第233話親父の考え

 

「……ハッ、笑っちまうな。あんたの娘がああなったのは、おそらくだがこの街から出てった奴ら——つまりはここの住人だ。その代表である俺に〝ありがとう〟たあ、随分と間抜けじゃねえか?」

「だとしても、それは貴方の指示したことではないのだろう。ただ、実行した賊どもがここと関わりを持っていたというだけだ。故に、貴方には感謝している。娘を救っていただき、ありがとうございました」


 やはり普段とは違い、どこか悪者ぶろうとしているような親父の言葉だったが、それでも子爵はそんな親父に対して感謝の言葉を述べた。

 その態度も言葉も最初に親父と話をした時とは全く違うものになっており、呼び方も『お前』ではなく『貴方』に変わってる。


「……あの娘が誰かに救われたなんて言える状況か? 俺は誰も救っちゃいねえ。保護はしたが……それだけだ。それに保護したっつっても、結果は〝ああ〟だがな」


 しかし、子爵にそう言われても何かに納得できなかったのか、親父はより一層顔を顰めてそう言った。

 その様子からは、やはり進んで悪者ぶろうとしているように感じられる。多分だけど、これは親父なりの気遣いだろう。恨む相手がいなくちゃ、気持ちを吐き出すことができないから。


「だが、生きている。……私はあの子ではない以上、易々と言って良いことではないのだろう。もしかしたら、あの子にとっては死んだ方がマシだったのかもしれない。だが、それでも……生きていてよかった」


 だが、それでも恨まれることなく、怒りを向けられることもなく感謝を向けられた親父は、それ以上何も言う事ができずに小さく舌打ちだけをして顔を逸らした。


「君にも感謝をしよう。おかげで娘に会うことができた」

「いや、俺こそ何もしてない気がするんだが……」


 正直なところ、俺は何もしていない。案内をしたかもしれないし、俺がいたことで話はスムーズに進んだかもしれないが、言ってしまえばそれだけだ。案内も面通しも、多少の時間はかかったかもしれないが俺でなくてもこなせたことだ。


「そんなことはない。君と言うつながりがあったからこそ、私は今日、娘と再会することができたんだ。故に、感謝する。契約は守ろう。私は今後この街を含め、花園と呼ばれているあの村に手を出すことはないと誓う。何かが起きた際には、できる限りの協力をさせてもらおう」

「……ありがとうございます」


 なんだか本当にこれで良いのかと釈然としない感じはあるが、それでも約束してくれるんだったらそれでいいとしよう。

 助けてもらえるということまでは期待していないが、手を出さないっていうのならそれは今の俺たちにとってとてもありがたいことだから。


「それで、あの娘はどうする? ここに置いておくのか、連れて帰るのか。連れて帰るんだったら一旦帰って装備と人を揃えてからくる必要があるがな」


 連れて帰ることができる様子ではなかったが、それでも子爵が——父親が連れて帰りたいというのなら親父は手放すだろう。だからこそ連れて帰るのか、なんて聞いた。


 だが、連れて帰るにしても今の子爵やその護衛が連れて帰ることは難しい。何せ実の父親といえどあれだけの拒絶反応を見せたのだ。連れて帰るのであれば、人の目に触れないように移動、及び生活のできる状況を整え、身の回りの世話をする女性の使用人を揃えなければならないが、今はそのどれも揃っていない状況だろう。


 しかし……


「……いや、引き続きここに置かせてもらいたい」


 子爵は探していたはずの娘を連れて帰らないという選択を選んだ。


「いいのか、それで」

「今私が引き取るよりも、ここにいた方があの子の幸せだろう。それに……今のあの子をあまり人目のあるところに出したくない。あの子とて、それが兄や姉であったとしても、今の自分を見せたくはないだろう」

「ま、令嬢としちゃあ致命的だろうな。だが、それでいいなら〝預かって〟やる」

「ああ、いつになるかわからないが、必ずあの子を迎えにくる。それまでの間、預かっていてもらいたい」


 そうして約束を交わして子爵は再び頭を下げて礼を言ってから護衛と共に帰っていった。


「——なあ、なんだって親父はあんな場所を作ったんだ?」


 身内しかいなくなった部屋の中で、俺は親父の前に座って問いかける。


「不満か?」

「やってること自体に不満はないよ。でも、ここは『カラカス』だぞ? 犯罪者どもの巣窟。掃き溜めの街。それがここだ。こう言ったらなんだが、あの程度のことはよくあることだろ。日常の一コマでしかないはずだ。それなのに、どうしてわざわざ保護なんてして癒そうとしてるんだ?」


 行ない事態に不満はない。が、疑問はあった。

 なんというか、〝らしくない〟感じがしたのだ。

 まあ親父らしいといえば親父らしいといえなくもないんだが、それでもボスとしてはらしくない行動のように思えた。


「……まあ、そうだな。元々、ああいうのは好ましいと思ってたわけじゃねえからな。全部を救いてえなんて思ったことはねえし、起きても仕方ねえことだとは思ってる。だが目の前でやられてたら気に入らねえし、目の届く範囲でやられてんのがわかったらぶっ壊したくなるくらいには気分が悪い」


 ……まあ、そうだな。俺だって起こること自体は仕方ないと思うし、そんなもんだろと思うが、目の前で行われているのを見たら気分が悪い。助けるかどうかはその時の状況や気分次第だろうけど、少なくとも、楽しんで見ていたいとは思わない。


「俺がここに来た時にこの東の地区を、まあ手入れしたわけだが、そのせいでっつーかなんつーか、俺の『目の届く範囲』ってのが広くなっちまってな。だからまあ、せっかくだからってことでそん時についでにな。婆さんとメガネも似たようなことをやってたし丁度良かったってのもあるわな。同じようなことをしてりゃあ、仲間とまではいかなくても友好関係は築きやすくなっから。ま、やってること自体は似てても、二人ともそれぞれ考えがあってやってるみてえだけどな。婆さんは自分の管轄である娼婦の確保と制御。メガネの方は有力者の娘を保護して親に売りつける。そんな感じだ」

「だから助けた、か」


 助けられるから助けた、か。

 ……なんだ。らしくないとか思ったけど、十分〝らしい〟行動じゃないか。だって、俺の時だって親父は自分が気に入らないからなんて理由で、死ぬはずだった赤ん坊を国を敵に回してまで助けたんだから。


 ああ。確かにボスらしい行動ではないだろう。だが、十分に親父らしい行動ではあったな。


「でも、まった。貴族の娘に関してはエドワルドが対処してたんだろ? どうして東に入ってきたわけでもないのに、わざわざ保護しにいったんだ? 放置していても婆さんかエドワルドのどっちかが回収に動いたはずだろ?」

「……ああ、まあそりゃあ……」

「ボスは坊ちゃんのために動いたんすよ」

「俺のため?」

「おい、黙ってろ」


 言い渋る親父の代わりにエディが口を挟んできた。

 親父はそれを止めようと後ろに振り返って睨みつけているが、エディとしてはもはやそんな視線も慣れたものなんだろう。

 常人なら怯むであろうその視線も意に介することもなく説明を始めた。


「坊ちゃんが関わった娘だってのは知ってましたんで、そんな娘が攫われて行方不明になった、なんてことになったら、親が坊ちゃんのところに訪ねてくるんじゃないかって事を想定してた感じっすね」


 なら、その考えはドンピシャだな。実際、親父が確保してくれていなかったら探し出すのに結構苦労した事だろう。


「あと、一応は坊ちゃんの母親の実家の血縁なんで、まあそこらへんのあれこれを考えると助けておいた方が問題が起こりづらいんじゃないか、と。まあそんな感じっす」


 そういえば、あいつは母さんの実家の繋がりがあったんだったか。結構な遠縁だった気がするけど、それでももし俺が貴族として母さんたちのところにいる事を選んだのなら、その時は面倒なことになったかもしれない。そうでなくても、確保できているのなら恩を売ることができる。


 多分、そんな事を考えて親父はわざわざあの娘を確保してくれてたんだろう。


「なんでか知らないけど、俺の親って血の繋がりなんて関係なしに過保護だよな」

「俺は過保護なんかじゃねえよ。それに、もしそうだとしても実の父親が〝ああ〟だったんだから釣り合いは取れてんだろ」

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