第241話Sランクの終わり

 

 俺の案山子は、いくら意識したところで完全に意識の外に置くことはできない。一体二体程度なら無視することもできただろうけど、これだけ視界内にあるんだ。俺に集中しようとしたところで視界に入ったどれかも意識してしまうに決まってる。

 意識しないように気をつけたとしても、一度意識してしまっている以上は完全に無視することは難しく、むしろ余計に意識してしまうようになる。


 それに加えて、本来案山子ってのは獣避け——忌避感を感じさせて近寄らせないようにするためのものだ。敵意を集めて誘導する、なんてのは本来はただのおまけの効果でしかない。

 俺自身のそばにあるものは忌避感を誘発するものを用意してやれば、リットは無意識のうちに俺の周りを狙うことをやめてしまう。

 見た目は同じだけど敵意を惹きつけるものと忌避感を放つもの。その二つの案山子の効果に気付けなければリットの攻撃は絶対に俺には当たらない。


 まあ、気付けたところで当てられるのかと言ったら微妙だけど。無差別範囲技であたりをふっ飛ばせばなんとかなるけど、それだって無意識のうちに忌避感を放っている案山子を避けて使ってしまうかもしれない。

 あるいは本人の意識が関係しないランダムな攻撃とかなら大丈夫だろうけど、こいつの場合はそんな乱暴な方法は取らないだろうな。

 だってこいつは馬鹿な振る舞いをしているが、その実は努力家だ。


 最初にこいつの振る舞いを見てリリアと似ていると思ったが、あっちは努力しなくてもできる天才型で、こいつは努力して成り上がってきた秀才型だ。

 まあリリアの場合は才能ってよりも寿命のおかげだろうけどな。寿命が長いから、毎日適当にスキルを使ってるだけで気付けば高位階になっていることができた。

 とはいえ、リリアは聖樹に気に入られてるんだから才能がないと言うわけでもないわけで……まあ、結論としては、似ているけど似ているだけで全くの別物ってことだ。


 そんな努力家の秀才が、力任せで乱暴な技なんて持っているだろうか? いや、ない。

 リットは自分の技を自慢してきたが、ああ。確かにあの『矢の結界』ってのはすごい技だ。相応に努力したんだろうな。——他の技を磨く時間を削って、な。


 あんな複雑なことを戦いの中でできるようになるまでには、相応に修練しただろうし時間もかかっただろう。

 だから、それ以外の技なんて、持ってるわけがない。

 あったとしてもそれは『矢の結界』に劣る出来のものしかないだろう。


「なぜ……」


 しばらくしていると何をしても意味がないと理解できてしまったのか、リットはとうとう矢を番えるどころか、弓を構えることすらしなくなってしまった。

 そりゃあ自慢の攻撃がひとつたりとも届かないどころか、まともに狙いをつけることすらできなくなってしまえばそうなるだろうな。


「ヴェスナー様!」

「チッ、仲間が……!」


 と、そこで事態を察したベルが館の方からこちらに向かって走ってきていた。


「《風よ吹け》!」


 仲間が来たことで、どうにかしなければという思いが強まったんだろう。


「今度は魔法か。範囲を巻き込めば絶対に当たるとでも考えたか? まあ間違いじゃねえな。だから、使わせねえよ」

「なんっ……くっ!」


 風の魔法は不慣れなんだろうな。もちろん戦闘に使えるくらいには鍛えているし、さっきまで見た制御も見事なものだと思う。

 だが、発動が遅いし隙だらけだ。ちょっと足元をひっくり返してやれば、すぐに魔法の準備をやめてその場から飛び退くこととなった。


「ほら、御自慢の矢の結界はどうした。自慢するくらいすごい技だってんなら、魔法に頼らずにそっちに頼れよ」

「くっ、それほど言うのならやってやる!」


 俺の挑発にのるようにして、リットは顔を顰めながら弓を構える。


「まあ、やらせないけどな?」


 だが、そのまま攻撃させるわけがない。

 もうこれ以上は付き合う必要はないだろう。

 仕込みはすでに終わらせてあるし、俺としても急がないといけない理由があるんだ。

 だから、もうこの戦いもおしまいだ。


「確かにいろんな方向から矢を放てる、操れるってのはすげえよ。けどさ、んなことしてる暇があるんだったら、一撃で仕留める努力をしろよ。——こんなふうにな」


 そう言いながら、俺はリットが吹っ飛んだ時に放ち、埋め込んでいた種を発芽させた。


「なにを——いぎっ、がああああ!?」


 集中が途切れれば播種も通るだろうと思って追撃しておいたんだが、上手くいってよかったよ。


「隠密状態からの一撃でもいいし、防がれても貫くくらいの一撃でもいい。弓使いなんて正面切って手数で勝負するもんでもないだろうが」


 そもそもの話、こいつの強みは対象の感知の外からの超長距離の狙撃だ。

 接近されても対応できるだけの能力はあるが、本領はそこじゃない。

『矢の結界』なんて技を磨いたことでそこを勘違いしたんだろうな。

 接近した状態を想定していること自体が間違いだ。遠くから一方的に仕留める。それが弓の利点だろうに。


 多分だけど、こいつは英雄に憧れたんだと思う。だからこそのあの言動だ。目立つような動きをして、正義かのような言葉を吐き出す。

『矢の結界』だって、そんな願いから作ったんじゃないか? 敵を確実に仕留めるとかはどうでもよくて、ただ英雄のように敵と向かい合って戦いたいから。だからそうできるように考えて技を編み出した。


 ……ま、俺の憶測だしどうでもいいことだけど。


「手数が悪いとは言わねえが、お前の技は単なる曲芸だ。見栄えはいいけど本当の意味での『技』にはなりえない」


『技』ってのは、その道を極めた結果、その道にふさわしい在り方を形にしたものだ。

 弓の道ってのはただ敵を殺すために射ることだ。弓を構え、矢を放ち、敵を殺す。それが弓の道の在り方であって、決して矢を操って見せびらかし、自慢することじゃない。そんなことする暇があるんだったら矢を放て。見つかって対処されたなら逃げて隠れて、それから新しく矢を放ってろ。そんなのカラカスのガキどもでも知ってることだぞ。


『技』について知りたいんだったら、うちの親父を見てみろ。ただ『斬る』ってその一点だけを極めた結果、剣を一度振るだけのことが『技』になり、それだけで大体の問題を解決するぞ。

 前に見せてもらったが、どうすればスキル無しのくせにただ剣を振り下ろしただけで間合い外にある岩を切ったり出来んのか……。全く持ってわけがわからない。

 流石は天職も副職も『剣士』を与えられるだけあるよな。才能の塊じゃん。


「それじゃあまあ、お疲れさん——《生長》」


 それまでも全身から芽が出ていたが、まだちょっと姿を見せただけだった。それでも激痛だっただろうけど、まだリットは生きていられた。

 だが、今度はそんな半端なことはしない。出てきた芽を、木と呼べるくらいの大きさへと育てる。


「ガッ——」


 スキルによって全身の植物が生長した瞬間、それまで聴こえていたリットの悲鳴は不意に途切れることになった。


「花は愛でるもんであって踏み躙るもんじゃねえよ」


 リットとの戦いのせいで周囲にあった俺たちの植えて、育てた花たちは、見事なまでに荒れていた。最たるものが《流星》だったか? あの地面を抉りながら一直線に飛んでくる矢のせいで大変なことになってる。後『矢の結界』のせいで俺たちの周りは嵐が起こったようにぐちゃぐちゃだ。


「せめて次の花達の糧にでもなってろ——《肥料生成》」


 植物を全身から生やし、不気味なオブジェとなったリットに近寄り、手を当てながらスキルを使うと、リットだったものは自身に絡みついていた植物と一緒にその形を失い崩れていった。


 Sランクの冒険者としては終わりがあっけないものだが、まあ人生なんてこんなもんだろ。


「で、どうするよ。こんなのが来たってことは、もう攻め込んでくるってことじゃねえか?」

「ま、そうだろうな。エドワルドに連絡をして、俺たちは敵の方へ向かうか」


 こんな奴が襲撃を仕掛けてきたってことは、狙いは指揮官の排除による混乱。あるいは頭を打ち取っての降伏を狙ってたんじゃないかと思うが、そんなことをするってことはすぐそこまで敵が近づいているってことに他ならない。


「ヴェスナー様!」

「ご無事ですか!?」

「ちょうど二人も来たな」


 俺たちの戦いを知ってこっちに駆け寄ってきていたソフィアとベルだが、今向かえば邪魔をすると理解したのだろう。俺たちが優勢だったこともあり途中で止まっていたのだが、戦いが終わるなりすぐにこちらに駆け寄ってきた。


「参上が遅れてしまって申し訳ありませんでした」


 ソフィアと違って戦闘職を持っているベルは戦えなかったことを悔やんでいるのかもしれないが、問題ない。特に怪我をしたわけでもないんだし、苦戦したわけでもない。まあ俺がちょっとスキルを出し惜しんだからカイルの負担はあったかもしれないけど、それだけだ。

 それに、この庭にいなかったことを考えれば、ここにやってきたのは十分に早いと言える。


 しかしまあ、そんなことよりもこの後。敵が攻めてくるだろうから、それにどう対応するか話し合わないと。


「いや、特に問題ない。それよりもこの後だ。多分だが敵が攻めて来たから——」

「多分じゃないよー」


 この後について話をしようとしたのだが、そこでフローラが上半身だけの状態で俺の腹から姿を見せた。

 なんでそんなところからそんな状態で、と思ったが、気にしないことにした。

 それよりもその言葉の意味だ。


「フローラ? 多分じゃないってのは、敵が来たってことでいいんだな?」

「そうー。あっちからいっぱいー」


 フローラは指をさして示したが、その方向は以前にフローラから軍が来ていると教えてもらった方角と同じだ。


 そして、それと同時に敵の姿を確認した旨を伝える鐘がなった。


「ん。みたいだな。じゃああっちにいくか」


 そうして俺たちは攻め込んでくる敵に対処するべく外壁へと向かって歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る