第240話『矢の結界』
震撃。そのスキルは殴った対象に拳の威力に比例した衝撃を放つという格闘家のスキルだ。
カイルはそれを、空気を殴って発動させた。
殴った拳からはバンッという何かが破裂したような爆発したような音が聞こえ、拳の先からは天に向かって衝撃波が放たれ、降り注いていた矢の雨にぶつかる。
俺がやろうとしてたんだが、まあいい。カイルも防げるみたいだし、無理して俺が出張ることもない。俺がやろうとするとスキルの回数を削られるからな。
だが出番をカイルに奪われてやることがない。なら今の俺のやることは……
そう考えて俺は第九位階のスキル《保存》を使い、異空間から種を取り出した。
このスキルは自身が作ったものに限定されるが、植物に関連するものをしまっておくことができる異空間を作るスキルだ。簡単に言えば収納スキル。なんでも、とはいかないが、それでも十分役に立つ。
そんなスキルから種を取り出し、それをリットに向けて放った。
だが、俺の攻撃はリットに当たることなく弾かれた。いや、今のは弾かれたっていうよりも、逸らされた、か?
弓使い系のスキルに防御のためのスキルはなかったはずだけど……
「ん? ……ああ、どうやら何かしたようだね。でも無駄だよ。何せ僕は常に風に守られているからね!」
……答えをどうもありがとう。
わざわざ何をしたのか教えてくれるなんてバカだと思うが、忌々しいことにそんな余裕を見せるだけの実力がある。
だがまあ、リットの言葉が正しいのなら、あいつは風魔法を使えるんだろう。メインにしているのが弓だってことからして、風魔法師は副職の方か?
「俺が行く!」
俺の播種による攻撃が防がれたことで、上空からの攻撃を全て凌ぎ切ったカイルが前へと走り出した。風で守られていようが、殴れば守りを抜けられると考えたんだろう。
「近寄ればなんとかなるとでも思っているのかい? ならば、それはとんだ勘違いだということを理解させてあげようじゃないか!」
自分へと接近しているカイルに向かってリットは何度も連続して矢を放つ。
同時ではないが、同時に見えるくらいの速度で放たれているそれは、連射を可能にするスキルを使っているんだろう。
そんなマシンガンみたいにばら撒いていればいつか矢が尽きるんじゃないかとも思ったが、リットが腰につけている矢筒からは矢がなくなる様子がない。多分それもスキルなんだろうが、厄介なことこの上ない。
そんな矢をくらい続けていることでカイルは全身に傷を負い、その足が遅くなったが、それでもカイルは進んでいく。
「なら、これはどうかなっ!」
ここだっ! 案山子!
リットが何か大技でも使おうとしたのか僅かにタメを作りながらカイルに向けて新たな矢を番えたその瞬間、俺はリットの視界にギリギリ入るがカイルからは見えないあたりに案山子を生み出した。
「っ!?」
そうすることでリットは突然生み出された案山子に目を引かれ、自分でも理解しないままについそちらを向いてしまった。案山子の挑発効果だ。格下には忌避感を発生させるが、同格や格上には意識を惹きつける効果を発生させる。
本来位階で言ったら俺の方が格上だが、今回の案山子は意図的に効果を落としているのでうまく釣られてくれた。
そして、案山子が視界の範囲外にあったためにカイルは止まることも意識を逸らすこともなくそのまま走り続け……
「どこ見てんだよ、クソッタレ!」
「ぐがっ——!」
リットの懐に潜り込んで渾身の一撃を放った。
その攻撃を受けてリットは吹っ飛んでいくが、多分まだ死んでいないだろう。
……今なら守りも切れてるか? 一応追い討ちをかけておくとしよう。
「どうする?」
「これで退くなら今は放っておいてもいいんだが……」
「多分退かねえぞ」
そんなカイルの言葉を肯定するように、リットが吹っ飛んでいった方向から強烈な矢が一直線に飛んで来た。
「んなっ——ぐっ!」
カイルは声を漏らしながらもなんとか弾いたが、その衝撃のせいで体が浮かび上がり後方に飛ばされてしまった。飛ばされたと言ってもそれほどの距離ではないし、カイルもきちんと両足で着地できているが、明らかに体勢が崩れている。
今の攻撃は先程までのものとは全くの別物と言えるくらいの威力があった。その証拠に、地面には今の一撃の痕跡として、植っていた花を巻き込んで一直線に地面が抉れてる。
なんだ今のは。新しいスキルか?
「……なかなか、やるじゃないか。まさか、僕がこんな一撃をもらうことになるとは思ってもみなかったよ」
「そうかよ。今なら帰してやるって言ったらどうする?」
できることなら倒しておきたいが、こちらには時間があるわけではない。何せ今はこの街に向かって敵が攻めてきてんだ。そっちの対処をしなくちゃならない。
それに、殺すだけならもういつでもできるし、提案に乗ってくれれば、と思って問いかけてみたんだが……
「悪いが、こちらも依頼を受けているんでね。それに、悪を野放しにさせておくわけにはいかないんだ!」
リットは俺の提案を蹴ってそう叫ぶなり弓を構えた。
「《驟雨》!」
そして矢は上空へと放たれたが、これじゃあさっきと同じじゃないか。
しかし、そう思ったのだが何かおかしい気がする。
その予感は正しかった。
「《震撃》!」
カイルによって再び降り注ぐ矢は弾かれた。が、弾かれた矢は先ほどとは違って地面に落ちることなく俺たちの周囲を飛び回り始めた。
俺たちを中心に渦を描くように一人でに飛んでいる矢の群れ。
そんな光景に俺たちは唖然とし、そんな隙を突くようにリットから矢が飛んできた。
だが、それはスキルを使っていなかったのかカイルによって難なく落とされた——かと思ったら今度は背後から俺たちの周りを飛んでいた矢の一本が渦の軌道を外れてカイルを狙う。
しかし、その矢はリット本人が放ったものよりも威力が低いのか、カイルに当たりはしたものの浅く傷をつけるだけで終わった。
「さあどうだい、僕の矢の結界は! 一度囚われたものは抜け出すことができず、ただ消耗して死んでいくだけの必殺の技!」
そう言いながらもリットは俺たちに向かって矢を放ち、俺たちを囲っている矢の群れからは不定期に矢が飛んでくる。
「これが矢の結界ね。風を操って矢を動かして相手を囲い、攻撃。放ち終わった矢もその風を使って回収するわけか。そんで無限の矢を持って永遠に攻撃し続ける」
「そうだ。これぞスキルを超えて覚えた技! 僕の矢の結界、逃げ出せるものなら逃げ出してみろ!」
確かに、これはただスキルを使ってるだけじゃ使えないこいつだけの『技』だろうな。天職と副職がマッチしたってだけじゃなくて、これほどのものに仕立て上げるには相当の訓練を積んだことだろう。Sランクの冒険者という肩書きは伊達じゃない。
「チッ、どうする? これ以上になると流石に俺一人じゃ、対処しきれないぞ!」
カイルも流石にこの状況はまずいと思ったのだろう。顔を顰めている。
……まあ、そうだよな。これは敵に囲まれているようなもんだ。雑魚ならば問題ないが、多少の傷とはいえ自分を傷つけられる攻撃を放てるんだから、危機感を持ってもおかしくない。
「どうもこうも、悩むほどのもんでもないだろ」
だが、俺にはなんの意味もない。
これほどの技をものにするには相当頑張ったんだろう。他の何かを犠牲にして修練に明け暮れたのかもしれない。
だが無意味だ。
「何? お前、何を言って——」
「《案山子》」
俺が『矢の結界』とやらの外側を囲うように案山子を設置してやると、全ての矢は案山子に向かって飛んでいき、突き刺さった。
これがロボットのようなシステム的に管理されたものだったらカカシなんて意味がなかったかもしれない。
だが、そうじゃない。この技はあくまでもリット本人が全て操っているのだ。なら、一瞬でも攻撃の意識がそっちに持っていかれてしまえば、操っている矢は全てそちらに向かってしまう。
もちろん多少の攻撃の意思や気が逸れたくらいじゃ反応しないようになっているんだろうが、俺の案山子はそんな状況ですらも強制的に敵意を集める。
「ほらな。お前は俺に矢を当てることができない。そもそも、狙いをつけることもできないだろ」
「ばかなっ……! 《徹甲矢》!」
初めてのスキルを使ってきたが、やはり意味がない。
リットとしては俺たちを狙ったんだろうが、放たれた矢は案山子の一つを射抜き、そのさらに後方へと飛んでいっておしまいだった。
多分、今のは貫通力を高めるとかそんなんだったんだろうとは思うが……無意味だ。
「《連射》! 《流星》! 《襲雨》!」
いくつもの矢がリットから放たれ、だがその全てが俺から離れた案山子に向かう。
わずかな溜めを経て、先ほどカイルが吹っ飛ばされながらも防いだ強烈な一撃が放たれるが、直線上の地面を抉りながら案山子を数体巻き込んで破壊しただけで後方へと飛んでいった。
ならばと思ったのだろう。上空から雨の如く矢が降ってくるが、その全ては俺たちから離れたところにある案山子へと落ちていくだけで、俺たちの周りには一本たりとも降ってこない。
リットからしたらそんな光景は信じられないものだろう。だが、俺からしてみればその結果も当然のことだ。
まだリットは足掻こうとしているようでスキルを使う攻撃も使わない攻撃も混ぜて矢を放ってくるし、中には魔法だけの攻撃もある。
でも無駄だ。
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