第235話『花園』の発展

 

 俺たちが聖樹を育て始めてから早くも半年の時間が経った。その間のことは事務作業やスキルの修行なんかはあったけど、まあ特にこれといったイベントがあったわけではないので割愛する。


「いやー、だいぶ大きくなったな」


 花園にある俺の館。その中から窓越しに聖樹が見えるが、聖樹はかなりでかくなっていた。まだまだエルフ達の森で見た聖樹に比べると小さいんだが、それでも大木といっていいくらいにはでかくなっている。


 植えた当初の時はもっと小さい感じだったんだけど、たった半年でこんなにデカくなるとか、やっぱ特別な感じがする。特に生長スキルを使ったってわけでもないんだけどな。

 まあ、俺が水やったりこまめに触ったりはしていたから、そっからなんか力を吸収して大きくなったのかもしれないとは思うが、異常はないし別に構わないか。


「そりゃあどっちだよ。その聖樹か? それとも周りの村か?」

「どっちも。ってかもう村って規模じゃねえよな」


 俺の呟きにカイルが反応したために言葉を返してから俺は歩き出した。

 ……しかしまあ、本当にそう思うよ。

 最初は宿場町と言っていたしそのために設計したり相談したりと色々と決めたが、俺としては最終的には村や集落程度に落ち着くだろうと思ってた。だってここ、カラカスのそばだし。そもそも経営してるのが犯罪者だし。


 だが、そんな俺の予想を裏切って拡大は進んでいき、今ではなんかもう、普通に流通拠点な感じに仕上がっている。想定していたよりもずっと早い。もっとも、人はまだまだ来ていないが。

 建築した建物はカラカスからの移住者なんかで埋まってるけど、外の人用のスペースにはまだまだ空きがある状態だ。


 それでも、人の量については俺たちの想定外のことが起こっている。

 想定外というと、想定していたよりも少なかったのかと思うかもしれないが、逆だ。多いのだ。むしろ多すぎる。想定していた数をはるかに上回る人がこの『花園』に訪れてきていた。

 そのため、拡張のペースも早くなったのだった。


「まあな。カラカスとエルフの森の中間、ちょいカラカスよりの場所の村。エルフもこの程度なら来れるみたいだし、宿場としちゃあいいんじゃねえの」


 カラカスとエルフ達の里と花園は線で繋ぐと三角形の形に線が結べるような立地だ。

 花園はカラカスから南東寄りの位置にあるから、カラカスから北東にあるエルフの里からは少し離れることになるんだが、カラカス本体に行くよりもこっちにきた方が感情的に来やすいんだろう。里の外に出てくるエルフ達はまず最初に大体こっちに来る。

 まあ遠いっていってもあいつらの乗り物であるブラストボアを使えば大した差なんてないし、こっちには聖樹があるからな。どっちに来るのか、って言ったらこっちなんだろう。


「来れるって言っても、エルフたちの場合は『なんとかギリギリ来れてる』って感じだけどな」

「しょうがないんじゃないの? みんなあんまり外に出たがらないから。もっとわたしみたいに外に出ればいいのにねー」

「お前みたいに外に出過ぎるのも問題だろうが」


 あまり外に出てこないエルフ達も問題だが、こうして外に出てきているリリアもそれはそれで問題だと思う。


 まあ、リリアがいるからエルフ達も出てきてるってのはあると思うから利点がないわけでもないんだけどな。

 そんな感じだから、花園ではエルフ達の姿を見かけることができる。それ目当てで来る奴もいるくらいだ。


 しかし、問題がないわけでもない。


 エルフ目当てで来る奴もいると言ったが、〝目当て〟の意味がちょっと普通じゃないというか、カラカス流なのだ。ぶっちゃけると攫って欲しいとか奴隷にしたいとかそんなん。

 うん。まあこの街だしな。安全だとは言っても、それでも犯罪者の関わっている街だってことは確かだし、裏のものを扱っているのも確かだ。

 だからそんなことを頼んでくる奴がいるのは予想していた。


 話しかけられると一見は『見目麗しい気丈で誇り高い種族』に見えなくもないんだが、人目がつかないところに行くとすっごいヘタレる。人間と話をした後に物陰で心臓を押さえてる姿を見かけた時は、なんとも言えなかった。


 だが、そんなのは深く関わってみないとわからないもんだ。

 だから、そんな見目のいい凛としたエルフを手に入れたいと思うのは、まあ理解できるさ。こんな街だし、そこで見かけたら手に入れようと考えるのも無理はない。


 だが、それはだめだ。


 一応カラカスとこの花園には来ることができるようになったエルフ達が、それでもまだ外に出る気のある数名がビビりながら来ているだけだ。身内以外がいる時の表面上はビビってる様子を全く見せないけど。

 そんなビビってる中で仲間のエルフが捕まった、傷つけられたとなったら、すぐにでもあいつらは逃げるぞ。それも、周囲の被害とか考えないで仲間を回収するために突撃してからだ。実際にやられた経験があるんだから確かだ。


 まあそれは昔の話で、今では最初に俺か親父に泣きついてくるだろうとは思うけど、関係の悪化は止められないと思う。俺との付き合いは続けてくれるかもしれないけど、まあ街からは離れていくだろうな。


 そんなだから、この街にはエルフが来ているがエルフの違法奴隷は禁止になった。

 だが、エルフは禁じたと言っても、この街もカラカスも、違法奴隷そのものは禁じていない。だってここだし。

 ついでに言うと違法薬物も犯罪も禁じていないわけだが、そんな中でエルフの誘拐、および傷害に関することは請け負っていない。

『なんでも手に入る街』とすら言われることもあるカラカスにて、唯一禁じられたものがエルフだ。そう考えると、エルフって実はすごいのかもしれない。

 いや実際すごいんだけどな? 長寿なお陰で高位階のやつはいっぱいいるし、それに伴って位階だけではなく技量も高い。見た目は半分精霊という人外が入ってるだけあって美形が揃ってるしで、良いところ凄いところはいっぱいある。

 だから凄いことには違いないんだが、あいつらの本性というかヘタレたりポカしたりしているところを見ると凄いと思えないというか……。いやほんと、凄いことは凄いんだけど、どうにも心から納得できないでいる。


 もっとも、そのエルフに関する禁則事項も花園とカラカスの西区以外での話だけど。だって西のボスがそんなことを了承するわけがないし、それを強制することもできない。何せ、この街は五人——今は四人か。四人で統治しているとはいえ、それは不戦協定を結んでいるだけで、どっちが上とか下とかはないのだから。

 それに、嫌がってんのに頭を押さえつけたところで反発するに決まってる。

 だから未だにエルフを狙うものがいないわけでもない。


 そんなわけだから、エルフ達にはもう少しビビリを治して欲しいとは思う。そうすれば前みたいにいざって時に失敗して捕まる、なんてことはない……いや、少なくなるだろうし。


「あそこのエルフ達のあれはもう治らねえよ」

「知ってる」


 まあ、それが期待できるかと言ったら奇跡を信じてる、ってくらいの可能性の低さだけど。


 そして今はエルフの話を上げたが、それはリリアの故郷のエルフの話だ。エルフとはそれ以外にもいろんなところで暮らしている。この王国にだってリリアたち以外にももう一つのエルフの里が存在している。世界で見ればもっとたくさんある。

 で、そんなエルフたちの里だが、どこにだって変わり者はいる。普通ならまとまって生活し、森に引きこもって暮らしているようなエルフたちだが、中には里から出て外で生活したり旅をしたり、あるいはなんかしらの問題を起こして里にいられなくなったりするものもいる。

 前に王都の冒険者ギルドで出会った副本部長のランデル。あれだって変わり者の一人だ。里で仲間と一緒に暮らさず、街に出ている。


 そんな変わり者たちだが、どこから噂を聞きつけたのか、この半年の間に数名集まってきていた。中には他国にいた奴がわざわざこっちに来た場合もあるんだから驚きだ。

 理由はさまざまだが、人の世界で暮らしたいが聖樹のそばは安心する、という理由のやつもいるし、人間が聖樹を育てているのに興味がある、なんて理由で見に来たやつもいる。まあその辺の理由は本当にさまざまだ。


 だが、そんなわけでエルフたちがやってきていた。

 ビビリじゃないエルフを見た時は不覚にもちょっと感動したね。生活しててもポカしないし、なんかやらかしてもすぐに対処する。それだけのことだが、エルフがやってるとなると素晴らしいことのように思えてしまうから不思議だ。お話に出てくるような凛々しいエルフってあいつらのことだろうな。あいつらなら納得できる。

 まあ、人間の社会に出て擦れたんだろう。リリアたちみたいな状態じゃ外の世界でやっていけないからな。

 しかしまあ、多分これからもこういう迷いエルフとか野良エルフたちが増えてくることだろうな。


 もっとも、エルフというだけあって全員が俺がスキルで出した水を好んでいるので、仲良くなること自体は簡単だったからいくらでも来いって感じだけど。なぜか「お水の人」という呼び方が知られていたが、それで仲良くなれるならまあ良い。お水万歳。


 後はそうだな……エルフのこと以外にも人が来ている理由に思い当たることはある。

 あれだ。例の一応俺の親族であるとも言える貴族——アルドア家の協力というかなんというかがあったから。

 娘を保護してもらったことでこっちに恩を感じたのか知らないが、あの当主様、ここに人を送り込んできやがった。送ってきたといっても攻め込んできたわけではなく、真っ当に取引をし始めたのだ。


 まあ確かにここは違法なものを揃えることができるが、なにも違法なものしか売っていないわけではないのだ。普通に薬を売ってるし武器も売ってる。俺の作った麦や野菜なんかだってそうだし、今では牛や豚なんかも商品だ。馬だっているぞ。

 なんでそんなのがいるのかっていったら、『畜産家』を雇ったからだ。

 雇ったといっても、新しく雇ったわけではなく、元々カラカスから離れた農村なんかを使ってやってたらしいが、こっちに引っ張ってきて場所を移して大々的にやることにしたようだ。

 畜産家に関しては俺みたいに馬鹿げた効率を叩き出すようなことはできないだろうが、それでも数を集めれば普通にやるよりも効率的に育てることができるだろう。

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