿は、だからどうした、とでもいっているかのように思えた。
そして、俺の元までたどり着くとこちらに向かって手を差し出してきた。最初はそれがなんなのか分からなかったが、その視線から馬に乗せろ、手を貸せ、と言っているのがわかったので、手を差し出してリリアを後ろに乗せる。
あとは街に帰るだけなんだが、ここはゆっくり行った方がいいか?
せっかくリリアが想定外にすごい活躍を見せたんだ。ここで急いで逃げ帰るような真似をすれば、台無しとまではいかないが、先ほどの威厳が半減してしまう。
なので、リリアを乗せた俺はそのまま振り返ることなく馬を歩かせ、堂々と街へと戻っていった。
……だが、こいつは本当にリリアなのだろうか? 中に別の誰かが入っているような、そんな気さえする。
「「「うおおおおおお!」
街に帰ると、門の前に集まっていた住民達が手を振り上げながら叫び俺たちを出迎えた。
まあ、そうだよな。あれだけの言葉を聞いたんだ。盛り上がらないわけがない。
「かっこいいぞ嬢ちゃん!」
「今度うちで奢ってやるぜ!」
「そうだ! ここは俺たちの場所だ!」
リリアにかけられる声はかなり好意的な様子だ。実際かなりかっこよかったしな。
「ただいまー!」
リリアは自分のことを出迎えてくれた周りの奴ら向かってピースをしながらそういって笑いかけている。
その姿には先ほどまでの威厳なんてかけらもなく、それこそいつも通りのリリアの姿があった。
その落差にさっきのは幻覚かなんかだろうかと思ってしまうくらいだが、周りの反応が幻なんかではないことを示している。
この街にはリリアのことを知っている奴も大勢いる。だからだろう。普段の姿との違いに、戸惑った様子が見える。
あ、でも野良を含めてエルフ達はすごい拳を振り上げたりして喜んでるな。……人混みから外れた後ろの方でだけど。
「お疲れ様でした」
そんな住民達の様子を軽く眺めたあと、俺は敵の動きを見るために馬から降りて外壁の上に向けて進んでいこうとしたのだが、馬を降りたところでソフィア達がやってきた。
「お疲れって言っても、ほとんど……っつーか全部あいつが動いただけだったけどな」
正直言うと、俺は何もしていない。強いて言うなら送迎係?
「ですがあなたが姿を見せたことに意味があります」
「意味ねえ〜……」
「そもそも、お前が敵の軍を半壊させたから口上なんて言い合う場ができたんだから、出ていかないわけにはいかなかったし、全く役に立ってないってこともないだろ」
「ならいいけどな」
それよりも、だ。今はもっと別に話すことがある。
「まあいいや。それで、相手さんはどうしてる?」
あれだけ目立つことをしたんだがから、もしかしたら背後から攻撃がくるかもなんて思っていたが、結局俺たちが街に着くまで敵からの攻撃はなかった。
となるとすぐに行動を起こすことはないと思うが、どうだろう?
そもそも相手としては時間稼ぎを兼ねていただろうってのが俺たちの予想なわけだし、今すぐに突撃! なんてことはないと思うんだが、実際のところはどうなのか分からない。
もしかしたら、これからすぐに突撃してくるために今は準備をしている最中かもしれないし。
「混乱している様子が見られました。ここの者達は犯罪者ですが、ここはあくまでもカラカスではありません。ただ近くにある街、というだけです。上の方はカラカスとの繋がりを知っていますが、少なくとも、一介の兵士達はここが本当に犯罪者達の拠点なのか確証はないはずです。そんなところに、先ほどの演説ですから……」
「自分たちの正義を疑ってる、ってか?」
「少なくとも迷いは持ったようです」
まあ、リリアのさっきの宣言は『悪』だと言っていたけど内容的には『正義』側の発言だったからな。
確かにあいつらの故郷である森は、過去何度も侵略を受けてきた。
それはカラカスができるよりも、もっと前。数十年、数百年も昔の話だろうが、寿命の長いエルフにとってはちょっと昔程度の出来事だろう。エルフの中には、実際に体験した者達もいるかもしれない。何せリリアの母親であるレーレーネは四百歳を超えてたはずだし。
そんなエルフ達の王女が言うのだから、重みが違う。普段のリリアであればそれほど重く受け止められはしなかっただろう。
だが、あんな威厳あふれる姿で「お前らの方が先に侵略してきただろ」「お前らはいつも侵略してくる」なんて言われてしまえば、自分たちが正義なんだと思い込める人間はそう多くはないだろう。
「なら、このまま退いてく可能性も——」
「どう? どう? どうだった? かっこよくできたでしょ!」
だがそこで、チヤホヤされていたはずのリリアが俺たちの後をついてきて、顔を覗き込むようにしながらそう声をかけてきた。
お前は期待以上に働いてくれたし、あとはあいつらに持ち上げられて休んでいればいいのになんだってこっちに来るんだよ。
ついて来たら悪いってわけでもないから別にいいんだけどさ。
「……お前、なんで普段からあんなふうにできないわけ?」
どうだったか、と聞かれたから、良かった、と答えようと思ったんだが、頭の中とは別に口が勝手に動いてそんなことを聞いていた。
「え? だって疲れるじゃない。かっこいいのは好きだけど、それに、普段から力を入れなくて良いんだってボスから学んだのよ」
「ボスって……親父かよ……いやな所だけ真似やがって」
「それに、今回はうちの子が力を貸してくれたのよね〜」
そう言って軽い足取りで俺たちの先を進んでいくリリアだが……うちの子? 誰のことだ?
「うちの子? それって、お前の子供、じゃあないよな」
「はあ? ププ〜。あんた何言ってんの? わたしに子供なんているわけないじゃない。いると思ってんの〜?」
俺に向けて指をさして笑うリリア。ものすごくうざいんだが、これは俺、怒っても許されるよな?
しかし俺は大人だ。落ち着け俺。俺はスキルの修行をしたおかげで、何かに耐えるための精神力でいったら世界最高峰だろ。耐えろ。耐えるんだ。俺なら耐えることができ——
「そ、れ、と、も〜。わたしの子供が欲しいの〜? ん〜? わたしの魅力に惚れちゃったりした〜?」
できなかった。
「びゃあああああっ!?」
俺の頬を突きながらしゃべるあまりのウザさに、俺の鍛えた精神力でも耐え切ることができなかった。
だから俺は、リリアの目に向かって指をむけ、そこから水鉄砲の如く潅水を放ってやった。
弱めだから目に当たったところで怪我をしたりはしないし、仮になんかしらの問題があったとしてもリリアなら治癒できるから問題ないだろう。
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