第227話以前会った親戚のおっさん

 

 それからひと月後。

 フローラの加わった生活だが、特にこれといった変化はない……こともない。

 親父やその仲間達に紹介したりはしたが、基本的にその存在は秘密だ。察してる奴らもいるかもしれないけど、何もしないならそれでいい。


 そんな感じで周りの反応は大して変わらなかったが、俺の生活は多少なりとも変わった。


 まずフローラの本体である聖樹が植えられている村——通称『花園』は、もう基本的な形はできていて、何なら外からの客も受け入れている。

 ……もっとも、その成果は微妙だとしかいえないが。


 全く効果がないわけではない。多少の人は流れてきているし、金も落としてくれている。

 だが、やはりと言うべきか当然と言うべきか、普通の通商拠点のように人でいっぱい! と言うほどではない。


 そんな『花園』ではあるが、俺はカラカスと花園を行ったりきたりの生活だ。いついつにこっちで、いつからはあっちとかって正確に決まってるわけじゃないけど、月の半分くらいはそれぞれで生活している。

 変わったところと言ったらそれぐらいだろう。元々親父とそんなに常日頃から話したりしてたってわけでもないし、同じ家に住んでても顔を合わせない日もあったからたいして変わらない。


「坊ちゃん。表で坊ちゃんを呼んでる奴がいるそうですが、どうしやすか?」


 そんなわけで町としてそこそこ完成した花園の館にていつものメンバーで適当に過ごしていると、使用人の一人がそんなふうに問いかけてきた。

 ちなみに、この使用人に限らずこの館で働いているものは全員カラカスの館から引き抜いてきた信用できる奴らだ。だってここは聖樹のために確保した場所の範囲内に建ってるわけだし、そこらで見つけたやつを雇うわけにはいかない。


「俺を呼んでる? ……誰が? 自分で言いたくないが、俺そんな呼ばれるような知り合いなんていないぞ?」


 自分で言っていて悲しくなるが、俺には尋ねてくるような知り合いなんてそんなにいない。いるとしたらせいぜい妹であるフィーリア関連か、母さん関連のどっちか。まあどっちにしても血縁からの者しか来ない。親父達から誰か来たんだったら普通にそのことを告げるだろうし、何ならそのまま止めることなくここまで通すだろう。


「なんでも貴族らしいですぜ。変装はしてるっぽいんですが、武装した護衛がいて態度も平民とは違うらしいってんで……。今んところは特になんも問題ないみてえですが、ま早いとこ対処したほうがいいんじゃねえですか?」

「貴族ねぇ……思いつくのは妹か母の関連のアレだが、ここにくるか?」


 貴族が来たと言って思い出されるのはフィーリアか母さんだが、正直どっちも来ないと思う。


「花園の噂が広まったんじゃねえのか?」

「人を受け入れ始めましたってか? にしても貴族が来るのは早すぎねか? 勇足の商人達が来るんだったらわかるけど、貴族は多少噂を聞いたところでこないだろ」

「まあ、そうか。まだ人を呼んでから一月経ってないもんな」


 カイルが言ったように、この町が一応の完成をしたのはほんの一ヶ月も経っていないくらい前の話だ。

 噂は流したし、それ以外にもエドワルドが手を打っているが、それでもまだ人が——それも貴族がくるのは早い気がする。裏のものが欲しくてくるようなやつなら、こんなところじゃなくてとっくにカラカスの街の方に行ってるだろうしな。


「事前の予想でも半年はまともに人が来ないだろうとされていました。貴族が来るのは最低でもそれ以降だと」

「だよな。まじでなんで来たんだろうな?」

「でもヴェスナー様を呼んでるってことは、お知り合いじゃないんですか?」

「いや、貴族に知り合いなんて、母親関係以外じゃいないし……」


 考えてみるが、そもそもからして街の外に交友関係なんてないのが俺だ。

 そんな中で知り合いを探せと言われても数えるほどしかいないし、貴族なんてのもほぼいない。


「まあ、会ってみるしかないか」


 そうして俺たちはこの花園に俺を訪ねてきた貴族とやらに会うこととなった。




「——久しいな。ヴェスナー、と言ったか?」


 ……誰だ? 久しいって言葉からあったことがある人物なのだろうが、正直全く覚えてない。


 あったことのある貴族ってことは、多分外に出てる時に遭遇したんだろうからベルとカイルには聞いても無駄だろう。なのでソフィアに顔を向けてみる


「……おそらくですが、アルドア子爵家の当主かと思われます」

「アルドア? ……アルドア……誰だっけ?」


 ソフィアに小声で教えてもらったが、正直なところ全く思い出せない。アルドノフだったら母さんの実家なんだが、語感は近いが別物だしなぁ……。


「以前立ち寄った場所で、ここより西にある領地を治めている家です。えーっと、まだ旅を始めてすぐだった時のことですが、以前道中で助けた貴族の娘に魔法で襲われた、と言えば思い出せますか?」

「……あー……ああっ! そういえばそんなのもいたな」


 あの時のクソッタレお嬢様の家か。そう言えばそんな気もするな。

 なんか知らんが賊に襲われていたところを助けたら魔法をぶっ放してきやがったクソッタレ女。その後は適当に撒いたんだが、再び出会ってしまいまたも攻撃されるというふざけたことが起こったが、あの時の家か。

 あのお嬢様、あの後はどうしたんだったか……確か、適当に勝負を挑んですっぽかして逃げたんだった、よな?

 あとは、あー、そうだなあ……ああ、一応母方の親戚だったっけ?


「失礼いたしました、子爵様。お久しぶりでございます」


 でもこいつ——じゃなくてこの人、こんなんだったっけ? なんかすごいやつれてないか?


「ああ、そちらは壮健で何よりだ」


 そっちは不健康そうですね、なんて言えないよな。

 俺の言葉に言葉を返してきたが、その声には覇気がない気がする。


「本日はどのようなご用件でしょうか? 私が言うのもなんですが、あなたのような方がこんなところに来るとは思えないのですが」


 ここから近い領地だっていえなくもないし町ができたんだったら調査に来ることもあるだろうけど、それで領主本人が来るとは考えづらい。

 どうしようもなく人手不足で引退間近のいつ死んでも構わないような当主だったら人柱として本人が調査、もしくは話し合いに来ることもあり得るかもしれないが、本当にそんなことするか?


「……ここは、見たところカラカスとは違って本当に安全を確保できているようだな」

「ええ。それが売りの一つですから」


 じゃないと誰も来ないもん。安全には気を使ったし金もかけた。


「ああ。だが、安全だとは言ってもカラカスとの繋がりがないわけでもないのだろう?」

「……ええ。それも売りの一つですから」


 そもそも作ってるのが五帝の息子と五帝の一人だし。

 俺の収入元は一応メインは麦とかの食料品だけど、その陰に隠れてちょっと〝アレ〟な葉っぱ類の生産も入ってる。


「ならば、非合法のものも扱っているはずだ。盗品や誘拐した奴隷などをな」

「まあ、ありますね。正確にはここにはないですけど、あっちで手に入れようと思えば割と簡単にそこらじゅうで見つけることができるかと」

「そうか」


 俺が肯定すると、アルドア家当主は安堵……とはちょっと違うが、なんかいろんな感情が混じっているようなため息を吐き出した。

 まじで何があったんだろう?


「……奴隷を、探して欲しい」

「奴隷ですか?」

「ああ、そうだ」

「……それでしたら専門の者を呼びますので少々お待ち——」

「いや、君に頼みたいんだ」


 確かにこっちの街でも奴隷は扱っているけど、量も質もカラカスには及ばない。こっちの花園は、元々聖樹を育てるための街であり、人を集めた理由はないわけじゃないが言ってしまえばついでだ。

 そんなだから、売り物だって良くも悪くも無難なものばかり扱っている。無難と言っても普通の街じゃとても売れないようなものも扱ってるけど。見つかったら犯罪だが、そもそもからしてこの街自体が犯罪者達の作った街なので、犯罪とか誰も気にしちゃいない。もちろん俺も。


 まあそんなわけで奴隷を買えないわけじゃないが、こっちの町に来て俺に頼む理由なんてない、と思う。まあカラカスにツテがないなら安全を考慮して俺を使うってのも手かもしれないけど……どうにもな。素直に頷くには様子がおかしいんだよ。


「今回私が奴隷なんかを探して欲しいと頼んだのは、娘のことだ」


 だがその一言を聞いて俺はぴくりと眉を動かした。


 娘? 娘って……あの俺達に魔法ぶっ放してきたアレだよな? 

 え? 何? あいつ奴隷になってんの? ……まじかぁ。

 いやいや、まさかまさか。そんなことはないだろう。だってあいつには過保護なくらい騎士とかつけてたじゃん。この人の屋敷もそんなに警備が薄いってわけでもなかった。侵入しようと思えばできないわけでもないが、人一人を攫っていくのはちょっと難しい程度にはしっかりしていたはずだ。


 だから娘のこと、と言っても娘そのものが攫われたとかではなく、娘のために奴隷を用意しようとしているとか、そんなんじゃないか? やつれているように見えるのは、なんかいろんな出来事が重なって疲れているところに娘のわがままが飛び込んできてどうしようもないとか。きっとそうだろう。

 ……まあ、それでもこうして本人が来ることの理由としては弱い気もするし、やっぱり娘が攫われたんじゃないかと思わなくもないが、そんな馬鹿なことがあるわけ……


「娘、というと少々我々と諍いを起こすことになってしまった方ですか? 確か名前は……」

「エリス。それが娘の名だ」

「そうでした。そのエリス嬢に奴隷でも用意されるので?」

「違う。……娘が、エリスが奴隷なのだ。私は娘を探している」

「は? ……アレが奴隷に?」


 ……馬鹿なことがあったよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る