第228話立場の違い
いや、嘘だろ? 貴族を攫って売てば確かに金になるが、結構きついと思うぞ?
旅の途中なんかの警備が薄い時ならいざ知らず、あいつはそんなに屋敷から出ないタイプだろうし、わざわざ厳重な警備を掻い潜って攫うかっていうと、よっぽど恨みを買ってでもいない限り……恨み、買ってそうだなぁ。
よくよく思い出さなくても、そこらじゅうで恨み買ってそうだ。あいつは気まぐれで格下のやつを殺すようなやつだし。
けどそっかー、この人が言った『娘のこと』ってのは、やっぱりそういうアレだったかぁ……。
つまりは——
「誘拐、ですか。それであのあたりで誘拐された者がどこにいくかと言ったら……」
「ここだ」
まあそうだよな。この辺……というか王国の東側における犯罪の半分以上は何らかの形でカラカスが関わっている。それは道具を用意したり拠点を用意したり、あるいは情報を買ったり暗殺者を雇ったり、後は当品や人を売ったりだが、まあ色々だな。
だから、もし貴族の娘なんて個人では捌きづらい商品を手に入れたとしても、大抵はここを通ることになる。
だから貴族家の当主本人がここに奴隷を探しにきたのか。
「ですがそれはいつの話ですか?」
しかしまあ、探すのは構わないし、宣伝のためにも協力してもいいんだが、いつ頃攫われたのかで結構事情が変わってくる。かなり前に攫われたんだったらもう売られてる可能性があるし、むしろその可能性の方が高い。
もっとも、売られたとしても探そうとして探せないわけではないけど。
最悪エドワルドを紹介すれば後は勝手にやってくれるだろう。こっちに利益は入ってこないけど、面倒を押し付けられるならそれで十分だ。
いつ攫われたのかは知らないが、今ここに来たのは、カラカスよりも安全な街ができたからだろう。ここは犯罪者の街ではあるが、その安全性はかなり力を入れてるからな。探しに来ようと思ってもおかしくはない。いや、それでも貴族家の当主が直接来ようと思うのはおかしいな。
そんなわけで、さて。いつ頃攫われたのかな。俺たちの出て行ったすぐ後じゃないと楽なんだが……
「君たちと出会った直後だ」
……Oh。嘘だろ?
「出会った直後って……我々が出会ったのはそれなりに前のこと……大体一年前ですよね? その間手がかりなどはなかったのですか?」
「……本当に知らないのか?」
「ええ、まあ」
「その答えに嘘偽りはないな?」
その言葉には、言葉通り嘘は許さないという気迫が……いや、脅しが感じられた。
親としては真剣で、本気で心配しているんだろうが、俺としてはあんな女を拐ったと思われるってのは結構ムカつく。誰があんなのと関わりを持ちたいなんて思うかよ。
それに、その態度。
「……多分俺たちのことを疑っているんだろうとは思うので言わせてもらいますが——あんなクソみたいな女を攫うわけないだろ。たとえ貴族の令嬢だとしてももっと扱いやすいまともなのを選ぶに決まってる。攫う方だって命懸けなんだ。あんなのを誘拐の対象に選ぶなんてのはここじゃ下の下の奴らのやることだっての」
「……そ、うか」
俺の言葉の変化やそこに込められた感情に驚いたのか、アルドアの当主は顔を顰めた。
前とは状況が違うからな。必要なければその方が面倒にならないから丁寧に接するが、必要とあらば敬意なんてどこかへと放り捨てて対応するに決まってる。これでもこの花園の責任者なんだから舐められるわけにはいかないからな。
こいつは以前の謙っていた俺を見ていたからってのもあるだろうが、俺のことを舐めていた。だからこそ、その言葉遣いには尊大さが見えていたし、あんな強気な態度で何度も確認してきた。
そもそもここに来た事自体もそうだ。俺はここの責任者なんだから、普通ならそんな簡単に会おうとしても会えるわけがない。
まあその時の気分次第では順番とか待ち時間とか無視して会うこともあるだろうけど、それは例外。
本来ならあらかじめ予約を取ってまた後日にどうぞ、って感じで……まあその辺は貴族や大商会の頭なんかと変わらない。
だがこいつは、それを無視して会わせろと言ってきた。
別に今回はやることなくて暇だったし気になったから会ったが、門前払いでもおかしくないのだ。
それなのに会わせろとここに来たってことは俺のことを格下だと舐めているってことになるんだが……それは俺とこいつ自身の立場、それからこの街の状況を理解していないとしか言えない。
だから、こっちもそんな態度に相応しい態度で返してやっただけだ。相手が犯罪者の街の責任者だってこと、忘れてるんじゃないだろうか?
安全を謳っているこの街だから殺すことも危害を加えることもしないが、それ以外ならやろうと思えば何だってできるんだぞ? ここでは貴族なんて立場は何の役にも立たない。それをこいつは忘れているんじゃないだろうか?
そんなわけでこいつへの態度を取り繕うことをやめたわけだが、言ったことに間違いはない。いくら犯罪者だからって、手段は選ぶもんだ。
人を攫う場合、大抵は金稼ぎか人間の調達だが、どっちにしてもあんな女を攫うのは割に合わない。貴族を攫うならもっと大人しいやつを選ぶし、人を集めたいだけならそこら辺の一般人でいい。
中にはあの娘がいいってやつもいるだろうから一概にはいえないが、そういう面倒な仕事を受けるのは下っ端の仕事だ。だって上の奴らそんな面倒な仕事なんて受けなくても十分に金を稼げるもん。
そして、それはここじゃなくても同じだろ? 実際に動いてるのは下っ端で、上はただ待ってるだけ。動くとしてもちょっとした手間で終わるような簡単な作業。それと同じだ。
親父を見てみろよ。うるさい貴族の娘を拐ってその後殺さないように気を配りながら管理しているよりも、ドラゴンを倒したりどっかのすごい貴族を殺した方が金になる。
もっとも、ここでの下っ端は世間ではそれなりに凄腕だから、それもあって色々と勘違いされてんだろうな。
「……それで、えー、話を戻しますけど、そのエリス嬢が俺たちがいなくなったと同時に誘拐されたということでよろしいですか?」
とはいえ、だ。個人的には年上を相手にするときはこうして敬語を使ったほうが楽なんだよな。
癖っていうか習性っていうか、三つ子の魂百までとは言うが、もう二十年近くも前だってのに前世での喋り方の癖は抜けない。
まあ、話し合いでは強気で行くよりもこっちで行った方が穏やかにスムーズに進むからいいんだけどさ。
カイル曰く、別人のように感情が切り替わる感じで気持ち悪いとのことだが、そんなことないだろう。これくらいは普通だ。
「……あ、ああ」
「一応聞きますが、探されたんですよね?」
「当たり前だっ。周辺をくまなく探し、近くにいた賊どもは片付けた。少し離れたところでは拐われた女達が助けられたと聞いて探しにも行った。だが、いなかったのだ。ならばと思いカラカスに売られたのだろうと考え部下に探させたが、見つからなかった。それどころか、送った部下の数人は連絡が途絶えた」
あー、まあこの街もだが、カラカスに騎士なんて連中を突っ込ませたところで食い物にされておしまいだろうな。
「それでもと、危険を承知で部下を送り出して探させたが、見つからなかった。どこかの貴族や富豪が買ったという情報すら手に入らなかったっ!」
それも当然。それなりに腕の立つ者だったとしても、裏に足を踏み入れたことすらない奴がカラカスに行ったところで、生き残れはしても目的のものを見つけることができるとは思えない。裏の商品や奴隷その物は見つけることができるだろう。だが、〝目的のもの〟を見つけることができるのかというと、まず無理だ。
「だがっ……だがそれでも希望を捨てることなく探してきた。まだ平気だ。まだ生きてる。いつか見つけることができる。だから探し続けないと、とな」
そうして探し続けたのだと告げてきたが、その言葉は語りかけているはずの俺ではなく自分に言い聞かせているかのように聞こえるのは気のせいだろうか?
「だが、それももう一年だ。上の娘と息子もそれぞれ伝を使って探してはいるが……」
その先の言葉は続かない。項垂れ、拳を握り締めながらゆっくりと、震える息を吐き出した。
それから数秒ほどおいて子爵は再び話し始めた。
「……そして、そんな時、この場所の情報が入ってきた。何やらカラカスのそばに一般人でも滞在できる村ができたらしい、と。それを聞いた瞬間に私は決意したよ。そこに行こうと。直接私が出向き、この目で探そうと。幸いというべきか、中央に出ていた息子もこの件で戻ってきてくれた。今ならば、私が死んだところでうまく引き継いでくれる」
ま、やっぱここができたから当主本人がやってきた、か。あそこはカラカスから結構近い場所だしな。噂が届いたのも早いだろうし、その噂を聞いた瞬間に行動を始めたんだろう。
「そうしてここにやってき、まずはこの場所の内容、伝わっている情報の真偽を確認しようと話を聞いていると、何やら聞き覚えのある名前が聞こえてきたのだ」
それで俺のところに来た、か。俺もここの責任者だしな。ちょっと話を集めることができれば、まあ名前を聞くことくらいはできるだろう。
「それで俺に会いに来たわけですか」
「ああ。ここの責任者である君を呼び出すのは無礼であり受け入れてもらえないかと思ったが、もはや私にはそれくらいしか縋るものがなかったのだ。君が誘拐を手引きしたのであればそれはそれでいいし、そうでないのならば責任者である君に手を貸して貰えばいい」
なんだ、一応立場の違いってのはわかってたのか。
その上で、感情を優先させたと。
「……まあ、事情はわかりました」
しかし、どうしたもんかな……。正直なところ、面倒と言えば面倒だ。さっき考えたように、エドワルドに放り投げた方が良い気もする。そっちの方が早いし確実だし、何より俺がめんどくさくない。
それに、探したとしても、その後も面倒なことが起こる可能性は十分にある。
「正直なところ、こちらとしては手を貸したくはないのですが……」
「なぜだっ!」
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