第226話フローラについての話

「ヴェスナー様、フローラはどうなったんですか?」

「……声が、聞こえてきた。どうやらそこにいるみたいだ」


 俺に聞こえてきた声はスキルを通して俺に伝えただけだったようで、ソフィア達には何も聞こえなかったようだ。

 一応植物の声が聞くことのできるエルフであるリリアは……あいつ、何でまだこっちにきてないんだよ。座ってお菓子食べてる場合じゃねえだろ。

 しかし、そんなリリアを回収しに行くのは手間なので、無視して話を進めることにしよう。


「なんでそっちに入ったんだ? さっきの姿はなんだ?」

『さっきのは分身―? 本体こっちー。うまく喋れなかったから戻ったー』

「うまく……ああ、まあ植物と人間じゃ体の作りが違うか。声が出なくても仕方ないな」


 つまり、特に何かが起こったから本体に戻ったわけじゃなくて、ただ話したかったから戻っただけってことか。ならまあ、よかった。


「まあそれはいいとして、お前は何者だ? 本体って言ってたが、精霊でいいのか?」


 一応リリアからはそうだと聞いているが、念のための確認をちょっとな。これはあくまでも確認であって、リリアを信用していないとかそう言うわけではない。違うぞ。


『んー。フローラはこの樹そのものー。さっきのは―……子分?』

「子分? ……どっちかって言うと子機、外部端末みたいな感じか?」

『そんな感じー』

「なんのためにそんなもんを作った?」

『楽しそうー?』 

「さっきのやつと性格が違うような気がするのはなんでだ? 分身なんだろ?」

『劣化するー』

「……分身を作る際に完璧なコピーはできない、ってことか?」

『まだ慣れてないからー』

「後は、そうだな……精霊であるお前の姿が全員に見えたのは何でだ?」

『仲間だからー?』


 以上、フローラからの聞き取りでした、っと。

 フローラは生まれたばかりだからなのか、それとも俺の位階が低いからなのかわからないが、聖樹という格があるにもかかわらず他の植物達と同じように間延びしたようなどこか幼い感じで話しているが、聞きたいことはおおよそ聞けた。


 ちなみに最後のセリフは俺のことを指差して言っていたので、俺の仲間だから姿を見せた、ってところだろう。


「これからはどうするつもりだ? それから、聖樹に関して俺たちが何かする必要はあるか?」

『ないー。たまにお水―。フローラのこれからはー……』


 聖樹を育てる上で何か必要なことがあるのか聞きたかったのだが、フローラはその問いに答える途中で言葉を止め、なぜか聖樹がうっすらと輝き始めた。


「うー!」

「は? っと。いきなり……は?」


 かと思ったらフローラが少女の姿で現れ、聖樹の上の方から降ってきたのでキャッチしようと思ったのだが、身構えていた俺の体をすり抜けた。


「うー!」

「うぐっ」


 何ですり抜けたんだと考える間もなく、今度は背中から衝撃が加えられた。どうやら俺の体をすり抜けて背後に回ったフローラが突っ込んできたようだ。

 俺に体当たりをかましたフローラは、そのまま手を回して俺の首に抱きつき、ぶら下がった。


「ぐっ……おい離せ」


 首にまわってる手を叩いてみるが、離さない。


「ヴェスナー様!」


 そんな俺の様子を見てベル達が引き剥がそうとするが、首が絞まるだけで一向に力は弱まらない。

 こいつ、どうしてこんなに力があるんだよ。ぐえ〜。


 ……いや、割とマジで首が絞まってるんだが。このまま続いたら俺は落ちるぞ?


「これは、一緒にいたい、ということでしょうか?」

「う―!」

「正解みたいだな」


 このままでは引き剥がすことはできないと思ったのだろう。ベルもソフィアもフローラを退けようとするのをやめ、それによって俺の首は何とか安全を確保することができた。


 しかし、一緒にいたい、か。


 本当ならこんな精霊なんて生まれる予定ではなかったし、そもそも聖樹自体こんなに大きくなる予定ではなかった。

 しかしこうして聖樹の意思が生まれたのなら、後は勝手に育つのに任せようと思っていた。だが……


「はぁ。わかったから手を離せ、フローラ」


 こいつと接したのはわずかな時間だけだが、ダメだと言ってもついてくるだろう。なんかそんな感じがする。

 そうされるよりは最初からついてこさせた方がいいし、周りには見えないんだったら特に害はないだろう。


「これからよろしく、でいいのか?」

「うー!」


 フローラはそう言うと俺の中に溶けるように消えていった。

 一緒にって言っても、ずっと姿を見せるわけじゃないんだな。


「とりあえず、本体の周りには警備を置いておくか」

「警備? 人を置くのか?」

「人なんておかねえよ。置くのはこいつらだ——《案山子》」


 フローラが俺に宿っていると言っても、あくまでも本体はこっちなわけだし守らないわけにはいかない。

 なので、案山子を周りに置いて警備とすることにした。こうしておけば、一定以下の力しか持たないやつは案山子に忌避感を感じて近寄ってこないし、一定以上のやつはそっちに注目するから案山子を潰している間は隙ができるし時間稼ぎもできる。

 まあ、俺たちがそばにいない状態で時間を稼いだところで何ができるってわけでもないんだが、雑魚をよらせないことができるだけでも儲けもんだろ。後で他にも対策はするけどさ。


「……これ、なんだ?」

「案山子だ。一定以下の弱さのやつには忌避感を感じさせ、一定以上の強さのやつには敵愾心を向けさせるスキルだな」

「一定以下ってのは、どれくらいだ?」

「俺より弱いやつだな」

「……そうか」


 俺の言葉にカイルは一瞬言葉に詰まったみたいだが、何だろう?


「どうした?」

「いや、なんでもねえ」

「ヴェスナー様よりも弱いことを気にしているんだと思います」

「おい」


 俺の問いをはぐらかしたカイルだったが、その真意はベルによって暴かれた。

 カイルはそんなベルを睨んでいるが、ベルは意に介さずにカイルのことを見ないでいる。


 んー、そうか……。そんなこと気にしてんのかー。


「弱いって言っても、多分位階で判断してるぞ、これ」

「……はあ。だとしても、守る対象よりも弱いって認識されんのは嫌だろ」


 まあわからないでもないな。護衛対象よりも弱い護衛って何のためにいるの? ってなるし。

 でも、純粋な戦闘力って意味じゃカイルの方が……どうだろう? 俺も結構戦えるからな。状況次第か? 屋内とか限られたスペースで戦えば俺の本領発揮とはいかないし、近寄られたら死ぬだろうし。


 だが、ここで下手に慰めたりするのはダメだろ。

 何かいうんだとしたら……


「ま、頑張れ」


 これで十分だ。


「ああ」


 そんなカイルの頷きを聞いた俺だが、とりあえず聖樹には何の異常もなかったので、俺たちはその場を離れてリリアのいるテーブルへと戻っていった。

 ……てかこいつ本当に最初っから最後まで動かなかったな。呆れを通り越して感心できるかもしれない。


「あ、おかえりー。話は終わったの?」

「おかげさまでな。お前は随分と寛いでたみたいだな」

「うん。——朝から優雅にお茶を嗜むわたし。……どう? かっこいいでしょ?」


 ……ああうん。何だろうな? その場面だけを切り取れば様になるのは確かだ。いかにも〝できる〟雰囲気がある。

 だけど、何というか、その本性を知ってるだけに何とも言えない。

 あと、その姿を見せた後の行動がな。何かを自慢する犬のようにキラキラした瞳でこっちを見てくるのは雰囲気ぶち壊しだ。


「ちなみにさっきまで何考えてたんだ?」

「え? 何も考えてなかったけど?」


 ……うん。だよな。知ってた。むしろ何も考えてなかったことにホッとするよ。〝できる〟感じの雰囲気がハリボテなことに安心感があるのはこいつの美点か? こいつはそんな美点なんて望んじゃいないだろうけど。


「まあいいや。一応お前は聖樹に一番詳しいし、話を聞きたいんだが、いいな?」

「聞く? んー、別にいいけど……何を?」

「力の使い方だ。どうすればいいんだ?」

「力?」

「聖樹の契約者だか御子だかは聖樹から力を借りることができる、って話を聞いたんだが?」


 前に、誰だったか忘れたが、聖樹の御子は聖樹から力を借りることができる、みたいな話を聞いたことがあった。俺も聖樹の御子ってことになるのかは知らないが、まあ聖樹から力を借りられる立場ではあるだろう。

 ただ、それをどうやるのかは分かっていないので、リリアに聞くことにしたのだ。


「あー、あれ。でもあれって適当に仲良くしてると勝手に力を貸してくれるのよね。魔法を使うときに強力になったり魔力が回復したり? 力を貸してー、いいよー、って感じ?」


 リリアは俺の問いに合点がいったのか、頷いてから説明してくれた。だが、その説明は何とも漠然としたもので、参考にしてもいいのかわからないものだった。

 だが、それが真実なのかもしれない。だって普段接してるけど植物たちってそんな適当な感じがするし、フローラもなんか同類な感じがした。それに、元々精霊なんて気まぐれなものだって言われてるし。


 しかし何だな。具体的に何ができるとかないとどうすればいいのか困る。

 リリアは魔法を使えるから強化してくれるかもしれないけど、俺は魔法なんて使えないからどうすればいいんだろう?


「魔力か……じゃあ魔法の使えない俺は無意味ってわけか?」

「ん〜、そうでもないんじゃないの? わたしも使うときにスキルの回数が回復するし、植物をどうにかする感じのスキルだったら補助もしてくれる……かも?」

「曖昧だな」

「仕方ないじゃない。わたしそんなにスキルをたくさん使ったことなんてないし、補助を必要とするくらい使ったこともないんだから」


 こいつの場合は戦いとかもそんなにしたことなかっただろうしな。スキルだって真面目に鍛えてこなかったっぽいから、聖樹の恩恵ってやつをしっかりと体感したことがないのかもしれない。


「まあとりあえず、仲良くしておけってことか」

「そうね〜」

「ねー」


 親密度とか友好度を上げておけば何かの役には立つと思っておけばそれで十分だろ。


「それで? フローラはどうすんの?」

「ああ、連れてくことになった」

「そう? じゃあ気をつけた方がいいわよ。精霊は捕まえようとするやつがいるって話だもの」

「それは理解してるさ。何せあんな街だぞ?」

「ならいいけど……あ、でもフローラにもあらためてちゃんといっておいた方がいいんじゃない?」

「そう、だな。ああ、そうしておく」


 こいつ、まともに話そうと思えば話せるんだよな。

 今のこちらを見ながら話をするリリアは、雰囲気だけじゃなくてその内容もしっかりとしたものだ。

 普段のふざけた様子とは違って、こうしてまともな時だと少なからず敬意を感じるし頼りに思える。


「あ、ねえ。久しぶりにあっちの街に行きましょう! 街に行って、わたしの子分を作るんだから!」


 まあ、そんな雰囲気も敬意も全てをぶち壊すのがこいつなわけだが。


「何言ってんだお前?」

「何って、わたしが立派な悪になるための準備よ! 」

「……ああ、それ。すっかり忘れてたが、まだ諦めてなかったのか」

「諦めるわけないでしょ! 今日だってもうすでにちゃんと悪いことしたんだから!」

「お前が悪いこと? ……何したんだ?」

「あそこにいた門番を脅してお金を奪ってきてやったわ! これを貯めてそのうちすごいことしてあげるんだからね!」


 そんな報告は受けていないが……まあ、多分お小遣い気分だったんだろうな。

 今までのこいつはなんかしらの騒ぎを起こしてきたが、中には金がかかりそうなものがあった。そういったことなんかは、同じようにして集めてきたんじゃないだろうか? 一応お小遣いはやっているが、全然足りないだろうし。


 金を集められると後で面倒を起こすから嫌なんだが……まあ、そこは制限できないし仕方ないか。


「ほら行くわよ! あ、ソフィア! そのお菓子次はレーズン入りで作っといて!」


 そんなことを言い残してからリリアはカラカスに戻るべく歩き出した。

 が、まだこの場の片付けが終わっていない。テーブルとか食器とか放置しておくわけにはいかないし、片付けないと。

 リリアのことは……まあ、しばらく待たせておけばいいだろう。

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