第238話僅かな平穏

 

「つかそもそも今回狙ってんのはこっちじゃなくてお前の庭の方だろ。なら対処すんのは俺じゃなくてお前がやるべきだ」

「ん。……ああ、やっぱそっちか。突然ここを狙うなんて馬鹿みてえでわけわかんねえと思ってたんだよ。なんかあるとしたら、最近になって現れたあの場所だけ。だからあそこを狙ったんだろうとは思ってたんだけど、確証はなかったからどっちだろうなー、ってな」


 今まで放置していたはずなのに、突然カラカスを狙うなんてのはおかしい。襲うのであれば何か状況が変わったから、と考えるべきで、その状況の変化として最たるものは俺の花園だ。あそこができたから敵が攻め込んできたと考えるのが妥当だろう。

 そして花園ができたからカラカスを狙う、と考えるよりも、花園ができたから花園を狙う、と考えた方がしっくりくる。

 それにまあ、花園ができたからってカラカスを狙う意味もないしな。


「まああの場所はこっから微妙に離れてっからな。守りも薄い。ここの利権を求めて狙うってんだったらちょうどいいだろ。あそこを取り戻すためにこっから人を出すようなら今度はこっちの守りが薄くなるし、そういった意味でいやあどっちも狙ってるっていってもいいかもな」


 守りが薄いであろう花園を狙い、それからカラカス本体を狙う。まあ、悪くない作戦ではあると思う。やられる方としてはたまったものではないけど。


「……めんどくせぇ」


 いくら大貴族やこの周辺の領地が協力したところで対処できないわけではないが、協力してここを攻め込んでくる、という状況自体がめんどくさいことこの上ない。


「だな。俺も、なんだってわざわざ死ににくるのかわかんねえわ」


 親父はそう言って笑っているが、その笑いはおかしいから笑っているのとは違ってどこか呆れを含んだものだった。


「とにかく、俺はあっちにくる軍を潰しちゃっていいんだよな?」

「ああ。どうせ潰したところで文句なんて……まあくるかも知んねえけどだからどうしたって話だ。文句も悪意も今更だ。気にすることなく潰しときゃあいいんだよ。人質も交渉もなーんもなしだ。ここは王国にあって王国じゃねえってことをわからせとけ。まあでも、交渉はお前がしたきゃしてもいいぜ? そのかわし、クソめんどくせえことになんぞ。少なくとも俺はお断りだ。エドワルドあたりに押し付けりゃあ喜んでくれるかも知んねえけどな」

「んー、じゃあまあ機会があったら捕まえておくかな」


 でも基本は殲滅でいいだろう。調子に乗って手を抜いてやられるってのは無しにしておきたい。

 だから最初は全力で対応して、あとはその様子次第だな。捕虜はなくてもいいって言ってるけど、あったほうが色々使えて便利だろう。使い道がなければ殺せばいいだけだし。


「おー、了解だ。頑張れよー」


 そんなやる気のなさそうな見送りを受けて、俺はここにきた時とは違って焦りを消した状態で花園へと戻ることにした。




「〜〜〜♪」


 と言うわけで戻って来た俺だが、街の守り自体はエドワルドに話を通しただけで終わった。準備はあっちがしてくれるそうだ。というかもうすでに準備の大半は終わっているようだ。やっぱり敵が来るって知ってたみたいだ。

 エドワルド曰く、敵は西と繋がっていた貴族で、西の一角だけじゃ満足できなくなったからカラカス全体を手に入れるために動いたんじゃないか、とのことだ。

 そしてその作戦に乗った領主達の軍がここにくるまでは最速で二日ほどかかるだろうとのこと。

 流石は金稼ぎのボス。情報は命ってか。まあ、この場合は俺が情報集めを怠ったってのもあるか。


 だがそうなると俺はぶっちゃけやることはなく、だが敵が攻めてきてる現状ではこの村から離れることができないので、この花園と呼ばれている街の状況を確認して回った。


 だが、それも一日あれば終わってしまうことで、二日目は物資の確認を改めて行ったのだがそれも終わってしまった。三日目になってそろそろ来てもいい頃なのだが、未だ敵の姿は見えない。

 ずっと警戒していても意味がないので、俺は休憩と暇潰しを兼ねてフローラの本体——聖樹のところまで来ることにした。


 聖樹の前には、以前俺たちが植えた花が咲いており、『花園』という呼び名に相応しい場所になっていた。すごいファンシーな光景になっているので、この街にも今の状況にも場違いな感じはする。

 尚、この聖樹のある庭の範囲内には、花以外にも果物類や野菜もあるので適当に採って食べることができる。


 そんな戦いとは離れた雰囲気のおかげというかなんというか、聖樹のところまで来たことでそれまで地味に落ち着かなかった心が落ち着いていった。


 しかし、これで花畑にいるのがソフィアやベルみたいな女の子だったらいいんだが、あいにくとここにいるのは俺とカイル。ソフィアとベルはここに敵がやってくるのが不安なのか、最終確認のためにいろんなところを動き回っているようだ。そんなわけでここには俺とカイルしかおらず、全くもって華がない。


 リリアはソフィア達と違って確認なんてしないし、するはずもないんだが、俺たちとは一緒にいない。あいつは他のエルフ達と一緒にこの花園に建ててある館の横で転がって日向ぼっこを楽しんでいる。基本的にこの場所は一般には開放していないんだが、特例としてエルフはここに入る許可を与えている。俺たちがいない時に聖樹の管理とか様子見をしてくれる奴がいないとだからな。


 そんなわけでリリアは故郷の奴らや野良エルフと一緒になって寝転がっている。

 楽しそうでよかったよ。そのままおとなしくしていてくれな。


「機嫌良さそー?」

「ん? ああお前か。相変わらず服着ないのな」


 フローラが姿を見せて話しかけてきたが、相変わらず服をきないで裸のままで出てくるのでどこに視線を向けるかちょっと悩む。精霊ゆえか幽霊のように向こう側がうっすらと透けて見えるが、裸の少女というインパクトは消えない。

 人が近づいてきていることを警告してくれた時は緊急だったのでそんなの気にしてる余裕はなかったが、改めて落ち着いてみてみると、やっぱりちょっとその見た目はどうなのって感じがしてくる。

 服を着せた方がいいんだろうが、俺の内に入ってくるとどうしても服が脱げるんだよな。服って実体があるし俺の内に入ることができないから。


 まあ、その辺のことはまた後で考えるしかないだろう。


「うん。楽しいー?」


 第九位階になったことで今までよりもはっきりと植物達とやりとりすることができるようになったはずなのだが、フローラは相変わらず気の抜けるようなゆったりぽわぽわしたような喋り方だ。これは俺のスキル云々のせいではなく、フローラ自身の話し方なんだろう。まあ、まだ生まれたばかりと言えるので、爺臭い喋り方とかしないのは理解できるし、そんな喋り方をしたらなんかやだ。


 だがまあ、話し方は相変わらず幼さを感じるし、主語を抜いてわかりづらい言葉ではあるが、何を言いたいのかはなんとなくだが理解できる。フローラが聞いてるのはこの花園についてだろう。


「楽しい、か。まあそうだな。今まで正直花とか興味なかったけど、ここまで綺麗に咲いてくれると気持ちいいもんだよな」


 せっかくだからなんか植えようってことで適当に植えた種だったが、こうも見事に咲いてくれるとなんか達成感がある。


「よかった。嬉しいー?」

「ああ。……ん? よかったって、お前なんかしたのか?」


 俺が嬉しいことが嬉しい、とも取れるが、なんだろうな。何かしたのか?

 邪推かもしれないが、わざわざ嬉しいかなんて聞いてくるってことは、それを聞きたくなる理由があるってことじゃないだろうかと思う。

 何かをしたからそのことについて相手がどう思っているのか知りたい。そう思ったからこそ、フローラは俺に対して嬉しいか、なんて聞いてきたんじゃないだろうか。


「んんー。してない。でも、勝手に溢れるー」


 そしてそんな俺の考えはあっていたようで、フローラはそう言ってきた。

 勝手に溢れるって、何がだ? 今の話からすると植物に関する……それも生長関連に関する何かだろうか?

 フローラから溢れて植物に影響を及ぼすってのは、まあ理解できる。俺たちの前には人の形で姿を見せるが、その本体は聖樹だし。

 そうなると、ここの花が綺麗に咲いているのは、フローラが——聖樹がここにいるから、ということになるんだろうか?


「無意識に溢れた力を吸って育ったってか?」

「ダメだったー?」


 フローラはまずいことをしたのだろうかと不安そうにこっちをみているが、別にダメなことなんかではない。


「いや、お前のおかげでこんなに綺麗に咲いたんだ。なら褒めこそすれど怒ることなんてないだろ」

「よかったー」


 勝手に力を振りまいてしまったことで俺の育てている花に影響を出してしまったが、それで怒られないことが分かったからだろう。フローラは安心したように胸を撫で下ろすと、その場でくるりと翻って空中を飛び始めた。


 今は特にできることもないので俺も休むことにしよう。

 そう思って聖樹の枝葉によってできた日陰にごろんと寝転がった。


 ……やっぱり、服はどうにかしよう。俺たち以外には見えてないとはいえ、裸の少女が空中を飛び回る光景ってのはなんともアレでアレな感じがして落ち着かない。


 寝転がって見上げた空にはフローラが飛び回ったりしているんだが、すっごい気になる。


「カイルも適当に休んどけ。どうせ後で忙しくなるんだから」


 だが、今はどうすることもできないので、フローラのことを視界に入れないように目を閉じて休むことにした。


「ナー。ナー」


 そうして少しの間休んでいたのだが、突然フローラが声をかけてきた。その声は人の群れがきていることを知らせてくれた時のように、普段とは違って僅かに硬くなっているように聞こえた。


「どうした?」

「あっち」


 フローラが指をさした瞬間、カイルが俺の視線を遮るように動いた。


「——っ! 《金剛体》!」


 そして、カイルがスキルを使った直後、ガキンッ! と人体からは聞こえないような硬質な音が響いた。


「なんっ……敵か!」


 突然の出来事で一瞬だけ迷ったが、すぐにそれが敵による襲撃だと理解できた。

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