第244話敵の口上とその対応

「私はソーク子爵領の統治をしているコザー・ソークである! 度重なる貴様らの悪業、これ以上見逃し続けることは一貴族として、一国民として到底できぬ! 故に、私は正義のため貴様らの征伐を行うべく立ち上がった!」


 これって口上ってやつか? でもなんで今更こんなことしてんだ? こう言うのって普通戦いの前にやるもんだろ? それがなくて俺がちょっとがっかりしたくらいだってのに今更とか……。

 リリアは横で「おおー!」ってなんか楽しそうに興奮した様子を見せてるけど、アレ、そんなに楽しいか?


 しかしまあ、ああして前に出て来たのは、多分予想外の出来事が起こったから立て直すためとか作戦会議をする時間を稼ぐためとか、なんかそんな感じだろう。


 あとは、そうだな……存在感を出すためとか? いくつもの領地が協力してこの場所を取りに来たんだ。

 これでもし仮ににあいつらが勝ったとしても、協力した中の一つ、となればもらえるものも少なくなる。

 だが、ああして名乗りを上げれば自分は頑張ったんだぞ、と言い張ることができる。


 もっとも、それを考えたのがあいつ自身なのか、それとも裏にいる誰かに唆されたのかはわからないけど。だってあれ、あんだけ目立つとか狙ってくださいって言ってるようなもんじゃん。ぶっちゃけ囮だろ。


「口上ねぇ。正直馬鹿馬鹿しいと思うよな」

「士気を上げるためにはいいんじゃねえのか?」


 士気、上げられるか? この状況で? ……無理だと思うなぁ。だって先頭部隊は半分くらい土の下じゃん。出鼻挫かれて何もすることできずに一万くらい死んだとなると、どう頑張っても士気って上がらないと思う。少なくとも俺が一般兵なら逃げる。


「ですがなんで今更なんでしょう? ああいうのって普通は攻撃前にするものじゃないんですか? もう攻撃してきましたよね?」

「言われてみればそうだな。……なんでだろうな?」


 ああ、やっぱ疑問に思うよな。ベルとカイルは首を傾げているが俺にもわからない。


「そもそも、あれは敵の指揮官なんじゃねえのか? なんであんな目立つことをしてんだ?」


 カイルが言ったように、さっきの名乗りとしてはそれっぽい感じがしたよな。指揮官、とまではいかないかもしれないけど、お偉いさんであることは間違い無いだろ。影武者って線もないと思う。だってあんなに腹の出たやつを影武者にしないだろ。使うにしても、こういった場面では普通はもっと様になる感じのやつを使うはずだ。


「時間を稼いでいるのではないでしょうか?」

「時間稼ぎ?」

「ええ。本来なら突撃し、数で押してそのままこの街を陥とすつもりだった。けれど先程の攻撃によって先頭部隊は文字通りの壊滅。予定は崩れ、動き方も制限され、そこから立て直すにしても新たに何か考えるにしても、時間がかかります。その時間を稼いでいるのではないでしょうか。これがもっと近ければそのまま突撃させたのでしょうけれど、まだそれなりに距離はありますから。貴族を使ったのは、貴族を使っての宣言であれば足止めの確率は上がると思ったのではないでしょうか。あるいは、もっと単純に見栄を張りたかったのかもしれません」


 と、ソフィアが俺たちの疑問に答えた。

 まあ、そんな感じだよな。あの口上は時間稼ぎで、あの偉そうなのは囮。そう考えるのが妥当だと思う。

 相手が貴族だから云々ってのは考えなかったが、気になった、と言う意味では正しいだろう。


「あとは、そうですね。仲間を待っている、と言う可能性もあるのではないでしょうか?」

「仲間? ……あそこにいる以外にもどっかから援軍が来るってか?」


 一応今攻めてきてるのもいくつかの領地がまとまってできた連合軍ではあるが、それ以外に協力者がいないとも限らない。簡単にいえば伏兵だ。どっかで様子見をしてる軍がいて、それが奇襲を仕掛けてくる可能性だって、ないわけではない。


「はい。その援軍がどのような存在でどれほどの規模かは分かりませんが、そちらの動きを待つための時間稼ぎ。そう考えれば、一応の理解はできます」

「なるほどな。まあそう考えれば一応の筋は通ってるか。突撃してやられてから時間を稼ぐってすげーバカっぽい感じだけど」


 意気揚々と攻めてきて、出鼻をくじかれたらちょっと待て! って仕切り直そうとするのは、なかなかにカッコ悪いと思う。


「戦いを経験したことのない貴族など、所詮はそんなものですよ」

「ほーん。そんなもんかねぇ」


 元貴族の娘であるソフィアが言うなら、そんなもんなんだろうな。


「で、どうする? こっちも口上を返したりすんのか?」


 カイルがこっちを見ながらそう問いかけてきたが、するわけがない。

 確かに口上はされたら返すのが戦場の礼儀なのかもしれないけどさあ……。

 正直に言うと、アレって意味あるか? わざわざ自分から危険に晒されに行くって馬鹿じゃねえの? 指揮官が死んだらその時点で負けじゃん。


「いや? そんなことしてる間に狙われたらどうすんだよ。普通なら返さないで攻撃したらなんか言われるんだろうが、元々こっちは『悪』なんだし、んなことする必要ないだろ」

「ではこのまま攻撃されるのですか?」

「そうだな……」


 ソフィアの言葉に頷いて再度攻撃を仕掛けようとしたのだが……


「ちょーーーーっとまったーーーー!!」

「……リリア。なんだよ突然叫んだりして」


 それまでおとなしかったリリアが突然叫び出した。


「あれ! あんた出ていかなくていいの!?」

「話聞いてなかったのか? 出ていく利点がないんだよ。そのくせ出て行ったところを狙われる危険性だけはものすごくある」

「う〜。じゃあじゃあ、私が行ってもいい?」

「お前が? 危険はあるけど利点はないって、たった今言ったばかりだと思うんだが?」

「聞いたけどお、出て行ってもいいじゃない。あれ、出てったらすっごい目立つでしょ!?」


 まあ、目立つか目立たないかでいったら間違いなく目立つな。それがどうし……ああ、そういえばこいつは目立つのが目的なところがあったな。目立って自分の宣伝して、それで配下を集める的なバカみたいなやつ。


「リリアに任せてみてはいかがでしょうか?」

「へ? こいつに? ……一応口上って自陣営の顔だろ? こんなのに任せて大丈夫かよ?」


 思いもよらないソフィアの言葉に、俺は一瞬何を言っているのか分からなかった。


 こんなのってなによ! なんて聞こえるが、無視だ。


「ぶっちゃけ役に立つか微妙じゃないか?」


 微妙!? 微妙って何!? という雑音が聞こえてきたが、きっと気のせいだろ。


「確かに色々と問題がありますし、心の底から問題ないと信頼し切ることはできませんが、やらせてみるだけの価値はあるかと思いますよ」

「地味に酷いことを言ってる気もするけど……価値ねぇー」


 ソフィアに言われてリリアへと視線を向けるが、そこには自信満々に片手を顔に当ててポーズをとりながらキメ顔をしてカッコつけているバカの姿がある。

 ……これに、任せるのか? う〜ん……。


「大人しく帰るつもりはないか? お菓子なら家に行けば用意してもらえるだろうから勝手に食って待ってて良いんだぞ?」

「ちっがーーーう! お菓子は後でもらうけど、かける言葉が違うでしょ!」

「お菓子はもらうんだな」

「え、だって美味しいもん。……ってそうじゃなくて! なんでわたしに任せるって言わないの!? 前回は呼んでくれなかったんだし今回は任せるべきでしょ!」


 前回って言うと……いつだ? 前にやった大きな戦いってのは母さんの時か? 確かにあの時はリリアを置いて先に戦いに行ったな。こいつは後から追いかけて母さんや他の兵士たちの治療をしただけだった。


「貴様らはなんの口上もないのか! とんだ腑抜けどもめ。前に出てくる勇気すらないというのか! 貴様らも、貴様らのボスとやらも、所詮は単なる賊よな。高貴なる私とは比べるまでもないゴミどもめ!」


 どうするべきかと悩んでいると、敵からそんな言葉が追加で飛んできた。……面倒なことをしてくれるよな、まったく。


「あー……めんどくせえなぁ」

「これ、出てかねえとまずくねえか?」

「戦いが終わったとしても、後で何か言ってくるものが出てくるのではないでしょうか?」

「だよなぁ……」


 敵に何かを言われたところでこちとら犯罪者。栄誉だとか誇りだとかを気にすることはないんだが、犯罪者だからこそ見栄ってのは気にしないわけにはいかない場合もある。

 あそこまで敵に言われて出ていかなければ、それは味方であるはずの奴らから舐められることになる。

 ここはカラカスと違って心持ち大人しい奴らを集めたが、それでもカラカスの出身であることは変わりない。

 このまま倒しても勝てるが、舐められたまま終わったら後の処理が面倒になる。そのため、俺が出て行かないわけにはいかなくなってしまった。


 でも口上ねぇ……


「ん? 何よ。どうかしたの?」


 ほとんど無意識だったが、俺はリリアに顔を向けた。

 リリアはなんで自分が見られたのか理解していないようで首を傾げているが……そのポーズ、まだ続けてたんだな。ああいや、さっきとは微妙に格好が変わってるな。


 ……これに任せるのか? 

 少なくとも、口上なんてまったく思い付かない俺がするよりはマシなんじゃないかと思えなくもないが、どうしたって不安は拭いきれない。

 が、確かに堂々と宣言を返すのには向いてそうではある。緊張なんてしないだろうし。


「……リリア。お前、周辺の奴らから『悪だ!』って言われ続けてるこの場所の代表として前に出てくつもり、本当にあるのか?」


 そう思ったからだろう。俺は普段なら絶対に聞かないであろうことをリリアに聞いてしまった。


「えっ!? いいの!?」

「本当にやりたいか? トチらない自信は……ないだろうけど、最後までカッコつけられるか?」


 不安はないわけではないが、時折見せるこいつの真面目さや有能さが出てくれば、いい感じに決まると思う。

 それに、正当性を謳うんだったら、犯罪者の俺よりもエルフであるリリアの方が適任ではある。ここには聖樹があるからな。それを守っているとでも言えば、まあそれなりに理由にはなるだろう。


「大丈夫よ。任せなさいって! 口上ってあれでしょ。さっきのアレみたいに戦いの前にお互いに言いたいことを言いたいだけ言ってればいいのよね?」

「……まあそんな感じだ。代表そのものは俺だから俺も一緒に出て行くが、口上はお前に任せてもいいぞ」

「やるやる! やったー!」


 このはしゃぎ様、ちょっと……いやだいぶ心配になってくるが、任せると決めた以上は信じよう。……すっごい不安だ。

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