第242話もしかしてお前……有能なのか?

「……ところで、リリアは?」


 だが、外壁に向かう途中でリリアの存在を思い出して足を止めた。

 正直、あいつはいない方が何も問題を起こさずに終わっていいような気もするんだが、いないとそれはそれで心配になる。俺の見てないところで何かすんじゃないかなー、って。


「何してたんだ?」


 そんなわけで、とりあえず居場所は判明していたので、敵のところの向かう前に俺の館の側に向かっていくことにした。


 だが、館にたどり着いた俺たちだが、そこではリリアが他のエルフ達を前にして偉そうに何かを話していた。

 こいつ、わざわざどっかから台を用意してまで何してんだ? 演説ごっこ?


「何って……そんなの決まってるじゃない。敵が来たんでしょ? だったら結界を張って守りを固めないとじゃない」

「まあ確かに守りを固めないとってのはそうだけど、結界を張ってってのは? ……まさか、とは思うんだが、まさか、お前が結界を張ったってのか?」


 とてもではないが、信じられない。

 しかし、そんな俺の言葉と態度が気に入らなかったのか、リリアは台の上に乗りながら俺たちのことを見下ろして不機嫌そうに口を開いた。


「それ以外にないでしょ? 何言ってんのよ。まあ、確かにわたし一人でやったってわけじゃないけど」

「いやいや、嘘だろ」


 その言葉が信じられずに、思わず反射的に答えてしまった。

 だが、周りにエルフたちがいることを考えれば全くの嘘ってことでもないのか? 本人が言ったように1人でやったのではなく協力したのだとしたらできないこともないだろうし。

 んー、でもなぁ……


「むっ! 何よ失礼じゃない。私だってやるときはやるんだからね!」

「……ちなみに、その結界ってのはどこに張ったんだ?」


 リリアの言っている結界ってのがどこに張られているのかわからない。だからこそ俺は今ひとつリリアの言葉が信じきれないわけなんだが……さて。どこに結界が張ってあるんだろうか? 目的と効果を考えるとこの庭への入り口あたりか?


「ここ。この庭全体に張ったの。これから離れるんだったら、誰かが来ても対処できないでしょ」

「は? 全体だと?」

「そうよ。だってさっきも変なのと戦ってたでしょ? あれみたいなのが入ってきたら困るじゃない」


 確かに困るが、俺が言いたいのはそこじゃない。これだけの規模の結界を張ることができたってのか?

 一応リリア1人ではなくエルフたちと協力してだからと理解できないこともないが、やっぱりこれだけの規模はなんの準備もないと難しいんじゃないかと思う。

 どっかに魔力タンクのようなものがあれば……っ! そうか、聖樹があった。

 リリア自身はここの聖樹——フローラの契約者ではないが、フローラの親である聖樹の御子として契約している。言ってみれば叔母、或いは母親の親友とかそんな感じの存在だ。ちょっと魔力を貸して、とでも言われれば断れないかもしれない。

 そうでなくても、この場所を守るためだから、と言われれば力を貸すだろう。


 しかしだ。魔力の問題は解決したとしても、敵の襲撃があってからそれほど時間をおかずにこれだけの規模の結界を張るなんてことが、こいつにできるものだろうか? そう思ってしまう。


 ……思ってしまうが、一つだけ浮かんだ俺の考えがあっているのだとしたら、その疑問も解決することができる。できてしまう。


「いや、待て……待て。お前……実は有能だったのか?」


 そう。こいつが……普段怠けて遊んで余計なことしかしないこいつが、実は有能なんだとしたら、敵の襲撃を理解するなり即座にエルフたちをまとめ、これだけの結界を張ったこともおかしなことではない。


 だが、これまでのこいつの生活を見てきた俺の頭がこいつが有能であるという事実を拒絶する。どうしても頭がこいつが有能だという話を受け止めてくれない。


「実はってなんでよ! 実はも何も、最初っからものすっごい有能でしょ!? 今まで何見てたわけ!?」

「何って言われても、お前の行動だな。今まで見てきたが、『悪』を目指すって言って馬鹿なことばっかりやらかしてないか?」


 まず最初の出会いからして有能さがカケラも見られなかった。仲間を集めるにしてももっと違う方法があっただろ。

 その後も色々企んでは失敗し、俺たちの後を追って旅に出れば奴隷として捕まり、この街に戻ってきたと思ったら部屋や花畑でゴロゴロしてる。

 有能さ、感じられるか? 最近では特にそれらしい行動は全くみられないんだが、当初の目的どこ行ったんだよ。

 まあ一応ここは犯罪者の街で、トップである俺のそばにいるんだから悪の組織の幹部と言えなくもないが……。


「そ、それは違うの。あれよ。時の運っていうか、タイミングが悪かっただけで……あっ! そうよ。あんたが邪魔するからじゃない! だからいつも失敗するのよ!」


 確かに俺はリリアのやらかす何かを邪魔してきた。そのまま放置しておけば後始末が面倒になるからな。

 だが、俺が邪魔しなくても結局は何かしら自爆してやらかす気がするのは気のせいだろうか? 気のせいじゃないと思うんだよなぁ。


「まあ、お前が有能だってことに釈然としないものはあるが……」

「なんでよ!?」

「よくやった。ありがとう」


 いまだにこいつが有能だという事実を完全に受け入れてくれない俺の頭だが、それでもこいつの行動は間違っていないし、むしろ俺が想定したよりもいい状況になっているのは理解できる。

 なら、それに関してはちゃんと礼を言うべきだろう。


「え……あ、うん。どういたしまして?」


 肩を軽く叩きながら礼を言ってやると、そんな俺の言葉が意外だったのかリリアは戸惑ったように返事をした。

 どうして疑問系なんだよ。もっと普通にしてればいいだろ。それとも何か? 俺が礼を言うのはおかしいってか? 俺だって礼くらい言うに決まってるだろ。失礼な。

 ……リリアにはあんまり礼を言う機会はなかったかもしれない。せいぜい母さんの治療の時くらいか?


「も、もっと頼ってくれてもいいんだからね! この街の頭が誰なのか教えてあげるわ!」

「少なくともお前じゃねえなあ」


 俺かエドワルドか微妙に悩むところではあるが、間違ってもリリアではない。


「まあいい。後ろの心配がなくなるんだったらなんの問題もない。さっさと敵んところに向かうか」

「「はい」」

「おう」

「はーい!」


 そうして歩き出そうと声をかけたところで、4人の声が聞こえてきた。……4人?


「……ん? ……リリア、お前も来んのか? 結界の維持はどうする気だ?」

「そんなのみんなに任せておけば大丈夫でしょ。構築そのものは終わってるんだから、あとは綻びが出ないように気をつけて管理して、綻びが出たらその都度修復すればいいだけだし」

「まあ、問題ないならいいか」


 もし仮に連れていかなかったとしたら、こいつは勝手についてくるだろう。そうなったら勝手に動かれて予想外の何かが起こる可能性は十分に考えられる。

 それよりは最初っから連れて行ったほうが、うん。まあ無難だろう。

 それに、万が一誰かが怪我をした場合、こいつの治癒魔法があると便利だからな。


「ふふん! わたしの凄さってやつを、今度こそ見せてあげるんだからね!」


 ほどほどにな。後始末するこっちが面倒なんだから。




「——で、敵の軍隊はあれか」


 街を囲っている壁の上に登ると、視界の中には以前塔の上から見た時にはみられなかった人の群れが存在していた。おそらく、と言うか確実にあれが敵の軍だろう。


 こちらに向かってきている方向からして、やはり森の中を突っ切ってきたんだろう。そしてそのまま森を抜けた状態のままにこっちに向かって攻め込んできているのか、その周囲にテントなどの陣のようなものは見えなかった。


 かと思ったら、奴らこっちにくるのを途中で止めて陣を敷き始めた。何考えてんだ? あそこまで近寄ってきたならそのまま攻めたほうがいいと思うんだが……。

 いや、そうか。あいつらは先に来ちまっただけか。いくつかの領地で協力してるんだから、そりゃあ合流する必要があるか。


「ベル、伝令だ。敵襲警戒。まだ手は出すなってな」

「はい!」


 そうしてベルを使いに出してからしばらくの間待っていたのだが、その間に方々から続々と人が集まっていき、最終的にはその数は聞いていた通り十万近くにまで膨れ上がった。

 実際に十万もいるのかなんてわからないが、まあそれくらいいるんだろう。


「今日仕掛けてくると思うか?」

「どうでしょう? もう暗くなりますし、ここまで来た疲労もあります。今日は休んで明日から、というのが通常の流れだと思いますが」

「なら、そのつもりでいればいいか」

「つっても、一応警戒は緩めんなよ?」

「わかってるって」


 カイルから注意されたが、そんなことを言われなくても油断なんてするつもりはないさ。というか、これだけの数を前にすれば油断なんてしたくても出来ない。

 なんつーか、楽に倒せる程度の数だってのはわかってんだけど、こうして目の前に集まられると威圧感を感じるよな。

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