第234話どこかの木端貴族の企み

 

 カラカス付近のとある領地



「旦那様、本日の報告でございます」


 いつもの如く自室にて寛いでいると、文官の一人が手に紙の束を持って部屋にやってきた。


「ああ」


 これはいつものこと。毎日の決まった時間になると前日までの出来事を報告しにやってくる。


 だが、そんなどうでも良い報告など私は興味がない。

 そもそも内容は毎日ほとんど変わることがないのだから聞き流しても問題などない。

 それに、どうせ放っておいたところで勝手に金は増えるのだ。ならば、わざわざ私自ら気にかけることもなく、配下に任せておけばいい。

 下の者を働かせ、私はその結果だけを受け取ればいい。もちろん下手な結果など出せばそれに関わったものは首を切るが、まあ滅多なことではそんなことは起こらない。何せ、多少失敗したところでその分下級民から絞れば良いのだからな。


 だからこそ、私は文官へと顔を向けることなく勝手に話せと意思を込めて軽く手を振って答えた。


「——最後に、カラカスについてです」


 私の返事を聞いた文官は、私の意思通り話し始めた。

 ろくに聞いていなかったその報告だが、その最後の言葉で意識を向けざるを得なかった。


「カラカスだと? ……なぜあの掃き溜めのことなど報告する必要がある」

「この街はあの街のそばと言っても良い場所です。その動向はこの街、ひいては我らの領の今後に関わる可能性が大きく、随時調査をしてその動向いかんでは——」

「わかったわかった。さっさと報告しろ」


 カラカスというクズどもの吹き溜まりについて、忌々しく思ったことは何度もあった。

 何せあの街は私の領地に接していながらも、私の顔を立てることなく好き勝手をし、命令どころかまともに話すらも聞かないイカレた者しかいない場所だ。

 そこに集まるものは魅力はあれど手が出せず、そこから溢れてくる賊どもによって何度も害を被ったことがある。

 今更あの街の説明などされずとも、そんなことはとうの昔に理解している。

 そんなカラカスについて今更報告することがある。面倒ではあるが、それは聞かねばならんだろう。もしかしたら私の命を狙っている、あるいはこの城の財を狙っているという可能性もあるのだから。

 故に、私は文官の言葉を遮ってさっさと報告するように命じた。


「……では報告させていただきます。カラカスでは最近一般人の受け入れが行われているそうです」

「一般人だと? あの街で一般人? 何を戯言を」


 あの街が一般人を受け入れるなど、あるはずがない。もしそんなことがあるのだとしたら、それは罠だ。この文官はそんなことも理解していないのか?


「確かにそう思われるのも無理はありません。ですが、これは部下が直接出向いて確認したことですので間違いではないのでしょう」

「仮にそれが本当だとして、一般人が何をしていると言うのだ」

「それが、普通に人を宿泊させ、商売をして帰しているそうです」

「……なんだと?」


 あの犯罪者どもの吹き溜まりの街が、一般人を相手に商売だと? 馬鹿な……。

 罠であるのなら理解できる。また馬鹿な者が集まったのだろうと。だが、帰している? ……あり得ん。


「なんでもカラカスのそばに『花園』と名乗る街ができたそうでして、厳密にはカラカスの街ではありません。そこを中心に宿場町のようなものを形成し、一般人はそちらに泊まっている様子です」

「だが、そのものではないとはいえ、そばにあると言うのであればあの街のクズどもが黙っていないのではないか?」

「いえ、それがその花園は東のボスと北のボスの共同での経営らしく、街に入る際に金を支払う必要こそあるものの街に入ってさえしまえば他の街のように平和な場所になっていると。むしろボスたちの部下が警護に回っているそうで、他の街よりも治安がいいとさえ言える、と報告にはあります」

「あり得ん。なぜそんなことになっている。いや、だとしてもだ。街に入るまでに襲われるだろ」


 そうだ。いくら街の中そのものを安全にしたところで、カラカスが近くにある以上は東と北以外の三つの区画の手の者に襲われるにきまっている。


「それに関しては護衛をつけることでどうにかしているようです」

「護衛? ……そんなもの、あったところで関係なかろう。あの掃き溜めのクズどもは相手が国王であろうと襲うぞ」

「はい。ですがその護衛がボスの配下であれば事情が変わります。どうにも、それなりの高額ですが契約することで東と北のボスから配下を護衛として借りることができ、その紋章を掲げることができるようになるそうです。それによって賊に襲われるのを防いでいるのだとか。賊といえどカラカスのボスに睨まれるようになってしまえば終わりですから」


 北のボスは商売に関しての者だが、東は武力を担当しているボスだ。そこから手勢を護衛として借りることができるのなら、それはそこらの傭兵や冒険者を雇うよりも安全を確保できることであろう。

 そしてそれだけではなく、ボスを象徴している紋章まで借りることができるとなれば、ただの賊からの襲撃は無くなる。少なくとも、襲ってくるのは紋章の価値すらわからぬような小物だけになる。


「加えて、一面の麦畑ができているそうでして、その規模はそこそこ程度のものなのですが、エルフの協力を受けているのかおよそ一月もあれば収穫できるペースでの栽培となっております。この状態を年間通して維持できるのであれば、我が領の年間収穫量を優に倍以上をも上回る量となります」


 ぬ? 麦か……確かにカラカスはエルフの生息する森が近くにあり、エルフは植物と言葉を交わしたり、その生長を加速させることができるとも言われている。

 そんなエルフたちの協力を得ることができたのであれば、ひと月での収穫というのも不可能ではないだろう。


「最近では魔王の件もあり、南で戦による食料の需要が上がってきております。このままいけば、あの町は今よりもさらに発展することになるでしょう」

「チッ! 発展したところでなんになる! 所詮はゴミが増えるだけではないか!」


 ただでさえ貴族である私に対して謙らない奴らだというのに、それどころか我が領地を荒らす賊どもの住処であるというのに、にもかかわらず、貴族である私よりもさらに稼ぐだと? 不敬にも程があるぞ。


 花園などという場所とて、数年……早ければ数ヶ月もすれば安全などという言葉は消え去るのだ。そうなればただ犯罪者どもの住処が増えただけになる。

 一つあるだけでも害であるというのに、この上さらにもう一つの住処ができるとなれば……そしてその街が我が領よりも金を稼げるとなれば、腹立たしいことこの上ない。


「掃き溜めのゴミクズ風情が、調子に乗りおって!」

「……あの街を奪うことができれば莫大な金額が入るのですが、実際問題として難しいでしょうし……」


 私が苛立ちを込めて椅子の肘掛けを叩きつけると、その報告をしてきた文官がそのような事を口にした。


 あの街を……奪う?


「奪うだと? ……そうか。奪ってしまえばいい。そうすればあそこの金は全てこの私のものだ!」

「ですが、どうやってでしょうか?」

「それは貴様らが考えることであろうがっ! 領主とは頭だ。頭が行動を決め、手足がそれを叶えるために考えて働く。さっさとあの街を手に入れるために何か考えよ!」


 そうだ。それこそが手足であるこの者らの使命。

 私があの街を奪うと決めたのならば、それを果たすために考え、備え、動くのだ。そうであるべきだ。そうでなくてはならん。


「……では、襲撃を仕掛ける、と言うのは如何でしょうか?」


 だが、その文官の口にした言葉は愚かとしか言えぬものだった。


「襲撃だと? バカが。国王が軍を派遣しても潰せなかったんだぞ。そんなところを攻めたところで何ができる。そんなことができるのであれば国王だけでなく私を含め他の貴族どももとうの昔にやっておるわ!」


 カラカスが占領された当初、国軍は周辺の貴族たちにも兵を出させて征伐にでた。

 だが、結果は惨敗。多少の被害をカラカスにも出すことはできたのだろうが、最終的に街そのものを奪うことはできなかった。


 そんな場所に私が単独で兵を出したところで、結果など目に見えている。


「普通はその通りでしょう。しかしながら、国王陛下はやり方がまずかった。外から押すばかりでは容易くはないでしょう」


 しかし、文官の男は私の言葉に首を振って答えた。


「ですが、所詮は賊の集まりです。まとまりなどなく、結束などゆるいものでしょう。その証拠として、一つの町であるにもかかわらず五帝などと呼ばれて対立しており、現在に至ってはそのうちの一角が潰されております」


 なに? 五帝の一角が潰れただと? ……いや、そういえば以前にも聞いたような気がするか。中央を支配している者が消えたらしい、と。

 聞いた時は確定情報ではなかった上に、そんなことはあり得ないと切り捨てたが……そうか、本当に潰されたのか。


 だが、だとしても所詮は中央の一つが潰れただけだ。中央といっても、その力は特にこれといって話に聞いたことがない。噂程度であれば聞いたことはあるが、それは『緩衝材』というなんとも情けないものだ。ボス同士が接している中央をまとめ、それぞれが干渉しすぎないように間を取り持つだけの生贄のような存在。それが中央だと聞いている。

 そんな者が消えたところで、特に気にせずとも良いと判断した私は間違っていないに決まっている。


「その隙をつけば、うまくいく可能性は十分にあるかと」

「具体的にはなにをするというのだ」


 まるで結論を引き延ばすかのように告げられる話に僅かに苛立ちを感じながら、私は話の先を促す。


「内応でもさせてしまえば、容易く崩れることでしょう」

「内応だと? どれをだ。南はやったところでさほど意味はあるまい。北は東と繋がっていて今回の花園だったかに関わっているのだろう? だが残るは西になるが、あれは内応などという前に話を聞かんだろ」


 南は娼婦どもをまとめている女衒。北は東と手を組んでいるために内応の意味がない。中央は死んでいる。

 となれば残るは西のボスだけになるが、アレはあの掃き溜めの中でも特に話が通じないクズだ。話など持ちかけたところで、殺されて終いであろう。


「いえ、基本的にはその通りなのですが、東が絡んでくるのであればそれも事情が変わるのではないかと」

「東だと?」

「はい。東のボスと西のボスは繋がりの薄いカラカスにおいても特に険悪です。今回東の関わっている事業を潰し、その利益を分けようと持ち掛ければ乗る可能性は高いかと」

「……ふむ。そして内から崩れている間に一気に潰してしまうと、そう言うわけか」

「はい。南は娼館ですのでさほど脅威にはなりえず、北は損得で動くので奴らの利益を明確にしておけば動かないでしょう。東と西さえ潰してしまえば、後はその位置に我々が入り統治。ゆくゆくは街全体を支配すれば良いかと」


 悪くはない。新たにできた街が東と関係しているとなれば、そこを攻める際に力を貸せと言えば頷く可能性はあるだろう。

 そして、たとえそれが奇襲だったとしても、東と争えば西も大きく疲弊する。その隙をついて私の軍が攻め込む。


「……なるほどな。冴えているではないか。しかし、やはりそれだけではいささか確実性に欠けるのではないか? 私が損をするようなことになるのは認められんぞ」

「でしたら、周辺の他の貴族の方々を巻き込めばよろしいかと。内応の手筈を整えていると伝えれば、カラカスによって苦しめられている方々は応じることでしょう」

「確かにな。よし、ではそのようにしておけ。ただし、手柄は私が一番取れるようにな」

「かしこまりました。……つきましては、カラカスの襲撃に成功した暁には代官としてあの街の統治を任せていただけないかと」


 どうしてこれほどまで話しかけ、提案してくるのかと思ったら、なるほど。それが目的であったか。


「貴様、金が目的か。あの街を手に入れ、金を手に入れようとしているな」


 カラカスの街を奪うことができれば、それは膨大な財を得ることができる。たとえそれが、全体の何割かだけだったとしてもだ。この文官の男はそれを狙っている。


「だが良い。私は寛大だからな。成功し、あの街の財を我が元に持ってくるというのであれば、貴様の些細な金儲けは見逃そう」


 普通ならば私の財を狙うなどと不届なことを企めば即座に処刑してもおかしくはないが、此度の案を出した功績に免じてそれはしないでおいてやろう。

 そして、カラカスを手に入れることが成功したのであれば、その時はカラカスの財の数割程度ならばくれてやっても構わん。どうせその後にいくらでも稼げるのだからな。


「もっとも、私を裏切り、代官に指名した恩を仇で返すようであれば……わかっているであろうな?」

「もちろんでございます。旦那様のご慧眼の通り、金をと望みましたが、所詮私は卑しい身。旦那様を裏切り、あの街のトップとして成り代わろうなどという大それたこと、できようはずもございません」

「……ふんっ。その言葉が真実であることを願っているぞ」

「はっ」


 文官の男は返事をすると恭しく礼をしてから部屋を出て行った。

 忠誠などないだろうが……まあいい。

 それよりも今はあの街だ。まさか、あの街を……国王ですら諦めたカラカスを手に入れることができる日が来ようとはな。

 ああ、あの街が手に入る日が待ち遠しい。


「ゆくゆくは、この私がこの国を裏から支配するというのも悪くはないな」


 カラカスを支配することができれば、それが叶う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る