第239話Sランク冒険者の襲撃!

「……弓か」


 カイルが防いだ攻撃の残骸が宙を舞い、地面に落ちた。

 そのことから、敵の攻撃は魔法ではなく弓だと判断できる。魔法なら残骸なんて残らないはずだからな。土の魔法なら別だけど、その残骸は土でも岩でもないのでやっぱり違う。

 あとは投擲もあり得なくはないが、残骸の形からして違うのでやっぱり弓でいいだろう。


「よく防いだな! だがっ!」


 矢の飛んできた方から聞き覚えのない声が聞こえてくるが、その姿は見えない。かなり遠く……多分だが聖樹を囲っている壁の上に登っているんだろうな。


「チッ! 《防除》!」


 次の攻撃がくる。そう判断すると同時に、反射的に俺はスキルを使用した。


 《防除》は第七位階で新しく覚えたスキルだ。効果としては自身の定めた地点・範囲に限定的な結界を張ることができる。

 本来は植物に悪影響のある虫や菌を防ぐスキルで、ついでに言えば風は通す上、温度や湿度まで操作できる優れものなんだが、まあ飛んでくる矢とか魔法にも使えないことはない。


 そんな《防除》スキルは一定以上の大きさのものになると防げないんだが、その大きさってのは物体の質量で判断される。

 たとえば、どれほど弱くても拳で殴りかかられたら防げない。人間の体くらいの質量は結界に引っかからないから。

 だが逆にどれほど威力が高かろうが、一定以下の大きさ——今の矢のような質量の小さなものであれば結界はそれを防ぐ対象として侵入を拒む。

 侵入を拒んだところで防げるかどうかってのは別で、たとえ小さくてもよほどの圧がかかれば壊れるんだが、複数回分のスキルをまとめて使う俺の《防除》はそうやすやすとは壊れない。はずだ。


 ——カシャーンッ!


 にもかかわらず、《防除》で張った俺の結界は薄いガラスが割れるような音と共に砕け散った。

 これが破壊されるってことは、こいつは最低でも第七……いや、第八位階以上の可能性が高い。


 この方法で防げないとなると、ちょっと厳しい。案山子を盾にしたところで、それを貫通するだろうし、なんならそもそも案山子に当てないで俺を直接狙うかもしれない。これだけの距離を狙撃してくるようなやつだ。できないとは考えない方がいいだろう。


 そんな俺を背に庇うようにカイルが剣を抜いて矢の飛んできた方向へと構える。


「下がってろ」

「流石は悪名高いカラカスと言ったところか。今まで何度も軍が攻めたにも関わらず攻め落とすことができなかったのも納得できる。僕の攻撃を防ぐことのできる魔法具を君のような子供にさえ持たせているのだからな。それほどのものをいくつも用意できるのなら、それは負けるのも仕方ないだろう」


 殺しに来たにしては随分とおしゃべりだな。暗殺者としてみれば三流だ。

 だが、その腕だけは一流を超えている。


 これだけおしゃべりしてるんだったら、聞けば色々と教えてくれそうな気がしないでもないが、果たして答えてくれるだろうか?

 そもそもまだ俺たちは相手の姿が見えていない。声は聞こえているが、相手からの一方通行の可能性もないわけではないし、果たして話しかけたところで答えてくれるかもわからない。

 でもまあ、聞くだけ聞いてみよう。何かしらの答えが返ってくるかもしれないし。


「お前は何もんで、何が目的なんだ、って聞いて答えてくれるか?」

「……ふっ」


 だが、やっぱりというべきだろうな。相手から帰ってきたのは嘲笑だけで、まともな言葉は返って来なかった。


 やっぱダメか。まあ馬鹿正直に答えるなんて——


「いいだろう! 答えてやる!」


 いいのかよ。こいつ、本当に暗殺者か?


 ……ん? ……もしかしてだが、遠目に見えるあれはこの暗殺者か? 

 まさかこいつ、自分から姿を見せにきやがったのか? ……こいつ、本当の本当に暗殺者でいいのか?


 俺の問いかけに答えると同時に、つい今しがた俺たちを攻撃してきた暗殺者は、飛び跳ねながら姿を見せた。

 その様子は、なんというかな……体操の連続で宙返りをしながら移動するアレ。あんな感じだ。

 あんな感じとは言っても、それをやっているのは戦闘系の天職を持つ高位階の人間。高さ十メートルくらいはいってるんじゃないか?

 それくらいの高さまで跳んでくるくると回転しながら着地し、また跳んで……と、それを繰り返して壁の方からこちらに向かってやってきた。


 そして、スチャッとでも音がしそうなポーズでカッコつけながら俺たちから少し離れたところに着地した。

 なんかすごくバカっぽいが、舐めてかかるとまずいだろうな。

 何せあの距離から俺の守りを壊すくらいの攻撃を放ち、今だって着地の際になんの音もしなかった。頭の出来は別かもしれないが、その実力は本物だ。


「僕の名前はリット! リット・アークマンだ!」


 ……だが、本当にこれが暗殺者でいいんだろうかとは思わなくもない。おしゃべりなだけならまだいいが、姿を見せてその上さらに名前まで名乗るとか、何考えてんだ?


 しかし、リット・アークマンか。その名前、なんとなくだがどっかで聞き覚えがあるような気がしないでもない。


「リット・アークマン? 確かSランクになったばっかの冒険者だったか? なら、ここには依頼か?」


 俺はどこかで聞いたな、くらいにしか思っていなかったが、カイルは相手のことを覚えていたようでリットという男について口にした。

 そうか、冒険者だったか。一応俺も冒険者として登録しているが、ほとんど活動していないから面識はない。

 しかし、こいつが暗殺者らしくないのは理由が分かったな。最初から暗殺者じゃないんだから当然だ。


「流石は僕だな。こんな辺境のならず者たちにでさえ名前が轟いているなんて、まさしく英雄の如き存在にのみ成せる事! だがその通りだ! 僕はこの王国を蝕み民から搾取し続ける害虫を排除しにきた!」


 ……うん。あー……うん。なんかこれ、色々とアレな勘違いしてるやつな感じがするな。

 なんというか、熱血正義系脳筋民族的な。誰かに言われたことを純粋に信じて、正義のためだとよく考えもせずに動き出す、みたいな。

 いやまあ、俺たちが王国の害だってのは確かだし、蝕んでるってのも間違いではないんだけども。


 しかし、なんだな。なんかこいつ、リリアに似てる感じがしなくもない。見た目の話じゃなくて、そのアホみたいな行動理念とか考え方とかそういうの。


 あ、そういえばリリアやソフィア達は大丈夫だろうか?


「ふっ!」


 なんて一瞬考えが緩んだ瞬間を狙い、リットは俺に向かって矢を放った。

 それまでおちゃらけた態度で構えてすらいなかったはずだが、それでも隙を見逃さずに矢を放つ技量は相当なものだ。


「護衛がいんのに後ろを抜かせるわけねえだろ」


 だが、カイルが持っていた剣を振るって矢を切り払い、俺を守った。

 そのことに視線だけで感謝を示し、俺は改めて気を引き締めていつでも動き出せるように構える。


「……雑魚がでしゃばるなよ。場がしらけるじゃないか」


 カイルに攻撃を防がれたことが気に入らなかったのか、リットはそれまでのバカみたいな雰囲気を消して静かに言い放った。

 これは、スイッチが切り替わったか。


「まあいい。標的はそっちの子供だけだったが、二人とも殺してあげようじゃないか」


 そう言い終えるなり、リットは今度はゆっくりと矢を番え、それをこちらに向けた。

 だが、その矢は一本だけではない。よく漫画とかで見る複数本を同時に構えるあれだ。あんなことをしても実際にはまともに威力が出ないと思うんだが、ここではそれはないと考えた方がいいだろう。

 どんなバカみたいなことをしてもそれが必殺の一撃たり得る。それがこの世界だ。


 そして、ついに矢は放たれた。


「なっ——」


 飛んできた矢はその全てがカイルに向かって飛んでいくが、先ほどまでよりも距離が近いからかその威力は先ほど俺に向けて放ったものよりもよほど強いものだというのが見ているだけで理解できる。


「——めんなっ!」


 だが、カイルは自身に飛んできた四本の矢を持っていた剣と拳を使って叩き落とした。

 矢って、拳で弾けるもんなんだな。


「防ぐか。伊達に護衛を名乗ってはいないようだな。だが、僕の攻撃はこんなものではないぞ!」


 そう言いながらリットは矢を番えた弓を俺たちではなく上方に傾けて、放った。


「《驟雨》!」


 スキルの名前を唱えると同時に放たれた矢は、俺たちの頭上に到達すると無数に分かれ、雨の如く襲いかかってきた。

 このスキル、前にも喰らったことがあるがその数、威力が段違いだ。


 どうする。これだけの技だ。カイルに防げるとは思えない。

 俺が盗賊のスキルである『スリ』を使えば、矢を全部回収することはできる。

 だが、その方法をやるとあれだけの矢を回収するのにそれなりの回数が必要になる。スリは基本的に一度の使用で一つの対象を回収することしかできないからな。

 このあとはまた襲撃があるかもしれないし、敵の軍の本体が控えている。あまりスキルの回数を使うようなことはしたくないんだが……仕方ない。


「俺だっ! ——《震撃》!」


 そんなことを考えて俺が前に出ようとしたのだが、カイルは自分がやるのだと叫び、降り注ぐ矢の雨に向かって拳を振り上げた。

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